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cruise ship-05 そうです、本人と本剣です。


「見たところ、かなり良い剣を持っているね。それを狙われたのだろう? グレー等級とはいえかなりの逸品のようだ。お金には困っていないはず」

「……まあ、1人で旅費を稼ぐくらいには」

「バスター稼業も慈善事業じゃない。俺達はこうやって護衛や手助けをしてメシを食ってるんだ」


 それは、分かってる。タダで動いてもらおうなんて、甘い考えは持っていない。

 船側の治安の問題だけど、じゃあ彼らに払わせる? それも違う気がする。


 3組分のお金を払うと、いくらになるんだろうか。もしかしたらグレイプニールを寄越せと言っているのか。そんな事を考えていると、男はふっと目を閉じた。


 ……オレの正体に気付いたのか?


「そこでだ。捕まえた犯人は、俺達が貰い受ける」

「……はい?」


 どういう事だ。報酬が犯人の男達? まさか、仲間なのか?


「海の上で起きた犯罪は、犯人を下船させた港を管轄する国で裁かれる。現地の警察は俺達に協力料を支払う」

「君はどこまで? 俺達はマイムなんだ、ミスラで乗り換える」

「俺達もそうだ」

「私達はこの船の戻り便を待つ間の宿代より、船で過ごす方が安いと思って。折り返し便に乗り続けてテレストに向かうの」

「そんでテレストにそいつらを引き渡す。どうだ、君もあいつらと同じ港で下りずに済めば安心だろう?」


 そうだ。オレが犯人を警察に突き出せば、オレが逮捕協力の報奨金を貰える。それをこの人達に譲ることで、俺の懐は傷まずに済むんだ。

 ……ここでもテレスト送りの話になるとは。


「どうだい。君のバスターとしての功績には痛手かもしれないが、懐は痛まない」

「分かりました。手伝ってもらっておきながら、オレの手柄には出来ません」

「物分かりがいいじゃないか。よし、決まった!」


 報酬がまとまると船員が機転を利かし、今度は船内放送で女性バスターが巡回を行うと案内してくれた。オレ達が部屋を訪ねても、不審に思われず応対してくれるはずだ。


 まさか犯人達が女装して声色まで変えるとは思えないし。


 特等船室のフロアと1等船室のフロアは電気が通っている。室内も廊下も明るい。

 対して2等、3等フロアは廊下に2つ電球が付いているだけで、あとは壁のアルコールランプだ。雰囲気的に2等か3等のどっちかの部屋にいそうだなと思ってしまった。


 揺れの激しい船内を歩き、対象となる部屋を1室ずつ確認。快くすぐに出てきてくれる部屋もあったけど、放送で起こされたと苦情を言われることもあった。


「出てこない部屋は8つか。もう一度行こう」

「そうですね。今までの部屋が全て犯人ではなかったから、この8部屋のどこかということになりますね」


 男たちはきっと8部屋のどこかにいる。この荒れた海で仲間のボートが待機しているはずもない。もう追い詰めたも同然だ。


「2等船室が1部屋、3等が7部屋。すまない、合鍵で入る事はできないのだろうか」

「乗船規約には、緊急時にはやむを得ず立ち入る事もあると書いていますが……」

「今がその緊急事態だ」


 大剣を担いだ男が船員に有無を言わせず鍵を開けさせた。3等のうち3部屋は爆睡していた客の顔を確認し、犯人ではないと分かった。

 後は船酔いでそれどころじゃなかった人、医務室にいる人。3等室最後の1部屋では警戒して開けなかったと言われた。


 残りは2等船室の1室のみだ。2等は2人部屋だから、犯人は2人で泊まっているんだろう。


「か、鍵は開けますけど、中に入るのは皆さんで宜しくお願いしますよ」

「分かってるさ。じゃあ、入るぞ」


 剣盾士の男が盾を構えつつ室内に侵入した。ランプはついたままだが、荷物がない。


「……いない? まさか逃げられたのか?」

「上は船員が走り回っているし、3等のフロアは俺達がいた。この2等フロア以外に逃げ場はないぞ」

「ねえ、本当に襲われたの? 嘘であたし達をからかってる?」


 黒いローブの女が、長い黒髪を掻き上げながらオレを睨んだ。オレの狂言だと疑っているみたいだ。

 それを止めてくれたのは、その仲間の白いローブを着た男だった。


「そりゃ写真があんだから、そこは疑うところじゃねえだろ」

「あ、そっか。ごめんごめん」

「駆け出しの子がオレ達を騙して何になるよ。思いつきで何でも言うな」

「もう、ごめんってば。君、ごめんね? まさか部屋にいないとは思わなくてつい」

「いえ、いいんです。オレもちょっと……驚きました」


 まさか、他の部屋にいる家族連れだったのか? 盗賊一家だったりするのだろうか。

 いや、この部屋の人達は医務室のリストにもなかったし、どこかに行ってるのは間違いない。この部屋を使っている2人の疑いは晴れていない。


 大勢で立ち尽くしている中、船が軋み、思わず皆がよろけた。オレは特に揺れに強いようで、そんなに体勢を崩さない。

 付近の部屋からは、揺れに驚いた女性の「キャッ」という声が漏れ聞こえ、別の部屋では「クッソ、寝られねえ」という文句、後は……嘔吐する声も。


「ちょっと、乗船名簿もう1度見せて。なんて名前の2人組? 本当に男?」

「偽名かもしれねえし、さすがに男か女か……おい」

「どした? 犯人に心当たりがあんの?」


 剣盾士の男が目を見開き、そのままの表情でオレの顔を凝視する。


「お前、イース・イグニスタか」

「えっ!? うっそ!」


 ああ、そうか。乗船名簿にはオレの名前がハッキリ記されている。

 猫人族でバスター、名簿に記されている英雄の子の特徴と完全に一致。オレの正体に気付くのは当然だよな。


「……はい。すみません、黙っていて。イース・イグニスタです」

「何だよさっさと言えって! どうして黙ってんだよ」

「ああ、レイラ・ユノーの名前もある! 成る程」

「ゼスタ・ユノーの娘さん! 確かお父さんのコネって言われるのが嫌で、最近までバスター登録してなかったのよね」

「つう事は、イース君もあんまり英雄の子だ何だって言われたくなかったんじゃねえの。ほら、コネに頼ろうと近寄る奴らっているもんな」


 俺達の事か? と苦笑いするバスター達。オレは名乗るのが遅れただけと言って頭を下げた。


「って事は、その等級の割にやけに上等に見える剣って」

「はい、相棒の……愛剣のグレイプニールです。グレイプニール、もう喋っていいよ」

「ぴゅい。ぐえいゆにーむます。ぬし、ボクのぬします。いちゅ、ボク、どちもらゆらしくね!」

「本当だ、本当に喋ってる! やーん、なんか可愛い!」

「おぉう? ボク、かこいいますよ? つもいます。あまいいちまうます」

「やーん、何言ってるか全然分かんないけど、可愛い~!」


 弓術士の女の人が、ニッコニコでグレイプニールを覗き込む。真っ黒な剣のどこが可愛いのか……ああ、もしかして喋り方かな。

 グレイプニールはカッコイイ、強そう、よく斬れそうなどと言われたいはず。可愛いと言われ反応に困っている。


 そんなついキャッキャしてしまうバスター達を諫めるかのように、突如船が大きく揺れた。そのおかげか、この脱線は早々に片付いてくれた。


「まあ、イース君の素性の事はいいんだ。犯人の2人組が今どこにいるかだ」


 皆は考え込み、手分けして船内の潜める場所を探そうと言って歩き出す。


 だけど、オレの耳は確かに聞き取った。


「待って下さい」

「どうした、忘れものか」

「声のトーンを落として下さい。……聞こえます」

「何が?」


 オレは耳に入ってきた声と音に集中する。猫人族の耳は雑音も拾うからうるさい所は苦手だけど、こういう時に役立つんだ。


『……静かにしろ! 騒ぐな』

『あぁーんお母さぁん……!』

『お金は差し上げますから、どうか!』

『うるせえって言ってんだろうが! まだ足音は去ってねえんだよ、殺すぞ』

『このガキを始末した方がいいんじゃねえか? 海に落ちたとかゲロ詰まらせたとか言ってりゃ問題ねえよ』


 聞こえた。どこの部屋とまでは分からないけど、そう離れていない。


「聞こえた……この部屋に近いどこかにいます」

「え? 会話が聞こえたのか」

「どこかの部屋に入り込んでいます。親子が脅されてる」

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