Ark-09 真の共鳴
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「確かにこの島を1日でも早く出るべきではある。俺とバルドルで様子を見に行ってもいいが」
「何もかも父さんに任せられないよ。一度は引退まで宣言したのに、こうやって手伝ってくれてるんだから」
「ハァ、息子に気を使われちゃ、仕方がない」
翌日、オレ達は朝から皆に集まってもらい、3人で決めた計画を伝えた。数人は暗いうちから漁に出ていたけど、他の島民はみんな賛同してくれた。やっぱり食料には不安があったみたい。
備蓄と言っても肉や野菜は腐ってしまうから、保存できる量も限られる。アイスバーンで凍らせるにせよ、時間が経てば解凍してしまう。融けて凍らせてを繰り返しても食材は痛む。
「いいかい、戦ってはいけないよ。必ず守っておくれ、イース」
「バルドル、それって……オレの心配? それとも強いモンスターを独り占めしないで自分にも斬らせろって意味?」
「聖剣は嘘をつけないものでね、答えるのはやめておくよ」
「ああ、後者ってことだね」
話し合いの後、グレイプニールは数分間だけバルドルと話をしていた。といっても武器同士は声を発しなくても意志の疎通が出来るから、何を言っていたのかは分からない。
ただ、いつもなら会話に割って入ってでも喋ると言うのに、今のグレイプニールはおとなしい。まるで喋らないただの剣になってしまったみたいだ。
「グレイプニール? なんだかおとなしいけど、どうした?」
「そうね、なんだかさっきから一言も喋ってないみたいだけど」
「寝てんのか? まさかな」
そう、グレイプニールが起きているかいないのか、武器だから見た目では分からない。動かないし脈もなければ息も吐かない。
心配になっていると、父さんが後でゆっくり話し合えと言って帰り支度を始めた。
「イース、グレイプニールと喧嘩したわけじゃないよな? なんつうか、昨日の晩からあんま喋ってねえし」
「私もバルドルと話したいって言った後から声を聞いてないかも。大丈夫?」
「……大丈夫、と思うけど。この調子だと心配しなくても島で戦う事はないよ、連携が取れないなら戦えないから」
「言いたい事はちゃんと言えよ、グレイプニール。イースはお前の考えをいつも認めてくれたじゃねえか。こんなに剣に優しい持ち主は他にいないぜ」
「……ちまう、ボクぬし好きます。ぬし、ボクとぬしだけ、お喋りしますか?」
グレイプニールが小さいながら声を発した事で、皆がホッと安堵のため息をついた。機嫌が悪いわけではないみたいだ。ただ、調子が良さそうとは言えない。
「グレイプニール、イースをお願いする。もし危険が迫っていたら必ず守ってくれ。バスターは自己責任と言うけれど、息子の……訃報は聞きたくない」
父さんはグレイプニールに話しかけつつも、その目はオレを見ていた。
「オレ達に頼りたくないって、思ってるよな。だけど俺はずっとイースに頼られたかった。邪魔はしたくないけど、いつだって力を貸したい。たまには甘えてくれ」
「……うん」
「お前が皆の護衛を任せてくれるというなら、俺は喜んで引き受ける。それはお前に無茶をさせるためじゃない、お前の頼みだからだ。分かってくれるな」
「うん。無理はしない、危なそうだったら写真を撮れなくても引き返す」
約束を破るようなことはしない。
オレはグレイプニールを無人島に置き去りになんかしないし、敗北を経験させる事もしない。生きて強くなり続けたら、その後のチャンスはきっと巡ってくる。
ここで無理をして1人で無用な正義感を背負う必要はないって、分かったんだ。
魔王教徒達もおとなしく2隻の船に分かれて乗り込んでいく。
オレ達と戦って怪我をした奴は最低限の治療しか受けていないけど、もう反抗はしなかった。レイラさんが「あんたはこっち」と言ったのを察するに、万が一を考えて男に治療を施す気はあるんだろう。
船酔いで倒れ込んでいなければ、だけど。
「ミスラについたら、まずはバスター協会本部に連絡を入れてみる。ミスラの巡回艇も多分向こうで待機していると思うから、こいつらを送り届けたら戻ってくる」
「有難うございます。どれだけ遅くなっても明日の夕方には島に戻っていると思います」
「協会の件はレイラさんに任せて、俺は先にカインズの研究機関に連絡を取る。パバスには行った事もないし、俺達の本拠地はジルダ共和国だからな。隣国のエンリケ公国までは汽車に乗ればすぐ行けるだろ」
「頼むよ。オレが写真を撮れるとは限らないし、もしもの事態を考えると第一報は早い方がいい」
バスターとしてはクエストさえこなせば済むけれど、オレ達は事件屋だ。この魔王教徒の陰謀という大事件を解決するため、それぞれにやれる事はまだまだある。
「おーい、イースさん! 出発できるかい」
「あ、はい! じゃあ……みんな、後で」
「気を付けてね」
「グレイプニール、話は船の中でもいいかい」
「……つこち、船乗るまい、しますか?」
「船の中じゃまずいって事なら、少し時間をもらおうか」
グレイプニールが待って欲しいと言うので、オレの出航は父さん達の後になった。2隻が小さくなっていくのを見守りながら、オレは港の一角に腰を下ろした。
「グレイプニール、話って何だい」
「……ぬし、ボク……共鳴するよごでぎます」
「ああ、そうだね。何度も助けられたよ」
「共鳴、ぬしお眠ります。ボク、分からまい時……ぬしお喋りでぎまい。ボク困るます。あびちいます」
共鳴の間、グレイプニールはその場をどうするのかを判断しないといけない。
戦いに関しては文句なしでも、今回のように逃げる事や身を守る事が優先の場合、グレイプニールにはその判断が難しい。
バルドルやグングニル達なら、何百年という経験のおかげで最善策を導き出せるだろう。逃げ込む場所、モンスターをやり過ごす手段、人の考えや限界も知っている。
だけどグレイプニールは生み出されて1年も経っていない。どうすればいいかを教えてくれる人がいないせいで、グレイプニールは不安だったんだ。
「やっぱり、バルドル達が師匠として一緒にいないと厳しいよね」
「ちまう、ボクはぬしと一緒が良いのます。まるどむ、ちく、共鳴さでるしまた時、お喋ります。ボクもぬしとお喋る共鳴したいのます」
「父さん達の共鳴と一緒……?」
父さんとバルドルは共鳴している時でも互いに会話が出来る。父さんは意識を保ったまま、バルドルが父さんの潜在能力を全部引き出すんだ。
でも、父さんはその方法を教えてくれなかった。したいと言われても、やり方が分からないのに……。
「まるどむ、もしえる、しまた。ボクお分かります」
「えっ、どうすればいいんだ?」
「ぬし、気力なりょく、どちもら持ておるます。どちもらボクにお込めしまた」
父さんは教えてくれなかったのに、どうしてバルドルが?
というか、グレイプニールが喋るようになる方法は、他の伝説武器と一緒のやり方のはずだ。魔力があるかどうかは喋る事には影響がない。
「……ボク、共鳴、ぬしのお体使うます。そで、あんたいちます」
「反対?」
「ぬし、ボク気力なりょく、どちもらお使うしまた。じゅちゅちき、どちもら込めらでるしまた。次の共鳴、ぬしのお体ちまう、ボクのお体に共鳴入るしまさい」
「それだと、グレイプニールの意識がなくなるんじゃ」
「ぬしボクに、ボクぬしに、すこちだけ入るます。お眠るしまい」
グレイプニールが言うには、グレイプニールがオレの体に入り込んで操る代わりに、オレがグレイプニールの本体に入り込めばいいらしい。
父さん達はそうやって互いに意識を保ったまま、共鳴をしているんだって。
でも、そんな便利な事をどうして父さんはさせてくれないんだろう。
「父さんは何で教えてくれなかったんだろう」
「……ボク、ぬしだけのもも、なるます。他のひとの気力なりょく、使えまいなす」
「それってつまり、グレイプニールはオレが死ぬ前に誰かに譲ったとしても、気力や魔力で上書き出来なくなるって事?」
「ぴゅい。でも、ボクそでしてぬしお守りたいのます。一緒いたいのます」