Starless night-04 疑惑の闘技場
オルターの言う通り、周りに言わないでくれとお願いしたって無駄だ。お願いしたから言わないというのも、きっとオレは気に入らない。
言わないだけで思っているかもしれないし、陰では言っているかもしれない。
実力がある事を知ってもらう、そして少しでも「英雄の子なのに」と言われる可能性を下げる。「さすが英雄の子」みたいなのは我慢するしかない。
オレ自身を評価してくれと言っても、オレが英雄の子なのは変わらない。
かつて槍術士のビアンカさんも「女にしては」「女なのに」「さすが富豪の令嬢」ばかりで、二言目には「お父様に宜しくお伝えを」と言われて悩んでいたと聞いた。
だけどビアンカさんは結局実力で周囲を黙らせた。
槍術士の中で、ビアンカさんの強さを疑う人はいないし、功績も歴代で1位じゃないかな。実際に現役を退いたビアンカさんを超えようと、行く先々で学びに来る人は後を絶たない。
オレも一緒にいてその強さを目の当たりにした。
「ぬし、ちく来また、お気にしまた。ぬしよごでぎる、ちくの子ね、えいゆの子ねー、いぱい言うさでるしまた。いぱい言うさでる、ぬしお気にするます」
「まあ、シークさんがアマナ島を訪れるなんて滅多にないし、ミスラが大騒動だったのも分かるわ。その息子も来ている……って盛り上がり方だったのも認める」
「気にすんなっつう方が無理かもしれねえけどよ、気にするより、その声を利用してみろよ。俺なんかそうじゃん」
レイラさんもきっと「英雄ゼスタの娘」として声を掛けられたんだろう。管理所で名乗った事で周囲のバスターにも知られたし。
オルターはそんなオレとレイラさんの前で腕組みし、不敵な笑みを浮かべた。
「あの英雄の子供のパーティーに入った銃術士! 不遇職のくせに英雄の子のおかげで!」
「……オルターもそう言われてるね」
「ああ。だけど、そのおかげで俺の存在はすぐに広まった。注目されてるから、俺の腕前も功績も広まった。不遇職のくせに、他の奴だって英雄の子と一緒なら、そう言われたとしても、俺の功績も腕前も消えねえもん」
「あなた、あたしが言える立場じゃないけど……前向きね」
「好きなもの貫けねえ奴に、不遇職なんかやってられねえっすよ」
強けりゃいいんだと言ってふんぞり返るオルターを見て、オレはため息をついた。意外と出来ると思った瞬間はあっても、オレは自分の腕前を客観的に判断して貰ったことはないんだ。
「ぬし、ボクと共鳴、よごでぎまさい。とくめちゅの共鳴、ぬしつもい」
「なんだ? 特別な共鳴って」
「ふひひっ、ボクといちゅ、とくめちゅ!」
「だから何がとくめちゅ~なんだよ」
オルターの問いに、オレはグレイプニールと決めた共鳴方法を教えた。意識を保ったままでいられる事、グレイプニールは一代限り、オレが死ぬとグレイプニールの人格ならぬ剣格は無くなる事など。
「そこまで決断してウジウジしないの! ……あー、そっか。あー分かった!」
レイラさんは何かを納得したみたい。フフっと笑うのがちょっと怖いんだけど。
「そっか、肝心の本人が共鳴した時の強さを知らないんだもんね。そりゃ身に覚えのない成果で評価されたみたいに思っちゃうか」
「んじゃあ、闘技場で最初ちょっと肩慣らしして気力使った後、すぐ共鳴してみろ。自分の強さに驚くぜ? 共鳴していなくてもモンスターを一刀両断出来るのに、その比じゃねえから」
レイラさんとオルターがニヤリと笑う。
オレは共鳴していた間の様子より、結果を気にしていた。だから実は共鳴でどんな戦い方をしていたか、あまり尋ねる事もなく、把握していない。
グレイプニールはどんな戦い方をしていたんだ? いったいどんな強さだったんだ?
* * * * * * * * *
「オルター・フランクさんは19番。イース・イグニスタさんは20番目となります」
「はーい。よっしゃ、行こうぜ」
このランザの町の闘技場は、モンスターを捕まえてくるというクエストもあり、それを専門にしているバスターもいるらしい。
生け捕りは倒すより難しい。請け負うのは必然的にパープルやシルバー等級のバスターって事になる。引退後のバスターの活躍の場としての在り方の1つとしてはいいと思う。
「賭け事の是非は置いといて、バスターの戦い方を間近で見てもらうって、良いと思うの。うちの事件屋が大口のお客様に注目される絶好の機会! 頼んだわ」
「レイラさんは?」
「あたしは治癒術士よ? モンスターを攻撃する手段が殆どないし。今更手に武器を持って戦い始めるには遅い」
レイラさんに見送られ、オレとオルターは1階の控室に。背後で受付の人が「あの人、シーク・イグニスタの!」と話すヒソヒソ声が聞こえた。
今は仕方ない、か。
石造りの円形闘技場はフラウィウス闘技場という名前で、2万人の観客を収容できるらしい。この競技場だけで、人口900人のレンベリンガ村と同じくらいの広さ。人口の20倍以上の収容人数。とんでもない規模だ。
「はい、ようこそ皆さま! 今回初めての方もいらっしゃいますので、簡単ではありますが説明をさせていただきます!」
「なんだ? 初めての奴がいんのか」
周囲には数十人の男女。装備が揃った人から軽装の人まで様々だ。対人戦の人も同じフロアの控室らしい。
「対人戦の武器は木刀とゴム玉のみ。落ちている石などその他の物を攻撃手段や目つぶしなどに使った時点で反則負けです」
「服装は指定の木綿服です。今身に着けているものはすべて更衣室に置き、何も身に着けずに係員のチェックを受け、隣の部屋で渡された服に着替えて下さい」
「攻撃が当たり、塗られた黒い塗料が体に付いた時点で終了です。手加減は無用ですが、お互いを思いやって下さい」
「相手が亡くなっても怪我しても罪にはなりませんが、闘技場は出入り禁止、その後制限される事が多くなるのはご理解下さい」
「対戦者同士の談合が認められた場合、出入り禁止となります」
女の人もいるけど、ルールは承知の上なのか特に恥ずかしがってもいない。まあ控室は男女別だし、いいのかな。
対人戦は力自慢より頭脳戦、持久力戦って感じみたい。
「モンスター戦の方は、モンスター等級別に挑戦が可能です。現在の等級は一切関係ありません。係員が危ないと判断した場合、専属の者が代わりに討伐します。その場合、挑戦者の敗北として扱われます」
「賞金は参加料として5000ゴールド。対人戦勝者は一律5万ゴールド、モンスター戦勝者は等級によって異なります」
オルターは手堅くと言っていたけど、オレンジ等級の「イエティ」と戦う事にした。オレはどうしようか。
「お、おい……なんだこのモンスター」
「オレンジ等級までにこんな奴いたか?」
「もう何度と来てるけど、見た事ねえ」
対戦するモンスターをカタログ写真から選んでいると、別の参加者から声が上がった。いつもはいないモンスターが含まれているらしい。
「突然変異か何かと思うんだが、変わったモンスターがいたもんでせっかくだから。かなり強くてこっちも1人深い傷を負った。今日の目玉として出すが、誰もいなけりゃ最後に捕獲班で倒すイベントに切り替える」
「それを1人で倒せってのはさすがに……俺はやめとく、ネオゴブリンだ。俺は力自慢に来たんじゃねえ、金稼ぎが出来りゃそれでいい」
「俺も飲み代の足しになりゃいいんだ」
それぞれがモンスターを決めていく中、オレは問題のモンスターの写真を見ていた。黒く変色した大蛇なんだけど、頭が狼のよう。
嫌な予感がする。
「オルター、こいつ」
「……イースも思ったか? これ、まずいかもしれねえ」
「オレ、こいつの討伐にする。いずれこういうのと戦う事になるかも、いい機会だ」
もしかしたら、魔王教徒が蟲毒に使用したモンスターじゃないか。
そんな危険な個体と他の人を戦わせる訳にはいかない。
魔王教徒の件をここで明かせば大問題になる。魔王教徒がいたら作戦を変更されてしまう。オレ達はそう判断し、敢えて黙っておく事にした。