Ark-03 自信と緊迫
小屋をオルターに任せ、オレはまずレイラさんとジャビがいる小屋の扉をノックした。
「あら、イース。どうしたの?」
「いや、うん。なんだか和やかな雰囲気だね」
「ジャビが目をキラキラさせて私達の旅の事を聞いてくるからさ。毒気なんて抜けちゃったよ」
「すげーなあ、おれもバスターになったらいろんな所いけるのか? モンスター倒して強くなるのもいいけど、砂だらけの国なんて想像もつかねえし、行ってみたい」
魔王教徒の監視のはずが、いつのまにかジャビへの旅語りになっているみたい。小屋の魔王教徒達もやる気なく寝そべってたり、手枷がない奴は本を読んでいたり。
オレはそんな空気を壊すのを申し訳ないと思いつつ、蟲毒への不安を伝えた。
「……強いモンスターが育っている可能性、ね。シークさんにはこれから?」
「うん、今から相談に行くよ」
本音を言うと、今でも親やバルドル達に頼りたくない。
七光りの話を抜きにしても、17歳で家を出て、もう19歳になろうかという歳なのに、まだ親に助けられるのかと情けなくも思ってる。
でも、そんな悩みを口にした時、レイラさんはオレを鼻で笑った。
「自分で背負えるなら好きにすれば? 自分のせいで魔王教徒が存在してるの? 自分のせいで世界の人々が危機にあるの?」
言葉はきつかったけれど、返す言葉もなかった。
「かつて英雄達はどの時代も師を仰ぎ、仲間と共闘して困難に立ち向かった。七光り嫌いは結構。だけど、毛嫌いした所でイースが何とかできる訳じゃないよね」
そう。意地を張ってもどうにもならない。
「ほら、オレは出来る! って自惚れることも出来ないでしょ。やるべき事は七光りを跳ね返す事じゃない。重要なのは手段じゃない。事件を解決する事よ」
自分がすべき事は分かってる。
実力がある人に協力を依頼して、確実に解決する事だ。
「うん、そうだね。オレが納得するかしないかで結果を放棄しちゃいけないよね」
「モンスターはイースが英雄の息子かどうかなんて知らない。実力はあなたがモンスターを倒した数が物語ってる。その数に親の名前が何か影響した?」
「……ううん、してない」
「自分で言うほど七光りしてない。気にし過ぎ」
「……うん、分かった」
レイラさんもオレより先に悩みに悩んで生きてきた。だからこそ言葉がオレに突き刺さる。
結局報告に行ったはずが喝を入れられ、オレは次に父さんが見張りをしている小屋へと向かった。
「ぬし」
「うん?」
「おじゃべり、しますか?」
「いいよ。何かあった?」
「ぬし、よごでぎますよ? ボク思うますよ? ぬしあちかう、ボクしかっり振りままさでる、ちかまいぱい斬ゆさでる。あーボクしまわせわまあ、ぬしボクのぬし良いしまたなあ、思うますよ?」
グレイプニールがふとオレを励ましてくれた。武器として、主の気持ちを敏感に読み取ったんだろう。
武器に心配されるなんて、カッコ悪い。グレイプニールが誇れる主になるって言ったのになあ。
「ぬしつもい。ボク他剣よにしまわせ。ボクしまわせ剣。ボクよにしまわせ剣、他にまい」
「……有難う。オレもグレイプニールがオレの愛剣で本当に良かった」
「しまわせますか?」
「……そうだね、うん、幸せだ」
「ふひひっ、まりがと! ぬし、ちくのぬすこ、しまわせ?」
驚いて言葉を飲み込んでしまった。
オレが今まで自信を失い、七光りを嫌だと言い回っていた姿は、まるで幸せじゃないかのようだったから。
「ふしまわせますか?」
「……ううん、オレは父さんと母さんの息子で幸せだよ」
「ふひひっ! ぬししまわせ良います」
グレイプニールは励ます言葉をあまり多くは知らない。直接的な言葉で励ませないから、オレのために一生懸命言葉を考えて紡いでくれたんだろう。
オレは両親を嫌ってなどいない。むしろ好きだ。
もしかしたら、そんなオレの気持ちは両親に伝わっていないかもしれない。
いつかバルドルに言われたことがある。
自信を失くそうと頑張るのを諦めないかと。
「……オレの力で解決する事じゃない。事態をどうやって解決したかは重要じゃない。頼れるものに頼らないのは強さじゃない」
「ぬし?」
「グレイプニールの力も借りてるし、今更だよな。さあ、父さんとバルドルの所へ」
* * * * * * * * *
「父さん」
「ん? ああ、イースか。どうした?」
「アンデッドの残りを倒してた」
「たもしかったます! でもよごまいお話あるまれなす」
「君達だけ楽しむなんて。あーあ、僕も戦いたかったのに」
父さんは魔王教徒を見張りつつ、バルドルの手入れをしていた。自慢の黒いバルンストック製の鞘もツヤツヤだ。父さんはまるで家にいる時と様子が変わらない。
ただ、父さんに外で起きていた事を伝えると、その表情が一変した。
「かつて4魔の1体であるゴーレムを倒しに向かった時、モンスター達は100キロメルテ以上離れた山を越えて逃げていたんだ」
「やっぱりモンスターは強いモンスターから……逃げるって事だね」
「うん。俺がアークドラゴンを封印していた時は、その気配のせいでスタ平原のモンスターが極端に少なくなっていた」
「今もあの辺りは少ないと言われてるよね」
という事は、やっぱりあのアンデッドの行動は蟲毒の中にいるモンスターから逃げているんだ。
モンスターが逃げると分かった上で思い返すと、アンデッド達がそれぞれ違う方向に歩いていた事にも納得がいく。
「蟲毒を見に行く。操る者がいなくなった途端逃げ出すくらいだから、負の力をそれなりに蓄えてるはず」
「僕が思うに、獲物を狩ろうと殺気立っているんだろうね。もう魔王教徒が制御できる強さを逸脱しているように思うのだけれど」
「そういえば、魔王教徒の船が遅れていて、蟲毒に投げ込む餌がないって言ってた」
「飢えている、か」
父さんは暫く待っていろと言って外に出て行った。現地はいったいどうなっているんだろうか。
「あの、蟲毒を行ってる場所がどうなってるか、知りませんか」
「……あんた、あのシーク・イグニスタの息子なんだってな」
「え? あ、はい」
オレの問い掛けに対し、1人の男が質問で返してきた。思わず肯定してしまったけど、魔王教徒は寂しそうに笑みを浮かべ、手首の魔具を見つめた。
「……さっきまで、あんたの自慢をしていたよ」
「はい?」
「自分の為じゃなく、誰かのために生きて行こうとしているって。正義感だけで暴走せず、思慮深く行動して、少しずつ強くなってるってさ。父親として誇りに思うとよ」
「父さんが、オレの事を?」
意外だった。父さんにはいつも心配を掛けていたと思うし、実際俺は1年程バスターとして活動出来ていなかった。
そりゃ、魔王教団の拠点を暴いたり、テレスト王国騎士の称号も頂いたけど。
「……あれ?」
良く考えてみれば、なんだか……駆け出しの割に活躍出来てる?
「すげえよな、あんたも。父親に負けじと色々やってんだってな。そのお陰で俺達はこのザマなんだが」
「……父さんは心配してると思ってました」
「幾つになっても子供の事は心配さ。俺もあんな風に子供の事を自慢したり、心配したり、親らしい事をしてやりたかったな」
魔王教徒の男はまた寂しそうに笑い、自分の身の上を語り始めた。
「元妻は若い男と不倫。子供を連れて行方知れずさ。ご丁寧に不倫していたのは俺だとそこら中に言いふらしてくれてね。自暴自棄の俺が復讐の手伝いをしてやるって言われたら……そりゃ差し出された手を取っちまうだろ」
「そうですね、オレが同じ立場ならそうしたかも」
「居場所は暴いた。モンスターに襲わせてやろうって今でも思ってる。でも、魔王教徒が罪のない人を殺めようとしてるなら、俺は……」
「イース!」
皆と話し込んでいると、父さんが息を切らして小屋に飛び込んできた。
気付けば1時間が経っている。こんなに慌てた父さん、見た事がない。
「どうしたの?」
「まずいぞ、蟲毒の中でモンスターが予想以上に進化してる。魔王教徒の到着が遅れてると言ったな」
「あ、うん」
「そのモンスターが襲ったようだ」
「僕とシークだけでは不安がある。こんなに大勢は守れない。君はみんなをすぐに集めておくれ」