Rematch-09 試される自分
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「……ス、イース」
「……あっ、アンデッドは」
「あ、気が付いた」
「終わったぜ。なんつうか……辛勝だけどな」
気が付いた時には戦いが終わっていた。共鳴すればいつもの事。共鳴をするよりも、共鳴から目が覚める瞬間の方が怖い。記憶がないから何が起きているのかは分からないんだ。
戦いに敗れているかもしれないし、仲間が傷ついているかもしれない。でもオレにとっては一瞬。その間、みんなは何分も、何十分も戦っている。
グレイプニールがオレの体を動かすから、疲労感はしっかりある。でも、自分だけ何もしていないかのような気分。
「シークもバテているよ。今回はこちらの人数が少な過ぎたね。それに、これだけ多くのアンデッドを倒してしまえば、モンスターがいない土地とはいえ負の力が溜まってしまう」
「死骸をしっかり焼くかヒールで消滅させたいんだけど……ちょっとあたし達だけでは無理そうね」
目の前にはアンデッドの死骸が無数に転がっている。これをオルター達が倒したんだろうけど……足の踏み場もないほど、見渡す限りの死骸なんて、今後もまず見る事はないと思う。
「ぬし……ボク」
「グレイプニール、みんなを守ってくれたんだな」
「お守りしまた、ボクちかれまた……」
「有難う、少し休んでくれ」
「よごでぎしまた」
「ああ、よくやってくれた。助かったよ」
オレが声を掛けてひと撫でした直後から、グレイプニールは喋らなくなった。こんなに早く寝付くなんて、かなり頑張ったんだろうな。
「グレイプニール、凄かったんだから。何を言ってるか全然分からなかったけど、叫びながらアンデッドの群れを凄い勢いで切り裂いてた」
「イースの身体能力と、グレイプニールの的確な斬撃。あれを見せられると、遠距離狙撃の優位性を力説出来ねえわ」
「そんなに凄かったのか……自分で自分の戦いを見られないのが悔しいな」
グレイプニールは大活躍だった。オルターはオレ達が斬り漏らしたものや、近づく個体を処理。レイラさんが回復や補助魔法の他に、パーティー全体への指示を。父さんとバルドルは強い個体に絞って撃破。
きっと誰1人として欠ける事が出来ない戦いだった。本当にギリギリだったのが分かる。
「あー……きつい。やっぱり若いっていいな、俺もうクタクタだよ」
「技術と魔法ではシークの方がまだまだ勝っているけれど、体力と身体能力で言えば、現役の頃のシークより、今のイースの方が断然動きがいいね」
「元魔法使いの40代と、剣術専攻の10代を比べるな」
「君はその不足分を魔法剣を生み出す事で補った。魔力の差を考えると、20年前の君とイースは互角だと思うよ。まあ僕が一緒な分、総合的に君の方が強いかな、シーク」
バルドルは嘘を付かない。思ってもいない事はまず言わない。父さんを絶対視し、自分がどの武器よりも強力だと考えてる。
そんなバルドルがオレの体力や身体能力を褒めてくれるなんて。父さんと比べて、オレの方が勝ってる所なんてないと思ってたのに。
「ほーら。英雄の子だと言われたくないとか、うだうだ悩む必要なかったんだよ。十分強かったのに、新人のうちから親父と比べてどうすんだ」
「……だってさ。親のコネで留年しなかったとか、チヤホヤされやがってとか言われ続けてみろよ、自信失くすって」
オルターの言いたい事も分かるし、今までオレもそう思うようにしてきた。
もう親の七光りと言わないでくれとか、親に頼らないなんて言ってられない状況なのも分かってる。
だけど、やっぱり……実力を認められたかったんだ。
「あたし達は今までイースの名前に頼ってない。モンスターや魔王教徒には、肩書なんて無意味。実力でここまで来たんだから自信持つ要素しかないと思うけど?」
「うん……」
「あなたが戦えるのはどうして?」
「えっ、それは……」
「自信を持っていて頼りになるグレイプニールのおかげでしょ?」
レイラさんがマジックポーションを不味そうに飲み干してこっちを睨む。オルターもオレをじっと見つめていた。
「グレイプニールは自分がアダマンタイト製である事を誇りに思ってるよね。イースの愛剣である事も誇りに思ってる。絶対にイースに相応しいと自信を持ってる」
「イースはどうなんだよ。英雄の子である事を誇りに思ってない。グレイプニールを誇りに思ってない。漠然と自分は何かしらに相応しくないって気持ちがある」
「そんな事は……」
ない、とは言い切れなかった。父さんと母さんの事は誇りに思っているけど、その息子である事が誇らしいとは思っていなかった。
グレイプニールを誇りには思っているし、頼りになると思っている。でも自分はグレイプニールに釣り合うと思えずにいる。
「あのさ。アダマンタイトも加工されて剣になってるんだよな。絶対に折れない、欠けないってわけじゃないと思うんだよ。だけど聖剣バルドルもグレイプニールも、絶対に欠けない、折れないと言い切るだろ」
「根拠のない自信や見栄なのかなって、最初は思ってた。でも違うんじゃないかな」
レイラさんがバルドルをチラリと見た。父さんはオレ達の話を静かに聞いていたけど、「え、そうなの?」と呑気に尋ねている。
「む、根拠のない自信だと思っていたのかい、シーク」
「いや、根拠とかそもそも必要としなくても、本当に折れないと思ってた」
「君はもう少し僕の事を知りたがっても良いと思うのだけれど。まあ物理的な話をすれば、アダマンタイトは欠ける可能性がある。けれども僕達は絶対に折れてはいけないんだ。欠けてはいけないんだ」
……。ああ、アンデッドを殲滅している時にオレが考えていた事と同じなんだ。
そこにあるのは有利な条件でも実力でもない。負けられない、それだけだ。
自分の意思、自分の気持ち。
グレイプニールはたったそれだけのもので、最強の剣と肩を並べていたんだ。
「誇りを強さに変える、って事なのかい、バルドル」
「そうだね、シーク。君の気力と魔力は僕の誇りさ。それが僕を守っている。イース、今の君はグレイプニールを守れるのかい」
……。
「自分を誇りにも思えない君を、グレイプニールはいつまで誇りに思えるかい」
「……オレは」
「じゃあ現実的な話をしようか。グレイプニールはショートソードだ。見栄や意地を抜きにして、僕やアレスと同等の威力を発揮するには無理が生じる」
「でもオレはそんなの感じた事ない。さっきだって勇敢に戦ってくれたし、凄かったって」
「ボクはこうして元気に過ごしているけれど、グレイプニールは眠っている。使える気力ならシークより君の方が潤沢だというのにね」
「つまり、グレイプニールは……父さん達と肩を並べるために無理をした、って事?」
「うん、そういう事だ。君に認められたくて、君の成果を少しでも増やしたくて」
オレがグレイプニールのために活躍しなくちゃと思っていたのに。グレイプニールは早くオレを強く実績のあるバスターにさせようと、必死になってくれていたのに。
「……オレが、自信なんてあやふやなものでさえ、数字や等級がないと持てなかったせいで」
「イース。なぜ自分に与えられたものがショートソードだったか、考えた事があるか」
静かに話しだす父さんに対し、オレは正直に首を横に振った。
「お前がグレイプニールに足りないものを、補うつもりで活動して欲しかったからだ」
「それなのに、今はグレイプニールが君の自信を補おうと必死になっている。君はそれでいいのかい、イース」
何でだろう。初めてオルターとこなしたクエストでは、あんな簡単なものでも自信を持てたのに。何で難しく考える程、重く持ち上がらなくなるんだろう。
「なぜ今この話をするか、分かるか、イース」
「……分からない」
「お前の気持ちが強くならないと、グレイプニールの気迫や自信だけではどうにもならない所で戦っている。そう自覚してもらわないと、生きて帰れないからだ」
「イース。グレイプニールが戦いの最中、どんな事を叫んでいたか、聞きたいか?」
オルターの表情は真剣だ。面白おかしなことじゃないのは分かる。
「……ぬしはすごい、ぬしとボクはすごい、ぜったいすごいんだって、終わったらぬしを褒めてくれって」