Synchronicity-10 標的
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「なんとか、なった……」
「ハァ、ハァ、きっつ。痛いし一度義足も外したいわ」
「これが今回限りの大量出現なのか、周辺の町や村の状況を確認する必要があるわ」
なんとかモンスターの大群を追い払い、オレ達は管理所に状況の報告を行っていた。ギリングの周辺はあまり強いモンスターがいない。だから今までこんな事態になる事はなかったんだ。
「こんな事態になったのは、英雄さん達が魔王教徒の襲来を追い払った時以来なんです。まさか、そのご子息が対処して下さる事になるとは」
25年以上前の話。ギリングの北部に魔王教徒の死霊術士と、そいつらが操るアンデッドの大群が押し寄せてきた事がある。
4魔と言われたゴーレムをアンデッド化させたものまで登場して、大勢で対処したんだ。
ただ、その時はハッキリと魔王教徒の仕業だと分かるものだった。今回は原因が分からない。
「最近、周辺のモンスターの数が増えています。アークドラゴンを葬った南の平原は然程でもないのですが……」
「いまだにアークドラゴンの負の力が残っているせいで、アスタ村とギリングの間の地域はモンスターが殆ど寄り付かないんでしたっけ」
管理所の職員も戸惑っているみたい。警備を続けるとは言うけれど、夜中にズーが飛来したら大変だ。ズーの巨体だと町の中には降り立てないにしても、頭上にまで気を配って歩いている人なんてまずいない。
どうしたものかと悩んでいると、ふとオルターが口を開いた。
「なあ、原因って……まさにそれなんじゃないか?」
「それ?」
「ミノタウロスやズーの住処になってる地域に、強いモンスターが現れてしまったとか」
「縄張りを追い出されて、つうか逃げてギリング周辺まで来たって事か?」
「目的があって来たのでなければ、あんなに示し合わせたような大群で押し寄せないと思う」
職員はその可能性を考えていたようで、オレやレイラさんが驚いているのに対し、あまり反応が大きくない。
「町の中から手引きしている可能性はないのかな」
「死霊術を使っている形跡はないんスよね。昨晩の騒動だって、押収品から死霊術を習得したのであって手先ではなかったですし」
「だとしたら、ミノタウロス達の目撃情報が多い地域を調べなきゃ。さっそく向かいましょ」
世界中で魔王教徒の監視が強化されている。表立って町や村での活動を行える状況ではなくなった。
何でも怪しく思えてしまうけど、今回は魔王教徒との関連性はなさそうかな?
「ぬし、今日はまた戦いますか?」
「そうだね、明日の朝にまた大群が押し寄せるなんて事になっても困るし。原因は探らないとね」
「ぴゃーっ! ボクうれちます! しまわせ!」
「モンスターの襲来を喜ばれてもね……さて、一度戻って準備をしないとですね」
ジャビにとっては初の遠征になる。まあ旅自体はやってきたから問題はないと思うんだけどね。
そう言ってオレ達は管理所を後にしようとした。その時。
空間が広く、石造りだから音の響きが良い。そんな管理所に警察官が2名駆け込んできたんだ。
「何事です?」
「すみません、ちょっと……」
警察官は受付の人間に案内され、奥の応接室へと消えていく。バスターが絡む事件でも起きたんだろうか。事件屋だからとつい気になっちゃうけど……。
「みんな、そのまま動けるよね? シュベイン、今日はもう休んでいいわ。ベネスにも夜の酒場営業はお休みするように言っておく」
「有難うございます。すっかり慣れたとはいえ、やっぱり義足の付け根が痛みますね……今日は足をゆっくり休ませます」
「いや、シュベインは義足で蹴りまで繰り出してるからだろ。凄いと思ったけど無理はしないでくれ」
「はははっ、義足も高いからね」
そんな話をしながら出て行くと、最後尾のジャビが呼び止められた。
「君! 君達!」
振り返ってそこにいたのは、さっき駆け込んできた警察官だった。
「おれ、何かしたか? 何もしてねえぞ」
「あ、いや、捕まえる訳ではなくて。君達が事件屋シンクロニシティの……」
「あたしがマスターのレイラ・ユノーです」
「ああ、良かった! ちょっとお願いがありまして……」
これから荷物を持って町の外に出ようって時に、面倒な依頼はいやだな……。
「それは、仕事の依頼という事でしょうか」
「半分はそうです。モンスターの急襲について首都に報告を行ったのですが、そうしたら、今回の急襲の事を予測していた人がいたらしいのです」
「え、モンスターの襲来が分かるんですか?」
驚いた。予めモンスターが現れると分かっていたなんて、そんな事あるのか?
レイラさんの表情は、半信半疑ってところだろうか。でも、それが事件屋への依頼とどう関係するって言うんだろう。
「あたし達、これからモンスターがどこから来たのかを突き止めようと思っていたんです。その方はどこまで把握していたのでしょう? なぜ、事前に教えてくれなかったんでしょう」
「あー、確かに。知ってるなら教えて欲しいっスね。ただ、首都からは列車でも数日掛かる距離だから視認は無理。って事は何か傾向を掴んだ?」
「モンスターが襲ってくる事は予測していたけど、いつ襲ってくるかは把握していない、ってところじゃないのかな」
「仰る通りです」
警察官は大きく頷き、職員さんにも手招きをした。
「なあなあ、おれ達外に出てモンスター退治するんじゃねえのか? 別の依頼か?」
「おぉう、ボクもしゅた斬るしたいます。しまわせどろぼいやます」
「だよな! はやくモンスター倒して昇格しねえとな!」
「えっと、つまりその予言者の人に会って来いって事ですか? それなら電話でもいいと思うんですけど」
「いえ、違います。その、予測していた人が言うには、モンスターの襲来は……皆さんを狙った実験だろうと」
え? 実験? オレ達を襲う事が実験?
誰が? 何も分からない。いや、思いついてはいるけど、どう結び付けていいのか。
「この流れで言うと、魔王教団って事スよね。そいつらが最近目立ってる俺達をどの程度のモンスターを送り込めば排除できるかって」
「オルターさんの銃、おそらくその射程と威力はズーで確認。戦闘継続時間を測るため、あえて中程度のモンスターを送り込んだのかと」
「ちょっと待って下さい。オレ達も死霊術士がアンデッドしか操れない事は把握済みです。送り込むなんてできるでしょうか」
死霊術士は生きているモンスターを操ったりは出来ない。倒したモンスターは、念のため焼却処理が始まっている。アンデッド生産に繋がる事もない。
「予測を立てた研究者は、恐らくは現在色々な場所で発見されている蟲毒の一環で生み出したと思われるのですが、それを連れて行き、他のモンスター縄張りから追い出したと言っています」
「その予測を行うにあたって、何か確証があったんでしょうか」
「実は、幾つかの地方で似たような急襲があったのです。当初はそれらに関連性など無いと思われていました」
「ですが、傾向が見えてきたのです。それは蟲毒が行われていた地域の最寄りの町や村ばかりだったんです」
ああ、そうか。蟲毒で強力なモンスターが生み出されて、それを警戒した弱いモンスターは別の地域に逃げていく。
でも、このギリングの南にはアークドラゴンを倒し処分した場所がある。負の力が残っていて、モンスターはそれ以上行きたがらない。
つまり、ギリングはちょうど行き止まり。モンスターが足を止めやすい位置にある。
「……絶好の立地って事ね。そこに、目障りなあたし達が滞在している」
「はい。研究者は同時にこんな事も言っていました」
警察官はどこか言い難そうだ。でも、少しためらった後、口を開いた。
「魔王教団の憎き仇は、かつての英雄さん達です。しかし彼らは英雄達に勝てない事を理解しています。だから、英雄の子息であるあなた達を……標的に決めたと」