Comatose Dreamer‐05 敵を騙すにはまず味方から。
北へと歩いて3時間、小さな村が見えてきた。エンリケ公国との国境に接する村、ゴシャッド。
首都に近いが、鉄道などは通っていない。国境に面していても、どこかに向かう街道の中継点でもない。父さんの故郷アスタ村よりももっと小さく、外壁の高さは2メルテ程しかない。
農村以外に形容出来ないけど、モンスターに狙われる可能性を低くするため、家畜は殆ど飼われていないらしい。
村の中にも草が生い茂り、家々はポツポツと。全部で数十軒程度だろうか。草原の一部を囲っただけという印象だ。
「おー、お帰り! テリー、無事だったかい」
「はい。魔王教徒はまだ来てないみたいですね」
「ああ、まあ来たって中央から通すなと言われているから通せない、で済むからな」
テリーさんはこの村の出身なのかな。気さくに話してくれる守衛さんは、まさか女性を1人拘束しているとは思えない和やかさがある。
「テリーさんの出身って、この村なんですか?」
「いや、今も昔ももう少し南東の小さな町だよ」
「あの、そろそろ、説明してくれませんか?」
「どうしてノーマさんがここにいると知っているんですか」
「まあまあ。さ、そっちにノーマさんが」
「えっ」
拘束されていると聞き、てっきり潜入、もしくは奇襲すると思っていたんだけど、ごく自然に、普通に1軒の家に通されてしまった。
農村に多い、玄関から即広いリビングに繋がり、個室は1,2室もない簡素な家。
扉のすぐ左の土間には、鼻歌交じりで食事を作るノーマさんの姿があった。
「あっ、えっ?」
「あ、来た来た! 久しぶりね、2人共!」
「あれ? 拘束されているんじゃ?」
「そうなの、拘束されてるの。さ、入って入って!」
自由に歩き回り、終始笑顔。一般的な拘束とは明らかに違う。
「あまり時間の余裕がないからよく聞いて。テリーは協力者よ、グレイプニールさんはもうご存じね」
「ぴゅい。なおうきょうと、ちまう」
「魔王教徒と繋がっている本部職員が誰か、私が嗅ぎ回っているのを知られたの。幹部に呼び出されて、この村に行くように命じられた。そこで監視役になっていたのがテリー」
「そういう事。死霊術を独学で会得した話はしたよね。それを魔王教徒に披露して、魔王教徒の1人だと信じさせた」
魔王教徒の移動経路は、テリーや各地の管理所が巧みに潰し、カインズ港まで1つの経路しか選べない状況だった。
その途中にあったのが、このゴシャッド村だったんだ。
テリーはここで仲間のフリをし、水路の様子を監視しつつ、魔王教徒を利用して情報を得ていたんだ。
「僕が内通者である事は、勿論冥剣ケルベロスも知っている。彼は僕の作戦を知って黙っていてくれたんだ」
「そっか、伝説の武器が判別してくれるとはいえ、伝説の武器が秘密にしている場合を考えていなかった」
「だから、拘束といいつつもノーマさんはこんなに自由なんですね」
ノーマさんの状況は分かった。テリーはテレスト王国にいたアゼス達とも連携を取っているという。
「それで、オレ達をここに呼んだという事は、理由があるんですよね」
「ああ。ヴィエスを襲われたくなければ、おとなしく僕に付いてこい。ノーマ・ベインを知っているな……と脅して連れてくるのが、僕の役目」
「テリーは、私達バスター協会に協力している風を装う魔王教徒、という役目をしている。それをさせていたのが私なの」
敵も味方も、どちらも騙している。2人がかりで、互いに違う立場を演じながら。グレイプニールが見抜いているなら、その話は真実だ。
「グレイプニール、本当の事を言っているよな」
「ぴゅい! ボク、ほんとつきますよ?」
グレイプニールは内緒にする事がある。だけど、嘘はつかない。
「もしかして、この村の人たちって……全員、魔王教徒の仲間を演じているんですか」
「その通り。彼らの入退門記録は取らない事にしているよ。一般人が来たら鐘を3回、魔王教徒が入ってくれば、鐘1回を鳴らす。態度を変えるからね」
魔王教徒は、オレ達をここにおびき寄せたかった。
この場所を支配下に置いて、そこで始末するためだと思う。
魔王教徒は、各地で支配した村の人を仲間とは思っていない。
もしもオレ達が仲間を引き連れてやってきたら、この村は遠慮なく消滅させられる。オルターとジャビを置いてきた判断が、結果この町を救った事になる。
「ああ、水路のモンスターが暴れ始めた。協会本部への抗議が始まったようだね」
「操っているアンデッドが、何か見ているんですか?」
「安心してくれ、新種のアンデッドはいない。時間はかかるけど掃討は難しくないよ。あっちは無事、僕の弟子がうまくやってる」
「時間稼ぎ……本当に彼らがしたいことは」
「この村に来た君たちを、殺すことだ」
テリーの言葉の直後、鐘が1回鳴った。魔王教徒が来たんだ。
「ノーマさんに縄を、急いで隠れてくれ! 残念だが僕も奴らの計画のすべてを知っている訳じゃないんだ」
オレは急いで柱をよじ登り、梁の上に身をひそめる。レイラさんを引っ張り上げた所で玄関扉が開かれた。
「イース・イグニスタとレイラ・ユノーはどこにいる」
「向こうの小屋です。ノーマ・ベインを殺されたくなければと脅せばおとなしくなりました」
「英雄の子供が人を見捨てたとなれば、随分聞こえが悪いからな。その女はもう処分していいぞ、用済みだ」
「はい。案内しましょう」
テリーがそう伝えた後、魔王教徒の男をどこかへ案内していく。オレは梁から降り、レイラさんを受け止めた後、その場で待っているように伝えた。
「イース、どうする気?」
「あの魔王教徒が知っている事を、グレイプニールに調べさせます」
「他に仲間がいるかもしれないでしょ」
「足音は1人分でした。心配いりません、何人いたって死霊術士には負けませんから」
オレはそっと家を抜け出そうと扉に手を掛ける。それを止めたのはノーマさんだった。
「イース・イグニスタ。安心していい、大丈夫だから」
「……はい?」
「私もこの村に着いてビックリしたのよ。事件屋シンクロニシティって、有能ね」
「どういう、事ですか?」
レイラさんはきょとんとした目でオレとノーマさんを交互に見る。
「事件屋シンクロニシティの手配でね、この村にいるのは全員引退バスターよ。引退バスターに仕事を、ってそれで集まった協力者」
「まさか、あっ、ベネス!」
「そう。一般人を巻き込む事態で、私がこんなに落ち着いている訳ないでしょ? 本当の村人は数十人ずつユレイナス商会の手配で別の村々に」
「テリーさん、この事を知っているんですよね」
「ええ。それが魔王教徒側に漏れていない、だから私は彼を信用した」
そういってノーマさんが立ち上がった。縄は緩く、自力で解けた。ノーマさんが立ち上がって扉を開け、堂々と外に出る。
道の先で見たのは、村人役の者達によって拘束された魔王教徒の姿だった。
「テリー! 貴様寝返ったな!」
「最初から仲間じゃないんですよ。死霊術を使えることで、仲間を装っていました」
「なぜ死霊術を……我らしか使えない術だ!」
「アダム・マジックの研究をしていて行きついんです。あなた達の教祖と同じ事を研究すれば、いつかは解明出来る。その程度のものですよ」
そう語るテリーの話を聞いていた時、オレとレイラさんの肩が叩かれた。
「元気そうだね」
「えっ……あっ、ギリング支部の、前所長さん!」
「皆と同じ汽車で移動したんだ。ギリングからも何人か来ているよ」
ベネスさんだ。あの日、オレ達が準備している間に手配を済ませていた? いやいや、ここの人達はもっと前からいるはずだ。
「もしかしてノーマさん。ベネスさんとやり取りしてました?」
「ええ、勿論。計画したのは私だもの」
ハァ、そういう事か。
「やられたわね」
「敵を騙すからには味方から、か。オレ誰も信じられなくなりそう」