Synchronicity-05 久しぶりの依頼
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「イース! イース!」
「ん? どうした」
「クエスト終わった! おれ、もう等級上がるか!?」
「さすがにまだだよ、ホワイトに上がれたのだって奇跡だし」
ジャビがギリングに到着して1カ月が経った。
オレ達だけで世界各地の魔王教徒の拠点を潰し回るのは無理。だから、今はパープル等級以上のバスターが協会からの指令として各地を回ってる。
そうなると上級のバスターが手薄になる。だから町や村の周辺のみ、オレンジ等級のバスターが指令を受け参加する事も可能。
ただ、オレ達は敢えてオレンジ等級を保留にしている。
先輩バスター達の推薦、特定の国の推薦、それだけでは特別扱いを疑われる。やっぱり他の同僚バスターや町の人に妥当だと思われる活躍をしたい。
胸を張ってオレンジ等級を名乗りたいという事になった。
ジャビはバスターになって以降、毎日毎日、1日たりとも休む事なくクエストをこなしている。オレ達と一緒の事もあるし、シュベインが付き合う時も。
バスターになれた事がとにかく嬉しいようで、最近は1人でこなす事も。
管理所が開館するのを入り口の前で待って、開館と同時にクエスト掲示板まで走り、ウキウキで3つくらい受ける。
体力馬鹿と言われるオレでもそこまでしない。
そこまでやる気と実力が備わっていたら、オレは旅立ちから1年半もくすぶっていなかった。
「どんなクエストやってきたんだ?」
「ゴブリンの巣を潰すやつと、ラビの群れをやっつけるやつと、キラーウルフ捕まえるやつ!」
「えっ、そんなに!?」
「おう」
「ぷええ~、うやわまち! うやわまちぃます! ぬしぃ、ボクもしゅた倒しますか? じゃみ、いぱい倒すしまた。ボク、いぱい斬るしますか?」
うーん、そうだよな。底なしの体力と腕力で限界まで戦い尽くすジャビの事、羨ましいよな。持ち主がオレじゃなければ、もっと……。
「そうだなあ、今度ちゃんとクエストを受けようか」
「なあイース。明日は一緒に狩り……じゃなかった、クエストに行こうぜ」
「明日は管理所に行って近況会議、それから装備の打ち合わせだよ。午後からならなんとか……来週から新人バスターも活動開始だから、あんまりオレ達が出しゃばると」
「そうやって、出来ねえ理由ばっか並べるのな」
ジャビが不満そうにため息をつく。
「そりゃあよ、イースは頭もいいしおれより出来ることがいっぱいあるさ。でも本当に困った時以外、全力でやる事って1コもねえじゃん」
「それは……」
言われてみれば、共鳴をするくらいに追い込まれた時以外、全力って出していないかもしれない。
1人で戦っていた時も、誰かに声を掛けてもらうのを待っていた気がする。何でも1人でやってやる、1人でだって成り上がる、そんな気持ちはなかった。
いや、今だってないと思う。
ジャビは目の前にある事に対し、常に全力だ。その分視野は狭いけど、苦手な事に自分の力を振り分けず、出来る事を精一杯やる。ある部分ではそれをオレも見習うべきか。
「全力ってな、出さないと出せなくなるんだぜ。体は動かさないと動かせなくなっていく。動かせなくなってから動かすのは大変だ」
「……そうだな、うん、それは分かってる」
打ち合わせがあるから、オレ達がこなすレベルのクエストじゃないから。
そう言って理由をつけ、この1カ月はジャビの付き添い程度にしか戦っていない。
お金にも困っていない、等級相応のクエストも受注者不足になっていない。そうなってくると、気付かないうちにこうなってしまうんだろうか。
オレンジ等級あたりで満足し、活動が鈍っていくバスターが多い理由が分かった気がする。
「ぬし?」
「……打ち合わせはレイラさん達に任せよう」
「おぁあ?」
「確かにジャビの言う通りだ。オレは魔王教徒の出現から色々難しく考えすぎていた。元々思慮深い方じゃない、体を動かす方が好きなのに」
この近隣なら、せいぜい稀にはぐれミノタウロスが目撃される程度。もう雪も解けてきたからはぐれイエティも来ない。
だからオレ達が活動する理由もないと思ってた。ギリングは富裕層や余暇を楽しみたいバスターにとって、脅威の少ない保養地のような場所になってるし。
もう夕方近い。今日はオレとシュベインが夜間営業に出る日。昼間はオルターとベネスさんが出ていた。一応、オレにもやる事はあるんだ。
事件屋の資格を持っているのはベネスさんとレイラさんだけ。でもシュベインは研修中で、クエストの発注と完了報告のみであれば対応が許可されている。
だから3人のうち誰かが出ていれば、その場でクエストのやり取りも仲介できる。
ベネスさんとシュベインの2人体制の時は、夜間営業できるのはせいぜい週に2日だったけど、最近は全員揃っているから週5日営業。
その代わりオレとオルターが1日置きに出勤なんだけどね。営業時間は、結局19時から24時までになった。
18時からだと事件屋の片付けや自分のご飯、着替えなんかが間に合わないんだ。
ジャビは……うん、ちょっと早いかな。お酒の場に向いてないと思う。
「それじゃ、オレは行ってくる」
「あ、おれ後で行くぜ」
「えっ」
「オルターがな、強引な姉ちゃんと行くから一緒に来てくれって」
「わお、あの酒豪姉ちゃん、来るのか……」
「おぉう、ぐれちゅ」
オルターのお姉さん、グレースさん。常連さんの中で一番の酒豪。一番のお喋り。いや、オルターのお母さんの方が喋るか。
今日は賑やかな営業になりそうだ。
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「いらっしゃいませ」
「あーっ、イースくん! シュベイン、元気ー?」
「いらっしゃいませ、グレースさん」
「やった! 男の子が2人で立ってると眼福だわ、お酒が進む!」
「おい姉貴、何で俺の存在無視すんの」
19時過ぎ、さっそくグレースさんとオルターが入って来た。その後ろにはジャビもいる。
ジャビはお酒に弱く、ビール1杯で寝てしまう。オルターよりも弱い。
でも雰囲気は好きらしく、行きたくないとか、飲みたくないとは言わないんだ。むしろ来たがるし、飲みたがる。
「最初は樽ビールで! 瓶じゃない店、少ないんだよね」
「瓶より高いし、樽は消費期限的に1週間で廃棄ですからね。飯屋で置くのはきついと思います」
「オルター、お前はどうする」
「ハイボールで。ジャビ、決まったか」
「んと、これ!」
「オレンジ……ミモザか。お前、スパークリングワイン入ってんぞ、大丈夫か」
「分かんねえ! でもおれオレンジ好き」
シュベインがおしぼりやつまみを出し、樽からビールを注ぐ。
オレはその間にカクテルを用意。オレが作るカクテルはおかげさまで好評。オレがいる日はカクテルが良く出る。
「あるこむ、7ます」
「度数7%か、標準だけど……ジャビ向けにもうちょっとオレンジを絞ろう」
「あー、2人とも乾杯用に1杯飲めよ、今日は俺が出す」
「やった、有難う」
オレとシュベインもビールを奢ってもらい、5人と1本で乾杯。そのうち他のお客さんも入って来て、店内は賑やかになっていく。
「あれー、オルターとジャビも来てたの? いらっしゃい、グレースさん! あーっ、キャリーおばさん久しぶりー! アルトさんも!」
「なんだー、結局事件屋メンバー勢ぞろいなのね。ご飯してちょっと寄ろうかって話してたんだけど、大盛況なら手伝おうか?」
「大丈夫です! あ、でもジャビを裏に寝かせてやりたくて」
「俺が運ぶよ。姉ちゃんのペースに合わせてたら死ぬ……」
1時間ほど経った頃、ふいにレイラさんとベネスさんが入って来た。事件屋全員が揃い、カウンターとテーブル席が全て埋まる。
少ししてシュベインが引退バスターに小遣い稼ぎの仕事を紹介し始めた頃、また扉が開いた。
「いらっしゃいませ! すみません、今まさかの満席で……」
「あー、私達帰ろうか?」
「いや、えっと……どうしたの? 1人かな?」
オレは咄嗟に視線を落とした。そこにいたのは6歳くらいの女の子。20時を過ぎ、もう子供が1人で歩く時間でもなければ酒場に来るべきでもない。
女の子は困ったように立ち尽くし、白く小さなコートの裾をぎゅっと掴む。
レイラさんがゆっくりと近付き、女の子と目線を合わせた。
「いらっしゃいませ。どうしたの?」
「……じけんやさん、ここですか」
「ええ、そうよ」
「なんでも聞いてくれるとこ?」
「うん、そうよ。何か困った事があった? お話聞かせて?」
女の子は自分の意思でここを尋ねたみたい。何か思いつめた表情だ。
「……あのね、えっと、ね? 怪我した猫ちゃんがね、いっぱいいるから助けて欲しいの」