Ark-10 愛剣の決意と、犬人族の決意
なんとなく、父さんが言わない理由が分かった気がする。父さんはきっと自分がいなくなった後も、バルドルに世界を任せたかったんだなって。
自分が生きているうちに誰かに譲って、名を刻んで血でなぞり、その人の気力や魔力を込めたなら、バルドルは知識も性格もそのままでいられる。
でもバルドルはそれを望まず、父さんと一緒に剣生を終えることを選んだ。それが剣として当然の考えならグレイプニールもそうするだろう。
そうなると、アダマンタイトの剣として存在することは出来ても、そこにグレイプニールの命は入っていない事になる。
「ボク、ぬしと一緒ます。ちまう人、お持ちまい」
「オレの次に誰かが使ってくれたら、ずっとずっとモンスターを斬って活躍できるんだぞ」
「いやます」
「知識や経験を活かして、もっと讃えられる……」
「いやます!」
ああ、武器に認められるってそういう事なんだ。もしバルドルがこの方法を早くから知っていたなら、きっと父さんの手に渡る前に剣生を終えてたのかも。
だから、かつてバルドル達に命を吹き込んだアダム・マジックもギリギリまで手段を明かさなかったのかもしれない。
「一度やってしまえば、もう戻れないぞ。いいな」
「ぴゅい」
「オレが死ぬよりも早く戦えなくなる。いいんだな」
「さかま、斬りますか」
「え、ああ、まあ魚は好きだし料理はすると思う」
「おみく、斬りますか」
「まあ、肉は好きだから」
「ぬしのお役立つます。ボクのぬし、ぬしだけます。い、いちゅだけます」
グレイプニールの覚悟を、オレは受け止められるんだろうか。そんなに優秀なバスターになれるだろうか。
いや、グレイプニールはオレが優秀かどうかで判断していない。オレがいいと言ってくれている。オレもグレイプニールに不満などないし、他の武器など考えられない。
だったら、やればいいじゃないか。
でもでも、だって。そう言って動かないのはオレの悪い癖。そんなオレの良くない所は、グレイプニールを手に入れた代わりに手放したはずだ。
「じゃあ、やろっか。グレイプニールに命を吹き込んだのはオレだからね、君の意思を尊重するよ」
「おあぁ? そんちょ、村お帰りますか?」
「レンベリンガ村の村長とかじゃない。大事にするよって事」
「おぉう。そんちょ、まりがと」
オレがグレイプニールを手放さないのと一緒。
グレイプニールもオレを手……じゃなくて柄? 柄放さないって事だ。
「ぬしいきもも、ボクいきももさでます。ぬし死にもも、ボク死にもも。一緒、お約束、しますか?」
「分かった。死ぬまで一緒、死んでも一緒」
「ふひひ、ボクあびちくまい。まりがと」
「おーい、イースさん! そろそろいいかい!」
遠くで船を出してくれる男の人が呼んでいる。あまり待たせてもいけない。
オレは小さな港の端から僅かな岸壁を走り、船に飛び乗った。
小さな漁船は機械駆動機関を勢い良くうならせ、一度黒い煙を吹き上げた。
船が港を離れ進みゆく中、白い幾重もの波しぶきが海に描かれていくのを眺めていると、ふと背後に気配を感じた。
「おぉう、じゃみ」
「えっ」
そこには頭を下げ、尻尾を脚の間に挟んだジャビがいた。父さん達とミスラに向かったはずなのに。
「何で」
「おれも連れて行ってくれ! 戦いたいからじゃねえ、イースさんと行動してバスターに相応しい奴になれるよう見習いてえ」
「それは、父さんに教えて貰ったほうが」
「かつて葛藤し試行錯誤した経験は語れる。でもその様子を見せるのは若く現役なバスターじゃないと出来ないって、言われた」
ジャビの力強くも不安そうな声は、船の機械音や水面を砕く音にも邪魔されずに届く。
ジャビがここにいるのは、きっと父さん達の差し金だ。
このまま魔王教徒の協力者として事情聴取を受け、場合によっては収監。そうなればジャビはバスターとして何が足りないか分からないまま。
父さんのことだから、ジャビの事情や悪意があったわけじゃない事を踏まえ、チャンスをあげようと思ったんだろう。
「と言っても、これから戦いに行くわけじゃないんだけど」
「イースさんが」
「イースでいいよ、ジャビ」
「おれ、バスターは人族の仕事だ、犬人族がやる仕事じゃないって言われて育った。でもおれは犬人族の繁栄のためには、外にでなくちゃいけないって」
「繁栄?」
「ああ。一部では血が混ざると犬人族の純血が途絶えるって心配してる。でも、犬人族そのものが2000人もいねえ。このままじゃ村に何かあれば全員死んで終わりだ」
犬人族は仲間意識が強く、閉鎖的。だから人族に比べて僅かな人口でも同じ地域でずっと血を繋いできた。
でも、猫人族は人族と交流を始めた。人族のせいで、猫人族にない病気が流行った時期もあったけど、母さんのように出入りする猫人族もいるから、多少抵抗力もついていた。
だけど、犬人族はそれすら稀だ。ジャビはそんな一族の将来を心配して、みんなが外に目を向けるようにしたかったのだと語った。
「だから、バスターになりたいのか」
「犬人族がバスターとして大活躍すりゃ、一族の誇りにもなる。おれ達犬人族の地位も上がって、外に出ても重宝される。そのためには強いモンスターと戦える戦士にならねえと駄目なんだ!」
「繰り返すけど、オレは島にヤツを倒しに行くわけじゃないんだ」
「分かってる。あいつの写真とか特徴とか、そういうのからどうやって討伐までやってのけるのか、その過程をこの目で見て、教わりたい」
ジャビの目は真剣だ。船の揺れに逆らうかのようにじっとオレの目を見つめている。
便宜を図って欲しいとか、ミスラで捕らえられるのが嫌だからとか、そんな理由だったのかもしれないけど、オレはグレイプニールで真意を確かめる事はしなかった。
ジャビが本気でオレを信じ、頼み込んでいるのであれば、グレイプニールに頼らないと人を信じられないようなオレじゃ向き合えないと思ったから。
「分かった。オレはムゲン特別自治区じゃなくて、山を越えたレンベリンガ村の出身。だけどアルカの峰を抱くムゲンの地の同胞の事は誇りに思ってる。みんなのためなら、喜んで手を貸すよ」
「ほんとか!? 有難う、一族のためにも情けない姿は見せられねえんだ。おれが失敗すりゃ、他の若い奴らが外に出なくなる、いや出られなくなるんだ」
外の世界に出たのはいいけど、何をしたらいいのか、そもそもキンパリ村の外がどうなっているのかさえも分からない。
そんな状態で、更には嘘つきや悪人を知らずに生きて来て、出会った悪人を信用してしまった。そんなジャビを裁くのはオレの役目じゃない。
「罪になる、ならないは裁判に任せる。オレは英雄の子の特権みたいなものは一切使わない。ジャビの願いのために手を貸す、それだけだ。いいか」
「十分だ、有難う」
「捕まりたくないのなら、オレの口利きより、ジャビが如何に有能で、今後の魔王教徒捕獲やバスターの発展に不可欠な人格者かを見せつけるべきだ。ジャビ自身が頑張ってくれ」
「おう、そうする」
バスターになりたいのなら、ジャビに足りないのは知識だけじゃない。バスターとしての心構えの理解が必要だ。
そこについてはきっと父さんが語ってくれたと思う。オレはそれを目の前で実践し、経験してもらう事を考えよう。
「ぬし、ぬし」
「ん?」
「あも……ね? ボク、ぬし、ね?」
「どうした?」
ふとグレイプニールが恐らく気持ちだけモジモジしながら話しかけてきた。
「じゃみ、ぬし呼ぶます、いちゅます。ボク……いちゅ、呼ぶ……でぎる、しますか?」
「イースって呼びたいって事?」
「ぴゅい。ぬし、呼ぶます。とちどち、いちゅ、呼ぶたいのます」
「おれがイースさんじゃなくてイースって呼んでいいって言われたの、羨ましいのか」
「ぴゅい。じゃみ、いちゅ呼ぶ、うらまやち。ボク、ぬし呼ぶ、ぬします。ボクだけとくめちゅ。でも、とちどちいちゅ呼ぶたいのます」
「いいよ。ぬしとイース、どっちでも呼んでよ、歓迎する」
「ぴゃーっ!」
グレイプニールの発言で急に場が和み、オレ達は数時間身の上話に花を咲かせた。でもエインダー島がハッキリ見えてきたその時、オレ達は会話を続ける事ができず黙ってしまった。