Starless Night-01 最前線を知る者
【Starless Night】光の見えない非常事態
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正直な話、何が起こっていたのか、理解どころか考えようとした事すら、エインダー島を離れ小さな島へ戻った後だった。何が何だか分からず、とにかく必死で逃げただけ。
撮った写真は5枚。それはまず島に近づいて異変を感じる直前の1枚、異変の正体に気付き慌てて撮った1枚。
残り3枚はとにかく何か残さないとと、焦点も手ブレも頭からすっぽ抜けた状態で撮ったもの。
「……これ、どうすればいいんだよ」
「あのドロドロしたやつ、全部がモンスターだよな」
「ああ。スライムっていうモンスターによく似ていた」
島の平野部はスライムで覆われていた。スライムの触手が無数に伸び、それぞれが岩石を投げつけてきた。
あんな状態で船を寄せるなんてとんでもない。そう思っていたら、船から僅か10メルテ程まで触手が海面を這って近づいていた。
それに気付いた船長が慌てて舵を切り、転覆するんじゃないかと思う程の急旋回で逃げたんだ。
「島全体が生きているかのようだった……」
「おぁ、いきももますか?」
「島は生き物じゃないけど、草や木の代わりにモンスターがびっしり生えてるような感じかな」
「おぉう。あで、斬るするたのしくまい」
スライム系は斬ってもすぐにくっついてしまう。だからって表面を焼いてなんとかなる状況ではないし、熱帯の火山島でブリザードやアイスバーンなんてどこまで効果があるのやら。
あんなに広範囲を覆ったモンスターを凍らせて封じるとして、必要な魔法使いは何百人どころじゃすまない。魔法の射程も限られる。
「なんて事をしてくれたんだ、ほんと……いくら真の目的を知らなかったり、従わざるを得ない状態だったとしても」
「そこについては、ほんとごめん。おれ武勲とかそういうのしか考えてなかった」
「おぁ、シタザワサル? ……さる、生きもも」
グレイプニールが言葉の一部だけで何かに納得しているのはさておき、あれはもう数日で何とか出来るものじゃない。
父さん達英雄が集結しても、強いバスターを集めても無理だ。もっと言えば、武器攻撃職は全員役に立たないかもしれない。
そんな状況を見て、一番心配しているのは小さな島の住人だった。写真を回しては食い入るように見つめ、不安そうにため息をついている。
「こりゃあ酷い」
「この触手、この島まで伸びてこないのよね?」
「うわぁ、きもちわる! ねえねえ兄ちゃん達これどうやって戦うの?」
「島と島の間を移動できるなら、とんでもねえぞ」
船で半日弱の距離は、離れていると言ってよいのか。小さな島が襲われたら、この島の僅かな家畜が奴の養分になる。海中を進めば魚もイルカもサハギンだって養分だ。
「数人ずつで海の見張りをした方がいいです。あと、船を港に集めてしまえば、脱出できなくなるかもしれない」
「分かった。波が荒い港の外に出すのは不安だが、3カ所くらいに分散させる。3割でも船が残れば、全員乗るには足りる」
オレ達が島を出たなら、戦力となるのはたった数人だけとなる。小さな島は電話もなく、外界との接触するには1日かけてアマナ島に向かうか、2日半かけて東のマイムに向かうか。
といっても、島には何十人も乗れるような大きな船はない。おまけに2日半も船で走るのなら、燃料を積めるだけ積むのが前提となって、乗れる人はぐんと減る。
実質、アマナ島との航路を絶たれたら終わりだ。
「もはやあの火山島の近くで魔王教徒を見張るとか、親族の罪をどうするなんて話ではなくなった。この島に居続ける意味もなくなったんだが」
「それでも、私達はこの島での暮らしを気に入っている。この島が故郷、この島が私達の生活の全て。我慢で居続けられる場所じゃない」
「移住は最終手段だ、なるべくこの島で頑張るよ、君達は明日の朝ミスラまで送るから」
誰一人として、怖いから島を捨てて逃げようとは言わなかった。少しずつでも石油が湧くから、ある程度精製して売るだけで島民は大金持ちだ。
大金持ちはジルダ共和国の首都ヴィエスのような、とっても発展した所に住めるのに。
「その気持ち、おれ分かるぜ」
「ジャビ?」
「だってよ、キンパリ村なんてここより粗末な家ばっかりだぜ? 電気とかねえしお金なんて持ってる奴の方が珍しい。でもおれは村に帰りたい。便利でラクチンな生活よりキンパリがいい」
「まあ、そうだね。うちの両親だって英雄だ何だと言われても結局辺境の村に定住してるし。お金はあるのに狩りもモンスター退治もやってる」
理屈じゃないんだよな。オレもこの島で生まれ育っていたら、離れたくないと思ったんだろう。バスターになりたかっただけで、レンベリンガ村を出たかったわけじゃないし。
「ぬし、あいつ斬る、よごでぎますか?」
「共鳴しても……あれは無理だと思う」
「ボク、あで、よごでぎまい。よごでぎたいます、での……よごでぎまいお分かるます」
「そうだね、魔法と斬撃を組み合わせた魔法剣くらいじゃどうにもならない」
前日も眠れなかったけど、今日も結局眠れなかった。
みんなで遅くまで話し合った後、オレ達は早朝に小さな島を発った。
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「ってなことがあったんだ」
「なんつうか、信じられねえな」
「こいつの弱点はある程度分かってるけど、この規模じゃ攻め込む事自体が困難ね。どうしよう」
夜になってミスラに着き、オレとジャビはひとまず管理所に向かった。レイラさんとオルターの宿泊先が分かると思ったからだ。
ただ、その時点で時刻は20時、これから話し合いが出来るような時間でもない。ジャビをどうすればいいのかを相談すると、やはり取り調べがあるらしい。
明日まで一緒にいると「悪人を匿った」として、オレまで逮捕されかねないとの事だった。
宿に向かったのはオレだけ。ジャビは警察署の留置場で一晩を過ごす事になった。宿にはレイラさんとオルターがいたものの、父さんはいなかった。
「ところで、父さんは」
「今日のお昼、マイム行きの船で行っちゃったよ。イースが頑張ってるのを見て、シークさんもやる気が出たみたい」
「正直、事件屋単位で何とか出来る段階は過ぎてるからなあ。シークさんも焦ってると思うぜ」
そっか……父さんにひと言お礼を言いたかったんだけど。オレ達が動くより、父さんが動いた方が管理所や各国の動きも良くなる。
今回ばかりは七光りがどうだ、功績がどうだなんて言ってられない。
「あたし達には圧倒的に経験が足りない。実力や才能ではどうにもならない部分よ。イースが撮った写真を見る限り、はっきり言ってあたし達で出来る仕事じゃなくなった」
「……まあ、そうだよね。パープル、シルバー、その辺りのバスターに管理所が強制権を発動させて指示する事態だ」
「おぁぁ? ぬし、あっ……いちゅ」
「呼び直さなくてもいいよ、どっちでも好きに呼んで」
「ぴゅい。ぬし、あでもしゅた、斬るまいなすか?」
「そこはぬしなのか」
そう、オレ達が中心となって対処する次元の話じゃなくなった。という事はグレイプニールが心配する通り、オレ達が倒す事もないだろう。
レイラさんはギリング周辺の事件屋に声を掛け、スタ平原の合同調査を実行するくらい行動力がある。オルターは洞察力があり頭もいい。
だけど、今回は町どころか世界を巻き込みかねない状況。携わる事は出来ても、きっと中心になるのは各国のお偉いさんとバスター協会本部、そして英雄と呼ばれる父さん達。
そりゃオレ達だって活躍したい。出来る事なら最前線に立つつもりだ。
「倒す事は……ないかもしれない。だけど」
「俺らが暴いたんだぜ? 用済みとは言わせねえよ」
「そうね。あの島の状況にまでたどり着き、蟲毒の現場を押さえて報告したのはあたし達」
3人で頷く。考える事は1つだ。
「話し合いは明日午前中に。管理所の出方次第で、あたし達は一度ギリングに戻る。いい? 午後になったら……」