cruise ship-07 親のコネという現実。
子供や犯人が頷いたか、否定したかは見えない。きっと剣盾士が無防備な犯人の背中を盾で押さえている。オレは剣盾士の鉄壁防御を信じ、個室から出た。
子供は犯人の横で震えながら立っている。トイレはもう済ませたみたいだ。
犯人と断定したのはあの写真に撮った男だったから。剣盾士もあの写真を見て把握している。
「……間違いない、こいつです」
「なっ……お前!」
「君、もう大丈夫。お母さんも大丈夫だよ」
「くっそ!」
オレがまだ幼い男の子に声を掛けると同時に、外でなんだ貴様らと叫ぶ声が響いた。1人になったと判断し、別の班が犯人を取り押さえたんだ。女性が大泣きする声で野次馬が集まり、もう逃げられない。
犯人は揺れる船の廊下で押さえつけられ、周囲をぐるりと囲まれた。
「有難うございます、有難うございます……!」
「無事でなにより。温かい紅茶でももらって来ましょうか? 私食堂に行ってきます」
人質にされた母親が涙ながらに頭を下げた。攻撃術士の女の人が気遣ってくれ、親子のために小走りで食堂へ向かってくれる。
だけどひとまず人質を救出できてホッと一安心……と思ったら、そういうわけにもいかなかった。
「放せ! チクショウ!」
「あいつが俺達から剣を盗みやがったんだ! あの黒い剣は俺達のものなんだ!」
犯人共がオレを睨み、本当にそう思っているかのように強い口調でまくし立てる。今度はオレを悪者にしようという作戦らしい。
「これはオレの剣だ。間違いなくオレのものだ。オレの部屋に忍び込んで来た時の写真もある」
「お前が盗んだから取り返しに行っただけだ!」
「おあぁ? ボク、ぬしのボクますよ? ぬし、ボクのぬします」
グレイプニール自身がオレのものだと証言した。手伝ってくれたバスター達は、皆が苦し紛れの嘘だと苦笑いだ。まあ、分かってたんだろうけどね。
新米のオレと、旅にも戦いにも慣れていそうな2人組。見た目の怪しさはともかく、グレイプニールの所有者としてどちらが相応しく見えるか。
そう問われたなら相手の方が有利だろう。
もしオレの両親が英雄じゃなかったら……話は変わっていたかもしれない。
野次馬はどちらの言い分が正しいのか判断できず、オレと犯人を交互に見比べ怪訝そうにしていた。オレの正体なんて、見た目が猫人族ってだけじゃさすがに気付かない。
わざわざ「オレの親は英雄だぞ」と知らせる必要もない、か。
「オレの剣は管理所で登録してある。この剣があんた達のものである証拠はどこにある」
「俺達の売り物をお前が奪って、しれっと登録しやがったんだろうが!」
「で、この剣の製作者は? どこの鍛冶工房だ? 仮にオレが盗んだとして、なぜ親子を脅していた」
親子を脅していたという言葉に、野次馬の視線が冷たいものになる。もうこの時点から男2人は剣泥棒ではなく親子監禁の凶悪犯の扱いだ。
「この剣の製作者、鍛冶工房は」
「そんなもん、取次の俺達が分かるはず……」
「じゃあこの剣は安物ってことだな。どこの誰が作ったかで価値は大きく違う。運搬業者もその価値で運賃を決める。それも分からない、取り決めもないのは安物だ」
「そ、そうだ、高価なものじゃない。それは商人から預かった……」
「行商許可証は?」
嘘に嘘を重ね、それでもまだ観念しない。出来れば真実を明かしたくないけど、この場でオレまで黙っていたら嘘を付いているのと同じだ。
「……この剣はアダマンタイト製だ。ジルダ共和国のギリング町にある、武器屋マークの品だ。ビエルゴさんとクルーニャさんの合作で」
「なんだって!?」
剣術士の男が驚き、オレに詰め寄った。目はまんまるで、グレイプニールを凝視している。
「武器屋マークの品! 名のあるバスターが列をなしてオーダー待ちしているあの武器屋マーク……」
「レギ、落ち着け」
「オレのミスリル製の剣は半年待ちで、来月ようやく完成なんだ! それなのにまだ若い君があの武器屋マークでアダマンタイト製を!?」
「レギ、落ち着けって」
「黙っていてくれ!」
レギと呼ばれた剣術士の男は、明らかにオレに厳しい視線を向けている。常識的に、底辺バスターはアダマンタイトの剣なんか手に入れられない。当然だ。
「やだあんた、イース・イグニスタの剣の話、聞いた事なかったの? 喋る剣はアダマンタイト製しかないって常識じゃん」
「英雄の子なんだから、それくらいの武器、1つや2つ伝手があるもんでしょ」
「あ? ハハハッ! なんだお前、親のコネで武器まで用意してもらったのか」
「……」
コネ。実力ではなく、他人の力で優越的地位を得る手段。
言われた通りで反論の余地はない。グレイプニールはオレの力で手に入れたものじゃない。
父さんと母さんが素材を確保し、お金を出し、オレが知らない間に注文してくれた剣だ。提案してくれたのは聖剣バルドル。持って来てくれたのはゼスタさんだ。
「どうした。まさかお前、その剣……本当に盗品なのか?」
「ち、違います! グレイプニールは……」
「おい、そこまでにしてろ」
圧倒され言葉が出ないオレを見かねて、剣盾士が間に入ってくれた。
「レギ、お前の悪いところだ。相手が委縮し何も言えない状態に追い込むのはやめろ」
「こんな明らかに怪しい状況でこいつの言い訳を聞けってのか? 親のコネか、盗んだ剣に喋らせられる細工を施したか」
「ぬし、悪くまい。ぬし悪い言う、おまい悪います、許さまい」
「いい加減にしろレギ! 店に問い合わせて真偽を確かめたのか?」
「確かめるまでもない!」
ああ、仲間割れになってしまった。オレの言うことは信じて貰える状況なのか。
信じて貰えたとして、コネで良い武器を買ってもらったと嫌味を言われるだけじゃないのか。
真実を伝えたところで、それが何になるのか。どうせ嫌な思いをするだけだ。
そう思っていたら、別のバスターが剣盾士に同調してくれた。
「自分が手に入れられないからって、グレー等級の新人を怒鳴りつけてんじゃねえよ。お前、これで正規に入手してたらどう謝るんだ? まさか疑われる方が悪いなんて言わねえよな? ん?」
「なんだお前、喧嘩売ってんのか」
「喧嘩売ってるのはお前だろ。イース・イグニスタは犯人の嘘に反論していたところだ、途中で口を挟んで喚き散らして恥ずかしくねえのか」
レギって奴の眉間に青筋が浮かんでる。レギは自分の方に非があると自覚しているのか、謝りはしないが腕組みをしてオレの言葉を待つ。
バスター同士の怒号に怯えたのか、犯人達はもう嘘を畳みかけることも出来ないようだ。
「それで、君。このうるさい馬鹿に遮られたが、剣は正当に手に入れたもので間違いないな?」
「……はい。オレがマイムの酒場でアルバイトをしているのを見かねて、両親が譲ってくれました」
「え、マイムの酒場? だってお前、あの英雄の子なら」
「ほーら、親のコネだ!」
「てめえ黙ってろ。今問題にしているのは、剣がこの泥棒2人組のものかどうかだろうが。違うか?」
仲間に正論を叩きつけられ、レギは何も言い返せない。情けないけれど、今は味方についてくれる人達が心強い。
ようやく活躍出来て、人を助ける事も出来るようになった。その事に浮かれていたけれど、親のコネに頼った結果だと指摘され、旅立ちの頃のオレが蘇ろうとしている。
「おい。イースが親から剣貰ったらダメなのかよ」
ふと背後で声がした。振り向かなくても声の主は分かる、オルターだ。船酔い、なんとかなったんだな。
「あんたも親に金出してもらって、親のおかげでバスター専門課程に進んだんじゃねえの。最初の武器や防具は自分の金で買ったのかよ」
「何だお前は」
「イースの仲間だ。オレはイースとレイラさんのお陰でバスターに返り咲いた。ブラックアイ様から銃を譲って貰えた。なんか悪いか? それで何を成したかじゃねえの。重要なのは功績と人間性じゃねえの」