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Ark-05 災厄の急接近




 確かに、モンスターが満腹になっている今が一番安全だ。時間が経てば経つほど、モンスターは次の獲物を探そうと活発になる。


 出来るだけ蟲毒の場所から離れて素早く進み、素早く船に乗り込む。確かに誰一人として犠牲にならない方法はこれしかない。

 5日間逃げ延びるとして、船に乗れるのはせいぜいオレ達のパーティーと、詰めてもあと数名だ。


 船で小さな島に戻り、応援の船を出してもらっても丸6日以上耐える事になる。


「船、誰か操縦できるんですか」

「えっ」


 脱出するには船を操れる人が必要だ。エンジンの動かし方も含め、オレ達は全く分からない。そいつがやられないよう、最優先で護衛する必要がある。


 だけど、皆が互いに顔を見合わせるばかりで、名乗り出ようとしない。


「まさか、誰も出来ない?」

「俺は小さな漁船なら……だけど10人も20人も乗れる船は動かしたことがない」

「それでもいい、どのみち船を出せなければ5日間逃げ続ける以外に方法ないんだから」


 船を出せないという心配はなくなった。アマナ島までは不安があるけど、その半分以下の距離にある小さな島まで向かうだけならなんとかなりそうだ。


「行こう」

「おいジャビ、どの武器が得意なんだ? イースとシークさんが剣、俺は銃。レイラさんは治癒術専門なんだ」

「んー、斧が一番いいかな! おれ、ぶん回すの好き!」


 ジャビに持たせるのは、薪割り用の斧になった。銃ならともかく、アダマンタイト製のグレイプニールとバルドルと比べたら、斧の持ち手は木、刃はアイアン。武器としては心許ない。

 でも本人はそれがいいと言うんだから、無理に他の武器を使わせる必要ない、か。


 どうせ剣も槍もどっちもアイアン製の安物だ。バスターじゃない奴が用意できる武器なんて、小さな集落が自衛用に使うくらいの程度のものが精いっぱい。

 バスター登録をしていなければ、正規ルートでそれ以上のものを買う事は出来ないからね。


 水浸しにしたものも、夏の火山島の熱気のせいでおおよそ乾き始めている。喉が渇いても、水はアクアで出せばいい。服を着させて余った食料、飲み水用のタンクなどを手分けして持ち、オレ達は北東の入り江を目指した。






 * * * * * * * * *






「あー悲しいね。こんなにも晴れ渡った空を見上げながら、歌の1つも歌えないとは」

「バルドルの歌ならモンスターも逃げ出す気がするけど」

「試すかい」

「ううん、やめておく」

「父さん、バルドル、冗談でも歌は駄目だって」


 歩き始めて約1時間。普段から歩き慣れている俺達とは違い、魔王教徒の歩みは遅い。跨ぐには厳しいような幅の亀裂があれば、その度に全員が立ち止まる。


 レイラさんは自身にフェザーという体が軽くなる魔法を掛けて跳ぶ。でもそれを毎回全員に掛けていたら、レイラさんが魔力切れを起こしてしまう。


「ぬし、もしゅた、どこますか?」

「ここからじゃ分からないな」

「この左手を20分くらい歩いたら亀裂がある」

「そんなに……近いのか」

「不用意に大声を出さない方がいい」


 右手には島の東側の海が広がっている。数十メルテ先には高さ数メルテの崖があり、波が打ち寄せる音もハッキリと聞こえている。

 船から近ければ、モンスターの餌も運びやすい。まさかモンスターが亀裂から這い出てくるとは思わなかったんだろう。


 この歩きにくい溶岩台地なら……距離にして1キルテ程しかないかもしれない。


「いつも船は北東に接岸させて、そこから荷物を運ばせているのか?」

「餌はそうだ。拠点の荷物は南東の浅瀬から持ってきているはず」

「蟲毒の中のモンスターを最後に見たのは誰?」

「コイツだ。前回の餌当番だった」


 餌当番と言われたのは小柄な青年だった。もしかするとオレ達よりも若いかもしれない。


「ちょっと失礼するよ」


 そう言って父さんがバルドルの峰の部分を青年の背にあてた。バルドルは蟲毒の中のモンスターを知り、暫く無言だった。


「何が見えたんだい、バルドル」

「良くないものが。……モンスターが崖を登れる事、知っていたんだね」

「えっ」


 バルドルの言葉にその場の全員が驚いた。魔王教徒達は、蟲毒の亀裂の壁は登れないと思っていたはず。

 今日、父さんが惨状を確認していなければ、まだあの拠点で呑気に過ごしていただろう。


「お、おいお前、何で言わなかった」

「い、一緒に見に来てくれって言っても、誰も来てくれなかっただろ! どうせ騒いだ所で逃げ場はないし」


 やられた魔王教徒達は、もしかしたら別の鳥系モンスターか、カメのように陸に上がれる水棲系のモンスターの仕業か。

 そんな可能性が見事に消えた瞬間だった。


 蟲毒の中から這い上がり、魔王教徒達を1人残らず襲える程の力を持っているのは確実だ。誰1人として蟲毒の亀裂を確認しようとする者はいない。


「モンスターの現状や成り立ちを語っている暇はないね。船に急ごう」


 バルドルの一言で再びハッとし、皆がまた進み始めた時だった。


「……聞こえる」

「えっ、何?」

「何かが唸ってる、気付かれたかも」

「何? もしかしてモンス……」

「走れ!」


 大声は出せない。オレはとにかく口の動きと身振り手振りで走るように促した。

 猫人族の耳は、人族よりも遠くの音を拾う事が出来る。鼻では負けるけど、耳は犬人族よりも良いって言われてるくらい。


 そのオレの耳が、低い唸り声と高い悲鳴のような声を同時に拾ったんだ。何かが岩に打ち付けられるような音もあった。

 亀裂の中で反響したのか、その唸り声は狭い空間で響くような聞こえ方だった。


「イース、何か聞こえたんだな」

「うん、多分気付かれた。人が集まってるせいで気配を察知したと思う」


 オレの周囲にいた魔王教徒がヒッと短く声を上げ、駆け足で船へと駆けて行く。焦りと不安で大声を出す奴も現れ、殆どパニック状態だ。


「大きい声を出さないでくれ。悲鳴を上げる事で見つかり、狙われるのはお前だ」

「は、はい」


 無言で走る魔王教徒の行列の先に、ようやく船影が見え始めた。身軽な者から我先にと乗り込むけど、最後尾はオレやオルターの手を借りながら、段差や溝を飛び越えるのがやっと。まだもう少しかかりそうだ。


「ぬし、おじゃべります」

「あ、うん」

「ボク、刃おあーてなるしまた」

「うわーってなる?」

「ボク、かたいももむちゅかむ、おあーてなるます。もしゅた、お叫ぶます、ボクおあーてなるます」

「振動……かな? モンスターの声が刃に響いたって事か」

「ぴぴいた? ……おぉう、それます。しんのうぴぴいたます」


 刃がビリビリと振動する程の咆哮も、人族のみんなは風の音にかき消されて聞こえないようだ。


「なんか、変な臭いがする」

「オレ、火山の煙のせいでずっと鼻が利かないんだ」

「俺は分かる、明らかに何かが腐ったような……くせえ、なんだこれ」

「これ、火山の臭いじゃないのか」

「ちげーよ、うっ、強烈すぎて死にそう」


 いつの間にか風向きが変わり、噴火口からの煙が東へと流れてきた。

 灰がチラチラと降る中、ジャビにとっては口を塞いでいても分かる程の悪臭。オレも臭いとは思っていたけど、ジャビ程感じない。

 恐らく劣悪な環境である蟲毒の中から、風に乗って流れてきたんだろう。


「風向きが変わらないうちに船へ! モンスターにやった餌の中には犬、猫系、オークやオーガのような亜人系もいたはずだ」

「崖を登れるって事は、人と変わらないような腕の構造を持っている可能性がある。人の匂いを嗅ぎつけるなら、犬のような嗅覚があるかも」

「そして蟲毒の傍にいた魔王教徒が、全員逃げる間もなくやられる程の俊敏さ。襲い掛かって来られたら終わりよ」


 オルターとレイラさんも考えは同じだった。船の手前数十メルテ、あと10人乗せれば逃げられる。


 そんな期待はオレの耳とジャビの鼻、オルターの視力が打ち砕いた。


「地響きが……何か叫んでる」

「クッソ! 何かが来るぞ、どうやら間に合わなかったようだ!」

「もう戦うしかねえか」


 何かが迫っているのは感じていた。でも早過ぎる。こうなったら……戦うしかない。


「侮ってたわ。相手は飢えをしのぐためじゃなくて、楽しむために人を襲うようね」

「死霊術を使える奴の魔具を外せ! 戦えない奴は船の中に!」

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