Starless night-08 真の共鳴、真の共闘
共鳴をしたら、その次に見るものは全てが終わった後の光景。
今までだったらそうだった。
だけど、今回は共鳴と叫んだ瞬間、オレの意識が更に覚醒した。視界も脳みそもすっきりしていて体が軽く、腕や足を誰かが支えてくれているかのよう。
それに、オレの体を気力が包んでいる。グレイプニールに溜めたことはあったけど、何もせずに目に見える形で気力を生み出すなんて初めてだ。
「これが、共鳴、真の共鳴……」
「ぬし!」
グレイプニールの声がする。だけど、剣だけでなく何故か耳元でも声がした。
そうか、グレイプニールは共鳴でオレの体を使っているから、オレの体から声を発してもいるってことか!
「グレイプニール、一度グレイプニールの刃で直接斬って試したい! 気力の刃の斬撃や突きじゃ、弱らせる事は出来ても倒せそうにない!」
「つもい斬る、ぶるくましゅ!」
「分かった! まずは触手や尻尾を斬る!」
体を斬り、あの真っ黒なドロドロを全身に浴びるなんて無理だ。まずは簡単に斬れそうな部位を斬ろうと、俺はグレイプニールを前に構えたまま一歩踏み出した。
「うあっ!?」
駆けだした途端、モンスターとの距離が一気に縮まった。それは口を貫かれ悶えているモンスターが向かってきたせいじゃない。
オレの一歩がとてつもなく大きかったんだ。
「ちょっ、まずい」
気力を足に溜めて走った事はある。だけど、一歩で数十メルテも進んだ事はないし、まさか進むとも思わない。
身体能力が上がり過ぎてタイミングが合わず、振りかぶる事が出来ない。オレはモンスターの背後に回る作戦に切り替えた。
「しまった!」
避けたんだけど、グレイプニールの剣先が僅かにモンスターの胴の右側を掠めてしまった。ドロドロしたモンスターの表面の下の、分厚い皮まで斬り裂いている。
まずいと思った。瞬時に背後に回ったとしても、今から背後に回りますよと教えたようなものだったから。
ただ、斬り方によってはその体を刃で直接斬る事が出来る。それは分かった……いや、何で分かったんだ?
あまりの速さに剣先を見ている余裕がなかった。オレはグレイプニールの剣先を見ていなかったんだ。なのに、オレは剣先でどの程度切りつけ、傷口がどうなっていたのかまで分かってる。
グレイプニールの刃が溶けていない事も把握しているし、既にホッとしている。
「……まるで、自分がグレイプニールになったかのよう、いや、グレイプニールの剣先まで自分の手になったかのよう」
「そでは共鳴ます、ぬし、よごでぎるます」
共鳴したから、グレイプニールの感覚や見ているものを、オレも共有している?
「グレイプニールの力を、オレも共有して……? 気力を合わせて強くなれるだけじゃないのか」
「ぴゅい。なおうきょうとわるもももしゅた、斬ゆ、たいじゅ! よごでぎます!」
モンスターを斬れる事は分かった。グレイプニールが溶けない事も分かった。後はあのドロドロが皮膚に付かないようにすれば、斬り倒す事は出来る!
モンスターは右によろつきながらオレ達へと向き直る。攻撃的な視線は相変わらずだが、口から伸びる触手は2本に減っている。
すぐに2体のモンスターを吐き出したけど構わない。
会場内はシーンと静まっている。視線の先に客席があるはずなのに、オレの視界にはモンスターとその周囲しか映っていない。
「向こうはまだ体制が整ってない。次こそブルク……おあぁっ!?」
「あやく斬りまさい!」
「ちょっ、おい!」
グレイプニールを構えた途端、オレは引っ張られるように駆けだした。残念ながら、今度もたった1歩で数十メルテの距離を詰めてしまう。
共鳴していると、グレイプニールもオレの体を操れるって事なのか?
「ぶるくましゅ!」
「わ、ブルクラッシュ!」
2度も失敗できない。オレは慌てて振りかぶったんだけど、それも反動が付き過ぎて振りかぶりが大きくなり、グレイプニールの刃先がオレの尻尾をふわっと掠ってしまう。
魔法剣に仕立てる余裕はなかったが、オレは全力で振り下ろし攻撃を食らわせた。目を瞑り、口を閉じ、ドロドロが入らない様にした……けれど、目の前がどうなっているのか、はっきりと分かる。
これはグレイプニールが見ている光景なんだ。
オレが振りかぶった時、吐き出されたモンスターが立ち上がった。どちらも形はゴブリン系で、その背後にいる肝心のモンスターは、口を触手にして開いたところ。
その触手がオレの腕に巻きつこうとした瞬間、グレイプニールの刃が3体を同時に叩き斬った。
ドロドロが飛び散り、オレの軽鎧や小手、インナーが少し溶けた。それでも致命傷は食らわせたはずだ。
「よし! もう一撃!」
オレとグレイプニールが共鳴すれば、どんな強敵にも負ける事はない!
「次はファイアソードのまま、叩き斬る!」
「ぴゅい! ぬし、良います! ボクぬしご一緒、あびちくまい! つもい!」
まさか、魔王教徒が生み出したモンスターがこの程度で倒れるとは思っていない。グレイプニールを構え、今度は斜め下から切り上げるような形で剣を振り切るつもりだ。
「ファイア……技の名前まだない!」
カッコよく決めようと思ったけど、斬り払いのファイアソードをどう言えばいいか、考えてなかった。とにかく炎と刃、両方で斬って、今度は傷口の再生を邪魔する!
ケルピー退治の時と同じさ、断面が凍ったり焼かれたりしていれば、もうその部分をくっつけて再生する事は出来ない。
斬ると同時に焼く。あいつが形を保てないよう、細かく切り刻む!
「振りきる!」
グレイプニールの鋭い刃が、黒くドロドロしたモンスターの喉元にしっかりと入った。そのまま全力で腕を振り切り、頭を落とす!
「ぬし!」
「大丈夫だ!」
モンスターがオレの右小手に嚙みついた。頭を跳ね飛ばされるその瞬間も、抵抗どころかオレを襲う事を止めないんだな。
痛くはない、小手があるから。だけど小手の革部分だけでなく、ゾディアック合金までもが酸で溶かされていく。腕は失えないけど、このチャンスを逃せもしない。
モンスターの首はスッパリと刎ねた。それと同時に噛みつきも強くなり、まるでオレを道連れにするかのようだ。
小手が熱い。革はもうじき溶け切ってしまうだろう。
「だ、大丈夫じゃないかも!」
「ぬし! きろく、小手、使いまさい!」
「小……そうか、防具にも気力を纏えばある程度防げるのか!」
気力を小手に集中させ、皮膚を守る。腕を振り回したりグレイプニールで突き刺したりしているうち、やがてモンスターの噛む力は失われ、頭部は地面に落ちた。
「やった……のか?」
ドロドロしたものがピタリと止まり、ボトリと落ちたモンスターの頭部は動かない。剥がれ落ちた黒いヘドロの中から現れたのは、狼型の頭蓋骨だった。
「よ、よし!」
オレがそう声にしたと同時に、会場内から歓声と割れんばかりの拍手が沸き上がった。周囲の事なんかすっかり忘れていたから、オレはビックリして跳び上がってしまった。
「倒したぞ!」
「炎の剣なんて初めて見た! 出来る人、そんなにいないんじゃなかったっけ?」
「捕獲班が苦戦したってほんと? 戦いはドキドキしたけど勝ったじゃない!」
いくつか声を拾えたけど、オレは耳よりも目の前の光景に集中する事にした。
モンスターの体の方はまだブクブクと泡を立て、頭部を失ってもまだ活動を止めるつもりはなさそうだ。
頭部が完全に腐りきって骨をむき出しにしているという事は、やっぱりアンデッドなのか?
あれ、この状況、エインダー島で見掛けたのと同じ……
だとしたら、これからこいつが会場を埋め尽くす……?
『挑戦者イース・イグニスタの勝利です! 見事、正体不明の新種を倒しました!』
会場内には妙に明るいアナウンスが響き渡る。もう試合は終わったと思っているんだ。
違う、まだ終わってなんかない。
「まだだ! まだ終わってない! 治癒術士、攻撃術士、いたら至急手伝ってくれ! 使えない人は退避を!」
オレの叫びはどこまで伝わっただろうか。オレがブクブクと黒い泡を噴き出すモンスターの体にファイアを唱えた時、後方からヒールが飛んできた。
「イース!」
「レイラさん!」
「誰か! 魔法使いは全員手を貸して! こいつはこれで倒れるようなモンスターじゃないわ!」