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Starless night-07 自分に足りなかったもの



 * * * * * * * * *



「グレイプニール!」


 今まで相手したモンスターより確実に強い。その禍々しさは目よりも先に肌で感じることが出来た。

 腐りかけのような体、その足が踏みしめる度に変色していく地面、瘴気を纏い、タコ足のように動く口。その体でどんな攻撃をしてくるのか、想像もつかない。


 それでも、コイツがオレ以外に興味を持たないよう、惹きつけないといけない。戦えないなどと言っている暇はなかった。


「魔法剣、行くぞ!」

「ぴゅい。ぬし、共鳴、しますか?」

「気力を十分使わないと出来ない、最初から全力で試す!」


 何が効くのか分からない。まずはファイアを唱えるつもりで魔力を溜め、グレイプニールへと預けていく。

 炎を纏った剣が目立ったおかげか、モンスターの注意はオレに向いている。


「剣閃だ、気力の刃で斬る。接近戦はアイツの出方を伺ってからだ」


 剣を地面と水平に構え、低い姿勢で思い切り振りきる。そこにグレイプニールが留めてくれた魔法が乗れば、魔法剣ファイアソードだ。

 闘技場では派手な攻撃が好まれると思い、当初から使う気でいたけど……もうそんな事は言ってられない。


「ファイアソード!」


 グレイプニールを振り切った残像から気力の刃が発生し、モンスターへと襲い掛かる。その刃を炎が包むおかげで相手からはブレて見えるし、避けづらいはずだ。


「よし、当てたぞ!」

「ぬし、立ち止まる、よごまい! あち動きまさい!」


 つい攻撃が効いたかを確認したくなるオレに、グレイプニールが喝を入れる。足を止めず慌てて左に飛んだ時、オレがいた場所に向かって何かが襲い掛かった。


「な……尻尾? 鞭? なんだ?」


 客席のいたる所から悲鳴が上がり、声援や怒号ではない叫びが場内を包み込む。

 剣閃の刃とファイアの炎がモンスターから剥がれ落ちた時、その何かの正体が分かった。


「あ、あいつの……口?」


 まるでタコの足と表現したその口は、花びらのように口から咲いたまま。

 それが10メルテ以上離れた場所まで触手のように伸びていたんだ。気色悪いのも勿論だけど、あれに体を巻き取られたら……。


 モンスターの体に損傷は見られない。ドス黒い液体がボタボタと落ちてはいるけれど、弱ってはいないみたいだ。


「しばらく接近戦は無理だ。出来るだけ離れて遠距離攻撃する!」

「おぉう、ボク斬るでぎまい。しかたまい」

「まずあの面倒な口というか触手というか、あれを切り落とさないと……うぉう!?」


 モンスターがオレに向かってその気色悪い口を広げたかと思うと、一度触手が全て口の中に戻った。

 その隙にグレイプニールを構え直そうとしたのも束の間、再び触手が開き、同時に口から何かを飛ばした。


「あっぶね……な、なんだ」

「ぬし、もしゅた、見るしまさい! ボクちまう見るます!」


 モンスターから視線を逸らす隙がない。それを察知したグレイプニールが、何を吐き出したのかを確認する。「おぉう」と言ったから、恐らくあまりいいものではない。


「ぬし、あで動くます」

「は、はぁ?」

「もしゅた、もしゅたうつしまた」

「モンスターを……撃つ? 口からモンスターを吐いたって事?」


 グレイプニールの言った意味が分からず、ひとまず距離を取りつつ吐かれたものを視界に入れる。

 場内には岩や木製の柵などが置かれ、それらを上手く利用して戦うことを想定しているらしいけど……アイツ相手に隠れても意味がなさそうだ。オレは岩の上に飛び乗り、モンスターを見下ろす形で状況を確認した。


 グレイプニールが言った通り、アイツが放った真っ黒な何かはモゾモゾと動いている。


「もしかして、自分が取り入れたモンスターを……?」


 そのヘドロのような何かの中から、ゴブリンのような黒い個体が這い出てきた。それを呆然と見つめていると、グレイプニールがまたもやオレに呼びかけた。


「ぬし! つぎのなおうけん!」

「あ、ああ」


 動揺を隠しきれず、相手から視線を外してしまった1,2秒で、またもや相手の触手がオレを襲おうとしていた。

 近寄ってきたにも関わらずオレに届かなかったから、10メルテくらいが触手を伸ばせる限界か。


「ファイアソ……無理だ!」


 モンスターの動きが素早い。咄嗟に右へと跳んだけれど、口を開けたまま突進され、とうとう装備に触手の端が触れてしまった。


「うっそ、これエイントバークスパイダーの糸で出来てんのに」


 とても丈夫で、切創にも熱にも強く、酸にも耐性がある生地。それなのに触手が触れた部分は、劇薬をかけられたように溶けた。これ、グレイプニールまで溶けたり……しないよな?


「ゴブリンを先に倒すぞ! アイツにはまだ近づけない! でもオレの力量じゃ気力の刃だけでは倒せそうにない」


 これで逃げてしまえば、きっとレイラさんとオルターに愛想を尽かされてしまう。ここまで追い込まれても頑張れない奴だと思われる。


 だけど、現実的に考えて倒せると思えない。


「どうしよう、どうしたら……うぉっ!?」

「ぬし、ボク見るします! もしゅた動くもしえるます! いぱいお考えるしまさい!」


 幸い、オレにはグレイプニールがある。グレイプニールの指示通りに動き、モンスターの動きを躱していく。

 時々言われた通りに魔法剣を振るい、岩の裏に回り、その隙に距離を稼ぐ。


 どうすればいい。こいつは父さん達が相手した4魔や、アークドラゴンより確実に弱いんだ。だって闘技場専属のシルバーバスターが相手に出来る程度なんだから。


 父さん達は圧倒的に足りない経験と技量を補うため、伝説の武器達と共に知恵を出し合って倒した。時にはその場の閃きや、死ぬ気で立ち向かう事で補った。


 1人で立ち向かうのとは違うかもしれないけど、父さん達に逃げるという選択肢はなかった。逃げたら死人が出る、そんな状況を背負っていた。


 オレは今、何を背負ってる? 何も背負っていないじゃないか。そんなオレが負けても無様なだけじゃないのか。


 英雄の子なのに、結局そう言われるんじゃないのか。


「ぬし! あち、きろく、付けるまさい!」

「足!? 気力を足にどう……」

「岩、乗るします、跳ぶします!」

「え、何で」

「しまさい!」


 グレイプニールに事細かな説明を求めるのは無理。とにかくオレは今、グレイプニールを信じるしかない。それ以外に何も出来る事はない。


「跳ぶぞ!」


 モンスターがオレを追い回しつつ、ちょこまか動くオレを捕え損ねて一瞬だけ足を滑らせた。その隙にオレは背丈ほどの岩に飛び乗り、そこから高く跳んだ。


「ふんっ……ぬ!」

「ぬし! きろく! ボクお溜めまさい!」

「た、溜める!」

「ボク、先向けまさい! もしゅた、向けまさい!」

「剣先を? む……うわっ!?」


 どれくらいの高さだろうか、気力を使って飛べば10メルテ程には達しているだろうか。高く跳び上がり、グレイプニールの剣先をモンスターに向けた瞬間、オレの気力が暴発した。


「ぐっ!?」


 剣先から光線のように放たれた気力が、モンスターが大きく広げた口へと襲い掛かる。それはまるで光の槍で突くような一撃。

 オレはその威力の反動で弾き飛ばされ、岩から数メルテ後方に着地した。


「な、まさかグレイプニール」

「ぴゅい! ぬし、もう1回するます! 斬る、よごでぎまい、叩く、よごでぎまい。突くよごでぎしまた」

「試していない攻撃を……やってくれたのか」

「ぴゅい。ボク、ぬしよごでぎる、いちゅつもい、思うます。ボクのぬします、つもいます」


 ああ、そっか。そうだった。オレに足りないのは、これだった。

 何かを信じる事、託す事、オレはそれが怖かったんだ。


 グレイプニールは信じてくれている。最初からずっと、オレなら出来ると。父さん達もそうだ、倒せると信じて戦った。

 レイラさんやオルターの事は信頼しているし、これ以上ないパーティーだと思ってる。だけど……自信がないせいで信じるのも信じられるのも一歩引いていた。


 オレがオレや周りを信じないと、駄目だったんだ。


 モンスターの体から黒い液体が大量に噴き出した。

 グレイプニールがオレを信じた結果だ。今度はオレの番。


「グレイプニール! 共鳴だ!」

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