Ark-06 生還に導く燈火のように
その場に緊張が走り、すぐに騒がしくなった。錯乱状態の奴も出始め、何人かが早く船を出せと叫ぶ。もう見つからないように静かにしろと言っても意味がない。
おまけに戦える魔王教徒は一緒に戦ってくれと言ったけど、魔王教徒も所詮は一般人だ。
ましてやこの中の大多数が純粋な魔王教徒じゃない。モンスター相手に戦えるはずもなかった。
「足止めだけでもしてくれると助かる! 毒沼を出すやつとか!」
「み、見えたぞ! あいつだ!」
「あんなの無理だ! は、早く船を出してくれ!」
助かるのなら全員で脱出するのがいい。オレ達も船に乗り込むことは簡単だ。
だけどまだ船に乗れていないメンバーもいる。
そりゃ、魔王教徒や蟲毒に加担したんだから自業自得でもある。
でも、目の前で人がモンスターに殺されていくのを「ざまあみろ」と思えるようなら、オレはこんな所には来ていない。見捨てるわけにはいかない。
どのみち船の機械はまだ動いていないし、船が離岸する前に追いつかれるだろう。
オレ達が止めないと、全員死亡だ。
「た、助けてくれえ!」
拘束のない数名が、たまらず海へと飛び込んだ。まずい。
「馬鹿野郎! こんな絶海の孤島の周辺で海に入るなんて、死にたいのか!」
「獰猛な水棲モンスターやサメがいるかもしれない! すぐに船に上がりなさい!」
「見てないで引き揚げろ! サハギンは1キルテ先で魚が跳ねた音も聞き分けるって言われてるんだぞ! 俺達が時間を稼ぐ、全員を乗せるんだ!」
「大きい……モンスターの原型が分からねえ」
目の前に現れたのは、カラスのように真っ黒な体のモンスターだった。サンドワーム程ではないにしろ、かなり大きい。
腕なのか尻尾なのか分からないものが体から生え、額からは1本の長い角が生えている。白濁した4つの眼ででオレ達の動きを追い、真っ赤な口内を見せつける。
狼なのか熊なのか、豚なのか蛇なのか、こんなにも判断できない容姿のモンスターは初めてだ。
時折背中がボコボコと動き、泡のようにプッと静かに弾けて黒い液体が零れ落ちていく。
「なんだ、あいつ」
「モンスターって、こんな風に変化するものなの? 聞いた事ないわ」
「あのうねうねした手だか触手だか、あれに捕まるとまずい、走るぞ!」
オルターが重い鞄を置き、リボルバーと大口径の散弾銃を担いで左へと駆けて行く。銃で威嚇し、注意を逸らすつもりだろう。
「予め共鳴をしておこうかい、シーク」
「ああ、そうだな。あいつから逃げるだけじゃなく、出来るだけ弱らせて援護だ。頼むぞバルドル」
「久しぶりの全力戦だね、武器震いしそうだ」
「オレとオルターで奴を引き離す! 父さん! レイラさんと船を守って!」
父さんとバルドルの凄さは誰よりも分かってる。バルドルならあいつを真っ二つにしてくれるかもしれない。オレもおとりになるためオルターを追いかけた。
「ぬし、ボク斬る出来るますか?」
「無理はしない、とにかく船を出す事が先だ」
「フェザー! 私の魔法が届く範囲にいて! 見えるところなら全力で支援する!」
レイラさんがオレとオルターが素早く動けるよう、魔法を掛けてくれた。何十分も効果がある訳じゃないけれど、鳥や鳥系モンスターでもない限り追いつかれはしない。
「イース! グレイプニール!」
「どうした!」
「威嚇射撃じゃない時は、止まって撃つ必要がある! 周囲の確認頼めるか!」
「了解!」
「ぴゅい、任てまさい」
オルターが散弾銃を構え、走ながら目で合図を送って来る。それに頷くと、オレ達はゴツゴツした岩場に足を取られそうになりながらも左右に散った。
「グレイプニール、派手にいくぞ。注意をオレに引き付けるんだ」
「おぁ? なおうけん、しますか?」
「ああ、そうだな……炎でいこう!」
グレイプニールに魔力を流し込めば、グレイプニールがそれを留めてくれる。その魔力を炎に変えて天へと掲げたなら、まるで火災旋風のようなファイアソードの出来上がりだ。
空高くまで渦を巻き、油断すればオレまでやけどしそうな程。モンスターが無視するはずがない。
案の定、モンスターは白濁した4つの目を全てこちらに向けた。そうこなくちゃ。目立たないと意味がないんだ。
オルターが確実に銃弾を撃ち込めるように、背後にいる父さんが確実に一刀両断出来るように。
いくら第一線を退いたとはいえ、父さんの実力には敵わない。ショートソードのグレイプニールより、ロングソードのバルドルの一撃の方が威力も高い。オルターの狙撃の正確さや、銃弾の速度には敵わない。
そんなオレに配慮して、見せ場を作ってもらったって虚しいだけだ。
「大事なのは結果だ。グレイプニール、誰一人怪我させないで、みんなで帰ろう」
「お任せまさい」
モンスターの標的はオレだけに絞られた。走って追ってくるよりも早く、体中から生えている手のような触手を伸ばしてくる。
「いだり! ボク振りきりまさい!」
「ファイア……ソード!」
「みぎ! あち斬りまさい!」
グレイプニールの観察力を信じ、オレは忠実に斬撃を繰り出していく。わざと剣を大きく振る動作が多く、そんなオレを注視するモンスターの視野はどんどん狭くなっていく。
触手はどれだけ切り落としても、暫くすれば再生してしまう。動きは緩慢なのに隙がない。
岩場に足を取られ、とっさに手をつけば擦れて血が滲む。それでもオレはとにかく動き続けた。
「黒いちも! ちも焼ち斬りまさい! まいや焦げさでる、ちも伸びらでまい!」
「紐? ああ、触手を焼き斬る……そうか、アマナ島で戦ったケルピーと一緒なんだ」
水を纏ったケルピーは、凍らせてしまえば再生が出来なくなる。こいつも焼け焦げた場所が蓋となってしまい、そこから触手を生やす事が出来なくなるんだ!
「グレイプニール、偉いぞ!」
「ふひひ! おもうび、しますか?」
「ああ! ご褒美に……思う存分斬ろうぜ!」
「ぴゃーっ!」
自分の背の倍以上もある、黒く得体の知れない動く塊。怖くないはずがない。だけどオレは対峙して動き回っている間、初めて楽しいと感じていた。
「ヴゥゥアァァァー……」
モンスターは口を大きく開け、7本指の大きな手でオレを叩こうとする。体表がゲル状なのか、その腕は岩へと浸透するように広がっていく。
「……捕らわれたら窒息死だな」
「ぬし! まるどむとおるた、狙うます!」
ふとモンスターの後ろにキラリと光るものが見えた。父さんが振り上げたバルドルの刃と、オルターが構えた45口径のリボルバーだ。
「よし、もう一度だ!」
そろそろマジックポーションを飲まないと、魔力がもたない。そんな事を思いながらファイアソードを仕込んだ時だった。
暑苦しい火山島に、乾いた爆音が響き渡った。同時にモンスターの頭が90度真横へ向いた。まるで平手打ちを喰らったようだ。
それから続けて5発が撃ち込まれ、どこかも分からなかった首から、頭がぷらんと垂れ下がった。
「イース!」
直後に叫んだのは父さんだった。同時に光る巨大な刃がモンスターの背中へと振り下ろされる。それが父さんとバルドルが作り出した魔法剣だと分かった時には、もうモンスターは真っ二つになっていた。
「おぉう」
「すげえ」
村の大人達は、「イースが生まれる前、シークさんの一振りでモンスター100体を斬り倒した!」と言っていた。
数十体を倒すところは幼い時に見ていたから、それを誇張したんだろうと思っていたけど……今なら本当に100体だったと分かる。
その刃はモンスターどころか、地面まで大きく斬り裂いたんだ。
モンスターの表面はブクブクと泡を立て続けているものの、ドロッと溶けた体表も斬り裂かれた肉も、もう動かない。
「た、おした?」
「……あぶまい」
「え?」
「ぬし! ボク共鳴しまさい!」
「え、えっ」