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Starless night-06(レイラ視点) 観客席にて



 * * * * * * * * *




「まあ、オルターが負ける事はないと思ってた。でも予想より早かったわね」


 闘技場の西側、数十段ある観客席の下から3番目。


「でもリボルバーを取り出す時、完璧主義が故に次に使いやすいかどうかを考えてない。暴発を防ぐつもりだったのか、それとも取り出しにもたついたのか」


 レイラは観戦しながらも冷静に分析しつつ、オルターの勝利にホッとしていた。


 レイラが競技に参加しなかったのは、治癒術士の攻撃手段が限られるせいだった。武器攻撃を習得するには遅すぎる上、攻撃術は治癒の魔力と相性が悪い。試合に出ても戦えない。


 それと、彼女は自分のパーティーメンバーがどのように動くのかを研究しようと考えていた。一歩引いて危機が迫っていない状況で見る動きは、いつも注視出来ない癖などを見抜きやすい。


「必ず左足を前に出して撃つから、場合によっては撃つ機会を逃してる。正確性のためというより、あれは癖ね。撃った後で当たったかどうか見たくて次の行動が遅れるのも」


 自分で自分の様子を見る事が出来ない分、誰かが指摘するしかない。本人がそれでも変えない主義ならどうしようもないが、もし無意識なのであれば改善できる。


「問題はイース坊やね。この状況で自信もって戦えないなら、あの子は幾ら才能があろうとバスターには向いてないんだと思う」


 会場内はオルターの戦いを衝撃的だったと語る者で溢れ、銃術士は弱い、使えないという定説が覆された。レイラはオルターの活躍が管理所に届くのも時間の問題だとほくそ笑む。


 それと同時に、イースがここで勝ち、皆に称賛されなければ計画が台無しだと心配もしていた。


 会場内の放送では、イースの名前が響き渡っている。イグニスタ姓にピンと来ない者が闘技場に来るはずもない。


「うっそ、ねえ、イース・イグニスタってあの英雄の!?」

「ほんとかよ……クッソ! そんな奴が出場するなんて思ってなかった」

「初参加、剣術士、ブルー等級、バスター2年目……相手は新種。これで勝ちに賭けるなんて思わないだろ普通!」


 出場者の名前や顔写真は出ない。そうでなければ安牌しか選ばないベテランにひたすら賭けるだけで儲ける奴が現れるからだ。

 出場回数も10回を超えると10回以上としか記されない。勝利回数は分からない。

 同じ条件の他人がいた場合、観客が券を購入する際、目当ての挑戦者がどの投票券か分からない仕組みになっている。


 挑戦者の出場回数が多ければ、観客が勝利に賭けた時の分配率は下がる。反対に敗北時は上がっていく。

 闘技場のベテランが出場した場合、一攫千金狙いで負けに賭ける者もいる。


「まあ、あたしは2人の勝利に賭けたけどね」


 レイラの手には、オルター戦、イース戦のそれぞれ30口分の勝利者投票券が握られていた。オルターに賭けた投票券のおかげで、レイラはたった数分で10万ゴールド以上を稼いだことになる。


 1口500ゴールド、オルター戦の倍率は7倍。イース戦は相手が正体不明であることから、10倍となっている。どちらも敗北に賭けた場合の倍率は2倍。

 格上のモンスターを相手にし、かつ初出場で勝利を収める者はまずいない。多くが敗北に賭けていた。


「問題はあたしね。イースに偉そうな事を言ったけど、一番昇格が難しいのはあたし。強いモンスターを倒して名声を勝ち取るのは無理。あたしの昇格は、あの2人と一緒に戦う事でしかあり得ない」


 2人が認められ、仮にオレンジ等級に上がったとする。その場合、レイラはブルー等級のままだ。彼女は2人の成長と昇格に確信を持つ一方、自信の昇格には焦りを感じていた。


 周囲がイースの試合が始まるのを今か今かと待っている中、とうとうイースの登場を告げるアナウンスが始まった。

 英雄の息子とは一体どんな容姿なのか、どんな戦いを見せてくれるのか。老若男女を問わず皆が食い入る様に見守る。


「あ、あの子! 見た事ある! 闘技場の前で話し込んでるの見たもん!」

「あ、弓術士のシャルナクさんと同じ猫人族の見た目なんだ」

「私にも双眼鏡貸してよ! ……あ、見て見て、カッコイイ!」


 前評判だけなら上々だ。後は試合でどんな戦法を見せてくれるのか。相手が未確認の正体不明モンスターとだけ知らされているため、観客はモンスター用のゲートへと視線を移す。


 間もなくモンスター用のゲートに移動式の檻が運び込まれた。外の扉の鍵が外され、係員がゲートの上でワイヤーを巻き上げていく。

 次第に上がっていく扉の中はまだ見えない。


『さあ、挑戦者イース・イグニスタが相手をするのは……我々も見た事のない新種のモンスター! 捕獲班が多変苦労し、もう捕えたくないと愚痴を零した個体です!』


「ちょ、ちょっと、そんなのを相手させるわけ?」

「これ、英雄の子が負けたとなりゃ、闘技場側に苦情が入らねえか?」

「言うだけで実は弱かったりするんじゃないの? 忖度ってやつ、わざと強いように見せるとかさ」


 観客がそのように会話をする中、レイラは嫌な予感がしていた。魔力を辿る事が出来る双眼鏡型の「魔具」で檻を見ると、その一帯が真っ赤に染まっていたからだ。


 それはそこに強力な魔力が滞留しているという事。つまり、強いモンスターがいるという事。イエティの際に測定したものとは比べものにならない。


「少なくともオレンジ等級なんかじゃない、パープル……もしかしたらシルバーでも」


 レイラは無意識に鞄の中の魔術書へと手を伸ばしていた。

 危なくなれば捕獲も担当している闘技場専属のバスターが助けてくれるとはいえ、自分も助けに入る準備だけはしておきたかったのだ。


「……でも、ベテランが見た事ないモンスターなんて、今どきあり得る? もう何十年と新種は見つかってないはず。捕獲班やこの地域の管理所が知らないだけってのも可能性としてはあるかも」


 そう呟いた直後、モンスターが檻から出てきた。

 真っ黒な体からは黒い瘴気が漏れ、踏みつけた闘技場の土がまるで腐ったように変色する。

 見た目は狼のようにも見えるが、体は大きく明らかに通常とは異なり腐っているかのようだ。


 レイラはその見た目に心当たりがあった。


「まずい」


 そう呟いたレイラに気付き、隣に座っていた中年の男が心配そうに声を掛けた。


「大丈夫か? あんな気持ち悪いモンスター、俺も初めて見た。気分が悪いなら見ない方がいい」

「……大丈夫です。それより、何かあった時すぐ動けるよう、荷物は纏めておいて下さい」

「ん? どういう事だ」

「ここの誰もが1度だって見た事のない強さです。万が一観客席に乗り込んで来たら全員死にます」

「でも、捕獲班は無事だったんだし、何かありゃあ」


 レイラは男の言葉に首を振る。


「満腹だったのかもね。この辺りなら弱い動物やモンスターを食べ放題だもの。今あいつは……捕えられてから何も食べられなくて飢えてるはず。目に入ったもの全てが餌だわ」


 異様なモンスターに会場内が騒然としている。そんな中、レイラは自分の出番がなければいいと願いつつ、魔術書を鞄から取り出した。

 それと同時にモンスターの咆哮が響き渡った。甲高い女性の悲鳴と、イエティよりも低い叫びが混ざったような声。それが会場内の観客を一瞬で黙らせる。


 咆哮を響かせるその口は狼とは異なり、上下2つではなく上下左右に割れている。まるで食虫植物の花弁のようにおぞましい。


「イース……」


 モンスターが辺りを見回す。5メルテの壁プラス2メルテの柵があるとはいえ、飛び越えるかもしれない。先に観客席に飛び込まれたら死人が出る。

それを察したのか、先に動いたのはイースだった。


「グレイプニール!」


 イースの声が響き、モンスターがイースへと注目した。

 燃え盛る炎の剣が襲い掛かってくる事を把握し、モンスターもまた、イースへの攻撃態勢を取った。

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