Starless night-07 自分に足りなかったもの
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「グレイプニール!」
今まで相手したモンスターより確実に強い。その禍々しさは目よりも先に肌で感じることが出来た。
腐りかけのような体、その足が踏みしめる度に変色していく地面、瘴気を纏い、タコ足のように動く口。その体でどんな攻撃をしてくるのか、想像もつかない。
それでも、コイツがオレ以外に興味を持たないよう、惹きつけないといけない。戦えないなどと言っている暇はなかった。
「魔法剣、行くぞ!」
「ぴゅい。ぬし、共鳴、しますか?」
「気力を十分使わないと出来ない、最初から全力で試す!」
何が効くのか分からない。まずはファイアを唱えるつもりで魔力を溜め、グレイプニールへと預けていく。
炎を纏った剣が目立ったおかげか、モンスターの注意はオレに向いている。
「剣閃だ、気力の刃で斬る。接近戦はアイツの出方を伺ってからだ」
剣を地面と水平に構え、低い姿勢で思い切り振りきる。そこにグレイプニールが留めてくれた魔法が乗れば、魔法剣ファイアソードだ。
闘技場では派手な攻撃が好まれると思い、当初から使う気でいたけど……もうそんな事は言ってられない。
「ファイアソード!」
グレイプニールを振り切った残像から気力の刃が発生し、モンスターへと襲い掛かる。その刃を炎が包むおかげで相手からはブレて見えるし、避けづらいはずだ。
「よし、当てたぞ!」
「ぬし、立ち止まる、よごまい! あち動きまさい!」
つい攻撃が効いたかを確認したくなるオレに、グレイプニールが喝を入れる。足を止めず慌てて左に飛んだ時、オレがいた場所に向かって何かが襲い掛かった。
「な……尻尾? 鞭? なんだ?」
客席のいたる所から悲鳴が上がり、声援や怒号ではない叫びが場内を包み込む。
剣閃の刃とファイアの炎がモンスターから剥がれ落ちた時、その何かの正体が分かった。
「あ、あいつの……口?」
まるでタコの足と表現したその口は、花びらのように口から咲いたまま。
それが10メルテ以上離れた場所まで触手のように伸びていたんだ。気色悪いのも勿論だけど、あれに体を巻き取られたら……。
モンスターの体に損傷は見られない。ドス黒い液体がボタボタと落ちてはいるけれど、弱ってはいないみたいだ。
「しばらく接近戦は無理だ。出来るだけ離れて遠距離攻撃する!」
「おぉう、ボク斬るでぎまい。しかたまい」
「まずあの面倒な口というか触手というか、あれを切り落とさないと……うぉう!?」
モンスターがオレに向かってその気色悪い口を広げたかと思うと、一度触手が全て口の中に戻った。
その隙にグレイプニールを構え直そうとしたのも束の間、再び触手が開き、同時に口から何かを飛ばした。
「あっぶね……な、なんだ」
「ぬし、もしゅた、見るしまさい! ボクちまう見るます!」
モンスターから視線を逸らす隙がない。それを察知したグレイプニールが、何を吐き出したのかを確認する。「おぉう」と言ったから、恐らくあまりいいものではない。
「ぬし、あで動くます」
「は、はぁ?」
「もしゅた、もしゅたうつしまた」
「モンスターを……撃つ? 口からモンスターを吐いたって事?」
グレイプニールの言った意味が分からず、ひとまず距離を取りつつ吐かれたものを視界に入れる。
場内には岩や木製の柵などが置かれ、それらを上手く利用して戦うことを想定しているらしいけど……アイツ相手に隠れても意味がなさそうだ。オレは岩の上に飛び乗り、モンスターを見下ろす形で状況を確認した。
グレイプニールが言った通り、アイツが放った真っ黒な何かはモゾモゾと動いている。
「もしかして、自分が取り入れたモンスターを……?」
そのヘドロのような何かの中から、ゴブリンのような黒い個体が這い出てきた。それを呆然と見つめていると、グレイプニールがまたもやオレに呼びかけた。
「ぬし! つぎのなおうけん!」
「あ、ああ」
動揺を隠しきれず、相手から視線を外してしまった1,2秒で、またもや相手の触手がオレを襲おうとしていた。
近寄ってきたにも関わらずオレに届かなかったから、10メルテくらいが触手を伸ばせる限界か。
「ファイアソ……無理だ!」
モンスターの動きが素早い。咄嗟に右へと跳んだけれど、口を開けたまま突進され、とうとう装備に触手の端が触れてしまった。
「うっそ、これエイントバークスパイダーの糸で出来てんのに」
とても丈夫で、切創にも熱にも強く、酸にも耐性がある生地。それなのに触手が触れた部分は、劇薬をかけられたように溶けた。これ、グレイプニールまで溶けたり……しないよな?
「ゴブリンを先に倒すぞ! アイツにはまだ近づけない! でもオレの力量じゃ気力の刃だけでは倒せそうにない」
これで逃げてしまえば、きっとレイラさんとオルターに愛想を尽かされてしまう。ここまで追い込まれても頑張れない奴だと思われる。
だけど、現実的に考えて倒せると思えない。
「どうしよう、どうしたら……うぉっ!?」
「ぬし、ボク見るします! もしゅた動くもしえるます! いぱいお考えるしまさい!」
幸い、オレにはグレイプニールがある。グレイプニールの指示通りに動き、モンスターの動きを躱していく。
時々言われた通りに魔法剣を振るい、岩の裏に回り、その隙に距離を稼ぐ。
どうすればいい。こいつは父さん達が相手した4魔や、アークドラゴンより確実に弱いんだ。だって闘技場専属のシルバーバスターが相手に出来る程度なんだから。
父さん達は圧倒的に足りない経験と技量を補うため、伝説の武器達と共に知恵を出し合って倒した。時にはその場の閃きや、死ぬ気で立ち向かう事で補った。
1人で立ち向かうのとは違うかもしれないけど、父さん達に逃げるという選択肢はなかった。逃げたら死人が出る、そんな状況を背負っていた。
オレは今、何を背負ってる? 何も背負っていないじゃないか。そんなオレが負けても無様なだけじゃないのか。
英雄の子なのに、結局そう言われるんじゃないのか。
「ぬし! あち、きろく、付けるまさい!」
「足!? 気力を足にどう……」
「岩、乗るします、跳ぶします!」
「え、何で」
「しまさい!」
グレイプニールに事細かな説明を求めるのは無理。とにかくオレは今、グレイプニールを信じるしかない。それ以外に何も出来る事はない。
「跳ぶぞ!」
モンスターがオレを追い回しつつ、ちょこまか動くオレを捕え損ねて一瞬だけ足を滑らせた。その隙にオレは背丈ほどの岩に飛び乗り、そこから高く跳んだ。
「ふんっ……ぬ!」
「ぬし! きろく! ボクお溜めまさい!」
「た、溜める!」
「ボク、先向けまさい! もしゅた、向けまさい!」
「剣先を? む……うわっ!?」
どれくらいの高さだろうか、気力を使って飛べば10メルテ程には達しているだろうか。高く跳び上がり、グレイプニールの剣先をモンスターに向けた瞬間、オレの気力が暴発した。
「ぐっ!?」
剣先から光線のように放たれた気力が、モンスターが大きく広げた口へと襲い掛かる。それはまるで光の槍で突くような一撃。
オレはその威力の反動で弾き飛ばされ、岩から数メルテ後方に着地した。
「な、まさかグレイプニール」
「ぴゅい! ぬし、もう1回するます! 斬る、よごでぎまい、叩く、よごでぎまい。突くよごでぎしまた」
「試していない攻撃を……やってくれたのか」
「ぴゅい。ボク、ぬしよごでぎる、いちゅつもい、思うます。ボクのぬします、つもいます」
ああ、そっか。そうだった。オレに足りないのは、これだった。
何かを信じる事、託す事、オレはそれが怖かったんだ。
グレイプニールは信じてくれている。最初からずっと、オレなら出来ると。父さん達もそうだ、倒せると信じて戦った。
レイラさんやオルターの事は信頼しているし、これ以上ないパーティーだと思ってる。だけど……自信がないせいで信じるのも信じられるのも一歩引いていた。
オレがオレや周りを信じないと、駄目だったんだ。
モンスターの体から黒い液体が大量に噴き出した。
グレイプニールがオレを信じた結果だ。今度はオレの番。
「グレイプニール! 共鳴だ!」