Rematch-07 痕跡の意味を
父さんとバルドルは、オレ達をエインダー島に向かわせようと考えていたんだ。グレイプニールからアゼスの事、テレストの事を聞き出したんだろう。
「ぬし、ごめまさい。ボク……良くない子、ぬしお体お借りしまた、よごでぎまい子ます……」
「んー、あんま聞こえが良くねえよな。たまたま知られなかっただけで、武器が体を勝手に操るなんて知られたら、世間がどんな反応をするか」
「そうね、人の体を使って斬りたい放題やるんじゃないかって、みんな怖がるわ」
グレイプニールにそんなつもりがないのは分かってる。人を斬ってはいけない、危険もないのに動物を斬ってはいけない、それはしっかり教え込んだつもりだ。
でも他人からすれば「武器が人を操っている」でしかない。
でも……。
「イース、何故グレイプニールがお前に黙って行動したか、分かるよな」
「……オレが、父さん母さんに頼るのを嫌がっていたから」
「そうだ。もしグレイプニールが正直に打ち明けていたとして、お前は素直に頼ったか」
「多分、頼らない道を選んだ」
オレはきっと自分達だけでやらないといけないって考えた。ちょっと……慢心が出ていたと思う。
「ボク、ぬしあぶまい、いやます。ぬしあぶまくまい、したいかたます」
「グレイプニールは良い剣だ、僕が保証する。僕達は攻撃する事には長けているのだけれど、守る事については不得柄なんだ。グレイプニールは君を守りたくて自分がすべき事をしたのさ」
「……分かった。父さん、バルドル、オレ達の事、頼むよ」
「ああ、任せとけ」
武器達は本音を隠す事ができる。間違う事はあっても嘘は絶対につかない。
バルドルが言ったという事は、本当だという事。
「グレイプニール、次から君の思っている事は正直に話して欲しい」
「ぴゅい。ぬし」
「ん?」
「……ボク、ぬしお守れまい。ぬしいまい、あびちぃ……」
「何があっても負けないよ、君が斬り進んでくれるならね」
暫く話をしたのち、オレ達は寝る事にした。明日からのエインダー島散策では、いったい何が待っているのか。
事件屋としてあるまじき考えだけど、事件などなければそれでいい。出来れば魔王教徒がいないのがいい。
* * * * * * * * *
「うわあ、間近で見るとすごい迫力ね」
「島に火山があるんじゃなくて、海から火山が生えてる感じなのか」
翌日。
快晴の青空の下、うっすら濃い山のシルエットが見えてきた。山頂が大きく窪んだ形をしており、噴煙は北へとたなびいている。小さな島はアマナ島よりもエインダー島の方がはるかに近かったみたい。
「皆さん、5日後には迎えに来ますから!」
「宜しくお願いします!」
「絶対に迎えに来て下さいね!? この島に置き去りなんて絶対に……」
「あなた方がエインダー島に向かった事は、管理所もバスター達も知っているんですよ。置き去りになんかしたら俺達が処刑されちまいます」
早朝に島を出たオレ達は、昼にはエインダー島へ到着していた。
船を着けられる場所は限られていて、何度か整備したという船着き場も溶岩に埋もれたそうだ。
「凄い、冷えて固まった黒い溶岩が、どこまでも続いてる」
「これでも遥か昔には町や村があったんだよな? ちょっと信じられない」
足元は平らな場所がなく、どこも凹凸ばかりで歩きづらい。そして本当に草の1本も生えてなかった。
渡り鳥が立ち寄り、そこでフンをすれば、そこに含まれていた草木の種が芽を出すと言われているんだけどなあ。
噴煙のせいか、この島ではなく小さい島を選んでいるのかも。
……などと考えていたのは上陸して十数分程。海鳥が寄り付かない理由はすぐに分かった。
「見て下さい、またありました」
「これじゃ元が何だったのか判別できないな」
所々、何かの骨が散らばっている。もちろんエインダー島には動物などいないし、モンスターも存在していない。人も住んでいない。
「……他所から運んできたはいいが、この溶岩台地の足場が災いしたか」
「アンデッド、ですよね。おじさま」
「ああ、そうだと思う。アンデッドは飢えを満たすために動くからな、足が岩の窪みにはまって動けなくなっても、足をどう引き抜くかなんて考えない」
「足が千切れたり、その場で野ざらしにされたまま朽ちり、って事か」
船でモンスターを運び、この島をアンデッド保管所にするつもりだったのか? こんな陸地が遠い場所を選ばなくても良かったと思うんだけど。
「あたし達が上陸した事、もう知られているかもしれないですね」
「可能性はある。船影を見られていたらどうしようもない」
エインダー島は大きく、島の周囲は200キルテ近い。歩いて一周するなら3,4日は覚悟した方がいい。船の迎えが5日後なのも、一周する事を想定しての事。
そのどこから見られているのかも分からず、もしこちらを見ていたとしたら、拠点に着いた頃には船で逃げられている可能性もある。
「島に近づいてきた時、拠点らしきものは見えなかったよね。こっち側じゃないのかも」
「ぬし、ぬし!」
「ん? どうした、なんか声が嬉しそうだけど」
「あんでっど、ありますか?」
「うん、見かけた骨はたぶんそうだと思う」
「ぴゃーっ!」
ぐ、グレイプニール?
アンデッドがいると聞いて、何でそんなに喜ぶんだ?
オレ達がグレイプニールを不審そうにみていると、バルドルがわざわざ「ハァーやれやれ」と落胆を見せ……聞かせ付けた。
「君達はどうして武器の気持ちが分からないんだい? アンデッドがいる、つまり僕達は出番があるという事さ。モンスターを斬れるんだ、喜ぶのは当り前さ」
「ふひひっ、まるどむ言うしまた、ボクおじゃべりたいことます! あんでっど、斬るしたいまぁ……もしゅた、いぱい斬ゆでぎる、しまわせ!」
「気が合うね、グレイプニール。この数日、いや船の時間を含め数週間。僕達がどれだけ耐えてきたか分かるかい?」
ああ、そうか。アンデッド相手なら戦えるからな。ミスラで少しだけ戦ったにせよ、剣なら毎日だって何かを斬っていたいはずだ。
「まあ、アンデッド相手ならそんなに怖くないわ。あたしもヒールで攻撃に加勢できるし」
「俺も。アンデッドは殆どが機敏に動かないし、弾を命中させやすいからな。面白くはないけどより戦力になれる」
武器達はノリ気で、レイラさんもオルターも戦力として申し分ない。父さんもいるから魔法を含めた攻撃にも不安がないし、余程のモンスターが現れるか、隠れて狙撃されなければ大丈夫だ。
「一応、周囲に警戒を。狙撃される可能性はある」
「僕とグレイプニールが背後を警戒するよ。何かあればすぐに伝える」
「ぴゅい。お任せまさい」
今のところ、冷えた溶岩の黒い大地が広がっているだけ。ラスカ火山は大きく、その斜面も急だ。潜むにしても目立ち過ぎるし、いつ溶岩に襲われるか分からない。
この周囲にはいないかな?
「ねえ、モンスターって、野放し?」
「どうだろう。もし魔王教徒が操っていたとしたら、倒された時に何かが起きたと知る事が出来るよね。敵襲を察知するためのおとりかも」
「いや、こうして身動き取れずに朽ち果てる個体もあるんだ、敵襲かどうか、判断できるのか?」
術式を彫ったアンデッドなら、術者はその個体が見ているものを覗き見る事が出来るらしい。
でもそんな手間を掛けたアンデッドが、岩場に足を取られたまま放置されるだろうか。
アンデッドの死因までは分からないのだから、確認しないといけないよな?
しかも、1人で何体も同時に操り、目の代わりをさせる程の実力者がいるのなら、今までのお粗末な魔王教徒達はなんだったのか。
島の反対側でアンデッドが倒れたら? そこまで確認しに行くのだろうか。
「……なあ、拠点が何個もある可能性は」
「物資を運ぶのに手間が掛かり過ぎる、それはないだろう」
「じゃあ、例えば島の反対側でアンデッドが朽ちたとして、その原因はどうやって確認を? 確認できないなら、無駄にうろつかせる意味は」
「……とすると、拠点はアンデッドがうろつくこの地点から、そう遠くない?」