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cruise ship-11 ミスラの夏祭り



「な、なんだ!?」

「ぬし、おぎるしますか?」

「起きるも何も、目が覚めちゃったよ」


 外では一体何が起きているんだ? こんな明るい時間から花火なんて上がるはずないし。まさか、暴動?


「レイラさんとオルターを起こそう!」

「こもいうた、歌いますか?」

「子守唄は寝かせる歌だよ、寝かしつけてどうする」

「こまもらまいうた、歌いますか?」

「子守ら……お前、バルドルみたいな事言うよな」


 父さんが持つ聖剣バルドルは、よく造語を使って会話する。「幸せ者」は「幸せ剣」に、「人でなし」は「剣でなし」に。

 慈悲深いの反対を無慈悲深いと言ってみたり、嘘つきの反対を本当つきと言ってみたり。


 きっとグレイプニールは「寝かせる歌の反対は起こす歌。子守唄が寝かせるなら、起こす歌は子守らない唄」と思ったんだろう。

 既にある言葉を駆使するって点では涙ぐましい努力なんだけど、なんか違うんだよね。


「ぷぁっ! ボク分かるます!」

「ん? 爆音の正体?」

「子守唄、おなすびます」

「あ、その話? うん、そうだね」

「こもも反対、おとま! おぎる歌、おとまもりうた!」

「大人守唄……いや、それ大人を寝かしつけるだけ」


 うーん、言葉の学習はまだまだっぽいな。一生懸命考えてるのは分かるんだけど……って、そうじゃない!


「起こしに行くぞ!」


 装備を着ようと思ったけど、さすがに暑い。悩んだ結果、半袖シャツにズボン、足具を穿いて2人の部屋に向かった。


「オルター、起きてるか?」


 部屋の扉をノックしたけど……返事がない。就寝中の札はかかったままだ。

 そりゃあそうか。次第に慣れてきていたとはいえ、基本的にはずっと船酔いで気分が悪く、ぐっすり眠れず疲れがたまっていたはず。


 レイラさんも寝ているんじゃないかな。さっきの音で起きていたなら、さすがにオレ達を呼びに来ると思うんだ。


「オレ達だけで行こう!」

「おぉう。ぬし、ボク、いっしょ、でーとます。ボクとぬし、デートます! ボク愛剣、ぬし愛人、でーとます!」

「……なあ、グレイプニール」

「ぴゅい」

「四六時中オレと一緒にいるのに、どこでそんな言葉覚えてくるんだ? デートの意味、知ってる?」

「いっしょます!」


 グレイプニール曰く、愛剣を人に置きかけると愛人らしい。

 これは元々愛人という言葉があるのを知らないだけとして、愛人とデートはさすがに響きが悪いぞ。





 * * * * * * * * *





「さっきの音? ああ、お祭りだよ」

「え、お祭り?」

「爆竹と祝砲の音だ、何か騒動があった訳じゃないから。あんたも行って来たらどうだい」


 事件だと思ったら、そうではなかったらしい。宿カウンターで尋ねると、おっちゃんは知らないと驚くよなと言いながら笑った。

 早とちりした自分がちょっと恥ずかしい。


「おまくり、何ますか?」

「お祭りは……うーん、説明が難しいや。見に行くか」

「もしゅた、斬りますか?」

「お祭りにモンスターは出ないかな」

「おぉう」


 町の中は建物が低く、小高い場所からは町の隅から隅まで見渡す事が出来た。港の北側に大きな広場があって、その周辺に沢山露店が出ている。

 そうか、だからビゼーさん達はすぐに北へ向かったんだ。お祭りがある事を知っていたんだ、きっと。


「最近動いてなかったし、走って向かうか」


 グレイプニールを背負い、およそ1キルテ先の会場まで突っ走る。湿度が高い地域だからか、道はドロドロにならないよう、ちゃんとアスファルトで舗装されていて走りやすい。

 3分程で会場の端に辿り着いた時、通りには大勢の人が集まっていた。


「ほら、お祭りの時だけ出ている露店がいっぱい」

「とくめちゅ?」

「そう、特別。お祭りって賑やかで楽しいものなんだ。多分出し物もあると思う」

「だちもも、何ますか?」

「そうだね、演劇……って分からないか。お話を本で読むんじゃなくて、実際に再現するんだ」

「おぉう、わからまい。むじゅかし」


 ただ、グレイプニールも今日のこの状況が特別だという事は理解できたみたいだ。どうしようかな。おなかも空いてきたし、露店からはいい匂いがするし……。


「あっ、見ろよあれ! 肉だ! あれは飴か? うわっ、とうもろこしか、うまそー!」

「おみく、ともころち。ぷぁっ、ぬし、あで何ますか?」

「あれって、どれ? あの赤いの? それとも……」

「あで! ちまう、さかま!」

「ああ、釣り堀だ」


 グレイプニールが興味を示したのは釣り堀だった。露店の(のぼり)には魚の絵が描かれている。

 水槽は青いプラスチック製で、高さ1メルテ、幅と奥行きは4メルテ程度。低い椅子が4脚あり、3脚には先客が座っていた。みんな小さく細い竿から糸を垂らし、魚が掛かるのを待っている。


「やってみようかな」

「ぬし、さかま、ちかまでる。ボク、さばきますか?」

「そうだね、さばいて食べよう」


 オレはいけすに近づき、料金表とルール説明を確認した。1回500ゴールド、制限時間は10分、釣れたら釣れただけ持って帰って良し、か。……まあ、とりあえずやってみよう。


「お、にいちゃんやってくかい!」

「1回分お願いします」

「はいよっ! 竿はこれ、エサは何度付け替えてもよし」


 ミミズを針に掛け、糸を垂らしたところからスタートだ。川魚かと思っていたけど、潮の香りが強く、泳いでいるのは海の魚。

 これ、魚が掛かっても釣り上げられるか不安だな。


「糸はせいぜい1メルテ、暴れても他の人の竿に絡む事はないだろうけど……」

「ぬし、赤いさかま! あ、あでボク分かるます! さま!」

「赤いのはタイだね。あれは、さまじゃなくてサバ」


 母さんが言っていた。母さんが生まれ育ったムゲン特別自治区のナン村は、湖のほとりにあるんだけど、みんなよく釣りをしていたそうだ。


 その湖の名前はイース湖。オレの名前もそこから来ている。で、湖で釣りをする際、よく言われていたのが「見えている魚は釣れない」だったそうだ。


 魚は水の上にいる人の姿に警戒し、捕食活動を止めて身を潜めようとするんだって。


 ……って事は。


「覗き込んじゃ駄目だ。椅子を遠ざけ、腕を伸ばし、オレの姿が見えないように……」


 他の3人は立ち上がって身を乗り出している。オレは椅子に座って姿勢を低くし、竿先をほんの少しだけ水槽から出して待つことにした。

 その間、2人は時間が来たらしく、追加で500ゴールドを払いながら文句を言っている。


 水の中を見る必要はない。竿先だけ見えていればいいし、腕に振動が伝わったら、ひと呼吸置いて針を合わせる。


「そっちの兄ちゃん、5分経過だよ~。お客さん達、誰か釣ってくれねえと悪い噂が立つじゃねえか。釣り過ぎは困るけどよ、誰一人釣らねえのもまずいんだわ、頼むぜ」


 他のお客さん達がいつからいるのか分からないけど、手元の袋には1匹も入っていない。あと500ゴールド追加かなと思った時、オレの腕が不意にひっぱられた。


「あっ!」

「さかま!?」


 ひっぱったのは誰でもない、魚だ。竿が水の中に引き込まれようとしている。オレは竿を素早く上げて魚の口に針を掛け、椅子の上に立ち上がった。


 糸の長さは1メルテ。無理に引っ張らずとも立ち上がって椅子に乗れば、針は水面から出る。魚を地面に置いてしまえばこっちの勝ちだ。


「おっ、にいちゃんよくやった!」

「おおー、あの猫人族の兄ちゃん、釣ったぞ!」

「ほらやっぱり上手い人は釣れるのよ」

「あーん、ぼくも釣りやりたーい!」


 釣り上げたのは……何かな? 海の魚には詳しくないんだけど。


「おぉっと、アジか。でも大きいのを掛けたな! はい1匹お持ち帰り! まだ3分あるぞ、ほら次!」


 他の3人は悔しそうにこっちを見つめ、いっそう身を乗り出して大きな魚の前に餌を置こうとする。

 オレは最後の30秒でもう1匹、今度は手のサイズのカワハギを釣り上げ、釣果2匹で終える事になった。

 いつの間にか周囲には人だかり。オレの時間終了の合図とともに拍手が沸き起こった。

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