Ark-02 不吉な行進
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「ぴゃぁぁっ! しまわせぇぇ!」
「うるさいよグレイプニール」
「でんむ、斬るさでますか!? ボクでんむ斬りますか!?」
「全部斬るよ、全部斬らなきゃ戻れない」
「ぴゃぁぁぁっ! ボクひとちゅでぜんむ斬るでぎる、ああしまわせさでたあと、ぐにむおーちゅの革で拭かでむ、うわうわ置くさでる……ボクしまわせ剣……」
「斬りながらうっとりすんな、集中!」
「うっとみ、何ますか?」
「後で説明する! ファイアソード!」
オルターが諦めたのが何故か、すぐ分かった。アンデッドの数が多過ぎるんだ。どこに隠していたのか、その数は100体くらいありそうだ。
ボア、オーク、オーガ、ビッグキャット、ゴブリン……少々倒すのに苦労する個体も含め、かなりの数が集められている。
あれだけ戦ったというのに、この島にはどれだけの負の力が集まっているのか。
「ぬし、ぬし!」
「どうした!」
「けんてん、ちまう、ボク横振るしてくまさい! ボクの刃でいぱい斬るたいます!」
「気力の刃じゃなく、自分の刃で斬る、か。いいよ、分かった」
「ぴゃーっ!」
ショートソードで斬ろうとすれば、必然的にアンデッドに接近する事になる。その間合いの狭さから一度に大量のモンスターを斬るには俺の足で駆け回らないといけない。
そんな主の苦労を知ってか知らずか、グレイプニールはさっきから「しまわせ! しまわせぇぇっ!」と連呼してる。
こんなに先回りして喜ばれたら、さすがに駄目とは言えないよな。
「しっかし、綺麗にオレめがけてやってくるよなあ。音がする方、見える方、熱源の方、色々説はあるけれど、あんな遠くからも気付くのか?」
足に気力を集中させれば、自分の身長以上に高く飛べる。地上3、4メルテの視点からは、かなり遠くから歩いてくるアンデッドの姿も見えた。
「ビアンカさんのフルスイングみたいには出来ない、走りながら……斬るぞ!」
足場の悪い溶岩台地を駆け、アンデッドの噛み付きや引っ搔きを恐れずに切り裂いていく。
腐敗したアンデッドは体表が脆く、思い切り切り刻まなくても姿を保てなくなる。歩く事が困難になれば、もう脅威はない。
グレイプニールの要望通りに技を繰り出し、戦い始めて30分。まばらに襲い掛かってくるせいでさほど脅威にもならず、おおよそのアンデッドを斬り倒すことが出来た。
「よっし! だいぶ片付いた!」
「いぱい斬るしまた、ボクしまわせ」
「ああ、後はまだ動ける個体を燃やしていけば……あれ?」
群れの最後尾にいたオーガのアンデッドを倒し、立っているアンデッドはいなくなった。まだ這う事が出来る個体もいるけど、もう脅威ではない。
後でヒールとファイアを使って浄化すれば、全て片付く。
だけど、オレは倒したアンデッド達にどこか違和感を覚えた。
「アンデッド達、もしかして……オレを襲うためにこっちに来たわけじゃ、ない?」
「おおう、しにもも、どごゆかれますか?」
「分からない。もしかしたら、オレが目の前にいたからついでに襲っていただけ?」
普通、モンスターはアンデッドになっても人を襲うという本能に従って行動する。だから地を這う事になろうとオレを追い回そうとするはずなんだ。
なのにオレと僅か数メルテしか離れていないアンデッドでさえ、オレを無視して南へと向かおうとする。
「南に、何が」
そうオレが呟いた瞬間、オレの全身に悪寒が走った。
南半球は真夏で、しかもここは南緯25度の火山島だ。海水温も高く、たとえ雨が降って強風が襲ったとしても寒さなど感じるはずがないのに。
「何か……いる?」
「おあ?」
「こいつらもしかして、どこかに向かってるんじゃなくて……何かから逃げている?」
おおむね南に向かっているけれど、全てが1点を目指しているようではない。海側だったり、火山側だったり。
この100体ほどがどこから来たのかは分からないけど、死霊術士に魔具を填めてから約2時間。アンデッドの足で2時間の位置に何が?
「もしかして、蟲毒の場所?」
オレは更に30分ほどかけて倒した個体全てにファイアを浴びせ、すぐに拠点へと戻った。外の異変が蟲毒のせいなら、少なくともオレンジ等級クラスのモンスターが逃げ出すような強さに仕上がっているという事だ。
「イース! 全部処理終わったのか?」
「あ、ああ……終わったんだけど、ちょっとまずい事になってるかも」
「まずい? アンデッドがまだいっぱいいるって事か」
「違う、さっきの蟲毒の話」
オレは外で見たアンデッド達の行動を説明し、合間に言い表せない悪寒を感じたと伝えた。オルターはしばらく考え込み、魔王教徒達に問いかけた。
「なあ、ここで最初に蟲毒に使ったのは、どんなモンスターだった」
「さ、最初はゴブリンだった。知能が高い方が有利かと」
「最後に投入したモンスターは? 今蟲毒を生き残っているモンスターは何だ」
「わ、分からない。そもそも魔王教徒達は強いモンスターを狩る能力がない。せいぜいバスターがきちんと処理せず放置したモンスターをアンデッド化出来るくらい」
蟲毒にはアンデッドや船で運んできた動物や、その他のモンスターを投入しているという。なるべく飢えさせて闘争心を保たせるから、エサの投入は1日おき。
「さ、最近は各地の港や海岸線の警備が厳しくて、船を出すのも一苦労って言ってた。だから本当は2日前に着く筈だった船がまだ着いていないんだと思う」
「そのせいで奴はもう3日まともに喰ってないんだ」
「モンスターの姿は? その場所はどうなってる」
「の、覗き込むような勇気はねえよ!」
オルターの問いかけに対し、魔王教徒の反応を見る限り嘘はついていない。どうせ嘘を付いてもバレるのは分かってるはずだし。
知りたい事は沢山ある。オルターに続き、今度はオレが質問をする番になった。
「なあ、本部の魔王教徒さん。あんた自分の正義に使う魔物がどんなもんか知らないのか」
「……」
「アンデッドとして操るのはいいけど、そんなモンスターをどうやってアンデッド化させるんだよ」
「殺す方法は幾らでもある。飢え死にさせてもいいし、あのジャビという男が勝てずとも、その間に罠を仕掛けて……」
「飢え死にさせてしまえば骨と皮だけで使い物にならないだろ」
自分の正義に従っていると言って澄ましていた頃に比べ、今は明らかに歯切れが悪い。育てたのはいいが、手に負えなくなっているというが実態なんだろう。
この男も、結局は蟲毒に使ったモンスターを恐れているんだ。
「……蟲毒の具体的な状況を教えてくれ。どんな所で飼っている」
「お、おれが話す! 溶岩台地に幅20メルテ、長さ50メルテ、深さ20メルテくらいの亀裂があるんだ。そこにいる」
「這い上がれないのか」
「た、多分無理だ。崖は垂直だし」
「鳥系のモンスターを投入したりしてないよな」
「してない。それは間違いない」
小柄で痩せた男が本部の男に代わって何度も小刻みに頷く。そもそも鳥系のモンスターを捕獲し、投入する手段がないそうだ。
「アンデッド達は、この付近に隠していたんだよな?」
「そう、そうだ。蟲毒の中に放り込んで、負の力を蓄えるための個体と、この周辺で拠点の守りに使う個体を分けていた。いずれはあのジャビに全部倒させるつもりで」
「じゃあ、さっきオレが倒したアンデッド達は、蟲毒用に置いていた個体か」
オレがそう尋ねると、小柄な男は怪訝そうな顔をした。
「蟲毒に使うモンスターやアンデッドは、もう全部投入済だ」
「じゃあ、北から歩いてきた100体は?」
「北? ……蟲毒がある場所か? いや、でもアンデッドはそんな所には」
魔王教徒にも心当たりがないアンデッド?
「……嫌な予感がする。オレちょっと父さんとレイラさんにも伝えてくる」
「お、おい! イース、何だ? 何かあったのか? 先に話してくれよ」
「餌にするはずだったモンスターの死体が、負の力に当てられてアンデッド化したのかも」
「は?」
「ちょっと思っただけ。でもあのアンデッド達はまるで逃げているかのようだった。予想外の事が起き始めているかも」