Rematch-08 アンデッドの大群
拠点はどこにあるのか。オレ達は周囲を見渡し、それらしき痕跡を探す。
でも平坦に見えて冷えた溶岩の台地には、大きな亀裂があったり、窪みがあったりと、案外隠れやすい地形になっている。
「そうだよな、わざわざ目の届かないところにアンデッドを歩かせる意味がない」
「あんでっど! 出てくまさい! しっぱり斬る、ほねまで斬る! ボク斬る我慢するでぎまい!」
「大声出すなって、目立つじゃん」
「魔王教徒が使う魔力を追えば、なんとかなるはずよ。落ち着いて行きましょう」
こちらは姿を隠していない。対して、先に潜伏していたであろう魔王教徒は、上陸してくる相手を船の到着から追っている可能性もある。
父さんとバルドルもいるし、いざとなればオレがグレイプニールと共鳴すれば……。
「気を付けろ、3人とも。いずれ見つかる事を想定した拠点づくりをしているはずだ。銃口や魔力をこちらに向けられ……」
父さんが注意を促そうと何かを喋ろうとした。でも、同時にオレの耳にはグレイプニールの声を拾ってしまった。
グレイプニールの声は遠慮がなく、父さんの言葉を搔き消してしまったんだ。
「わはっ! あで! ぬしあで! ぴゃーあんでっど斬りまさい!」
「ちょ、何? ちょっとどこだ!? 心なしかグレイプニールに引っ張られてる気が」
「よし、先に見つけた方が仕留める!」
「じゃああたし、範囲ヒールでそれらしいところに……」
「あーっ! それズルです!」
グレイプニールの声で、オレ達が戦闘態勢を取る。最初に見つけた個体はオーガのような姿のアンデッドだった。
体表が腐り、額から突き出た2本の角が無ければ、オーガかオークか見分けが付かなかったはずだ。
グレイプニールがはしゃいだせいで、もう隠密行動は出来ないと思う。というか、オレ達も久しぶりの戦闘で、少し興奮してしまった。
「ヒール!」
「俺の弾の方が先に……」
「ぬし! くび! えあのそーど!」
「エアロソード!」
レイラさんのヒール、オルターの38口径、オレとグレイプニールのエアロソード。それぞれがオーガへと襲い掛かる。
「よっしゃ! 俺のリボルバーが一番だ!」
「え? エアロソード当たったけど」
「ヒールで朽ちたのに、当てられるわけ……」
え?
オレ達は確かにアンデッドを倒した。しっかり斬り払い、腐った頭部が転がるところまで見た。銃は当たっていないし、ヒールも確認して……
「何をやってる! ぼーっとするな!」
「シーク、ファイアソードで全て焼き尽くそう」
背後で父さん達の声がし、オレはふと振り向いた。そこには、魔術書を片手に、辺り一面を火の海にするかのような剣の一振りを繰り出す父さんの姿があった。
「……う、そ」
「目の前に見えているものすら信じないなんて、事件屋の資格はないね、イース」
オレはバルドルのチクリと刺す一言で我に返った。
父さんが炎の刃で斬り払った後には、何十体もの何かだったものが転がっている。
今になって、オレはようやくそれぞれ違うアンデッドを標的にしていたのだと気付いた。
オルターが銃を構え直し、カチャリと音が鳴った。
数十メルテ先の溶岩の割れ目や窪みから、次々とアンデッドが起き上がって来たんだ。
「いつのまに! オルター、レイラさんを狙う個体を!」
「ぬし! はいやそーどます!」
「分かった!」
ミスラで魔術書を買っていて良かった。ブルー等級レベルのものでも、持っているのといないのでは雲泥の差だ。
お陰で魔法を唱えてグレイプニールに魔力を複数回込める手間が不要になった。
「ファイアソード!」
グレイプニールが瞬時に炎を纏い、その炎をグレイプニールが上手に剣の形に整える。オレはそのまま剣を振り切った。
「いけぇぇ!」
背後では発砲と同時に空気を押し出す破裂音が響く。オールターの散弾銃だろう。
アンデッドはどんどん湧いてくる。魔王教徒がオレ達の存在に気付き、仕向けたと考えた方がいい。
「あたしも攻撃に回る! ヒールで弱らせて動きを鈍らせるから、仕留めて!」
「了解! 散弾銃は命中精度が低くて広範囲に弾が散る! 絶対に俺より前に立たないで下さい!」
起き上がって向かってくるアンデッドの数は、オレ達が倒す速度を上回っている。いつの間にかオレ達は海側を背に、扇状に広がるアンデッドの大群を相手するようになっていた。
「くっそ、キリがない! レイラさん! 魔王教徒の魔力を追えますか! 魔王教徒を叩かないとこれじゃ対処が間に合いません!」
「倒し続けたらアンデッドだって無限じゃないわ!」
「ファイアソード! ……弾も魔力も、尽きるわけにはいきません!」
「俺が確認する! レイラさん、ヒールを掛けながら状況を報告お願いします!」
父さんにおよそ半分を任せるような状態。残りの半分をオレ達3人が対処していく。もしオレ達3人だけで訪れていたら……今頃命がなかった。
「ファイア……ソード!」
「シーク、久しぶりの全力で気力の減りが早いよ。不本意だけれど魔力を多めに使った方がいい。共鳴するかい」
「年を取ったと言いたい……のかい! そりゃ跳んだりはねたりはきついけど、バルドルを振るくらい……!」
父さんは強い。バルドルも優秀。だけど英雄にも限界はある。父さんは現役時代、強敵に致命的な攻撃を食らわせられ、意識不明で病院に担ぎ込まれたこともある。
ウォータードラゴンや、4魔と呼ばれた強いモンスター、それらに楽勝だったわけじゃない。
「イース! 北側半分をやってくれ! 俺は西側を撃つ! 散弾銃の射程は長くない、固定砲台化させて貰えたら助かる! 魔王教徒の魔力を追う余裕も生まれる」
「あたしもやっぱりヒールを! おじさまの補助にも回るから、もしもの時は声をかけて! イース、倒しきれてないアンデッドが這って来てる!」
「くっそ! ファイアーソード! 剣閃!」
アンデッドは火に弱い。炎の剣で切り裂けば致命傷になる。だけど、グレイプニールで直接切り裂くよりは威力が落ちてしまう。
相手が多ければ多いほど、威力が分散されて倒し損ねる個体も増える。
気力の刃で水平に斬り払い、ファイアソードで追い打ちをかける。それを繰り返しても、姿勢を低くしていたり足だけに当たった個体は絶命せず、這い寄ってくるんだ。
「くっそ……オレの力量じゃ駄目なのか」
「イース! 銃を変えたい、レイラさん、イース、少しだけ時間稼ぎをお願いしたい!」
「えっ!? ちょっと今!?」
「おじさま、左端でまだ1体動いてます! ああーヒール! オルターのカバーって、ヒールじゃ一瞬で倒すわけにもいかないんだけど!」
一体どれだけ隠していたのか。その数は数百体どころじゃない。オーガやイエティのようなモンスターも混じっていて、一振りで一掃するなんて言ってられない。
「ぬし! お守りますか?」
「今やってる! オルター、魔力は追えたか!」
「追えた、ラスカ山方面、場所は特定した! でもこの状況だと向かうのは無理だろう!」
まさかと思うけど、数百体では済まないかもしれない。オレ達はまだそんなに大量のモンスターを相手にした経験がない。
「イース! お前も共鳴しろ!」
「父さん、えっ? 共鳴中なのか?」
ふと父さんが叫んだ。その声は間違いなく父さんのもの。父さんはバルドルと共鳴していても、意識を保っていられる。そもそも、バルドルならオレを「お前」とは言わない。
「無事に切り抜ける事を考えろ! 大事なのは実力じゃない、守れるかどうかだ!」
オルターは1体ずつ頭を狙い、確実に処理する方法を選んでいる。レイラさんはアンデッドを妨害するため、ヒールを連発して侵攻を食い止めようとしている。
父さんは群れの半分を相手にしている。みんな、互いに守り合える状況にない。
「……グレイプニール」
「ぴゅい。ボク、ぬしお守ります。おるた、りぇいら、お守ります。共鳴しまさい、ボクお任せまさい」
オレを勝手に操った事は、正直心に引っ掛かっている。でもグレイプニールは絶対に悪い事はしない。オレは信じてる。
「頼むぞ、グレイプニール」