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cruise ship-09 頼れる仲間達の存在



「イグニスは……いや、イースはな。あの控え過ぎてこっちが困るくらい控えめな英雄夫婦と、性格もよく似てるのさ」

「だからボウズは名前を知られないように活動して、行き詰まって、アルバイトする羽目になった。おまえバスターの先輩だかなんだか知らんが、聞いて呆れるぜ」


 ビッグさんがニヤリと笑い、犯人2人を強引に立たせた。片腕で捻り上げ、ショットさんとオネムさんが体を拘束する。

 船乗り歴20年以上の男にかかれば、少々腕っぷしに自身がある程度じゃ抵抗も無意味。犯人は悔しそうにオレを睨み、舌打ちをした。


「まあ周りにはソイツみたいなクズもいるが、そうじゃない奴もいるさ」

「羨ましがられても、どうやったって立場を譲る方法はねえからな」

「……はい。その、実力に見合わないことはずっと気にしていました。でも……そうですね、実力はこれから付けます」

「あの、おじさま。イースにはもう実力があるんです。魔王教徒を捕えたり、捕虜を解放したり、村をまるごと1つ救ったり」

「ほう、そりゃすげえな。父ちゃん達も誇らしいだろうよ」

「それよりお前がおじさまってツラかよ」


 ショットさんはオレの頭を強めに撫で、レイラさんとオルターに握手を求める。レイラさんとは優しく、オルターの手はしっかりと。オレには骨が折れそうなくらいの抱擁だ。


「お嬢さん、ガンナーの兄ちゃん、イグニスを頼む。こいつはな、俺達の夢なんだ」

「イースが、夢?」


 レイラさんとオルターがオレに視線を向ける。もちろん、オレには何のことかさっぱりだ。


「イグニスが初めて店に立った時は、元気が良くて愛想も良くて、いいのが入ったなと思ってたんだ。でもな、何かを諦めてきたような雰囲気があった」

「妙に物分かりが良くて、人に合わせて、こいつ何かあったなと」

「オレ、そんな雰囲気ありました?」

「あったあった! そもそも滅多に見掛けない猫人族が、ふらっと町に現れて働き始めるなんて、それなりの事情でもなきゃあり得ねえ」


 オレの正体は知らなくても、事情は察していたって事か。確かに、あの頃のオレはバスターを諦めかけていた。今思えば挫折真っ只中のカラ元気だった。

 酒場で働くには元気や愛想のよさは必須だ。接客態度が悪ければ追い出されて野垂れ死ぬだけ。収入を失わないよう、しがみついた。

 そこまで追い込まれても、オレは親に頼るのは弱い証拠だ、ダサい事だと思い込んでいた。


「そいつがな、俺達と一緒に過ごして、笑って、少しずつ変わった。そんで旅立って行ったんだ、誇らしくもなるさ。自惚れだけどよ、俺達はイグニスの仲間のつもりでいる」


 オレを英雄の子供じゃなく、オレとして見てくれる。応援してくれている。夢だとまで言ってくれる。

 ……コネで剣を貰った情けないバスターを名乗ってしまえば、みんなに顔向けできない。


「両親がくれたとしても、実力には不相応でも、グレイプニールはオレのものです。盗ませないし、譲らない。コネと言われてもその通りなので、堂々とすることにします」

「そうね、バスター2年目でテレストの王様から褒章を貰ったくらいには、堂々とできる資格があるわ」

「あの、テレストの!?」


 バスター達が驚いて目を見開く。どうやら、テレストの一件はまだ世界中に知れ渡ったとは言い難いみたい。


「テレストの国王が……そりゃすげえ。コネで何とかなる話じゃないぞ」

「チッ……分かったよ。持ち主として相応しいって認めりゃいいんだろ」

「おい、分かったじゃねえ。頭下げて謝るところだろ」


 ビッグさんが睨みつけ、レギが小さく謝罪の言葉を口にした。

 助けを求めないと解決できないような新人に謝るなんて、プライドが許さないってところかな。


 でも、もういいんだ。一生恨むって程の事はされていない。オレの名を耳にする度、ちょっと後悔する……それくらいの活躍で見返してやる。


「もう、大丈夫です。親のお陰ってのは事実ですから」

「心が広い子で良かったね、レギ。それこそ親の権力を利用する子だったら、あんたのバスター人生終わってたよ。何か言うことはないの?」

「……悪かったよ、そりゃ羨ましいし、ずるいと思ったさ。俺みたいなのがいたら、まあ正体を隠したくもなるよな」


 そう言いながら、レギはメモ帳を取り出して何かを記し、俺に突き出した。


「何ですか」

「……ミスラに寄るんだろ。旅に必要なもんがあったらその店に行け。支払いは俺に連絡しろと」

「えっ、と」

「生憎今は詫びの品として渡せるものがない。俺が何を言ったって、本心の謝罪とは思えねえだろ。そこは俺の行きつけの道具屋だ、事情は伝えておくから明後日以降、その店で好きなものを買え」


 レギはそれだけ告げて廊下の壁にもたれ掛かった。ショットさん達は犯人を犯罪者護送用の独房に連れて行き、野次馬も部屋へと戻っていく。


 いつの間にか、船の揺れは気にならない程度になっていた。


「あのっ! あー……ごめんね、迷惑だって分かってる。分かってるけど」

「はい?」


 ふと弓術士の女が戻ろうとしたオレを呼び止めた。


「私がバスターになれたのは、あなたのお母さんのお陰なの! 私の目標、私の憧れ。あなたにはそれが重荷かもしれないけど」

「母に、会った事が?」

「ええ。かつて出身の村からバスターになるため町に向かっていた時、モンスターに襲われたの。その隊列を、あなたのお母さんが立て直してくれた。炎弓アルジュナと一緒にね」


 女はビゼーだと名乗り、オレに満面の笑みで握手を求めて来る。

 オレは当たり障りのない礼を告げ、笑顔を張り付けるしかない。親を褒められるのは嬉しいことなんだけど、身構えてしまうんだ。


「私は等級もそんなに上じゃないし、腕前も胸を張れる程とは思ってない。シャルナクさんに助けてもらう価値があったかも分からない。でもね、私は今、とても楽しいわ。人の役にも立ってきたと思う」

「楽しい……人の役に立つ」

「あなたのご両親も、小さな人助けから始まったと聞いてる。その人柄こそが今の英雄の原点よ。まずは英雄の息子は良い子ねって評価から始まってもいいじゃない」


 そうか、そうだ。オレ、酒場のみんなからそうやって信頼されてきたんだった。


 お前がいる日は楽しく飲める。

 お前のオススメなら。

 有難う、またよろしく。そう言われて評価されてきたじゃないか。


 ビゼーさんは母さんの事を引き合いに出しただけで、オレを励ましたかったんだと気付いた。


「ははっ、そうですね、そうでした。オレ、今までずっと間違ってました」


 何故かホッとした。焦燥感が消え去って、船の揺れのように不安定だった心が地に足を付けたようだ。まるで泣いた後スッキリした時のような気分。


 今まで、痛いときや悲しい時、悔しい時に涙を流したことはあったけど、今の感情はそれと全く違う。何か、目ではない体のどこか深いところが温かい。


「有難うございます、オレ、実力なんて無いのは当たり前なのに、自分が七光りだと言われるのが嫌で、怖くて、ずっと……」

「あなた、ほんと良い子ね。ご両親から、何より大切なものをきちんと受け継いでる」

「……大切なもの?」

「人柄よ。優しくて、困った人を放っておけなくて、傲慢さを持ち合わせず謙虚。実力があってもイヤな奴なんていっぱいいるし」

「俺を見んな」

「へえレギ、自覚あるんだ」


 レギは頭を掻きながら俯く。ビゼーさんがオレを優しく抱きしめ、これからはきっと素晴らしい日々よと言ってくれた。


「オレ、ビゼーさんにも救われました。有難うございます」

「じゃあ私も憧れの人にちょっと近付く事が出来たかな。シャルナクさん達、強いから好かれてるんじゃないのよ。素敵な人だから、私は憧れた。私は素敵な先輩バスターになりたい」

「だから俺を見んな。悪かったよ、確かに俺は後輩バスターをいびったような素敵とは程遠い存在さ」


 ビゼーさんはニッコリ微笑み、レギ達を連れて自室のある1等フロアへと戻っていく。

 大荒れだった船内とオレの心は、海と共に平穏を取り戻した。


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