Rematch-12 無意味な悪あがき
ジャビがもっと強い奴と言った時、くぼ地から見上げる奴らの表情が変わった。こいつらはまだ強いアンデッドを用意しているという事だ。
「どういう事か、話してもらおうか」
「なあ、何で怒ってんの? 一緒に修行する?」
「君は……ちょっと黙っていてくれるかい? 後で説明するから」
父さんが苦笑いでジャビを座らせ、魔王教徒達に向かって手のひらを向ける。今度は魔法書を片手に、手加減なしである事を匂わせた。
正直、任せて何とかして欲しい気持ちはある。
だけどそれって……親の七光りだよな。オレはそれを嫌がって旅に出たはず。
この場ではオレがリーダーだ。オレが進めるしかない。
最初に呼びかけに答えた男に視線を向け、目が合ってから逸らされる前に指名する。
「あんた、上がって来い」
「……」
「……この状況で見逃してもらえると思ってる? それとも戦うか? いいぞ。アンデッドを用意するのはいいが、倒す実力はないんだろ?」
この問いはカマかけだった。
恐らくこの何にも知らない若者が声を掛けられたのは、魔王教徒の存在を知らず、かつ戦いたいと願っていたからだ。
「……クソッ! どうする!」
「今更計画失敗だなんて言えるわけがねえ! 本部に何てドヤされるか」
「話し合えと言った訳じゃない。こっちに来い」
オレは努めて低い声を出し、これ以上の会話を止めさせた。男が動かないため、父さんが少し水位が下がった分の水を補充し始める。
滝のように注ぎ込み、僅かずつだけどまた水位が上がり始めた。
濡れてはまずいものがあるのか、数人が奥の小屋へと視線を向ける。
「国から許可が下りているとはいえ、出来れば殺したくないし、小屋も焼き払いたくない」
「あのね、素直に従った方がいいって言ってるの。全員で抵抗すれば、もしかしたらあたし達に勝てるかもしれない。でも英雄相手に誰も死なないなんてある?」
「俺も躊躇いなく撃つぜ。治癒術が使えねえお前らがどうやって傷を癒す? 一度動かなくなった手や足は、損傷した臓器は、二度と戻らない。五体満足で生きて帰りたいだろ」
「アンデッドは全部倒されて計画は失敗だ。魔王教徒の幹部を恐れているなら、牢屋の中の方がむしろ安全と思うけどね」
この状況を詰みと判断したのか、男が渋々歩み寄ってきた。こちらを睨むのは忘れていない。
他の奴らの怪しい動きを止めるため、オルターはくぼ地の奴らに銃口を向けたまま。父さんはアクアを唱え続けていて、バルドルは歌ってる。
レイラさんはアクアを唱えながら、周囲の警戒も怠っていない。アンデッドが他に隠されていないとも言い切れないからだ。
「グレイプニール、頼んだ」
「ぴゅい。おとこ、ボク触りまさい。ぎゅっ掴むイヤます、ゆび少ち置きまさい」
「……」
男は驚かないし、触るのを一瞬躊躇った。グレイプニールの情報も回っているんだな。
「自分で真実を話してもいいし、グレイプニールに真実を語らせてもいい。ただ、どちらかでお前達への今後の扱いが変わる事は覚悟してくれ」
「……チッ! どうせ捕まれば臭い飯食わされて一生まともには生きられねえ! お前ら、やるぞ!」
男はグレイプニールに触れなかった。それどころかオレの胸を押して突き飛ばそうとし、仲間に抵抗を呼び掛ける。
「……残念だ」
男は何も持っていないが、突如何かの術を唱えた。オレは突き飛ばされたせいで反応が遅れてしまった。
男が地面に吸い込まれるように消え、くぼ地の中の奴らも慌てて攻撃手段を取りに戻ろうとする。
「イース! 背後にアンデッドが2体起き上がったわ!」
「仕方ないね。シーク、とりあえず全員にみね打ちだ。その前にサンダーボルトで全員感電」
「そうだね。証拠を持って帰りたかったけど、とりあえず小屋は全部焼く」
「くぼ地の中は俺達に任せろ!」
オルターが何かを撃った。父さんが電撃を落とし、くぼ地の中にいた奴らが全員悲鳴を上げる。
男は死霊術の影移動を使ったようだ。自ら魔王教徒の死霊術士だと明かしたようなもの。
しかもこの術はもう前の戦いで見切った。奴の視線の先は遠くではなく、オレの足元付近にあった。
そこに向かってグレイプニールで平打ちのフルスイングを食らわせたら、奴は体が全て出るまで何も出来ない。
「イース! アンデッドは俺が撃つ! そいつ捕まえるのを優先だ!」
「ヒール!」
レイラさんがヒールを掛けてアンデッドの動きを鈍らせ、オルターがアンデッドの頭を撃ち抜く。水袋が破裂したような音がした後、オレの足元が黒く波打ち始めた。
「こいちゅ、ぬし突きとましばすしまた。ボク許さまい」
「手加減はするぞ、殺すわけにはいかない」
「ぬし!」
グレイプニールの合図で構えた直後、男の頭頂部が地面から現れた。すぐに上を向いて周囲を確認しようとしたようだけど、もう遅い。
現れながら術を唱えている時点で、オレが素振りを止める理由はなくなった。
「フルスイング!」
俺は容赦なく振りかぶり、ボールをバットで撃ち飛ばすようにスイングした。地面から出てきた男が術の名を口にしたものの、オレのスイングが当たる方が早かった。
「ヘルファぐふぉっ!?」
「往生際が悪いんだよ!」
手加減はした。だけどちょっと足りなかった。頭を狙わなかっただけ褒めて欲しい。
男の右上腕を水平に打ち付け、男が数メルテ吹き飛んだ。
周囲にハッキリ分かるくらい大きく「ボキッ」と音がしたから、腕は折れたんだろう。
グレイプニールが小振りだからそれだけで済んだけど、バルドルやグングニルだったら骨が折れる程度では済まなかったと思う。
溶岩大地の表面はザラザラしている。吹き飛んで地面の上を滑って男は、半袖のシャツが擦りおろされてボロボロになり、顔から足まで血だらけになっている。
「ぶっ、ふぇ……」
「イース、あたしそいつの治療は絶対しないからね。味方を攻撃してくる奴なんかに情けはかけないから」
「アンデッドをけしかけてる時点でこっちの正当防衛だ。あいつらが感電してるのも、俺が足を撃ち抜くのも止める必要ねえ」
オレ達が慈悲など与えないと分かったのか、それとも痛みに呻くのに忙しいのか、男は戦意を喪失したようだ。
オレが近寄ってボロボロの男を担ぎ上げると、痛みで耳をつんざくような悲鳴を上げる。
「次にこうなりたい奴、来いよ」
「足踏み出した時点で敵意ありとして俺が足を撃ち抜くけどな」
「あたし、治癒術士だけど治癒する気ないからね」
「えっと……シーク。僕の出番がないのだけれど」
再び周囲が静かになった。血だらけでボロボロの男を見せられ、銃弾を撃ち込まれ、弱いとはいえ感電も経験。手前の小屋は燃えている。
しかもこの島にはその治療手段も再建手段もない。
「素直に聞いてくれてたらこんな胸糞悪い事……しなくて済んだのに」
「さあ、何を隠してる? もっと強いものって、何だ」
担いでいた男を地面に寝かせると、レイラさんが魔具を装着させた。治療する気はないと言ってたけど、さすがに皮膚の状態だけはケアで最低限治してくれたみたいだ。
「まあ、グレイプニールがこいつから読み取ってるから、お前らが言わなくても関係ないけどな」
そう言って俺が男にグレイプニールを近づけた時だった。
「強い奴倒すのか!? おれにも戦わせてくれ!」
状況が分かっているのかいないのか、突然ジャビが跳び上がって喜んだ。
「存在を忘れてたわけじゃないけど……あなた、状況分かってる?」
「おう! 強い奴と戦いに来たんだろ? おれも戦いたい!」
「いや、魔王教徒の計画とか……」
「計画? 修行して強くなることか? あんたら道場破りなんだろ? おれ道場破りって言葉知ってるぞ」
えっと……。
「ごめん、ちゃんと説明する」