第59話:撃退
「何ぼけっとしてやがる!
とっとと構えやがれ」
「そう言われてもな・・・」
「街中での戦闘行為は禁止されている」
「えっ、そうなの?」
「ああ、基本的にはな」
「昼間のは武器を使用していないから問題ない」
「良かった~」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる!
いいからかかってきやがれ!」
一方的にやる気になった男達に対し、レキ達のやる気はもう欠片も無い。
先程まで、男達はレキ達をそっちのけで言い争いをしていたのだ。
正直に言えば戻って寝たかった。
もう少し、あとほんの数分言い争いが続いていれば、今頃レキ達は暖かなベッドの上で再び眠りについていただろう。
それを思えば、目の前で好き勝手言い争いをしたあげく、一方的に突っかかってきた連中に対して、何というか勝手にやっててくれと言いたくなってしまう。
報復の対象がレキ達なので、勝手にやるも何もないのだが。
「さっきから舐めた真似しくさりやがって。
てめぇらに魔鉄級の冒険者様の実力をみせつけてやる!」
「実力と言われてもな・・・」
「レキに瞬殺される実力など見ても仕方ない」
「うっせぇ!
いいからかかってこい!」
「いやだから何故私達が・・・」
「襲ってきたのはそっち」
「不意打ちで勝っても嬉しくねぇんだよ!」
「眠っているところを見計らって襲撃してきたくせにか?」
「言ってることがむちゃくちゃ。
さすがゴブリン」
「黙れゴラっ!!」
レキ達の思いをよそにますますヒートアップする男達。
子分の男は黙ってナイフを構え、魔術士の男は後方でいつでも魔術を唱えられるよう杖を構えている。
若干、魔術士の男が呆れ顔をしている気がしないでもないが・・・。
そんな勝手極まる男達に対し、レキ達は白ける一方である。
そもそも昼間の騒動は明らかに向こうが悪い。
先に手を出してきたのは向こう側で、リーニャが手を出したのは正当防衛である。
レキについても、一応言質は取ったというか相手の土俵で戦ったようなものなので文句を言われる筋合いはなく、ちゃんと相手の言葉を受けてから攻撃を仕掛けているのでレキに問題は無い。
にも関わらず、真夜中に一方的に仕掛けてきたかと思えばかかってこいなどと言い出す始末。
いい加減とっとと倒して寝ようか、などとミリスが考え始めたその時だった。
「"大いなる風、大いなる調和、何者にも縛られぬ自由なる元素"」
同じ考えに至ったのだろう。
ミリスの後ろ、フィルニイリスが呪文の詠唱を始めた。
「油断しなきゃ俺様が負けるはずねぇんだ!」
「"緑にして探求と調和を司る大いなる風よ"」
一向にやる気を見せないミリスに憤る男達。
ミリスの陰に隠れるように、フィルニイリスが呪文の詠唱を続ける。
間に挟まれたミリスは、自分もやる気を出すべきだろうかと悩んでいた。
真面目に相手をしたなら、フィルニイリスの魔術が発動する前に倒してしまう可能性がある。
かと言って何もしなければ・・・構えを取った時点で向こうから襲ってきそうだ。
それを返り討ちにすれば・・・やはりフィルニイリスの出番はなくなるのだろう。
「公衆の面前でやられた借りをきっちり返させてもらうぜ!」
「"我が声に耳を傾け、我が眼前に集いて、立ちはだかりしあらゆるモノ、そのことごとくを等しく滅ぼせ"」
幸い、相手の男は演説に夢中で襲い掛かってくる気配はない。
放置しても大丈夫だろう、とミリスがやる気を出すのを止めたのとほぼ同時に、フィルニイリスの呪文の詠唱が終わった。
「そっちからこねぇならこっちから行くぞ!」
「"リム・トルネード"」
痺れを切らした男達が、ようやく攻撃を仕掛けようとしたが、それより早くフィルニリスの魔術が放たれた。
緑系統の中級魔術リム・トルネード。
以前、フィルニイリスが魔の森のフォレストウルフをまとめて吹き飛ばした魔術である。
間違っても街中で使用する類の魔術ではなく、リーニャ相手に負けるような連中に使用する魔術でもない。
下手をすれば家の一軒くらい平気で吹き飛ばすほどの魔術なのだ。
それが、男達に向けて放たれた。
「ぐわぁ~~~っ!」
「うぎゃ~~~!」
「なっ!ぐっ!」
先頭に立っていた兄貴格の男と、追従するように足を進めようとしていた子分の男が仲良く吹き飛び、後ろに控えていた魔術士の男は場所が良かったのだろうその場で耐えていた。
とはいえ、立っているのがやっとといった様子である。
リム・トルネードはただ周囲を吹き飛ばすだけの魔術ではない。
回転する風が周囲の砂や土、石などを巻き込み、鋭利な刃物のように相手を切り裂く魔術でもあるのだ。
結果、その場に留まった魔術士の男も、回転する風をまともに食らったのだろう、もはや満身創痍の状態だった。
「・・・あんた、何者よ?」
「護衛の魔術士」
「・・・そうかよ」
それだけ聞いて、魔術士の男はその場に倒れこんだ。
少し離れた場所では、先ほど吹き飛ばされた二人が道端に仲良く転がっている。
レキ程ではないが、これもまた瞬殺と言って良いだろう。
「すごいっ!」
「どう?
少しは見なおした?」
「うんっ!」
目の前の惨状にレキは目を輝かせ、フィルニイリスはその称賛に満ちた目を向けられてご満悦である。
一方、男達の言動やフィルニイリスの魔術行使などであれこれ頭を悩ませていたミリスは、自分がまたもや何もしていなかった事に今更ながら気付いた。
今回の襲撃、目的は報復である。
故に、その対象であるレキが完膚なきまで叩きのめすのが、実のところ一番手っ取り早い解決方法だった。
どうあがいても勝てない、そう相手に思わせれば二度と手を出そうなどと思わないだろう。
とはいえ、それではレキに余計な面倒をかけてしまう。
そういった荒事は、本来自分達の担当なのだ。
にもかかわらず、魔の森以降、狩りも、魔物や悪漢の撃退もすべてレキがやっていた。
エラスの街の悪漢共については、ミリス達が倒すより先にレキが魔術を暴発させてしまった結果だが、それでもレキが撃退したことに変わりはない。
一応は護衛という名目でいる自分達が、あまりにも不甲斐ない気がしていたのだ。
だからこそ、今回の襲撃には自分達が対応するつもりだった。
レキ達には手練れの護衛がいる。
ただでさえレキとリーニャというただの(ではないが)子供と女に倒された連中が、更にミリスとフィルニイリスという護衛の騎士と魔術士をも敵に回したと分かれば、襲撃を諦める理由にはなるだろう。
そう考えたのだ。
それが・・・ふたを開ければ今回手を出したのはフィルニイリスだけ。
ミリスは少しばかり相手を煽っただけで、なにもしていないに等しい。
にもかかわらず兄貴格の男とその子分である男は仲良く吹き飛び、魔術士の男は何やら満足気な顔で倒れている。
後には何も残らなかった。
そう、少しばかりやる気を出していた自分の、剣を抜こうとしていた手のやり場も・・・。
「・・・寝るか」
「うん、寝よう」
「寝る」
こうして、魔鉄級冒険者による真夜中の襲撃は、ミリスの心にもやもやとした感情を残して終わった。
――――――――――
ワンファの街。
フロイオニア王国の王都パティアから二日ほどの距離にある街。
そのワンファの街の街道を、一揃えの鎧を身にまとった騎士団が足早に通り過ぎた。
訓練の際に立ち寄ったという様子ではなく、緊急を要する討伐遠征へと急ぎ向かっている時に近い。
騎士団の誰もが、ただ無言で通り過ぎていく。
後に残ったのは騎士の残した足跡と、見送った街の住人達のみだ。
「何があったんだろうねぇ?」
「またどこかの村が魔物に襲われたのかい?」
「それにしちゃ少しばかり様子が違わねぇか?」
「そうさねぇ、二年ほど前にも村が襲われた事があったけど、そん時より物々しい雰囲気だったねぇ」
騎士団が通り過ぎた街では、そこかしこで先ほどの様子について語り合う住人で溢れていた。
誰もが感じたいつもと違う騎士団の様子に、住人達は様々な憶測を立てた。
街が襲われた、村が壊滅した。
大規模な盗賊団のアジトが見つかった。
魔の森の魔物がとうとうあふれた等々。
憶測が憶測を呼び、ついには王都が陥落したとまで言い出す者も出る始末。
そんな住人の好奇の視線を受けつつ、騎士団はワンファの街を通過した。
先頭を行くのは騎士団長ガレム。
王の命を受け、先陣を駆けている。
後に続く騎士達を振り返る事もなく、ただ先へ先へと足を早めた。
思うのは王女フラン=イオニアの無事、そして・・・。
国のため、王のため、そして自分の為にただ足を前に進める。
「団長、騎士団全員ワンファの街を抜けました」
「よし、予定道り第一中隊は俺と共にトゥセコの街方面へ。
第二中隊はスリサドの街、第三中隊はフオウルスの街へ向かえ。
すべての街や村で情報を集めろ。
フラン様の護衛部隊と合流した者は、そのままフィサスの街へ向かい公爵の協力を求めよ」
「はっ!」
「いいか、必ずフラン様を探しだせ。
王は死体でもと言ったが、フラン様は必ず生きておられる。
諦めず捜索しろ」
「はっ!」
ワンファの街を抜けてすぐ、矢継ぎ早に指示を出したガレムはそのまま第一中隊を率いてトゥセコの街方角へと向かった。
ここまで休みなしで進んできた騎士団であったが、不満を訴える者は一人もいない。
誰もがフランの無事を願い、一刻も早く見つけ出す事だけを考えていた。
天真爛漫で好奇心も強いフランは、騎士団の訓練所にも良く顔を出しており、その性格から騎士達にも遠慮なく声をかけていた。
時に自らも剣を持ち、騎士の訓練に参加しようとしてはリーニャなどに止められる事もしばしば。
興味本位でもあったのだろうが、それ以上に真剣に訓練する騎士を輝くような目で見ながら見よう見まねで素振りをするフランを、誰もが好ましく思っていた。
そんなフランに対する騎士団の忠誠は高く、誰もがフランの身を案じていた。
騎士達の士気はこの上なく高い。
報告に来たフランの護衛の一人が公爵領から王都まで不眠不休で馬を飛ばしたように、騎士達の誰もが全力で捜索にあたるつもりだ。
それこそ、探しだすまで不眠不休もいとわない覚悟である。
「ガレム様」
「なんだ」
「フラン様は・・・」
「大丈夫だっ!」
騎士の一人が口にしようとした予想を、ガレムが強い口調で止めた。
フランの生存は絶望的。
フランにつけた護衛部隊が苦戦するほどの規模の野盗。
報告によれば、かなり組織だった行動をとったらしい。
間違いなく手練なのだろう。
その規模は予想以上に大きいに違いない。
そんな連中がフランを襲撃し、足止めの甲斐もなく更なる別働隊がフランを追ったという。
以降、何ら報告が無い以上、状況は最悪といって良い。
だが・・・
「フラン様の護衛にはミリスとフィルニイリスがついている。
たかが野盗、二人の敵ではない」
「しかし・・・」
「我が国が誇る剣姫と宮廷魔術士長だぞ?
同じ王国に使える騎士として、彼女達を信じなくてどうする」
「・・・はい」
口ではそう言ったが、ガレムとて不安が無いわけではない。
いや、むしろガレムこそが最悪の事態を想定していた。
ミリスとフィルニイリスの実力は信頼を置いている。
ガレムの言う通り、ただの野盗であれば何人だろうと二人の相手ではない。
だが、報告によれば、フランの護衛として付けた手練の護衛部隊が足止めするので精一杯だったらしい。
そこに別働隊まで加わったとあれば、いくら二人でも苦戦は必須。
それでもガレムは二人を信じるしかなかった。
宮廷魔術士長であるフィルニイリスの実力は言わずもがな。
ミリスの実力も、並の騎士では歯が立たないほどだ。
フランの専属護衛かつ剣術指南役に選ばれるほど、ミリスの実力は騎士団の中でも抜きんでている。
それこそ実力だけなら中隊どころか大隊を任せられるほどだ。
小隊長でいる理由にはいくつかあるが、そのうちの一つに大隊長にしてしまえばフランの専属護衛につける事が難しくなってしまう、というものがあった。
本人は「まだ大隊を任されるほどの力はありませんので」と言ってはいるが、それがただの謙遜であることはミリス以外の誰もが理解している。
実力があり、人柄も良く、信頼もある。
フランやフィルニイリスとの仲も良好で、専属護衛として申し分ない人選であった。
だからこそ今は信じる。
騎士団の中でも指折りのミリスと、フロイオニア王国宮廷魔術士長フィルニイリス。
この二名がついているのだ、どんな相手だろうとむざむざやられるわけがない。
例えオーガが相手でも、最低限フランを逃がすくらいはしてみせるはずだ。
そう信じ、今はただひたすら足を進めるガレム。
「そうだ、大丈夫だ・・・リーニャ」
他の騎士達を置きざりにするかのように馬を飛ばすガレムの、その呟きは誰にも聞かれることはなかった。




