Starless night-05 挑戦者たち
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『さあ、続きまして、討伐戦初参加の若者の登場です!』
場内に拡声器から流れる声が響き渡る。紹介されたのはオルターだ。
ここまで18人が戦い、勝った挑戦者は7人。意外にも勝率は高くない。
勝者のうち5人は闘技場歴数年のベテラン、残りの2人は3回目の挑戦との事だった。
勝因は闘技場での戦い方を知り尽くしているってだけ。戦い方は実力というより攻略法を知っている動きって感じだった。
一方、大抵のバスターは、パーティーでモンスターと対峙するのが当然だ。そのためモンスターと1対1で誰の援護もない状態に苦労する。
勝てなかったバスターは、連携なしでの己の実力を知らなかったんだ。
「頑張って来いよ、観客席で見てる」
「イース」
「ん?」
「俺、本当は今のイースのままでもいいのかもしれないって思った。その弱気な部分を過剰に出さなけりゃ、結局やらないといけない事は進んでやってんだし」
オルターが入場の指示が出る前、オレに話しかける。一瞬何のことか分からなかったけど、この闘技場に来た理由の話だと分かった。
「そう……かな。周囲の目を気にし過ぎてるのは自分でも何とかしたいんだけど」
「魔王教徒が作り出したモンスターかもしれない、そう思った時のイースは? 周囲の目なんて気にしないで、討伐する事しか考えなかっただろ?」
「そう言われるとそうかもしれない。どう思われるかなんて考えてなかった」
「イースは勝手に気にして勝手に落ち込んでるだけだ。今までやるべき事をしっかりやってきた。誰かのために動いてきた。自分の食い扶持のためにバスターやってる奴には負けねえよ」
オルターがそう言って試合の場へと歩き出す。左拳を上げ、賞金で何を買うか決めようぜと言って笑う。
不遇職だからと言いつつ、オルターは自分に絶対の自信を持っている。実際に周りから不遇職だと思われているにも関わらず、その実力で黙らせてきた。
そして、オルターはオレの付き添いと言いながら、本当はその実力でオレ達のパーティーの評価を上げようと狙っている。エインダー島での討伐隊に参加するためだ。
ブルー等級で駄目ならブルー等級以上の実力を見せつけ、さっさと昇格して参加条件を満たせばいい。特別扱いではなく正々堂々と。
オルターはそうやって今までオレ達の自信の柱になってきた。
「グレイプニール、オレも負けてられないな」
「おぉう、ぬし戦う何お負けしますか?」
「ううん、元々負けてなんかいなかったのに、負けるのが怖くて怯えていたんだ」
「おみえる、何ますか?」
「怯える。怖くて不安で、戦えない気分になっちゃうこと」
武器に怯えるという感情はあるんだろうか。勇ましく相手を倒すために存在するのだから、きっと、ないんだろう。
持ち主がウジウジして武器の性能を引き出せないなんて、勿体ない。
「グレイプニールが怯える事、ある?」
「ぴゅうむ……おぁっ、あるます! あでもう嫌ます」
「え、あるの?」
「ぴゅい。ていむんけんさ、ボクおみえるます」
「てい……ああ、成分検査か」
「はち、ボクぎちちします。あぶちぃします。おクスリ塗らでます。ボク嫌ますおじゃべりますも止めるしでくれまい……ぬしお助けるしますか! おじゃべる、ぬし来るしでくれまい……」
「ごめんごめん、成分検査は1回だけ、針も眩しいのももうないから安心して」
そういえば武器達は検査が苦手だったっけ。あの時はグレイプニールが最初から最後まで叫び続け、もう大変だった。
グレー等級で持つ事が可能な武器の素材は限られている。鉄、そして木や骨などの生物素材だ。アダマンタイトは生物の甲羅だから、要件で言えばグレー等級でも持つことが可能。
本当にアダマンタイトなのか調べてもらわなきゃいけなかったんだけど……検査が終わった後、グレイプニールは撫でろ、拭け、ぎゅっとしろと煩かった。
「……よし、オルターの試合、始まるぞ。上の階に行こう」
「おるた、勝ちますか?」
「うん、オルターは勝つよ。あいつは絶対に」
青空の下、観客席の上だけに屋根がある闘技場は、多くの観客で賑わっていた。
日頃の観客数は分からないけれど、大陸の南部とはいえ肌寒い気候の中でも客席はほぼ埋まっている。
オレは観客席の中段に腰を下ろし、オルターとモンスターの戦いを見守る事にした。レイラさんはどこにいるんだろう、この人数じゃ探せないかな。
「うわ、猫人族だ」
「ほんとね、珍しいわ」
オレの耳や尻尾が珍しいのか、周囲がオルターではなくオレを見ている。なんだか落ち着かないなと思っていると、オルターが銃を持ち替え、すぐに大きな爆発音が響いた。
「うおっ!?」
「えー、何? 見えなかった―!」
「あのでっかい銃見ろよ、モンスターの腕が吹き飛んだぞ」
「あれを持ち運んで逃げ回りながら、きちんとモンスターを狙ってるって事?」
「それだけじゃねえよ。観客席に流れ弾が飛んでいかないよう、撃つ時の方向まで確認してやがる」
モンスターはイエティ。別名、雪男。体表の厚く長い毛と固い皮膚が厄介なモンスターだ。おまけに撃たれようが人を襲うのを止めない。
一方、銃はただの動物相手でも1発では仕留められない事が多い。
熊や鹿を狩る時も、1発ではなく数発撃ったり、血の跡を追って弱った所を仕留める。そんな銃術士が1人でモンスターと対峙する事など、誰もが無謀だと思っていた。
でも、今はみんなその見方を変えている。確かに銃は応用が利かず、ある程度の強さのモンスターには剣や槍、魔法の方が有効だ。それは事実と言っていい。
ただし、その技術力、適正を備えた奴であればそこに並ぶ事は出来る。みんなそれを感じ始めていた。
「見て、岩場を利用して跳んだわ!」
「突進するイエティの背後に回る気なんだ!」
「いや角度的に違う……うおーすげえ! 宙返りしながらイエティの頭上で1発撃ち込んだぞ!」
「あーっ、もう! 勝ちに賭けりゃよかった! 負けろって思いながら見てるのが辛いぜ」
「私も勝ちに賭けたらよかった……頑張ってー!」
オルターの戦い方は、もはや曲芸だ。みんな見入っている。
そもそも、イエティは間違ってもブルー等級1人で相手するモンスターじゃない。
そのイエティから1撃も受けることなく、確実に弱らせていく。あれは自信や覚悟がないと出来ない動きだ。
「すげえ、オルターは確実に強くなってる。自分がどうすれば戦えるのか、戦場を知っているんじゃない、自分を知っている動きなんだ」
「ぬし」
「ん?」
「ボクと共鳴、ぬしおできます。ボク、ぬしのなろく、ぬしのきろく。ボク、ぬしの一緒ます」
グレイプニールはオレの一部、そう言いたいんだろう。
グレイプニールはオレの魔力と気力で意思を持つようになった。オレの一部って言い方は確かにそうだと思う。
「うん、お願いするよ。相手は恐らくあの魔王教徒が生み出した強いモンスターだ、強くなきゃ勝てない」
「あっ」
「うぁ」
オルターがイエティの頭上から狙った1発は、僅かに逸れて右肩を撃ち抜いた。
発狂したイエティーが失った左腕の代わりに頭突きで反撃をしようとした時、オルターは大口径のリボルバーをその背中に押し当て、トドメの一撃を放った。
「うっそ、だろ? 勝った……あいつ、勝ったぞ」
「おい! 銃術士なんてゴミだって教えた奴出てこい!」
「まだ駆け出しくらいの年齢じゃないか? 随分と若い気がする」
「あの子、よく見たらカッコいいよね? ほら、ほらあ!」
ああ、この場でオルターの評価は確実に上がった。この戦いの評判で、今までの功績と合わせてオレンジ等級に昇格かもしれない。
『挑戦者、オルター・フランク勝利!』
会場は割れんばかりの拍手と歓声。悔しいけどオレも興奮した。カッコいいと思った。あんな風に戦いたいと思った。
『次の試合まで10分の休憩を挟みます。20人目の挑戦者、イース・イグニスタが相手するモンスターは、なんと新種! 皆さまご期待下さい!』
……名前で「シークとシャルナクの子」だと気付いた人が驚いている。
いいさ、やってやる。凄いと言わせてみせる。
「よし、行こう、グレイプニール!」