cruise ship-10 アマナ島に到着!
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次の日の朝、長かった船旅も終わり、オレ達はミスラの港に降り立った。船から降りて数分は、地面が揺れているかのような感覚が続く。
「……暑いって思うの、あたしだけじゃないよね」
「北半球が冬なら、南半球は夏ですからね」
「北緯47度のギリング出身の俺達が、冬の北緯32度のテレストから急に南緯21度のミスラって。普通に堪えますよ」
ミスラの港はとても暑かった。夏の潮風は湿った空気を島に運び、快晴でもじめじめする。オレの故郷であるレンベリンガも夏は暑いけど、暑さの質が違う。
「ギリングに住んでいたら冬は日光浴したくなるってのに……今はとにかく日差しを避けたい! 早く宿に入りましょうよ」
「日向ぼっこならぬ、日陰ぼっこですか」
「おぁ? ぼっこ、何ますか?」
「太陽の下で光を浴びる事を、日向ぼっこって言うんだ。ぼっこは……多分ぼーっとするとかそういう意味かな」
グレイプニールは時々変なタイミングで言葉に興味を持つ。ぼっこを拾うとは思ってなかったよ。
剣は暑さ寒さも気にならないらしく、「わはっ、ぼっこ! ボクひまたぼっこ!」とはしゃいでいる。
「日陰でぼーっとするって、なんかやだ。ダメな大人になった気がするからその表現やめて。あ、あそこにバスター向けの宿屋がある」
「ビゼーさん達、港を出て反対方向に行っちゃったし……近いからあの宿にしますか。オルター、何笑ってんの」
オレの横でオルターがクスクス笑ってる。ニヤけた顔をそむけても、何にも隠せてないんだけど。
「いや、ダメな大人じゃない前提で話してるのが、なんかツボに入って……ブフッ」
「確かに、船下りる前の部屋、笑ったよな。マジックポーションの空き瓶が部屋中に散乱」
「まるで、飲んだくれが酒の瓶転がしてるみたいだった」
「オルターくん? イースちゃん? 何か言ったかしら?」
「な、何でもないです!」
船に揺られ、およそ2週間弱。レイラさんは自身の船酔い防止にケアを唱え続けた。
結果、魔力を補うために空けたマジックポーションの瓶は34本。
正直、どうかと思う。
途中の港に寄る度になんか買ってきてるなとは思ってたんだ。克服する気は一切なく、帰りの船でも多分同じ事をするんだろう。
弱点を金で解決するって、ダメな大人だよな?
「マジックポーションの金、さすがにエインダー島まで往復して、またどっかの大陸に戻る事を考えたらすげえ事になるぞ」
「うん、1瓶3000ゴールドを34本だからね」
「あー……それはほんと申し訳ないと思ってる。テレストから追加で頂いた報奨金、銀行に預けてるけどそこからあたしの取り分引いていいから」
「いや、島でちょっと稼ぎましょう。ひとまず宿に向かってから、管理所と役所を回らないと」
エインダー島への入島許可を貰わないと、魔王教徒の拠点の有無を確かめる事すらできない。入島しなくても、島の周囲1キロメルテ以内の海域に入る事すら許されていないんだ。
溶岩は海に入ったからといって瞬時には固まらない。知らない間に周辺に溶岩が広がり、海が浅くなっていたりもする。危険だから近寄るなってこと。
ミスラは人口3000人。島の北西にあるアニカという町には1800人しかいない。南西に小さな集落があるらしいけど、東西に1000キルテ以上ある島で5000人って、少な過ぎるよな。
島の中心部が湿地帯になっているせいで、人が住める場所が限られている。
そして鉱山等の資源が一切ないため重工業が成り立たない。それがアマナ島を含むアマナ共和国に人が少ない理由だ。
「ラスカ火山を観光地にしようって動きもあったらしいんだけどね。噴火が激しくなって、結局その話もなくなった」
「そこに魔王教徒が目を付けたってのは、あり得ますね。かつて溶岩に飲み込まれて全滅したってのに、一体ここで何をするんでしょう」
「それを確かめに行くんじゃない」
長期滞在用のバスター宿は、基本的に朝から部屋を取ってもいい。チェックアウトは朝9時までのところが多いけど、チェックインは特に決まりがないんだ。
オレ達は2階建てのレンガ造りの宿に入り、記帳を済ませると部屋に荷物を下ろした。
「ぬし、おじゃべりますか」
「うん? そうだね、じゃあアマナ島に来た感想は?」
「揺れまい」
「それは、まあ、船から降りたらどこでも揺れないよ」
景色を楽しむ、文化の違いを楽しむ、そんな旅の醍醐味は早いのかな。グレイプニールは初めて立ち寄る場所に対しても、あまり興味を示さない。
「ギリングとテレストじゃ、町の見た目が全然違っただろ? アマナ島は建物が全体的に低いんだ」
「だてもも? だてももちまう、どちてますか?」
「ギリングは馬車が行き交うから道を舗装してある。寒いから建物の壁は分厚いし、雪にも耐えるように作られてる。テレストは殆ど雨が降らないし、木や岩が手に入らない。だから日干しレンガ」
「あままとは? みちゅな、だてももちまうますか?」
「ミスラは夏から秋にかけて、嵐で風がものすごく強くなる。だから屋根を低くして塀を作り、風から家を守るんだよ」
気象や家の造りの話をしても、グレイプニールにはまだ難しいかな。案の定、グレイプニールは「ぷぁー?」程度の反応しか見せない。
「ひまたぼっこ、いかげぼっこ、ボク、お部屋、なんぷぼっこ」
「ランプ灯りの中でぼーっとしたって、ランプぼっことは言わないよ」
船から降りたら小休憩。管理所に向かうのは午後になってからだ。久しぶりの揺れないベッド。安心したら眠くなってきた。
「ぬし、おなすびますか?」
「うん、ちょっと横にならせて。お昼を食べたら活動開始。モンスター退治のクエストがあったらやってみよう」
「ふね、戦うできまい。ボク我慢しまた、おもうび、しますか?」
「そうだね、ご褒美に何でも、退治のクエスト……やろ」
オレはいつの間にか眠りに落ちていた。
目を覚ましたのは2時間後。外で鳴り響く乾いた爆音のせいだった。