第61話:騎士団との合流
トゥセコの街を出て一日。
次の街まで街道は整備されているものの、村も無ければ宿となるような施設も無い。
必然的に野営を行わなければならないのだが、幾度も経験しているだけあってか、皆不満も言わず手慣れた様子で支度を始めていた。
レキは獲物を狩りにどこぞへと飛んでいった。
フランは薪となる枯れ木等の調達を担当し、ミリスはその護衛兼手伝い。
リーニャは料理や寝床の準備を。
フィルニイリスは周囲の警戒に当たっている。
次の街までは人の通りもそれなりに多く、その為付近の魔物や危険な動物等は狩り尽くされている。
その為、レキはかなり遠くまで出向く事になってしまった。
どのくらい遠くまで行ったかと後で聞けば、次の街より距離的には遠いかも知れない程だった。
その距離をわずか一時間足らずで戻ってきたレキに、驚く者はもういない。
「いつもご苦労様です、レキ君」
「今日は何を捕まえたのじゃ?」
「これっ!」
本日レキが捕らえたのはダークホーンと呼ばれる牛の魔物だった。
肉は美味く、新鮮なうちなら内臓もまた美味い。
牙や角、皮も素材としてそれなりに売れるという、かなりお得な魔物である。
数が多く、体躯も大きい。
その体躯から繰り出される体当たりは強烈で、角で突かれれば鋼の鎧にすら穴を開けるほど。
油断すれば騎士団とて死ぬ恐れのある魔物だが、討伐すれば見返りは大きい。
因みに、ミリスの好物である。
「ランクで言えば3、魔鉄級の冒険者が対象」
「肉!
肉食べたいのじゃ!」
フランとミリスが集めた薪に、練習中の魔術でレキが火を付ける。
リーニャと協力し、フランもお手伝いしながらダークホーンを解体していく。
もはや手慣れた様子で、和気あいあいと食事の支度は進んでいった。
肉以外の食材や調味料、調理に必要な道具は馬車に積んである為、魔の森を出たばかりの頃よりかなり充実した野営である。
この一行が、野盗に襲われ、魔の森に逃げ込み、魔物に食べられそうになった王族一行だと思う者はいないだろう。
野盗の追撃を警戒しつつ、目立たぬよう平民のふりをしながら王都への旅を続けているわけだが・・・事情を知らぬ者はおろか、知る者ですらただ旅を楽しんでいるようにしか見えないに違いない。
それもこれもレキが助けてくれたから。
本日の野営も、実に平和に楽しく過ごせる事だろう。
ダークホーンの解体も終わり、今日の夕食と明日の朝食に必要な分を残して、残りは地面に埋める。
しっかりと洗った肉や内臓を、水をはった鍋に野菜や調味料と共にまとめて煮る。
野営料理の鉄板と言える鍋料理だ。
王族であるフランには似つかわしいとは言えない料理だが、文句を言うほどフランは狭量ではない。
むしろ美味しければ串肉だろうと何だろうと喜んで食べる。
旅の最中、満天の星空の下で皆と食べる料理など王宮では決して食べる事の出来ない御馳走である。
「まだかの~。
まだかの~」
「そんなに見てもすぐには出来ませんよ」
「魔物の肉は生煮え厳禁。
内臓も一緒だからじっくりと煮なければお腹を壊す」
リーニャが時折味を調えながら調理する鍋を、フランがよだれを垂らさんばかりに凝視していた。
普段なら行儀が悪いと注意するリーニャも、旅の間は見逃す事にしているようだ。
王宮ではある程度王族らしい振る舞いを求められ、フランも頑張って応えている為、今だけはと黙認しているのだろう。
もっとも、王宮に戻っても大抵の事は多めに見てもらえるのがフランなのだが。
フランが凝視する中、鍋がようやく食べ頃になった時である。
「なんか来た?」
「にゃっ!」
フランの横で同じように鍋を見ていたレキが、ふと顔を上げた。
「魔物か?」
「ん~、違う?」
「商人?
それとも冒険者?」
「う~ん、もっとたくさん?」
「なんでしょうね?」
近づいている集団はまだ遠く、察知出来たのはレキしかいない。
ここへきてレキの知識や経験不足がたたり、近づいてくるのが何者かわからないまま、ミリス達はただ警戒を強めるしか出来なかった。
そして・・・。
「あっ」
「ん?見えたのか?」
「うん、あれ!」
「どれ・・・」
レキの指差す方向から接近してくる集団。
カランの村に迫ってきたゴブリンの群れより数も勢いも勝るその集団に、ミリス達の警戒は強まる一方である。
近づいてくる集団が何者か分からない為、フランとリーニャを馬車に戻し、ミリスとフィルニイリスが前に立つ。
レキはフラン達を守るべく、二人と共に馬車の中だ。
こちらの体制が整ってしばらく、ようやく相手の姿が見えてきた。
「ん?」
「あれは・・・団長!?」
レキ以外の者にも目視できる程度になった頃、ミリスが声を上げた。
近づいてくる集団。
それは、フロイオニア王国王女フランの捜索の為王宮を出た、フロイオニア王国騎士団の中隊であった。
――――――――――
ワンファの街を抜けた騎士団は、四方に分かれて移動を続けた。
人数が人数なだけに街の宿で休むわけにもいかず、夜は野営を行う。
誰もが気が急って、悠長に泊まる気になれなかったというのもあったのだろう。
街道から少し離れた場所で夜を明かし、夜明けとともにすぐさま出発する騎士団。
朝食や昼食等は携帯食で済ませた。
本当なら夕食もそうしたいところだが、流石に休みなく移動し続けるのは肉体的にも精神的にも問題がある。
馬もつぶしかけない為、食事はともかく夜くらいはしっかりと休む事にしているのだ。
ワンファの街で分かれた部隊の一つ、騎士団長ガレムが指揮を執る部隊が、通常なら野営の支度を始める頃になっても移動を続けていた時である。
「あれは、野営か?」
「そのようですね」
ガレムの横を走る副団長が、前方に焚き火の煙らしき物を発見した。
「商人か冒険者か・・・」
「先に野営を始めたのはあちらの方ですから、こちらは道を変えましょう」
「・・・そうだな」
向こうの人数は分からずとも、こちらは一個中隊約120名。
ゴブリンの群れより多い人数がこのまま移動すれば、間違いなく野営中の者に迷惑をかけてしまうだろう。
こういった街道では、基本的には先に野営を始めた方に優先権が有り、移動する者は道を変えるのがルールである。
王国の騎士団とて街道のルールには従わなければならない。
ただでさえ、こちらは行方不明の王女の捜索という任務の最中なのだ。
余計なトラブルは避ける必要があった。
「前方に野営中の集団を発見した。
こちらはもうしばらく移動をしてから野営を行うため、少しばかり道を変える!」
「「はっ!」」
後ろに続く部下に説明した後、ガレムは道を変えるべく馬に指示を出した。
と、その時・・・。
「団長っ!」
「なんだ?」
部下の中、索敵に優れた騎士がガレムを呼び止める。
その声に進路を変えようとしていたガレムが立ち止まり、部下の指差す方向を改めて確認した。
そこには・・・。
「まさかっ!」
部下の示す方には、見慣れた小隊長と宮廷魔術士長の姿があった。
――――――――――
「ご無事で何よりです、フラン様」
「うむ」
「まさか野盗から逃れるために魔の森に向かわれるとは」
「うむ」
「しかも魔の森で一夜明かしただけにとどまらず、エラスの街経由でここまで戻られるとは」
「うむ」
「ボロボロになった護衛隊の一人から知らせを受けた時は心臓が止まるかと思いましたぞ」
「うむ」
急遽用意された天幕の中、少女と偉丈夫が語り合っていた。
少女の名はフラン=イオニア。
純人族の国フロイオニア王国の王女である。
偉丈夫の名はガレム。
フロイオニア王国にて騎士団長を務める男である。
遠く、フィサス領に住む親友のお見舞いに向かったフラン一行が、その帰路で野盗の襲撃に遭い行方をくらませたという連絡があったのが数日前。
愕然とした精神を何とか立て直し、王が捜索隊の派遣を決め、騎士団長であるガレム自ら一団を率いて王都を出た。
そして本日、各領へと分かれた捜索隊の一部が街道で出会ったのが、何を隠そうフランその人であった。
「陛下など一報を受けてすぐさま捜索隊を出せと命を発しましてな、いやあの時の陛下の悲痛な顔ときたら」
「父上は怒っておるか?」
「まさか。
むしろ心配で寝付けないでしょうな」
「そうか」
「まぁ、先ほど他の捜索隊含めてフラン様発見の報を発しておりますので、陛下もご安心されるでしょう」
「うむ」
生きて再会できた喜びもそこそこに、慌ててこしらえた天幕でフランと騎士団長ガレムが語り合っていた。
と言っても、これまで語るのはガレムばかりで、フランはそれに頷くのみだが。
「フラン様の方はどうだったのですか?」
「それは私が」
「フィルニイリスか」
フラン側の経緯を語るのは、フランの護衛として常に傍にいた宮廷魔術士長のフィルニイリスの役目である。
魔の森へと逃げ込む提案をし、以降も今日までずっと一行の指揮を執り続けたフィルニイリス。
一か八かの作戦ではあったが、結果だけを見れば最良だったと言えるだろう。
女性三名に子供二人という一団が、こうして無事にいるのだ。
王女の身を最優先に考えたなら、これ以上ないほどの成果と言えるだろう。
「まず魔の森へ逃げ込んだ私達は、そこでレキという少年と会った」
「魔の森で?」
「そう」
フィルニイリスの報告を聞くガレムは、その冒頭から眉をしかめた。
魔の森はこの世界で最も危険な場所と称される森だ。
生息する魔物は通常の個体より数段強く、異常なほどに濃い魔素は半日もすれば魔素酔いという症状を引き起こし、活動が困難になってしまう。
それを逆手に取り、野盗をまく為に魔の森に入り込んだフィルニイリス。
だが、魔の森の魔物はフィルニイリス達の想像を超えていた。
ゴブリンに苦戦し、フォレストウルフに追い詰められ、オーガには手も足も出なかった。
主であるフランがオーガに食われそうになったところを救ってくれたのが、魔の森で出会った少年レキだった。
「いや、魔の森だぞ?
そんな森に人がいるはずは・・・」
「現にいた」
「そうじゃ、レキはいたのじゃ」
「いや、しかしですな・・・」
普通に考えればありえない事ながら、宮廷魔術士長の肩書を持つフィルニイリスと、王女であるフランが言うのだから否定する事も出来ない。
レキという少年については、先ほど天幕の外で既に紹介されている。
白髪黒眼。
顔立ちは整っているが、年齢故に幼いそれは、少女と言われても疑問に思わなかっただろう。
背も年相応でフランとほぼ同じくらい。
この年齢なら男児より女子の方が成長が早い事を考えれば、やはり普通の子供にしか見えない。
両腰にはエラスの街で購入したというミスリルの剣を佩き、動きやすさを重視した服に身を包んでいる。
どこにでもいそうな、純朴そうな子供だった。
とても魔の森という危険極まりない環境で生きてきた子供とは思えない。
「レキは凄いのじゃぞ!
ゴブリンの群れにこう、えいっ!と剣を振ってじゃな。
ソードボアとかアースタイガーとかも飛んで行ってえいっ!て倒すのじゃぞ」
フランが興奮気味に語る内容は、実際にフランが見た光景なのだが、それを知らないガレムからすれば、おとぎ話を嬉しそうに語る少女にしか見えなかった。
「・・・積もる話はあるでしょうが、まずは食事にしましょう」
「にゃ?
うむ!」
このままフランに語らせても拉致が明かない。
そう判断したガレムが、一息つく為にもフラン達を食事に誘った。
ガレム達に合流する前に作っていた鍋は火から降ろしてある。
あまり長時間火にかけてしまえば、煮込まれすぎて食べられなくなってしまうからだ。
食事は騎士団がそれぞれ外で行っている。
雨でも降らない限り天幕の中で料理などしない。
と言っても食事は皆持参した携帯食のみ。
狩りをしようにもここは街からさほど離れていない場所である。
魔物は定期的に討伐されており、狩りをするには難しいだろう。
そのはずだった。
「な、なんだこりゃ~!」
天幕を出たガレムが見たのは、山積みとなった魔物の死体であった。




