Rematch-02 豪華な警戒艇
2日後。
無事にエインダー島への上陸許可が下り、オレ達は出発前の準備に追われていた。
宿の荷物を引き払い、島に持っていかないものは管理所で預かってもらえる事に。マジックポーションを余分に買い、着替えの半袖シャツや下着も多めに用意した。
常夏のアマナ島よりも赤道から遠いとはいえ、夏の火山島は暑そうだ。オレやオルターは寒さに弱いけれど、うちのパーティーには暑さにも寒さにも弱い治癒術士が1名いる。
「いいよね2人共。色黒で日光にも強そうな肌してるし。あたしなんて、すぐ日焼けで真っ赤になるんだもん」
「そうっすね、男はまあ暑かったら最悪パンイチになればいいし」
「暑い時はオレがブリザード唱えてあげますよ」
「……あんた達、あたしの前で裸みたいな格好になる気? 恥じらいとかさ、気遣いとかないの?」
「えっ? 恥じらい?」
「別にパンツ脱ぐわけじゃないし、何か」
「……いい、いい。あたしが気にし過ぎなのね、分かった」
死霊術は対人用に開発された魔法だから、威力こそないものの不意打ちに長けている。
遠くから狙う、影の中を移動して間近に迫る等々、色々な奇襲が考えられる。だから実際にパンツ一枚の格好にはなれないと思うけどね。
アマナ島自体にはモンスターがいない……事になっている。だから戦いは必然的に魔王教徒との間で繰り広げられる。
物理攻撃よりも魔法攻撃からの対処を念頭に、爆弾、毒物なんかも警戒しないといけない。
おまけに、魔王教徒は人だ。悪人だからとオレ達が人を殺すわけにはいかないし、正当防衛だとしても人殺しはしたくない。
どんなに憎くても、どんなに危険な目に遭わされても、それを処罰する権限はない。
ケルピー相手の方が余程楽だ。
「まあ、体を拭いたり露天風呂作ったりくらいですよ、服脱ぐのなんて」
「やった、露天風呂!」
「冷えた溶岩の大地の窪みに水を貯められたら、ですけどね」
露天風呂と聞いて、レイラさんの目が輝いた。
ギリング周辺で活動していた時は、最長でも往復3日掛からない程度だった。気温も30度に達する事はなく、なんとかシャワーを我慢できる範囲内。
即席露天風呂を用意する機会がなかったんだ。
オレ達冒険者にとって、長旅には水魔法のアクアとファイアが必須。
いや、必須というか、快適に旅を続けるなら旅の疲れや汚れは取っておきたいもの。
砂漠や草原では難しいけど、岩場なら窪みに水を貯め、熱した石を蹴り落として温度調節をするだけ即席露天風呂の出来上がり。
「アクアで水を貯めたら、ファイアで熱した石を入れて温めるんですよ」
「冒険の途中で汗を流せるっていいよな。特に火山島なら川もないだろうし」
「やった! イースお願い! あたしもアクアは使えるけど、ファイアは使えないからお湯は用意できないし」
まあ、オレもやり方を習っただけで、露天風呂を用意するのは初めてだ。1人が入り、2人が見張り。そうすれば何とかなるはず。
3人と1本で管理所に寄った後、役所で上陸許可証を受け取った。島に持って行ったって見せる相手はいないだろうに、どうするんだろうか。
屋根の低い建物が並ぶ海沿いの道を歩けば、南に港が見えてきた。大きな船が寄港する港ではなく、漁船が係留されている小さな入り江だ。
小魚が天日に干され、その香りがオレの鼻をくすぐる。数日前に露店で手に入れた魚を天日干しにしたけど、追加で買いたくなるよ。
港の先には白い半袖半ズボンの男が立っている。日に焼けた肌、細身だけど腕は太く、海の男って感じ。40代くらいだろうか、この人が聞いていたアマナ共和国の役人さんかな。
「レイラ・ユノー様、イース・イグニスタ様、オルター・フランク様、ですね」
「はい」
「お待ちしておりました、わたくし、国家職員のオズ・タナカと申します。今回、わたくしが船で皆様をご案内いたします」
「有難うございます、宜しくお願いします」
船は思っていたよりも大きかった。小型の漁船のようなもので向かうと思っていたのに、その見た目はまるで金持ちが道楽に使うクルーザーのよう。
今でこそ機械駆動の船はそこそこ見掛けるようになったけれど、その値段は未だに大きな町で土地付き1軒屋を建てるより高いと聞く。
「ボク! ボクあります! ボク呼ばれまい、ごあんまいさでるしまいなすか? あびちぃ……」
「安心しなよ、グレイプニールもオレと一緒にどうだい?」
「ぬし一緒! 一緒ます! ゆらしくね!」
「あ、そうでした。すみません、ショートソードの……グレイプニールさん、宜しくお願いしますね」
タナカさんが丁寧にもてなしてくれ、グレイプニールは安心したみたい。
15メーテ程の全長に、4メーテ程の全幅。仮眠室と小さなトイレ、洗面台まで備えた白い警戒艇は、偉い人が島外へ向かう時に使用するらしい。
機械駆動の動力が4つ、水中でプロペラを回して突き進む。大型の船より揺れるけれど、その速さは大型船を軽々追い抜くほどなんだって。
「島に持ち込む水や携帯食料もこちらである程度用意しています」
「随分と……至れり尽せりですね」
「それはもう。無人とはいえアマナ共和国の領土ですからね、不法に滞在する者を排除してくれるのなら、国として協力は当然ですよ」
役人はニッコリと微笑み、後でもう1人役人が来ると告げた。流石に1人だけでずっと操縦し続けるのはきついらしい。
「それじゃあ、お邪魔します……うわあ!」
「す、すごい……まるでおしゃれなホテルに来たみたい」
「客船の1等船室より豪華なんだけど!」
船の後部、奥行き2メルテ程度のアフトデッキから乗り込むと、メインサロンの扉がある。
中に入ればフカフカのソファーが白いテーブルを囲んでいて、揺れていなければこれからワインでも出てきそうな雰囲気だ。
アフトデッキに繋がる扉、それに左右の大きな窓は開放的で、外に出なくても景色を楽しめる。
メインサロンの前方には、隔てられた個室に操縦席。その下に潜るような通路の先は、3人くらい横になれそうな仮眠室。
操縦席も椅子を倒せば横になれるし、メインサロンの下にも2人が横になれる空間があった。
メインサロンの左前方はとても小さなキッチンがあって、その奥にはなんとシャワーとトイレもあるんだ。
「すごーい、操縦席の前にも3人掛けの椅子がある! ここに座ってたら前方の景色も見られるのね!」
「へー、景色を見るためにわざわざ甲板に出なくてもいいのか。潮風に晒されなくてもいいんなら、体がベトベトにならずに済むな」
「ハッハッハ、どうですか、凄いでしょう。アマナ共和国内に3隻しかない自慢の警戒艇です」
「水棲モンスターが暴れている時には、バスター達を乗せて現場に急行する事もあります。まあ半分はおもてなしと見栄のための船、ってところです」
振り向けば最初にいた役人とは違う男が立っていた。
同じく白い半袖シャツに半ズボン、色白だけど腕は赤く日焼けしている。まだオレ達と変わらないくらいの年に見える。
「デリコ・スズキと申します。いやあ、おれ楽しみにしていたんですよ! どうしても同行させて欲しいって上司に頼み込んだんですよ!」
「えっと、そんなにこの船を操縦したかったんですか?」
「いえいえ、当番の日にはいつも船を走らせてますし。そうではなくて、最近噂のイースさん、レイラさん、オルターさんの3人組ってだけでも凄いのに」
「おいスズキ。興奮していないでお客様をご案内せんか」
「へへっ、すみません。どうぞ中へ!」
タナカさんに叱られ、スズキさんは舌をチロっと出して笑う。お客さんと言っても、オレ達もう船の中は探索したんだけどなあ。まさか他に部屋が?
どうぞと言われて戸惑っていると、アフトデッキ側の扉が開いた。
入って来たのは……えっ? 父さん!? お客さんって、父さんの事だったのか!