Rematch-11 犬人族の青年
心外だなあと言いつつも、父さんは鼻歌交じりで弱めのサンダーを撃ち続ける。バルドルも同じ歌を歌っているはずなんだけど、なんか……違う。
バルドルは歌うのが大好きみたいなんだけど、上手ではないんだよね、決して。
「あ、出て来た」
暫くすると、1棟から数名の半袖短パンの男達が出て来た。こっちをギロリと睨んだせいで、父さんがもう1度サンダーを唱える仕草をする。
「オルター、威嚇射撃を」
「えっ? あ、はい……」
オルターが指示通りにどこかに狙いを定めた。何を撃つのか聞こうとしたら、弾が物干し台の脚に当たり、粗末な木のデッキが倒壊した。
膝上ほどの深さの水の中へ沈んでいき、遠目でも魔王教徒の顔色が青ざめているのが分かる。
「ほらイース、後は任せたぞ。何かあったら言ってくれ」
「えっ? オレ!?」
「俺は付き添いで来たのであって、このパーティーのリーダーじゃない」
「え、オレ、リーダー?」
そういえば、オレ達はリーダーなんて特に決めてなかったな。オレは知識もあって頭の回転も速いオルターが適任だと思うんだけど。でもオルターは顔を逸らし、レイラさんを見る。
レイラさんは「何で?」といった顔でオレを見る。
「バスター歴が一番長いのはイースでしょ」
「事件屋のマスターだし、年上だからレイラさんが」
「年上だからは余計よオルターくん?」
「す、すみません」
ああ、なんか誰もリーダーの自覚がなかったみたいだ。仕方ないから、この場はオレが何かを言うしかない。
「あー……えっと、魔王教徒ですよね? 遭難者だったら、こんな海から離れた所に隠れませんし」
「……魔王教徒? それは何だ」
「いや、あれだけアンデッド差し向けておいて、魔王教徒知りませんはさすがに苦しいかと」
「……アンデッドから隠れていたんだ、何も知らん」
「えっと、じゃあ代表で1人来てくれますか? アマナ共和国からの依頼で、不審者の確保に来たもので。お話聞かせて下さい」
オレの問いかけに応えた奴の声が響き、居留守は通じないと思ったんだろう。他の小屋からもぞろぞろと人が出て来た。
男女年齢も様々な16人、みんな黒いローブは着ていないか、腕に抱えているか。多分暑くて着ていられないんだな。意外と少なかったけど、まだ隠れている人がいるかも。
「誰でもいいですよ。お話聞かせてもらえなければ、不審者だったとして不法滞在者扱いで捕らえるまでです」
どうあがいても、この場を上手く切り抜けられるはずがない。まだ他にアンデッドを用意しているようでもないし、オレ達を倒せるとも思えない。そりゃあ死ぬ気で向かってくる可能性もあるけれど。
父さんはまだ隣で水魔法のアクアを断続的に唱えているし、オルターは銃を構えたまま。レイラさんは……レイラさんは睨んでる。
魔王教徒達はヒソヒソと話し合った後、膝までの水で歩き難そうにしながら数人で奥の小屋へと向かった。
半袖に短パンという格好なら、武器や魔術書を隠せない。着替えて来ようものなら降伏しないと言っているのに等しい。
「……時間稼ぎのつもりならやめた方がいいぜ。俺は狙った的は絶対に外さない」
オルターの呼びかけで、ヒソヒソと耳打ちをし合っている魔王教徒達の動きがピタリと止まった。怪しい事をしようとしてたのはバレバレだ。
「隠れている奴がいるなら出てきた方がいいぞ。小屋をそのまま残してやるとは誰も言ってない。立入許可がないのなら、当然小屋の設置許可もない。国としては壊す方針だからな」
「そうね。これは別に脅しのつもりじゃないんだけど、誰もいなかったって報告してもいいし。実際に生きている人がいなければ、いると報告する必要がなくなるもの」
その発言、ちょっと怖いんだけど。そもそもレイラさんは攻撃手段持ってないじゃん。
「ま、抵抗に意味はないって事だ。あんたらの仲間も各地で続々と逮捕されている。計画も明るみになって、テレストやジルダは拠点も潜入者も全員確保された。オレ達……」
「ボク起ぎるしまた! おはもよざいなす、ぬし!」
「あ、おはよう、グレイプニール。えっと……どこまで話したっけ」
「おじゃべりますか?」
「あー、今魔王教徒とお話してるから、後でね」
グレイプニールが目覚めた事で、話の腰が折られてしまったけど。たったこれだけの人数でアンデッドの大群を処理できた事は分かって貰えたはずだ。
「代表はまだですか? こちらから指名しましょうか」
「い、今連れて来る! 何してんだあいつ」
慌てる魔王教徒を見るに、この場に実力の高い奴はいなさそうだ。あのアンデッドもこの島では調達できない。ここでアンデッドの管理だけをしているんだろう。
おひさまが火山の噴煙に隠れ、風向きが変わったのか灰が僅かにチラ付き始めた。そんな中、くぼ地の奥の小屋の扉が開き、1人の男が出て来た。
上着を着ないで肩にかけ、辺り一面が水没している事に驚いている。
でも、そいつを見てオレ達も驚いた。
「うっそ、あれって……」
「犬人族……?」
オレ達猫人族よりも大き目な耳、灰色の頭髪、フサフサの尻尾。
獣人族の居住地であるムゲン自治区において、イース湖の湖畔にあるナン村ではなく、更に奥地にあるキンパリ村に住む種族。
ナン村とは交流があったけど、犬人族は人族の世界に出る事には否定的だ。自治区外では殆ど見かけない。
まさか、攫われて……?
犬人族の男はまだ若い。オレ達とそんなに歳が変わらないか、少し下かもしれない。この登場には、さすがの父さんも驚いていた。
そんなオレ達の驚きを知ってか知らずか、男は水しぶきを盛大に立てながら歩いて来る。
「はいはーい! えっと、何すか? 準備ができたっすか?」
「余計な事は言わなくていい! いいか、あいつらに……」
犬人族の青年は場に似つかわしくない程の笑顔と明るい声で、辺りをキョロキョロと見回す。その様子からは奴隷扱いを受けている様子もない。
「おーっ! お前、猫人族か! おれ、外で猫人族に会うの初めてだ!」
「あの、オレは」
「宜しくな! んで、どうしたんだ? 水びたしになってっけど」
この男、事態が分かっているんだろうか。バスターのパーティーと遭遇した程度にしか考えていなさそうな気がするんだけど。
しかもオレ達を全く警戒していない。オレと握手をするし、グレイプニールを見て、その剣カッコイイな、見せてくれと言い出す始末。
もしかして、グレイプニールの特性を知らない?
「ねえあなた。ここで何をしてるの? さっきのアンデッドの大群を見るに、あなたも魔王教徒よね」
「あ? まおーきょーと? 何だそれ」
「えっ?」
男は笑顔で話していた時の表情のまま、不思議そうに首を傾げる。いや、いくらなんでもあの状況で嘘をつくのは苦しすぎると思うんだけど。
「あー、オレはイース。君は?」
「ジャビだ。ムゲンの戦士、ジャラトの息子だ!」
「ちょっと、ちょっといいかな。この剣の柄に触れてくれないかな。出来ればそっちの」
「おー、何だこの剣、ツヤツヤだ! すげーきれーだな!」
ジャビは躊躇いなくグレイプニールの柄を掴んだ。グレイプニールは何を読み取るのか。念のためにバルドルにも触れて貰ったけど、その答えは意外なものだった。
「じゃぴ、なおうきょうと、知るしまいなす」
「うん、君は魔王教徒という存在すら知らないね。君は何故ここにいるんだい」
「うおぅ!? 剣が喋ったのか? すげー! なんだこれ!」
「もしかして、聖剣バルドルを……知らない?」
犬人族は外部との接触があまりないけど、25年ほど前には父さん達の世話になったはずだ。語り継がれていないとは思えないんだけど。
「え? あーっ、聖剣バルドル! もしかしてあんたがあのイグニスタか!? うわー、こんな所で会えるなんて! おれ、この人達と修行に来てよかったー!」
「えっと、修行?」
「おう! この島の変な死体のモンスター相手に修行さ! おれはバスターじゃねえから武器を持てない。でも伝説の英雄に憧れて、どうしてもバスターになりたくて。そしたらこの人達がバスターじゃなくてもモンスターを倒させてやるって!」
……つまり、魔王教徒の存在も知らず、何かの修行だと思い込んでここにいる? そんな馬鹿な。
「全部倒せた頃には、もっと強い奴と戦えるんだぜ! たのしみだー!」
「……もっと、強い奴?」