Starless night-10 あなたの手を
オルターが叫び、オレ達は慌てて銃痕の残る地面を見た。一見すると何も変わらない。だけど、確かに黒っぽく滲んでいる気がする。
「魔力を確認する魔具で見たら、そのまま北に向かおうと動くのが見える!」
オルターの言葉に、オレ達は咄嗟の行動を取れなかった。地面の中への攻撃手段がないんだ。どこにいるのかはオルターが指示し、銃弾で印をつけてくれる。
だけど、掘り返しても逃げられてしまうだろうし、魔法は基本的に見える相手にしか放てない。
ファイアは地表を焼くことはあっても地中までは進まないし、武器で地面を突き刺したってたかが知れている。
「このままじゃ逃げられ……」
「ヒール・オール!」
その時、1人の治癒術士が回復魔法を唱えた。対象となる1人と、ある程度の範囲内にいる複数を癒す魔法だ。
「印をつけて貰ったら、すぐにその場に立って! 私のヒール・オールに巻き込むから!」
「そうか、対象が見えなくても、対象の範囲内に誰かがいたら……」
「その人の周囲何メルテかは効果が広がる!」
「オルター! 次の場所を!」
オルターがモンスターのいる場所を撃ち、オレや他のバスターがすぐに駆け付ける。そして、治癒術士達がヒール・オールを畳みかける。
村でやっていた陣取りごっこっていう遊びに似ている。オレ達はどこを撃たれたのかを瞬時に確認し、誰よりも早くその場に立つ。
「よし、立った!」
「ヒール・オール!」
「イース・イグニスタ、お前動きが早いなあ」
「次は俺が!」
反応の良さを見せつけようと、オレ達は全員必死だった。モンスターを倒すというより、誰が一番かを決める真剣な遊びのように。
「次は!」
「その場から動いていない、反応も弱くなってる!」
「みんな、畳みかけるぞ! ヒール・オール!」
オルターの指示に従い、治癒術士がヒール・オールを何度も重ね掛けする。レイラさんの発動速度もなかなかだ。
数か月の度で勘を取り戻したのか、今ではもう初心者のように慌てることもない。
「イース! グレイプニールにヒールを掛けてもらえ! そして地面に突き刺せ!」
オルターが大声で呼びかけ、オレはグレイプニールを掲げた。
「おぉう、ボク、ひーむ好きまい。いやちゅ、苦柄ますよ?」
「苦手は苦手でいいよ、手がないからって柄に言い換えなくても」
「ぷぇぇ、ひーむ嫌ます……」
武器は斬り倒す事を目的としているからか、本能的に生かす魔法を嫌うみたい。でもそんな事は言ってられない。
「グレイプニール、あんたじゃないとできないの。いい? 掛けるよ」
レイラさんがグレイプニールにヒール・オールを掛け、オレとグレイプニールで魔力を留める。オレは足元に向かい、思い切りグレイプニールを突き刺した。
「ええっと、技名……ヒール・スラスト?」
「ぷぇぇぇっ」
掛け声は決まらなかったけれど、地面には案外深く突き刺すことが出来た。モンスターの核に当たったかは分からないけれど、解放された魔力は地表より伝わりやすいと思う。
「やったか!」
「ぬし、ぬし!」
「どうした」
「ボク、抜きますか?」
「あ、ごめん」
グレイプニールを地面に突き刺したままだった事に気が付き、慌てて謝った。グレイプニール曰く、突き刺した所にモンスターの核があったようで、しっかりと突き刺し、消滅させたらしい。
「終わったか! まったく魔王教徒ってのはこんな厄介なモンスターを作ってるのか」
「ねえ、詳しく教えてよ。管理所から話は聞いていたけど、こんなモンスターを生み出してるなんて聞いてないわ」
皆でホッと胸をなでおろし、辺りを見渡す。楕円形の闘技場に大勢いた観客は、半分以下の数になっていた。
半分は逃げろと言われても逃げなかったと言うべきか、見守ってくれたと捉えるべきか。まあ、見てくれる人がいなければ、オレ達の働きを認めてくれる人もいないという事。
この場は残って見届けてくれて有難う、と言った方がいいよな。
「オルターの狙撃の正確さに脱帽だな……」
「あなたが正確にその場所を貫いたって事。お疲れ様、イース」
「イース、レイラさん! これで討伐完了だ。他の拠点での蟲毒を調べる必要があるにしても、これで1つ対応策が出来た」
「そうね。アンデッドである事、地面に潜る事、潜ってもヒール・オールの範囲内にいれば有効な事」
ここまで育ったモンスターは、死霊術士が操れる限界を超えていると思う。魔王教徒の各拠点が、制御しきれないモンスターによって壊滅するのも時間の問題。
そして、そこから逃げ出したモンスターが世界中の町や村を襲う可能性が出てきた。
緊急事態の終焉を案内する放送が流れる。オレ達は運営の案内で控室に戻り、報酬を受け取った後、明日管理所に集まる事を約束して解散した。
「イース・イグニスタ!」
解散して宿に戻ろうとした時、1人の治癒術士の女から声を掛けられた。さっきヒール・オールが効く事に気付いてくれた人だ。
「ノーマ・ベインよ。あなたの動き、技の威力、どっちもサイコーだった。他の奴ら全員見習って欲しいくらい、完璧」
「え、あ、有難うございます。ノーマさんも、ヒール・オールが効く事を発見して下さって助かりました」
ノーマさんはボブの黒髪を揺らしながら笑う。オレ達より10歳くらい年上かな? 健康的な褐色の肌から覗く白い歯と大きな目がとても印象的だ。
「それもオルター・フランクが正確に地面を撃ってくれなきゃ台無しになるところ。凄い腕前ね、正直な話、英雄の子のパーティーだから目立ってるだけと思ってた。あなたもサイコー」
「あ、えっと……どうも、有難うございます」
「この件、管理所にもきっと話が届く。私がオレンジ等級に推しておくわ。あなたもね、レイラ・ユノー」
ノーマさんは、レイラさんへと振り向いてウインクをした。レイラさんは驚き、戸惑っているみたい。
「え、あたし? あたしは何もしていません、そもそも戦っていませんし」
「あの場で即座に指揮を執ったのはあなた。治癒術が効く事を見抜いたのもあなたよ。何もしていない? 馬鹿な事言わないで。あなたのおかげよ」
ノーマさんは手を差し出し、レイラさん、オルター、そしてオレに握手を求めてくれた。
「おぁ? ボクは? あくつ、しますか?」
「そうだ、あなた喋るんだった! あなたもイース・イグニスタと一緒に大活躍だったわね。有難う、えっと……」
「グレイプニールです」
「ぐえいゆにーむます! ゆらしくね!」
「グレイプニール、宜しくね」
ノーマさんはグレイプニールの柄を優しく握り、お疲れ様と声を掛けてくれた。ノーマさんはとても余裕があって、他人を素直に褒めて認められる。
自分達はまだそんな域に達していない。褒められる、認められる、その判断を請う側であって、まだまだ他人を客観的に評価する余裕も選眼もない。
でもいつか、オレもこんな風に後輩を認め、称えることが出来るバスターになりたい。
「じゃあね! また明日!」
ノーマさんが手を振りながら去っていく。気付けばもう夕暮れだ。
「どうしたの? イース」
「うん……なんか、今日は闘技場で戦えて、自信が湧いた。初めてこんなバスターになりたいって、思えたんだ」
「そう。まあ、及第点には達したかな。もうウジウジしないで、あなたはちゃんと評価されるべきバスターなんだから」
「うん」
握手した瞬間の、優しくも力強い感触。治癒術士だから握力なんて大したことないはずなのに。これが絶対的な安心感、ってやつかな。
オレの気持ちや頼もしさが、いつも握ってるグレイプニールにもきっと伝わる。オレの自信がグレイプニールの自信にもなる。
今日、オレは闘技場に放り込まれて良かったと思う。
「あーっ! ノーマ、ノーマ・ベイン! 聞いたことがあると思った!」
レイラさんが驚いて目を見開く。
「現在最年少、27歳でシルバー等級に上がった治癒術士! バスター協会本部付けの改革推進部会の会長さん!」
「えっ」
「これは……ものすごい人に認めて貰えたかも。エインダー島の件、なんとかなるかもしれないわ」