第19話:押ッ忍おねがいしま~す
結局遅刻した雷志が体育館へ着けば、既に授業を始めている女子生徒達の姿がそこにあった。
授業をする場所こそ同じであるが中身は合同でないことが、男子生徒にとってありがたい配慮だった。
それはさておき。
(なんつー恰好してるんだよ、ここの女子は)
女性であれば、どんなに身体が熱かろうとも男性の前で簡単に肌を露出したりはしない――雷志にある価値観で言えば確かにそうなのだが、ここは色々と逆転している世界観である。
身体を激しく動かせばその分、体温は上昇して結果発汗する……生命体であるならば備わっていて当然の機能だ。火照った身体を冷却しようとするのも十分に頷ける。
ぱたぱたと襟元を仰ぐだけだったならまだよかった。
裾を大胆にも仰げば白くてきれいな乙女の柔肌が露わになっている、過激なものとなると上着そのものを脱ぎ捨ててしまう生徒もちらほらと――貴津祢可梨菜も、その内の一人として含まれていた。
下着を着用してくれているのがせめてもの救いだった。
(あぁ、わかってはいるんだけど……わかってはいるんだけどな!)
こうもあからさまに肌を見せられる雷志としては、落ち着かないことこの上ない。
古代人だろうと二年間昏睡状態にあろうと、彼が青春真っ只中を突っ走る青少年である以上、どうしても性への関心は切れないのだ。
反応しそうになっている下腹部に、雷志は慌てて腹部を殴りつけた。
痛みで紛らわせる、なんとも古典的な作戦ではあったが効果覿面である。
思いっきり殴った腹部がじんじんと痛む傍らで、下腹部からすっと消えていく喪失感に雷志は安堵の溜息をもらした。
「はぁ……体育って本当にやだな」
「うん。ほら、もう女子がこっち見てるよ」
「うぅ……ボク怖いよ」
男子生徒が授業を始める瞬間、彼女らの見世物と瞬く間に成り下がってしまう。
授業態度も疎かになり、酷い場合だと完全に手を止めて見物する者まで。
このような授業態度であるにも関わらず彼女らが咎められないのは――
「さぁ今日もがんばって始めようね! 先生が色々と手取り足取り教えてあげるからね!? 雷志くんは特に先生熱を入れて教えてるから期待しててね!」
全身を舐めるようにねっとりとした視線を忙しくなく動かしては、熱を帯びた呼気を幾度となくもらしている彼女が監督なのだから、生徒達も体育に対する意欲は極限にまで下がっていた。
やる気が最低まで下がっている彼らの顔は一様にげんなりとしていて、心なしか顔色も優れていない。
そんな中で雷志だけが一人関心を示していた。
(護身術って……こんなのも最近は授業で習うんだな)
以前の学校でも、体育の授業では剣道か柔道ぐらいしか彼は経験してきていない。
部活動でもないので教えられる内容も必要最低限の術技のみで、現役の柔道部員にはさぞ退屈極まりないものと愚痴をこぼしていた友人との語らいを雷志は昨日のことのように憶えている。
護身術……授業でも部活動でも習わなかったその存在に向ける雷志の興味は他の生徒達よりも遥かに大きい。
“拳は老若男女問わず、打あるのみ”――さるカンフー映画を観た時に聞いたこの台詞を、雷志は強く同意している。
強くなるために性別や年齢は関係ない、自衛する手段は持っておくべきなのだという考えがあるからこそ、現在の祓御雷志がある。
そうして彼一人だけがわくわくと胸を躍らせているものだから、男子生徒達が雷志に浴びせる眼差しは、信じられないものを目にしていると言わんばかりの険しいものだった。
「ね、ねぇ雷志くん。どうしてそんなに楽しそうなの?」
「いや、まぁな。護身術なんて授業は一度も受けたことなかったし」
「……絶対に雷志くんが思ってるような内容じゃないよ。それだけは間違いないって言っておくから」
「楽しそうにしていられるのも、多分今の内だけだと思うよ……?」
「お、おう……」
雷志は、彼らの言葉を否定する気は毛頭ない。
現に男子生徒達の顔色は悪いし、なんなら今すぐにでも逃げ出してしまいかねない陰気な雰囲気をその身に纏っているからだ。
自分が来るまでにきっと性的虐待に近しい仕打ちをされてきたのだろうと考察する雷志自身も、エルトルージェからはこれまでに度重なる被害を受けてきている。
彼らに同意してボイコットの一つでも起こしてやるべきか――それは、やる気はない。
雷志が嫌悪感一つ露わにすることなくまだかとエルトルージェの授業に待機していられるのには理由があった。
(空手着だとこうも雰囲気が変わるのか……)
温厚な人間が車のハンドルを握ればがらりと人格が変貌するように、人間はある特定の条件を満たすことで人格はおろか肉体さえも作り変えられる。
かつて日本に数多く存在していた侍は、刀を増幅器として自らを昇華させていたなどという、創作物のような能力が実際にあったという逸話もある。
エルトルージェの恰好は、生徒が体操着であるのに対して空手着を纏っている。
生地は至るところが擦り切れていてぼろぼろに痛んでいる――逆を言えばそうなるほど彼女が真意に空手に打ち込んできた証と言えよう。
腰の黒帯が正に物語っていて、所有者として相応しい雰囲気を発している。
雷志の胸中で期待がどんどん膨れ上がっていく。
女性に暴力を振るうのを良しとしない彼も、授業の一環であったなら話は別だ。
逆に全力で取り組まないことの方がエルトルージェに失礼である。
「エルトルージェ先生、よろしくお願いします」
「――、ッ! よ、よ~し先生張り切っちゃうからね!」
一礼する雷志に、男子生徒らから更にどよめきが強くなった。




