Ark-01 エインダー島への疑念
【Ark】古の儀式
魔王教徒からはおおよその事情を聞き出した。おおよそがオレ達に協力すると言ってくれたんだけど……。
「断る」
1人だけ協力を拒否する奴がいた。魔王教徒本部に所属しているらしい。だけど魔王教徒は全員が手段と目的を一致させているわけではなかった。
一枚岩ではないからか、魔王教団の中枢を安定させるため、重要ポストの決定に全面賛成しない者は、辺境に飛ばされるのだという。
一応は作戦のリーダーという立場を与えられるが、実態は厄介払いだ。このエインダー島での作戦を任された者も、本部で疑問を呈した事で本部から追い出されたんだ。
「俺は魔王教徒として、きちんと理念に賛同して活動していた。君達からすれば悪人だろうが、俺の正義では正しい事をしていた」
「……あなたは、魔王教徒として、進んで人を苦しめてきたんですね」
「ああ、強制されていなかった。村を焼いたり、人を攫って奴隷にした事もある」
1人の男が淡々と話し始めた。見た目は40代くらいの痩せた小柄なおじさん。短い髪には白髪が混じっているものの、人相が悪いわけでもなく、一見普通の人と変わらない。
「敢えて言っておく。俺は俺が正しいと思う事をやってきた。世界は欲に塗れた商人や殺人鬼、武器を振り回して闊歩するバスターで溢れている。浄化が必要だ」
「あなたが浄化される側にいる可能性、考えた事は?」
「俺がどちらの側にいるかどうかは、浄化の必要性には影響しない」
本部付と聞いて、グレイプニールが心を読み取る。これで本部の場所が分かるし、その規模や何をどれだけ蓄えているかが分かる。
男は抵抗は諦めたものの、心を入れ替えたわけではなかった。
「でも、あなたは魔王教団がやろうとしている事に文句を言ったから、ここに飛ばされたんですよね。魔王教徒として正しい事をしているとは言えないんじゃ」
「何度も言うが、魔王教徒としてではなく、俺は俺が正しいと思うかどうかで動いている。謝罪する気はないし、反省など今後もする事はない」
全員を協力させられるとは思っていない。今まで捕えた奴らだって、全員が反省したわけじゃない。捕まった事を悔やむだけで、いっそうの恨みを募らせたりもした。
「つまり、オレ達も死ぬべきだと」
「そういう事になるな。気の毒だが仕方のない事だ」
何が正しいのか、人としてどんな選択をするべきか。そんな一般論を伝えても分かってくれないだろう。
父さんは別の小屋にいて、レイラさんもオルターもいない。この場にいるのがオレじゃなかったら、諭す事が出来たんだろうか。
「おまい、お間違います」
「……なんだ」
「もしゅた、わむい。負のいきもも。負のいきもも、ただち、ちまう」
「そうか、そうだな。モンスターは負の感情やこの世の災害の化身だ。それを使って事を成す事は正義なのか」
「……」
「あんたの正義にとってモンスターが負ではないなら、それでもいいさ。だけど、そうなるとモンスターが襲う人という種族は何だ」
グレイプニールの純粋な否定は、男に少しは刺さったみたいだ。口をつぐみ、何も言わなくなった。
「モンスターが正なら、仇なす人は負だ。あんたも人だろう? じゃあ負であるあんたが考える正義って何だ」
「……」
オレはそこまでで話を止め、他の魔王教徒と共に作戦を考え始めた。本部野郎に聞かれても関係ない、どうせこいつが魔王教団に戻れる事はないんだから。
「本部の場所は分かった。それ以外に、思い出せる事とか何かないかな。魔王教徒側にいないと分からない事って、あると思うんだ」
「魔王教徒の中に、スパイがいるんじゃないか……みたいな話は出てたな」
「そういえば……何かバスターに情報を流してる奴がいるとか」
「あんたら、魔王教徒の中にスパイを潜り込ませてるのか?」
魔王教徒側がかなり警戒している……って事か。このエインダー島にまでその話が流れてくるって事は、かなり前から疑っているんだろう。
事実、テレストではアゼスが魔王教団に潜入して信用を勝ち取り、教団の作戦を失敗へと導いていた。
もしかしたら、他にもバスター達に内緒で動いている人がいたのかも。
「スパイを潜り込ませたって話は聞かない。だけど、魔王教団を裏切った人ならかなりの人数になる」
「……俺達みたいになんの信念もねえ、ただ研究に役立つだけの奴なんか、真っ先に疑われるだろうな」
「だから外界と接触できないこんな島に流されたんだろう」
強いモンスターを生み出す研究、それ自体は決して魔王教団の中で重要度が低いと思えない。だけど、どうにもこの島にいる魔王教徒の士気は高くないし、自らが重要な役割を担っているという自覚もない。
本部付の男ですら、辺境に飛ばされたと捉えている。
「ジャビを雇ったのは誰だ」
「ああ、それならあんた達にコテンパンにされた男だよ。あいつが俺達の管理をしてた」
「あいつは……」
「あいちゅ、なおうきょうと。そいちゅ、おまじ。ちれいむちゅし、つもいもしゅた作ります。よごでぎしまた、良い子ね、偉いしますか? したいます」
「えっと……この人と同じ死霊術士で、強いモンスターを作れたらご褒美に昇進させてもらおうと思ってたって事か」
「ぴゅい」
という事は、その男もまだ下っ端って事。この場にいる「信者」は、本部から厄介払いされたか、本部に行きたいと考えているか。
いずれにしても、幹部級の魔王教徒はいないという事。
「なんか、おかしいな」
「おおぅ、おかち、食べますか?」
「違う、お菓子じゃない」
「ぷあー? おろちもいますか?」
「面白いでもない。変だなって意味」
重要な作戦なのに、本部の幹部が管轄していない?
そういえば、テレストの作戦もシュトレイ山の麓のアジトも……。
「グレイプニール、本部の場所、読み取ったよな」
「ぴゅい。ボク、分からまい場所ます。まるどむにお伝えます」
「ああ、父さん達が来たら伝えてくれ」
武器同士なら、読み取った内容をそのまま正確に伝え合うことが出来る。バルドルが分かる場所かどうかが問題だけど……。
「本部の場所、教えてくれ」
「……」
「あんたの正義を邪魔するからダメ、か」
「ここで俺から訊き出さなければ辿り着けないなら、お前らもその程度って事だ。お前らの正義が勝るのなら、本部にも辿り着けるだろうさ」
協力はしない、か。
本部の場所を読み取れても、場所を直接教えてくれるのが一番助かる。言ってくれたら良かったんだけどな。
「おい、イース」
「えっ、オルター、何でこっちに」
「親父さんが代わってくれてる。こいつらに魔具を填めたせいで、まだ残ってたアンデッドが勝手に動き出した」
「ああ、まだ残ってたのか……」
操る奴がいなくなれば、アンデッドは彷徨い始める。この拠点を襲うとなれば厄介だ。
「グレイプニールが戦いたいって騒いでたろ? 俺の銃じゃ遠くからの狙撃は楽だけど、この平坦じゃな。複数相手には分が悪い」
「分かった。オレが行くよ。グレイプニール、仕事だ」
「おしゅがと! ぴゃーっ!」
グレイプニールは大喜びだ。オルターにここで聞いた話を簡単に伝えると、オレは残ったアンデッドを始末するため、小屋を任せ外に出る事にした。