【Chit-chat 07】とある事件屋パーティーの場合
「よっ、イースも来てたのか」
「あ、オルター。起きてたんだな、オレさっき向こうで釣りしてきたところ。後でさばいて天日干しにしようかと思ってさ」
「干物持ち歩いて旅するつもりか? まあ、魚は嫌いじゃねえけど。なあ、レイラさんも来てるはずなんだけど、見たか? 姿が見えないんだ」
釣りの後で棒付きソーセージを頬張っていたら、オルターが前から歩いてきた。オルターは何か買ったのかな。
「見かけてないよ。オルターは? 何か買ってみた? オレはソーセージ。グレイプニールは綿飴がいいらしい」
「オレはもう決めてるぜ。つかグレイプニール、飴なんて食えねえだろ」
「ボク、食うしまい。あたまめ、うわうわ。ボクうわうわすもい好きます。ほちぃ、あたまめうわうわ、ほちー」
「……分かった。後でベッタベタになって泣くなよ」
グレイプニールは綿飴を見た目だけで気に入り、「あで! あで買いますか!」と大声を出した。みんながギョッとして注目したのが恥ずかしい。
おかげで一部の人には「喋る剣を持ち歩く若者はイグニスタの息子」と気付かれ、やたら話しかけられるようになってしまった。
オルターは何かを買ったのではなく、何かの出し物の店を探しているみたいだ。あ、もしかしてオルターの事だから……。
「決めてるって事は、射的?」
「おう! 別に景品が欲しいんじゃねえんだ、射的がしたいの」
「紙玉を発射するようなおもちゃじゃなくても、立派な銃を持ってるじゃないか」
「チッチッチ」
オルターは目を閉じて人差し指を立て、首を横に振る。まさかここの射的は本物の銃? いや、そんな物騒な事はさすがにないよな?
「銃術士や軍人や猟師が客として遊ぶ時は、必ずハンデが与えられるんだ。そりゃ一般人と同じ条件ならまず外さねえし」
「そうだね、100発100中じゃお店の人が大赤字だ。でもハンデがあるなら景品に当てるのは難しいって事だよね」
「そ。オレはそのハンデを楽しみに来たんだよ」
オルターは射的の幟を見つけ、オレの腕を引いて歩き始めた。その表情はとても楽しそうだ。いつもキリっとしているオルターだけど、銃の事になるとほんと子供みたいになる。
「店側は経験者だからって必要以上に用心して、これなら絶対に当たらない……けど掠りはするかもしれない、くらいに設定しているんだ。そこを当てるわけよ」
「ああ、剣術教室破りみたいな」
「結構多いんだぜ、銃術士で暇さえあれば射的の無理難題をクリアして回る奴」
やっぱり銃術士って変わり者が多いよな。
オルターは射的屋の店番に声をかけ、自身のバスター証を見せた。言わなけりゃバレないだろうに、そこは銃術士としてのプライドってところか。
射的のブースは大きく、他の店の2つ分のスペースを使っている。通りと並行に構えられた店は、2つある射撃の台から的となる景品まで3メルテ程。
2段の棚にはぬいぐるみ、お菓子、ブリキの缶、それらが10個程が並べられている。紙玉では倒れない思うんだけど……と言おうとしたら、発射されるのはゴム弾らしい。
「あんた銃術士さんか。それじゃあハンデが付くけどいいかい」
「ああ、勿論」
「んじゃあそこ、ガンナー用の立ち位置はそこ」
「はい……ああ、1メルテ下がって、一番左端に寄ってから撃つ、か」
射撃台をずらされたオルターはちょっと拍子抜けして見える。この程度のハンデならありふれたものなのかもしれない。
「はい、その場で右回りに5回ぐるぐる回って」
「……なるほど、そうきたか」
オルターがその場で右回りに回り始める。船酔いが酷いオルターだから、こういったのも苦手な気がするけど、どうなんだろう。
ああ、案の定足がちょっとフラッとしてる。
「……よし、回った」
「自分のタイミングでどうぞ」
「はい……えっ?」
オルターが構えると、今度は店員がもう1人出て来て大きなうちわであおぎ始めた。オルターの短い前髪が不規則に揺れる。
「はっはっは! 不規則な風と……」
「ピッピピーッ! ピーッピッピピッピ」
「ホイッスルで集中力を阻害! どうだ、これで難易度はグンと上がる!」
風の影響を考慮し、さらにその思考を音で邪魔する。なるほど、これはハンデとして随分大きい気がする。ホイッスルもかなり適当なリズムだし。
「ピッピピピピーピッピピッーピピッピー!」
オルターはハンデに苦しみつつも、狙いを定める。店員は必死に仰ぎ、酸欠で倒れる覚悟で笛を吹き続ける。
オルターのプライドと、店員の体力。どちらが勝つか……双方本気だ。
音に引き寄せられ、通りにはオルターの腕前を見ようと人だかりができ始めた。
オルターは集中し、引き金に指を掛ける。構えに入ってから僅か10秒程。その指が動き、ボンっと軽くも鈍い音が響いた。
弾の動きを追う事は出来なかった。的へと目を向けると、1カ所だけ空いている。それと同時に観客がおおっと歓声を上げた。
「すげえ、当てたぞ!」
「遠くに立たせられて5回まわって目を回してから、更に風と音で邪魔されるんでしょう? それでも当てるって凄いわね」
「ままぁー、ボクもあれやりたーい!」
店主がガックリと肩を落としつつも、「あんたには負けたよ」と言って商品を渡してくれた。
まあ、射撃に興味を持ったお客が並び始めたし、宣伝にはなったのかな。
オルターが取ったのは……泡がよく立つ石鹸、だそうだ。
「ほら、グレイプニール。お前フワフワだかあわあわだかが好きだろ」
「ボクに、くでるのますか! まりがと、おるたまりがと!」
「良かったな、グレイプニール。オルター、有難う。わざわざグレイプニールのために」
「綿飴でベタベタになるんだろ? そのフワフワに後悔したら、石鹸の泡に包まれて帳消しにしとけ」
オルターは「凄いですね!」と言って話しかけてくれる女の子達に、親指を立てて応える。
「銃術士は不遇職って言われてるけど、結構すげえんだぜ、宜しくな!」
銃術士の意地を見せつける事が出来て、とても満足そうだ。レイラさんも見つけられたら、3人で回ってもいいかも。
「レイラさんが寄りそうな屋台ってあるか? あっちの劇場の方かな」
「おいイース。あれ、レイラさんだよな?」
「……男に、言いよられてる?」
左前方に男が3人。そいつらが誰かを取り囲むようにして固まっている。銀色の髪とその背丈で、オレにもレイラさんである事が分かった。
「いいじゃん、一緒に回ろうよ、大勢の方が楽しいっしょ」
「いや、あの、あたし友達が待ってるから……」
「その友達も一緒に、な? どんな子? 可愛い子?」
レイラさんは困っている……けど、いつもの強気な態度ではない。まるで可憐な乙女のようだ。
「これ、助けた方がいいんだよな?」
「なんか、ぶりっ子してる余裕があるなら大丈夫かもって気がしてる」
「おぁ? ぶいっこ、何ますか?」
「まるで可愛い子みたいに振舞う事」
「おぉう、剣は可愛い振るしまい、かこいい振るます」
「んー、ちょっと違うかな。さ、止めに入りますか」
オレとオルターがちょっとすみませーんと言って間に入ると、男達が怪訝そうな顔をした。
「何だお前ら」
「あー、友達です」
「チッ、友達って男かよ。行こうぜ」
ああ、やっぱりナンパだった。
「レイラさん、一応言っておきますけど、助けてよかったんですよね」
「遅い。あんた達そこで見てたでしょ」
「いや、どういう状況か分かんなかったんで」
「ぶりっ子って、誰の事?」
「えっ」
げっ、聞こえてたのか。そんなに大きな声じゃなかったはずなんだけど。
「いや、まんざらでもねえのかなって、思ったんですよ。余裕そうだったし」
「あのね。可愛いねって声を掛けられたら、一応印象は崩したくないものなの」
「……いつもより可愛く装った自覚あるんじゃないですか」
「うるさいわね! 可愛いとは言われたいの! でも連れ歩くならあなた達2人……と1本よりカッコよくないと嫌なの!」
つまりその気は全くないけど、可愛いとは言われたい、か。女の人って、面倒だな……。
「あんた達こそ、可愛い女の子に声くらい掛けた?」
「え、掛けないですよ、この後管理所に行くのに。レイラさん、カッコイイ人がいたら所かまわず声掛けますか?」
「え、そりゃあ、そんなことしないけど」
「それと一緒です。というか、言われるまで女の子に声かける事を思いつかなかったです」
「へー、言い寄られるばかりの人は言う事が違うなあ」
「そんな事ないって! さっきオルターだって凄いですねって言われてただろ」
オルターが「だから?」という顔で睨む。けど、それからすぐに驚いた表情に変わった。
「え、オルターまさか。逆ナンパだった事に気付いてない?」
「うわぁぁ俺ぇぇぇ!」
オルターがその場で塞ぎこむ。冬の大陸から春を飛び越えて夏の島に着いたように、オレ達の春は当分やって来ないらしい。