Starless night-03 固執
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「イース。あのね、上昇志向の強いバスターなら当たり前なの。より良い条件を引き出す、自分を有利な立場に置く。バスターじゃなくたって常識よ」
「まあ、イースの両親がのんびり屋でガツガツしてないからその影響なんだろうけどな。商店で大量に買うから割引してくれとか、よく言うだろ? 交渉ってのはそういうもんだ」
「うーん、そうなのかな。でもなんか、オレ達が言っちゃうとずるいと思われそうで」
「親が英雄だったら、交渉する権利もないってわけ? あなたが優しいのはよく分かってる。だけど気の使い方を間違ってると思う」
結局、オレ達はアマナ島を旅立った。お世話になった役人の2人に感謝を伝え、今はテレストに向かう船の中。そのままギリングに戻り、事態を行く末を見守る事になっている。
そんな船の中で、オレはレイラさんとオルターから軽いお叱りを受けているところだ。オレが特別扱いを嫌うあまり、上手くいくものも失敗してしまう、という事だった。
管理所に「オレ達はブルー等級だから関係ない」という姿勢を貫いていたものの、オレは段々と悪い事をしているような気分になっていた。
あの場にいたのがオレだけだったら、持っている情報を何もかも喋ってしまい、早々に用済み扱いだったかもしれない。
それを見越したレイラさんは、計画を1つ断念してまでアマナ島を強引に離れる事にしたんだ。
「甘い、甘いのよ。自分に厳しいつもりだろうけど、甘過ぎる」
「お人好し貫いて全部はいはい、ってやってやる覚悟があるならいいさ。でも出来ねえだろ? 自分が我慢すればいいなんて思うなよ、俺ら3人で決める事だ」
「……うん、そうだね」
「ハァ。イース、あんたのその自己肯定感の低さは卑屈を通り越して迷惑。いい? あんたを認めてる人達に、あんたが自ら見る目ないですねって言ってるのと一緒なのを自覚して」
2人とも小さな漁船の揺れで幾分慣れたのか、それとも怒りで酔いを忘れているのか、船酔いで寝込むつもりはないらしい。
オレは頷くしかなかった。
グレイプニールのためにもとか、見返してやるとか、何度も決意して何度も引き下がった。オレ達を作戦に参加させてくれとしがみつく前に、物分かり良さそうに振舞ってしまった。
今回だって、本当はジャビを上手くバスターにさせて、事件屋に引き込むつもりだった。なのにオレが「パープル等級以上」という言葉に抗わなかった。
このパーティーに何かあった時は、オレ相手にゴリ押せばいう事を聞くと思われただろうな。
あーあ、オレ、案外活躍してるなんて思ってたのも束の間。根本的なオレは何も変わってなかった。
「またアルバイト生活に戻るつもり?」
「……いえ、戻りません」
「おじさまからも話は聞いてる。昔は陰で英雄の子供のくせに、英雄の子だから、そう言ってネチネチ嫌味を言われてたってね」
「イースは悔しくねえのか? だから何だ、掛かって来いって思わねえの? 周りの言葉通り、本当に親がいなきゃ何も出来ねえ奴になってどうすんだよ」
「あんたの活躍はバスター協会も認めてる。贔屓や間違いでブルー等級まで上げたりしない。そろそろ周囲の目を気にするの、やめない?」
2人にため息をつかれ、オレの耳も尻尾も垂れ下がっている事だろう。
「ぬし」
「……なんだい」
「ぬし、ボク……お頼りまいなす」
「グレイプニールは頼りになるよ、問題はオレなんだ」
「ボク、お頼りさでる、よごでぎます。ぬし……ボク一緒、だめますか?」
ああ、そうだよな。グレイプニールからすれば、何でボクが一緒なのに自信がないんだ、って思うよな。
グレイプニールは他に替えの利かない名剣だ。それを持ってもオレの意気地なしは治らない。グレイプニールが自分じゃ駄目なのかと落ち込むのも無理はない。
「オレ……どうしても英雄の子だから、って言われるのが怖いんです」
「あたしを見てもそう思う? バスターになったのは数か月前、同期だったバスターはそろそろ4年、5年と経験してベテランの域。あたしも英雄の子よ」
「不遇職のくせに、英雄の子の仲間だからのし上がれたんだろ、俺がそう言われてるのは知ってるよな。何が違う? 俺は怖くないぞ」
「自分だけじゃないかどうかと、オレが怖いと思うかどうかは違うよ」
頑張ろうと何度も思った。もうふっきれたと、何度も思った。でも、駄目だった。考え方1つでどうにかなるなら、オレはこんなになってない。
「仕方ない。テレストに着く前、ランザの港についたらちょっと寄り道」
「えっ、ギリングには」
「今のあんたが帰っても、また管理所の人が来て説得されて終わり。ベネスとシュベインには悪いけど、2,3日遅れるくらいなら許してくれるわ」
「何を……するんですか」
レイラさんがオレを睨み、腕組みをする。オルターは何が起きるのか分かってるんだろう、大きなため息と共に立ち上がり、ベッドへと向かった。
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テレスト王国の東、サウスエジン国。基幹港のランザは、シュトレイ大陸の大きな港の中でも最南端。人口も多く、冬だといっても雪で身動きが出来ない他の町と違って過ごしやすい。
だから、シュトレイ大陸では珍しく、冬のランザは観光客が多いらしい。
その観光客の目的の1つが、オレ達が寄り道した理由だ。
「闘技場……」
「安心して、バスターは対人戦に参加できないから」
「モンスター相手なら、腕試しが出来るんだ。といってもオレンジ等級までだけどな。闘技場側も、モンスターを連れてくるのは一苦労だし」
「へえ、こんなのあったんですね」
闘技場では週に2日、対人戦とモンスター戦が行われる。対人の場合、互いに持つのは木刀かゴムボール。モンスター戦の武器は不問なんだって。
「はい、じゃあエントリーしてきて」
「……え、オレ?」
「みんなの前で自信付けてきなさい。これは事件屋のマスターとしての命令です」
「そんな」
驚いた。レイラさんはオレを闘技場に放り込むつもりだったらしい。オレは観戦で気晴らしでもするのかと思っていたんだ。
「実力を皆の前で見てもらいなさい。先に言っておくけど、勝てたね、凄いね、やっぱり英雄の子だね、なーんて優しい言葉ばかりじゃないからね」
「えっと、あの、オレまだ心の準備が」
さあ行ってらっしゃいって言われても、そんないきなり観衆の前で戦えるわけないじゃないか。
「モンスターが今から出ますよとご丁寧に予告されるのに、心の準備がいるか? 観客は金を賭けてる。もちろん、賭けの対象は勝ち負けだけじゃない」
オレが闘技場の詳細を何も知らないからか、オルターが心構えとして知っておくべき事を幾つか教えてくれた。
勝つか負けるか、対戦時間が何分か。モンスターから攻撃を受けるかどうか、とどめの一撃が振り下ろしか斬り払いか、そんな細かい賭けの指定も可能なんだって。
当たれば喜ばれるし、外れたら怒号が飛ぶ。一体どんな理不尽な言葉が飛んでくるのか。
「そこで精神的につらくなって、戦えなくなるならそれまでよ。おとなしく村に帰りなさい。自信を纏えないバスターに命は預けられない」
「戦うのが不安なら、先に俺がエントリーする。俺はやってやるぜ、銃術士だと笑われようが、俺の負けに賭けた奴にざまあみろって言ってやるんだ」
「オルター……」
「嫌な事を言われたくないのは俺だって一緒だ。英雄の子供のパーティーで得しているって言われても、その結果で黙らせる。それでも言ってくる奴には悔しいかって笑ってやる」
オルターは出会った頃から変わらない。絶対に出来ると自分を信じて行動できる。
「英雄の子なのにできない、さすが英雄の子だ。イースが生きている限り、その2択からは逃げられねえよ。それならマシな方を選ぶしかねえじゃん」