第86話:レキ付きの侍女
「レキ君のお部屋なのですが、本日はこちらを使って下さい」
「・・・お~」
リーニャに案内され、レキがやって来たのは王宮にある客間の一つ。
来賓をもてなす為に使われる部屋である。
これまでレキが泊った事のある宿屋とは明らかに格が違う、間に合わせで使ってよい部屋では無い。
「レキ君用のお部屋も用意してはいますが、何分まだ必要な物が揃っていませんので」
「別にいいのに」
「ふふっ、レキ君はフラン様のご友人ではありますが恩人でもあるのですよ?
恩人に失礼があっては王家の恥になりますから」
「そうなの?」
豪華な部屋をきょろきょろと見渡しながら、別に気にすること無いのになぁと思うレキだが、口に出すような真似はしなかった。
出しても却下される事をレキは学んだのだ。
「明日には用意できますので。
本日はこちらで我慢してくださいね」
「我慢って・・・」
そもそも貴族も使うような部屋なのだ。
これで我慢しなければならないのなら、レキの為に用意されているという部屋はいったいどれほどの物なのか。
謁見の間や王妃の私室を思い出し、なんか落ち着かないかもと思うレキだった。
「明日は専属の侍女が迎えにきます。
その後は王宮内の案内をする予定です。
起こしに来るまで、この部屋でゆっくりしていてくださいね」
「うん」
「着替えはそちらの籠に用意してあります。
湯浴みをご所望でしたら遠慮なく言ってください」
「ん~、今日はいいや」
「そうですか。
あと何か聞きたいことはありますか?」
「ん~・・・」
夜もすっかり更け、いつもならとっくに寝る時間。
加えて、王宮にきてからと言うものいろんな事がありすぎて若干疲れ気味。
満腹感も手伝い、今すぐにでもベッドに寝転がりたかった。
「・・・大丈夫」
「そうですか。
何かあったら、備え付けの鈴を鳴らせば専属の侍女が来ますから」
「鈴?
あっ、これ?」
「はい」
部屋の中央、机の上にある銀製の鈴を持ち上げるレキ。
これがフランであれば好奇心に任せて鳴らしただろう。
だが、そこはフランより落ち着きがあると定評のレキである。
ちゃんと鳴らさずに持ち上げ、そしてゆっくりとおろした。
「ふ~」
「別に鳴らしても構いませんよ?
今は私もいますし」
「そっか」
と言われ、さっそく鳴らすレキであった。
リーン、と澄んだ音が部屋に響いた。
「失礼します。
何か御用ですか?」
「あれっ?」
侍女がやってきた。
「リーニャ?」
「来ないとは行ってませんよ?」
ジト目でリーニャを見るレキ。
平然と微笑み、ついでとばかりにやってきた侍女の紹介を始めるリーニャ。
「王宮侍女の一人サリアミルニスです。
今この瞬間からレキ君付きの侍女になります」
「へっ?」
「サリアミルニスです。
サリアとお呼び下さい。
これからよろしくお願いしますレキ様」
「えっと、よろしく?」
紹介され、サリアミルニスと名乗った侍女が綺麗なお辞儀をする。
美女、というより美少女と言える容姿。
身長はリーニャより僅かに低くフィルニイリスより高い、女性の平均より若干小柄と言ったところだろうか。
全体的に細身で、出る所も出ていない細身な体付き。
何より特徴的なのは、横に長い耳。
フィルニイリス同様、サリアミルニスも森人のようだ。
聞けば、王宮に務めてまだ一年程しか経っておらず、年齢も十六歳とのこと。
レキとは八歳の差がある。
「未だ若輩の身ではありますが、精一杯務めさせていただきますので。
どうぞよろしくお願いします」
「じゃくはい?」
「サリアはこう見えても大変優秀な侍女です。
年齢もレキ君に近いので話も合うと思いますよ」
レキ達も通う事になる学園での、卒業時点の成績は次席。
王宮での勤務期間こそ一年だが、呑み込みも早く国王達からの覚えも良い。
同族であるフィルニイリスの魔術研究の補佐も務め、早くも頭角を現し始めているとの事だ。
優秀で年も近く、魔術の知識も豊富な事からレキ付きの侍女に選ばれたそうだ。
「なんでオレにも侍女さんがいるの?」
「何故、と申されましても・・・」
レキの質問にサリアミルニスが首を傾げる。
自分に侍女が、それも専属の者が付くなど当たり前だがレキは思ってもいなかった。
侍女が付くのはフラン達王族という人達くらいだと考えていたのだ。
あるいはフランの様に朝起きれず着替えも出来ない子供の場合とか。
もちろんレキは朝一人で起きられるし着替えも出来る。
何なら魔物を仕留めて解体から料理(焼くだけ)だって出来るのだ。
一般常識が圧倒的に足りていない点を除けば、レキに侍女は不要であった。
もちろんその足りていない一般常識を補佐する為にサリアミルニスが付くのだが。
「レキ様は姫様のご友人にして命の恩人。
更には陛下の庇護下にある御方です。
王宮にて何不自由なくお過ごし頂く為には、侍女が付くのは当然かと思います」
「?」
もちろんそんな事は口に出さず、レキの立場を説明した上で侍女が付く事は当然だと説明する。
主となるレキを不快にさせぬよう配慮をしたのか、あるいは言っても無駄だと思ったのか。
レキの功績は言うまでもない。
現在置かれている立場からして最重要人物と言える。
王女の友人にして王の庇護下にいる少年。
実力が無ければ護衛の騎士も付けられただろう。
レキに何かあれば、フロイオニア王国は子供一人守れない国と他国に思われてしまいかねない。
「レキ君はまだこのお城に来たばかりで、何処に何があるか分かりませんよね?
食事の支度も着替えの用意も、湯浴みの場所すらまだ分からない状態です。
お買い物とかどうするつもりです?
レキ君はまだ一人で王都を出歩けませんよね?
誰か面倒を見る人が必要とは思いませんか?」
「ん~・・・」
サリアミルニスの説明に首を傾げたレキに対し、リーニャが口早に説明した。
いや、説明というよりレキの無知っぷりを露呈させ、反論すらさせず納得させようとした。
魔の森を出て約一月。
途中立ち寄った街ではリーニャ達に付き添われる形で買い物など行ったが、一人でとなると残念ながら出来る自信はなかった。
お金すら満足に使った事がないのだ。
買い食いすら満足に出来ないかも知れない。
あるいは広い王都で迷子になる可能性もある。
まあ、その場合は馬鹿げた身体能力に任せて走り回り飛び回れば王宮に戻ってくる事は出来るだろう。
だが、そんな事をすれば王都の住人の迷惑になるだろうし、王宮の人達も困らせてしまう。
何より目の前にいるリーニャのお説教が待っているに違いない。
ミリスやフィルニイリスには何度かお説教を貰ったレキだが、実のところリーニャにはまだ無かった。
リーニャが優しいからというのがその理由だが、レキは普段優しい女性が怒るととても怖いという事を知っている。
何を隠そうレキの母親がそのタイプだったのだ。
なお、怒られるのはもっぱらレキの父親だったが・・・。
レキの野生とも言える直感、それが当たっていたことをいずれレキはその身を持って知ることになるだろう。
「ということで今後レキ君の面倒はこのサリアが見てくれます。
良いですね?」
「うん」
「はいよろしい」
半ば力技とも言える説明により、サリアミルニスが付く事をレキが了承した。
魔の森で三年もの間一人で生きてきたレキ。
必要最低限の事は自分で出来る。
だがここは王宮。
魔の森とは何もかもが違う。
着替えも食事も湯あみの準備も、現時点でレキが一人で出来る事などほとんどない。
「えっと、よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、レキ様」
おそらく、この部屋を出てお城の探検になど出かけてしまえば、迷ってしまい戻ってくる事は出来ないだろう。
それに思い至ったレキが、サリアミルニスに頭を下げて挨拶する。
そんなレキに、サリアミルニスは綺麗なお辞儀を返した。
一先ずレキに付く事が認められ、サリアミルニスは内心ほっとしていた。
レキに付く事は国王直々の命令である。
レキの機嫌を損ね、侍女など不要と突っぱねられたらサリアミルニスはただでは済まなかっただろう。
レキがそんな事するはずもないが、レキの事をよく知らない以上サリアミルニスが不安になるのは仕方なかった。
「あ、レキ様って言うのやめて欲しいんだけど・・・」
「・・・そう言われましても」
そんなサリアミルニスの心中など知らず、レキが無理なお願いをした。
王宮内で自分がどのような扱いを受けているかも知らず、ただ純粋に様付けされるのはなんだかむず痒いという理由だった。
「先程も申し上げたとおり、レキ様は姫様のご友人にして恩人、陛下の庇護下にある御方です。
敬称を付けずにお呼びする訳にはいきません」
「え~、でもリーニャは」
「リーニャ様は姫様付きの侍女にして陛下やフィーリア殿下の信頼も厚いお方です。
私などと一緒にされては困ります」
「え~・・・」
当然ながらそのお願いは却下された。
サリアミルニスにとって、レキは今後自分が仕えるべき主となる少年である。
国王の命令が無くともレキに不敬を働く訳にはいかない。
なんとか「様」付けをやめてもらおうと必死に説得するレキだが、サリアミルニスもまた譲らなかった。
本来、仕えるべき主の意向をある程度叶えるのも侍女の務めである。
それがよほど理不尽なものや、生死に関わるようなものでなければ、だが。
主たるレキが「やめろ」と言うのであれば従うのも侍女の務め。
だが、レキはサリアミルニスにお願いはしても命令はしなかった。
他人に命令をするという考えが、そもそも無いのだ。
「様」付けもまた、偉い人に対しての呼び方だとレキは思っている。
自分がそんな偉い人になったつもりは無いので、なんとしてでもやめてほしいと思うのだ。
「偉い御方という意味ではレキ様も十分偉い御方だと思いますが?」
「へっ?」
そんなレキに、「様」付けは当然だとサリアミルニスが言葉を返した。
「何度も申し上げたとおり、姫様のご友人にして恩人、陛下の庇護下にある御方ですから。
敬われるに値する方だと考えております」
折れないレキに対して、こちらも同じことを繰り返すサリアミルニスである。
「ん~・・・」
フランの友人に関して否定するつもりは無いが、それが偉くなる事と結びつかない。
フランは姫である前にフランであり、そんなフランの友達であるレキもまたレキである。
王族の友人だからと言ってレキまで王族になるわけでは無いし、友達というだけで偉くなるつもりもない。
恩人というなら「ありがとう」と言われればそれで十分だし、庇護下云々は正直良く分かっていない。
ただ、どれもレキが偉くなったという事には結びつかないのだ。
そう言った事をレキは頑張って説明した。
フランの友達だからと言って偉くなりたいわけではない。
恩人だからと言って偉くなったわけではない。
庇護下に入るならば、むしろ偉いはずがない。
何より、これではフランをダシにして偉くなったみたいで嫌だった。
自分はただ、フラン達と一緒に居たかっただけ。
恩人だなんて思った事はないし、庇護下というのに入りたかったわけではない。
ただ、フランという友達と一緒にいられればそれで良いのだ。
何度も聞かされた現在のレキの立場。
その言葉を聞き、そして考え、口に出す事でようやくレキは自分の想いを正確に理解した。
「なるほど・・・よく分かりました」
そんなレキの言葉を受け、サリアミルニスが束の間目を閉じて何やら考える。
そして出た答えは・・・。
「やはりレキ様は仕えるに値する素晴らしい御方ですね」
「あれっ?」
レキの望むモノでは無かった。
「な、なんでっ?」
「王族である姫様とご友人となられた場合、多くの方はその立場を利用しようとします。
恩人であるならなおの事。
その恩を着せ、自身の立場を高めようとするでしょう。
陛下の庇護下にある方なら、その立場を有効利用いたします。
でも、レキ様はどのどれもなさろうとしません。
清廉潔白、その年で素晴らしい精神の持ち主だと判断いたしました」
「えっと・・・」
「これからもよろしくお願い致します、レキ様」
「・・・え~・・・」
一生懸命考え伝えた事が逆効果に終わって、レキはとてもげんなりしていた。
自分はただの子供だとも言ったのだが、むしろ子供であるにもかかわらず素晴らしい考えの持ち主だと持ち上げられてしまった。
なんとかサリアミルニスの考えを改めさせたいレキだが、レキの説明では分かってもらえないようだ。
むしろ下手に説明すれば余計に持ち上げられる可能性が高い。
かといって「様」付けで呼ばれる事を受け入れるわけには行かないと、気を持ち直してどうにかしようと考えるレキ。
考えて考えて考え抜いた挙句・・・。
「リーニャ・・・」
レキはリーニャに頼る事にした。
「・・・そんなすがるような目で見られても」
「だって、「様」付けなんて嫌だし」
「あら、そうですか?」
「なんか偉そうだし」
「実際に偉いのですから問題ないのでは?」
「う~・・・」
頼った結果はあまり芳しくなかった。
サリアミルニスの様に頑なに拒む、と言うより困っているレキをからかうような素振りではあるが、実際困っているレキには効果てき面だった。
サリアミルニスより更に上手のリーニャを頼る方が間違っているのだ。
リーニャなら自分の気持を理解してくれるのだと思っていたのに・・・。
何故か裏切られたような気持ちになり、すねてしまうレキである。
「あの、リーニャ様」
「ふふっ、大丈夫ですよ。
踏ん切りがつかないだけですから」
「・・・そうでしょうか?」
最終的にはこちらの意向をくんでくれる事をリーニャは知っている。
今はまだ呼ばれ慣れていないだけで、すぐに慣れるだろう事も分かる。
何せレキはサリアミルニスの言うとおり素晴らしい少年なのだから。
むしろ、今のうちに慣れておいた方が良いだろう。
「例えサリアが諦めても、この王宮内ではレキ君をレキ様と呼ぶ人は大勢いますよ?」
「えっ!?」
拗ねて、ベッドの上でそっぽを向いていたレキが、リーニャの言葉に驚きの声を上げた。
「な、なんでっ?」
「何故、と言われましても・・・ねぇ?」
「はい、日中に行われた御前試合をご覧になった方々は多いですし、見られていない方もレキ様のご活躍はすぐに耳に入るでしょう」
「・・・!」
リーニャの「当前でしょう?」という視線と、サリアミルニスの懇切丁寧な説明に、良く分かっていなかったレキも気づいたようだ。
大勢の前で騎士団で一番強いというガレム団長を倒した。
そこにフランの友人だとか恩人だとかが加われば、みんなサリアミルニスの様に扱ってくるに決まっている。
サリアミルニス一人すら説得できないレキに、そんなみんなを説得できるはずもない。
これはもうどうにもならないかも知れない・・・。
ようやく思い至ったレキがついに音を上げた。
「・・・わかった、諦める」
「ありがとうございますレキ様」
「う~・・・」
「ふふっ、すぐに慣れますよ」
諦めた、とは言ったものの慣れないものは仕方ない。
リーニャの言う様に慣れる日が来るのだろうか?
いや、きっとこない気がする。
おそらくはやってこないだろう未来を思いながら、今日はもう寝ようとレキは思った。




