cruise ship-08 思いがけない再会。
オルターは物怖じする事なくレギを睨んている。情けない話だけど、不利な状況でも堂々としていられるオルターは本当にかっこいい奴だ。
1つ年下なのに、心強い。不遇職だと言われても銃の道を貫いた覚悟と負けん気は、オルターの才能と言ってもいいと思う。
「あんたが実力だけで成り上がったってんなら、そりゃあご立派だよ。でもそのご立派な実力者様が、強盗の目の前で若手への嫌味に夢中ってどうなんだ。尊敬出来ねえな」
「てめえ、英雄の子供とつるんでるからって、いい気になるなよ?」
「あたし達が誘ったの。悪い?」
別の声が響いた。どことなく冷たく、凛とした声の主はレイラさんだ。
「れ、レイラ・ユノー」
「あら、あたしの事を知ってるの? 有難う。それで? あたしの仲間があなたに何かしたかしら」
「べ、別に何も……してねえよ」
レギはレイラさんが現れた途端、威勢がなくなった。レイラさんがバスター管理所の職員だったと知っているからだろうか。
「あら、そう。じゃあ何でコネだコネだと騒いでるの? そもそも今って、その強盗を牢屋に入れるために集まっているんでしょ?」
「ああそうさ! だから何だ! 親のコネでいい思いしてんだから、やっかみの1つくらい当然だろ!」
「当然? あのね」
レイラさんがオルターに代わってレギを睨んだ。廊下は静まり返り、心なしか船の揺れまで弱くなった気がする。
レイラさんも色々な覚悟をしてきた人だから、凄んだ時はよく知るオレでさえ一歩引き下がりそうになるくらい。
「あたし、何か事態を変えられるならコネでも何でも使うの。あんたみたいな奴から仲間を守れるなら、父に言いつけるのを情けないなんて思わない」
「べ、別にちょっとした小競り合い程度で」
「悪い事してない人に突っかかって、ちょっとの悪口くらい許せって? 馬鹿じゃないの。あんたのその態度、ミスラに降り立ったら管理所に報告します」
「そんな大袈裟にする必要ねえだろう! 何だよ親の名前使って脅して、お前らこそその態度は何だ! 親の名前使わねえとイキがれねえくせに!」
……何で、レイラさんが言われなくちゃならないんだ。元はオレの話じゃなかったのか。
レイラさんは自分に何かが出来るなら、コネだと言われても最善を尽くす。その覚悟で色んな人を救ってきた。オレもオルターもその精神のおかげでバスターを続けられてる。
ギリングでは事件屋を通じて引退バスターに声をかけ、管理所で残り続けるような不人気クエストを請け負って貰うまでになった。
そんなレイラさんや、不遇職どころかオレ達の戦闘になくてはならないオルターまで悪く言われて、守られて、オレは何も言わなくていいのか。
それこそ、コネ以外に何の取柄もない情けないコネ野郎じゃないか。
「レイラさん、強盗は捕えましたし、親子も無事です。みなさん、強盗確保の報酬はお渡しする約束ですから、後はお任せします。有難うございました」
レイラさんとオルターに感謝を述べると、オレは救出した女性に巻き込んだ事への謝罪をし、しっかりとレギの目を見つめた。
「確かにオレは親のお陰でグレイプニールを手に出来ました。親のお陰で鍛冶師の皆さんが手伝ってくれました。その期待には応え続けているつもりです」
「……何が言いたい。期待に応えられたのも親のおかげだろ、俺は間違った事は言ってねえ」
「オレはバスターになって即認めて貰えるなんて思ってません。全部自分で出来るなんて驕ってもいません。数年後でも数十年後でも結果を出す、それだけです」
腹が立つけど、言い合いをしたって無意味だ。
オレ達が得をしているという紛れもない事実があり、レギはそれを羨ましい、ずるいと言っているだけ。
他のバスターはいい加減にしろと諫めてくれるけど、レギは言い返したくて仕方がないようだ。
「いざとなりゃ英雄のパパママが守ってくれるから怖くないってか。フンッ、俺がその剣を使ってりゃ、もっと……」
「ぷぁー? ボクおまえ、いやますよ?」
「なんだと?」
突然グレイプニールが声を発した。その声はいつもの調子ながらやけに大きい。
「ぬし、ボクちゅかう、そでなからぬし、ちまう。ボク、ぬしにちたい、ぬします。おまえ、ぬしにちたくまい。ぷたわちくまい」
使う人が主なのではなく、使って欲しいと思うからぬしと認める、か。相応しくないと判断すれば、たとえ気力や魔力を込められても認めない?
でも、その判断材料は何?
グレイプニールはレギではなく、オレの心を読んだようだ。
「鍛冶ち、ボクたちおつくります。いぱい、よごでぎれ、つもくなて人たちつくえ、皆しまわせする剣なりまさい、お伝えます」
「鍛冶師が……そうか! アダマンタイト製で成分比が同じでも、喋る武器と喋らない武器がある。その違いって」
鍛冶師の腕や志の差、そして手にした持ち主の信念や素質によるって事なのか!
「あまだいたんとの武器、おまえ認めまい。ボクたち、よい人ぬしにしたいます。おまえ、ちまう。いじまる」
まさか武器自身から拒否されると思わなかったのか、レギは口を開けたまま固まっている。それでも微かに「コネがなきゃ手に入れられねえくせに」と呟いた。
「そうね、コネだからと見下したいなら見下せばいいわ。コネがないと何も出来ない奴らだと言い回りたいんでしょ。それで気が済むならどうぞご勝手に」
「そうだな、行こうぜ。こんな尊敬に値しないバスターにならねえように、俺達はひたむきに頑張ろう。あ、レイラさん、俺そろそろケア切れそうっす」
「ボク、ぬしのボクますよ。ボク、ぬしのボクしまわせ。ぬしよごでぎるおりこう、自慢ます」
「有難う、グレイプニール。レイラさんもオルターも、有難う」
このまま相手にしていたら決闘でも申し込まれかねない。オレは助けた女性に手を差し伸べ、一緒に子供が待つ医務室に行こうと提案した。
その時だった。
「あーっ、いたいた! イグニス! お前大丈夫だったのか!?」
「あっ」
野次馬の背後から大きな声が聞こえた。人を掻き分けてやって来たのは船員の男だった。
「あーやっぱり! 猫人族で若いバスターっていやあ、お前しかいないと思ってたんだ!」
「あ、あれ? ショットさん……」
船員の正体は、働いていたマイムの酒場の常連さんだった。いつもウイスキーやウォッカをショットで飲むから、店では皆にショットと呼ばれてる。
船員だとは聞いていたけど、まさかこの船に乗っているなんて。
「普段は機械室でさあ、こっちのフロアに入らねえからな。全然気付かなかった! 後でビッグさんとオネムも来るってよ」
「ショットさん、この定期便に乗ってたんですね」
「おう! ところで、俺は犯人を牢屋に連れて行けって指示されて来たんだが……」
ショットさんは何が起こっているのか分からない様子で、オレを睨むバスターへ怪訝そうに視線を向ける。
船がやや大きく傾き、皆が「おっとっと」と慌てて壁に手を当てた後、ビッグさんとオネムさんもやって来た。
店ではいつもビッグサイズを頼むからビッグ、いつも酔って寝ちゃうからオネム。2人共ガタイが良く、バスターもたじろぐ程の迫力がある。
「おー、色男くん! おめー船が出る前の日に旅に出るって言ってたが、また会えるとは」
「この船だったんだねえ、船員用の部屋に来りゃよかったのに。んで、ようやく英雄の息子殿がやる気出したと思ったら、こりゃ一体どういうことだ?」
オネムさんがレギを睨む。レギは賛同者を集められず、悔しそうに下を向いた。
「イース、なあイグニスって」
「オレがマイムの酒場でアルバイトしてた時に使ってた偽名だよ。本名知られたくなかったからさ」
そんなオレの言葉に反応したのは、弓術士の女の人だった。彼女は不思議そうに首を傾げている。
「え、どうして? あなた名前を出せばみんな思い通りじゃない。それにアルバイトって」
「……オレは、そういうのが」
「あのな、ねえちゃん」
オレの言葉を遮ったのはショットさんだった。バスター達に侮蔑の表情を浮かべ鼻を鳴らす。
「イグニスが正体を伏せてたのはな。馬鹿共が揃いも揃って媚び売ったり、ズルいと悪口言ったり、そうやってコイツを精神的に追い込むからだよ」