第58話:昼間の報復らしい
誤字報告感謝です。
フロイオニア王国の中心にある王都パティアの王宮は今、大いに荒れていた。
原因は、フロイオニア王女フランの護衛部隊の一人からもたらされた急報にあった。
「フラン王女一行が野盗に襲撃され、その後行方不明になった」
最初にその報告を受けたのは、フロイオニア王国騎士団を束ねる騎士団長ガレムだった。
にわかには信じがたいその報告だったが、ガレムはそのまま王に報告した。
自分の配下である騎士一人一人の性格をよく知るガレムは、報告してきた騎士の事も当然ながらよく知っている。
真面目で任務に忠実、王国への忠誠心は高く、冗談でもこんな事は言わない男だ。
身に纏う鎧はところどころ破損しており、何かしらと戦った事を語っている。
今にも倒れそうなその様子から、おそらく不眠不休でここまで来たに違いない。
そういう男なのだ。
だからこそ、その男のもたらした報を偽りだとは思えなかった。
ガレムはその報を受け、すぐさま城内へと向かった。
王への報告はもとより、一刻も早く捜索隊を派遣する為だ。
今優先すべきはフラン王女の安否。
王とて、その報を受ければすぐさま捜索隊を派遣するだろう。
王として、何より一人の親として、王女である娘を大事に思わないはずがない。
その事を確信しつつ、ガレムは王の間へと足を早めた。
王の間へとたどり着いたガレムは、すぐさま王へ報告した。
騎士団長からもたらされたその報告に、王はひどく取り乱した。
無理もない。
大事な娘が野盗の襲撃に遭い、その後行方不明となったなどと、親であれば冷静でいられるはずもない。
フロイオニア王国国王ロラン=フォン=イオニア
フランの父親にしてフロイオニア王国の国王である彼は、国民からは良き王として知られている。
それはロランの治世が素晴らしいものである、という程ではないが、人柄が好まれているからだ。
国民から広く意見を聞き、才のある者なら平民であろうと採用する。
王になる前は、自ら他領まで出向いては街の住人と自ら触れ合っていたという。
・・・実は、王になってからもこっそり城下へ出向いては、昔なじみの店で飲んだりしているのだが。
「王座に座ったままでは国民の真の声は聞こえない」
それが、ロランの王としての言葉である。
自分が城下へ出向く為の言い訳ではなく、国民のどんな小さな声も拾い上げようとする王としての意思であり、それは正しく実行されていた。
その結果が今の治世であり、国民が良き王と評価している理由だった。
だからこそ、ガレムのもたらした報をしっかりと受け止めようとした。
内容が内容なだけに、受け止めきれず取り乱してしまったのだが・・・。
それでも落ち着きを取り戻した王は、すぐさま騎士団長に指示を下した。
「フロイオニア王女フラン=イオニアを捜索せよ」
加えて。
「生死は問わない。
死体であっても持ち帰れ」
と。
その内容は親としてのものではなく、あくまで王としてのもの。
王族の一人が行方不明でい続けるなど問題である。
だからこそ、死体であっても持ち帰れという命令を下した。
死体という、明確な"死"の証拠を持ち帰れ、という指示だ。
その命令を、ガレムは騎士団長として受けた。
王の性格をよく知るからこそ、何も言わずに受け、すぐさま捜索隊を出立させるべく王の間から出た。
王の、食いしばった歯と悲痛な表情、爪が食い込むほど握りしめられた拳から滴る血を、これ以上見ていられなくなったからだ。
王の側に控えていたフロイオニア王国宰相が部屋を出たのも、あるいは同じ理由だったのかも知れない。
「フラン・・・どうか無事でいてくれ」
王以外誰もいなくなった部屋では、そんな呟きが王の口から漏れ出ていた。
――――――――――
トゥセコの街の宿屋。
フィルニイリスに言われた通り、昼間の件を一生懸命考えたレキは、考えに考えた挙句、そのまま眠ってしまった。
そんなレキを、リーニャ達はこれ以上ないほど微笑ましく見守っていた。
カランの村の出来事に、レキは落ち込んでいるようだった。
表面上は元気だったが、心の奥には棘の様に残っていたのだろう。
だからこそ、気分転換をさせるべくフランとリーニャの三人だけで街の見物に向かわせたのだ。
あのような男共に絡まれるのは流石に予想外だったが、結果的には良い方向に向かっていた。
生まれ故郷の村と魔の森しか知らないレキは、道中様々な事に目を輝かせている。
それは、一般的な知識に欠けている証拠でもあった。
そもそも、レキは他者との交流が圧倒的に不足している。
一人で生きてきたのだから当然と言えば当然だろう。
だからこそ自分の力がどれほど強大なものか知らず、その力を振るう事で他者にどう思われるのかを知らなかった。
カランの村では怖れられたその力も、トゥセコの街では称賛された。
その違いにレキは大いに悩んだようだが、悩むという事自体がレキの成長に繋がるに違いない。
そう信じたからこそ、あえて答えを言わなかったのだ。
例え悩み疲れて眠ったとしても・・・。
夢の中でも考えているのだろうか?
心なしか真面目そうな表情をしたまま眠るレキ、
そんなレキを見守る三人の目は、とても温かいものだった。
こうして、トゥセコの街での一日はいろいろありながらも無事、過ぎようとしていた・・・のだが。
どこにでも愚かな者はいるようだ。
「・・・ん~」
「・・・レキ君?」
眠たそうな顔をしつつ、レキが何故か起き上がった。
目をこすりながら、ぼ~っとした顔で辺りを見回す様子は、いかにも子供らしくて微笑ましい。
トイレか何かで起きたのだろうか?
レキが起きた事に反応し、目覚めたリーニャが声をかけた。
例え眠っていてもフランが起きれば自分も起きるのが従者の常であり、対象がレキでもそれは変わらないらしい。
「ん~、ゴブリンの人達が来た」
「何っ!」
「?」
「・・・」
眠たそうな、それでもはっきりと聞こえたレキの声。
それに反応したミリス、フィルニイリス、リーニャの三人は、それぞれが異なる反応を見せた。
ミリスの反応は顕著である。
フランの護衛として、敵の襲撃に対してミリスは常に備えている。
自分が発見するより先にレキが殲滅してしまう為、出番こそなかったが警戒を解いた事は無い。
それは街の中でも変わらない。
襲ってくるのが魔物とは限らないのだから。
だからこそ、レキの声に即座に反応したミリスは、武器を手に取り迎撃の体制を整えた。
対極的なのはフィルニイリスだろう。
レキの声に首を傾げるだけで、なんの行動も取ろうとはしていない。
何故ならここは街の宿屋。
魔物が接近しているのであれば、今頃街は大騒ぎになっているはず。
だが、宿の外から聞こえてくるのは精々酔っぱらいの声。
魔物が襲撃してきたとは思えなかった。
レキほどではないにしろ、ある程度索敵が出来るフィルニイリスとしては、レキの言葉には首を傾げるしかなかった。
そして最後、リーニャは何やら思い当たる事があるのだろう、首を傾げた。
レキの「ゴブリン"の人達"」という言葉を正しく理解した、というべきだろう。
とは言えいまいち確証は無いようで・・・。
「えっと、レキ君?」
「ん~・・・」
「その、ゴブリンの人達と言うのはもしかしてお昼の?」
「ん~、うん」
「はぁ、やはりですか」
確認すれば案の定な答えが返ってきて、リーニャが思わず嘆息した。
「昼間のとは?」
説明を求めるフィルニイリスに、リーニャが簡単に説明する。
とは言っても殆どはフランが既に喜々として語っているので、今更語るような事は無い。
精々・・・昼間の男共を"ゴブリン"と称した理由くらいである。
「なるほど、納得」
「いや、納得はするがな・・・」
「申し訳ありません・・・」
リーニャの説明に納得する二人である。
誤解を招くような表現をしたレキと、その原因であるリーニャにジトッとした視線を向けてしまうのも仕方ない。
リーニャの謝罪を受けたミリスとフィルニイリスは、眠そうなレキを連れて宿の外へと出向いた。
リーニャは眠っているフランと共に留守番である。
相手の目的は間違いなく報復だろう。
対象はレキとリーニャだろうが、一応リーニャは非戦闘要員。
荒事担当のはずのミリスとフィルニイリスに、ようやく出番が回ってきたという事だ。
「本来は私達が護衛なのだがな」
「私達が対応する前にレキが殲滅するのが悪い」
「え~」
「お気をつけて」
リーニャに見送られながら、三人は仲良く表に出た。
しばらくして・・・。
「なんでぇ、起きてんじゃねぇか」
「待ち構えてますぜ」
見るからに下品な男共が目の前に現れた。
「レキ、昼間の連中か?」
「うん。
真ん中の人とその後ろの人」
「なるほど、確かにゴブリンっぽい」
男達の登場に慌てる事無く対峙するレキ達。
一方、男達は夜襲が失敗した事に多少戸惑うも、相手が相変わらずの女子供である事に余裕を取り戻した。
「よう坊主。
昼間は世話になったなぁ」
「お世話?
してないよ?」
「ぷっ・・・」
「てめぇ・・・」
男の軽口に真面目に答えるレキに、ミリスが失笑した。
そんなレキとミリスの態度に、男が早速怒りを見せ始める。
「こんな夜更けに何の用?」
「あん、なんだてめえ?」
「私は護衛の魔術士。
昼間の事は聞いてる。
それで、何か用?」
「聞いてんだったら話は早ぇ。
もちろん昼間の礼に来たに決まってんだろ」
「お礼?」
「おうそうだ」
「レキ、お礼だって」
「へ?」
「お礼したいって」
「お礼?
えっと、どういたしまして?」
「てめぇ・・・」
レキ達を代表して対応したフィルニイリスが、男のわかりきった用件をあえて問いただす。
フィルニイリスの言葉にのせられた男が素直に用件を言えば、フィルニイリスはそのままレキに伝え、レキも素直に受け止め礼を返した。
レキは純粋に返したのだが、それは当然のごとく男の神経を逆なでるだけに終わった。
ただの挑発。
リーニャの話だけでも男の性格はある程度把握できていたが、実際に言葉を交わす事で確証を得られた。
思慮に浅く挑発にのりやすい。
フィルニイリスのように考えて戦う者にとって、実に対処し易い相手である。
もっとも、今のやり取りなどフィルニイリスにとっては挑発にすらならない程度の、ただの軽口。
本気で挑発しようと思ったらこの程度ではないが、目の前の男には十分だったようだ。
夜でも分かるくらい顔を赤くし、手に持った斧を構えて今にも飛びかかってきそうな雰囲気の男。
対して、ミリスもフィルニイリスも構えすら取らない。
ミリスなど、レキの肩に手を置き、なるほどあれがゴブリンなのかと頷いている。
その仕草がさらに男を煽った。
「まぁ待てよ」
「あぁ!?」
「お前らはそうやって、昼間もやられたんだろうがよ?」
「・・・ちっ」
だがそこに、一緒にいた別の男が止めに入った。
「誰?」
ここまで順調に男を煽る事が出来ていたフィルニイリスが、水を差してきた男に対し警戒を強める。
昼間の話では相手は二人だった。
一緒に来た以上お仲間なのだろうが、現時点ではそれ以上の情報が無い。
見た目は軽薄そうだ。
杖を持っているところを見れば、おそらくは魔術士なのだろう。
杖を肩に担ぎ、頭から湯気が出そうな男を諫めているところを見れば、頭脳労働担当なのかもしれない。
フィルニイリスの挑発に乗らなかったのは昼間の件に関係していないからか、あるいはそういう性格なのか。
いずれにせよ、警戒するに越した事はない。
「オレぁこいつらの仲間の魔術士でよ」
「そう、それで何の用?」
相手の男が前に出て名乗り、会話の主導権を最初の男から奪う。
その顔に警戒を抱きつつ、フィルニイリスが応じる。
相手の魔術士が三人の頭脳労働担当なら、こちらの担当はフィルニイリスである。
荒事ならミリス、交渉事ならリーニャも任せられるが、こういった読み合いならフィルニイリスに敵う者はいない。
そんなフィルニイリスに対し、男はその軽薄そうな顔に笑みを浮かべて会話を続けた。
「用件はさっき言っただろうがよ?」
「お礼なら受け取った」
「礼じゃねぇ!」
「いいから黙ってろよ。
ったく・・・
悪ぃな、ちいとばかし怒りっぽくてよ」
「分かってる。
ゴブリンはみんなそう」
「てめぇ!」
魔術士の男と会話をしつつ煽るフィルニイリスと、相変わらずのせられる男と諌める魔術士の男。
このまま会話を続けてしまえば、近いうち男の神経が切れてしまいかねない。
別段それでもかまわないとは言え、一応は目的を確認するべきだろうかと、フィルニイリスは会話を続けた。
と言っても相手の目的など確認するまでもないのだが。
「報復?」
「端的に言やぁそういうことよ」
「こんな夜に?」
「報復に昼も夜も関係ねぇだろうよ?」
「確かに。
ゴブリンは昼夜問わず活動する」
「おい!」
「寝静まった頃を見計らって報復・・・クズだな」
「んだと・・・」
「ん?
何か間違ってるか?」
途中からミリスも加わってのやり取り。
女と子供に手も足も出ずにやられた悪漢が、助っ人を呼び、寝静まった頃を見計らって報復に来る。
相手は男達が一度は攫おうとした程の上玉である。
仕返しだけで済むはずが無い。
むしろ攫いに来たのだろう。
昼間の目的を果たそうと、のこのこやって来たという事だ。
そんな事はフィルニイリスでなくとも分かる。
分からないのはレキくらいだろう。
だからこそ、ミリスの口調も自然と辛辣となった。
それがなおさら相手を煽る結果となったとしても、ミリスはその口調を改めようとは思わない。
「お礼参りだかなんだか知らんが、仕返しをしたければ正々堂々昼間に来い。
そもそも女性と子供相手に助っ人まで呼ぶとは・・・情けない」
「うるせぇ黙れ!」
ミリスの言葉にいよいよ限界が来たのか、男が叫んだ。
それはまるで昼間の再現。
違うのは相手がミリスとフィルニイリスに変わった事と、もう一人仲間がいるという事だろうか。
そのもう一人は、今だ冷静さを保ちながらも深い溜息をついた。
「はぁ・・・。
だからお前はダメなんだよ」
「うっせぇ!
ここまで言われて黙ってられっか!」
「いやまぁそうなんだがよ・・・」
男達は、レキ達をそっちのけで揉め始めた。
「帰っていい?」
「眠い」
「・・・そうだな」
夜中に起こされ、ただでさえ眠く機嫌も悪い三人である。
明日にはトゥセコの街を出て、王都までの旅路を再開せねばならない。
次の街はちょうどエラスと王都の中間地点に当たる街であり、エラスやトゥセコとは比べ物にならない程栄えている商業都市だ。
街の賑わいは王都に次ぐ程で、寝る前に聞いていたレキとフランが楽しみにしたのは言うまでもなく、だからこそ今日は早めにベッドに入ったのだが・・・。
「そもそも油断したからといって女子供に負けるとはどういうことよ?」
「女にやられたのはオレじゃねぇ!」
「じゃあ子供の方かよ?
そっちの方が情けねぇだろうがよ」
「だからちと油断したんだ!」
「いや、だからよ・・・」
「ねぇ、戻ろ?」
「ゴブリンの喧嘩など見ても仕方ない」
「・・・結局あいつらは何しにきたのだ?」
「さぁ?」
起こされた挙句に始まったのは襲撃者同士の言い争い。
フィルニイリスが煽った結果であり、それに加担したミリスにも原因の一端はある。
あるのだが、だからと言って当初の目的を放置してまでやる事ではないだろう。
流石にこの状況にはレキ達も呆れるしかなかった。
このまま放置して良いものかどうか悩みどころだが、お構いなしのフィルニイリスと、今回の騒動の引き金であるレキがもういいなどと言っているのなら良いのだろうと、ミリスも踵を返そうとした。
ミリスとて眠いのだ。
ゴブリン共の醜い仲間割れなど見る価値も無い。
醜く言い争う男達をよそに、レキ達はこっそり宿へと引き返そうとしたのだが、さすがにそう上手くいくものではなかった。
「今やりゃオレが勝つ!
見てやがれ」
「あぁ、好きにしろよ」
話し合い(?)が終わった男達が、やる気と敵意まんまんでこちらを向いた。
前衛に兄貴格の男、そばには話し合いには全く参加しなかった子分の男もいる。
助っ人らしき魔術士の男も、魔術士らしく後衛に立った。
「さぁ来やがれ!」
背中の斧を右手に持ち、威勢よく言い放つ兄貴格の男。
対するレキたちは・・・
「どうする?」
「はあ・・・」
「帰ろ~」
すっかり白けていた。




