Starless night-09 危機感の共有を
応援席や控室にいたバスターが何人か出て来てくれた。試合で疲れた人も、これからの人も。
ただ、治癒術士の数は少ない。捕獲担当のチームの1名、もう1つのチームの1人、後は客席から来てくれた1名のみ。
レイラさんが補助魔法を唱えながら、運営スタッフに大声で呼びかける。
「アナウンスは流れたわ! 試合はイースの勝利って話で終わった、ってことでいいかしら!」
『し、試合結果は確定となります』
「それを聞いて安心した!」
「ぬし、きょうめい、おしまいますか?」
「いや、まだ続けよう。魔法剣で全て消し去るんだ」
「イース、レイラさん! 俺は状況説明に行ってくる。管理所にも電話を頼んでくる」
「助かるわ! お願い!」
オルターも来てくれた。今は動揺している周囲への説明が必要だ。そっちはオルターに任せ、オレ達はこの正体不明の始末に集中しないと。
こいつはまだ小さい。でもあのドロドロのように増殖しながら広がっていけば、この闘技場を覆うくらいは出来るかも。そうなる前にこいつを消滅させるんだ。
「グレイプニール、ファイアソードが打てなくなるまでいくぞ!」
「ぴゅい!」
モンスターがまだその場でブクブクと泡立っている間に決めようと、オレはグレイプニールを構えた。闘技場の土は所々腐ったようにヘドロ化し、鼻がもげそうなほど臭い。
「これ以上広がらないよう、まずはドロドロの周囲から焼いていく!」
「待って、イース! みんなで作戦を立てて一斉に!」
オレが振りかぶろうとした瞬間、レイラさんが魔術書を広げたまま、オレを制止した。慌てて止めると、レイラさんが他の協力者にも待ってくれと言っている所だった。
「急がないと!」
「相手はモンスターよ、私達の会話の内容なんか分からない!」
「だけど……」
レイラさんが首を振る。ひょっとして、何か考えがある?
「刺激して前回と同じようになっちゃ困るの。あなたがやろうとしたこと、まずは私達にも共有して」
「あ、そ、そうか。とりあえず中心じゃなくてその周囲から封じ込めるように焼いて行こうと」
「そうね。確かに、これ以上広がるのはまずい。でもちょっと見ていて」
そう言うと、レイラさんは本体から飛び散ったドロドロの一部にヒールを掛けた。
「ヒールで……浄化、されてる?」
「おいおい、コイツアンデッドか? まあ、言われてみりゃそうとしか思えない恰好してたけどよ」
「え、まさかあなた達こいつを他にも見た事があるの?」
「どこだ、どんな奴だった! どうやって倒した!」
「聞いて下さい。私達、エインダー島で似たやつに襲われた時に可能性を考えていたけど、あんな巨大なものには対処できないと思って何も出来なかったんです。試す余裕がなかったんです」
だけどと言いつつ、レイラさんがヒールを掛ければドロドロは湯気のように立ち上りながら消えていく。その場の皆がおぉ……と納得していた。
「やっと検証できた。間違いない、アンデッドで間違いない」
「アンデッドならヒールと炎だな。動きを止めたけりゃ氷も有効か」
「アンデッドであっても、スライムであっても、必ず本体がある。ケルピーと一緒、本体を叩けば必ず止まる」
「だけどこいつは増殖していく。増殖できないように」
「ええ。片っ端から表面を焼き固め、増殖よりも速くヒールで浄化!」
レイラさんの言葉に、集まった全員が頷く。管理所に勤め、自分で事件屋まで開業したレイラさんだからこそ、一見時間が掛かるようでも確実に伝える手段を取る。
皆、言われた通りにとりあえずやるのではなく、理解して行動できる。効果のある事だけを実践できる。
「オレやオルターは討伐する能力自体は高いかもしれない。だけど、やっぱり作戦の指揮を執ってくれる人がいなくちゃ」
「れいら、つもいますか?」
「ああ、強いよ。オレ達をもっと強くしてくれる」
それぞれが楕円状に広がる。モンスターが徐々にブクブクからうねうねと動きを変化させ始めた所で、レイラさんの号令が響いた。
「いくぞ!」
* * * * * * * * *
「そっち! まだ動いてるってば!」
「焼きが甘い! あんた絶対野宿で炊事当番させてもらえないでしょ!」
「うるせえ! そっちこそ消し炭なんか振舞ってんじゃねえだろうなあ!」
「はぁっ!? この弱火野郎!」
「火力音痴!」
所々で言い合いが起きてはいるけれど、作戦は成功だった。
魔法使いがどんどん浄化と焼却を重ねていき、モンスターの増殖も止まった。
幸いなことに、あの島と違ってアンデッドの死体は放置されていない。植物もない。この闘技場内には他に養分となるものがなかった。
それがこのモンスターの増殖をかなり鈍化させてくれたと思う。
「ぬし! あで!」
「ファイアー……ソード!」
「ヒール・オール!」
「焼き固めた! こっちも頼むぞ嬢ちゃん!」
本体は這い回りながら逃げようとするも、気付けば最終的に40~50人の魔法職のバスターが集まっていて、もう逃げ道は塞がれている。
「距離は保って! 取り込まれてもヒールで消せるけど、皮膚は大変な事になる!」
「ヒール! どうする、そろそろ本体が露出する頃じゃないか!」
もう相手は直径1メートル程度の泥だまりくらいの大きさだ。ヒールを浴びせて表皮を剥がせば、本体に直接魔法を掛けて終わり。
「一斉にいく!」
「せーのっ! ファイア!」
「ヒール!」
これだけの人数で畳みかけたなら、いくら手強くても瞬殺だ。案の定、魔法が畳みかけられたその場所には、何も残っていなかった。
地面の変色も、浄化で元通り。
「よし、終わったな!」
「物理攻撃を一切していないとはいえ、こんなになかなか死なないアンデッド初めてよ。イース・イグニスタ。あんたよくここまで追い詰めたわね」
「正直な話、コイツを捕えたのも奇跡みたいなもんだった。最初はスライム種かと思ったんだが、ケルピーのように変幻自在でさ」
「1時間くらいして、ぴょーんって跳び上がった所を氷漬けにして、すぐに鉄製の箱に閉じ込めたってわけ。融けないよう、時々魔法を掛け続けてね」
コイツを捕えたバスター達が苦笑いをする。限られた空間とは違い、外で戦ったならそれなりにてこずったと思う。
よく捕えてくれたよ、おかげで魔王教徒の活動拠点が他にある事も分かったし。
ただ、みんなはまだ気づいていない。こいつは未発見の新種モンスターじゃないんだ。
「よし、グレイプニール、共鳴を解こう。もう大丈夫だ」
「ぴゅい。おつかまれます、ぬし」
「ああ、お疲れ様……おっと」
全力で戦ったからか、共鳴が解けると足がグラついた。周囲が慌てて支えてくれ、オレは有難うと告げてモンスターの正体を話そうと顔を上げる。
「みんな、聞いて下さい。こいつは魔王教徒が生み出したモンスターなんです」
「魔王教徒って、今バスター協会が血眼で探し回ってる奴ら?」
「モンスターを生み出すって、どういう事?」
「魔王教徒は蟲毒という手段を使って、大量に集めたモンスターを……」
オレがそう言いかけた瞬間、背後で銃声と共に地面が抉れる音がした。
皆がビックリしてオレの背後へと視線を向ける。オレも即座に振り返ったんだけど、その遥か後方にはオルターがいた。
オルターが銃を構え、俺達の方へと向けていたんだ。
「ちょっと、あいつ何を」
「あいつ、まさか魔王教徒なんじゃないか」
「俺達を殺す気か!?」
皆に動揺が走る。その皆にはオレも含まれている。
いや、でも……
「待って下さい! オルターはオレ達の仲間です! グレイプニールの心を読む能力を欺くなんて無理です、オルターは魔王教徒じゃない!」
「じゃあ何で私達に銃弾を撃ち込むのよ!」
「オルターの腕前なら、オレ達が振り向く前に全員に弾を打ち込むくらい簡単です」
オルターは何を考えているのか。そう思っていると、オルターが大声と共にまた1発放った。
「イース! 弾が当たった所を追え!」
「えっ?」
「まだ倒せてねえ! 本体は地面の下だ!」
「何だって!?」