エピソード32 戦線、幕開け
エントランスを出て外を見てみると、太陽の街を覆い尽くさんばかりの大量の奪う者達。
そいつらを統率するかのように一際空高く浮遊しているリリスは、その白い髪のおかげで夜でもよく判る。
街にはまだ避難の済んでいない住民達もちらほら見え、既に何千という奪う者が街に侵入し、それを迎え撃つ異能者達がなんとか防いでる様子だ。
「アリス、ベティの管轄は右翼後方、サウス・ランベス区画の方だ。現場に着いたら拘束具の軍用通信をオンにしろ」
「分かった」
「それと、今日は夜戦だ。これを使え」
そう言って何かを俺に投げる。
片方無いゴーグルのようなものだった。
「夜戦用夜目強化フィルターだ。右でも左でもどっちでもいいから着けろ。片方だけでも両方見えるからな」
「あ、ありがとうございます」
それを聞くとタカオミは走りながら瞬間移動して消えた。
俺もすぐにライラック准将と合流しないと。
サウス・ランベスは確かあそこの筈だ。
狙いを定めて瞬間移動すると、思った通り、ライラック准将が居た。
「ハヤミ少佐!来てくださったのですね!」
「遅れてすみません。今戦況はどんな感じですか」
「……あまりよくありません。というか、かなりまずいです。前方に配備されたのは戦闘科の精鋭達ばかりなのに。今破壊の救世主の二人が居ないのは痛手です」
ライラック准将は心配そうに前線を見つめている。
流石に異能の力を以ってしても、敵兵力5000万はキツすぎる。
そんなの解っている。誰もが解りきっていた。
だから俺もやらないと。これでも最強の異能者分野、破壊の救世主のひとりなんだから。
「ライラック准将、俺はリリスをここに引きつけておかないといけない。だから、この班の力になれなくてすみません。それでも頼みます。准将の力を貸してください」
ライラック准将はアホ毛を少し動かした後、天使のような笑顔になり、
「貴方は生きているだけで僕らの力になっているんですよ。喜んでこの手を貸しましょう」
左手を俺に差し伸べた。
「……ありがとうございます、准将」
「ベティでいいですよ」
俺は手を取る。
「はい、ベティ」
ベティは目を細めて頷くと、戦闘モードに入り空を見上げた。
目線の先はもちろん敵の大将首。
「ハヤミ少佐、僕から手を離さないで下さいね!」
「え?……ぅわぁあっ!?」
ベティと俺は空高く舞い上がったのだ。
太陽の街がみるみる遠くなっていく。
俺別に高所恐怖症とかじゃないけど、これは普通に怖い!
「大丈夫ですか?最初は怖いですよね」
「え、えぇ、まあ…………ベティは何属性なんですか?」
「僕は『宙』属性です。これは気流を操って翔んでるんですよ」
「へぇ……そんな事もできるのか……」
生命力って、結構なんでもありだよな。
「ほら、見えましたよ!」
風の中にベティの声を見つけ、俺は頑張って上を見る。
黒いパーカーに黒ズボン。
真っ白な肌、真っ白の髪。
俺と同じ青い瞳。
「……リリス!」
やがて俺達はリリスと同じ目線に着いた。
下では異能者達が戦っている筈なのに、それが聞こえなくなっていく。
「ハヤミ少佐、それでは僕は前線に戻ります」
「え?ちょっ、ちょっと待ってください、ベティが居なくなると俺こっから真っ逆さまに落ちますよ!?」
「大丈夫ですよ、ほら」
ベティがリリスの方へ一歩足を踏み出す。
するとそこに見えない地面があるかのようにベティの靴は平行になった。
俺も恐る恐る、もちろんベティの手を握りながら一歩足を踏み出す。
俺の足が地面を感じた。
さながらどこかの電波塔のルックダウンウィンドウみたいだ。
「世界の守護者と戦う時も見えない地面があるでしょう?どうやらあの少年は、重力を少々弄ってそれと同じような事をしているのでしょうね」
俺との戦いの場を用意してくれたってことか。
俺もあいつも互いにケリをつけたいのは同じらしい。
「……ベドウィル、貴方はこの戦いには不要です。消えろ」
リリスが突然声を上げた。
ベドウィル……って、ベティのことか?
二人は面識があるのだろうか?
「……僕はベドウィルではなく、エリザベス・リラ・ライラック。貴方もイーモン・A・G・オブ・ウェールズ・ラ・アリルイヤ。誰かと間違えているのではないですか、リリス」
リリスの表情は変わらない。
それより驚いたのは、ベティのいつも優しい顔が歪んでいたこと。
この表情、俺は識っている。
怒りだ。俺がリリスと初めて会った時のと同じ感情の。
「……弱虫が随分と生意気になったものですね」
「心配しなくても僕は消えます。貴方が素直に殺されれば、ですが」
やがてベティはいつもの優しい表情に戻り、俺に言った。
「すみませんハヤミ少佐、僕はここまでしかお役に立てません。ですが僕は貴方を信じています。必ず生きて帰ってくださると」
「ありがとうございます、ベティ。……あの、俺の事は今度からアリスって呼んでくれませんか。ベティの方が階級上なのに、なんかこそばゆいというか……」
ベティは俺と目を合わせながら頷く。
「解りました、アリス。どうかご武運を」
そう言って背中から落下した。
「あ……!」
俺は思わず手を伸ばしかけたが、ベティは大丈夫だった事を思い出しリリスに向き直る。
風のない宇宙空間と違って、ここは強い風が俺を落とさんばかりに吹き付けてくる。
俺は振り落とされないように、リリスの眼光に気圧されないように丹田を意識した。
「……アリス、貴方は何故リリスがアダムとイヴ、世界樹を憎んでいるのだと思いますか?」
リリスが俺に問う。
俺は息を吸った。
「アダムがお前を捨ててイヴと結ばれたからだろう」
「……確かにそうです。ただそれだけだったら、リリスは他人に寄生してまで彼らを憎む事はなかったでしょう。でも世界樹は、蛇を使って知識の果実をアダムとイヴに食べさせたリリスを、『永遠に転生しないモノ』としてこの宇宙が終わるまでの数百億年、ずっと廻り続けるように“設定し直した”。実体を奪われたまま、再び出逢うアダムとイヴを永遠に見続けなきゃいけなくなったんですよ」
……違う。この言葉は、リリスの言葉じゃない。
「お前はもしかして、イーモン王子ーー」
「“私”の本当の目的は、生命の実をアリス、貴方に食べさせて『人間ではない生物に昇華させること』。そうすれば世界樹と同等になり、イヴとは永遠に出逢わない。イヴと世界樹を殺しても、貴方だけは助かる。“僕”が貴方を救う救世主になる!!」
今、一瞬一人称が変わった……?
と、考える暇もなくリリスが急接近して俺に斬りかかった。
咄嗟に瞬間移動して背後に回り、コールブランドを構える。
それを見てリリスの瞳が青く輝きだした。
俺も戦闘モードに入り、リリスの一挙一動見逃さないように集中する。
刹那、リリスがいつのまにか俺との間合いを詰め、そのリリスの剣を俺は気づいたらコールブランドで受け止めていた。
……これ、考えるより先に体が動くってやつか。
全く見えなかった。剣筋も呼吸のリズムも。
体が反応してなかったらと思うとぞっとする。
今日はヴァレンも居ないし、いつもと戦場の地形も違うし、この見えない地面がどこまであるのかもわからない。
考えろ。勝つ方法じゃない。『死なない方法』をだ。
たとえ腕を斬り落とされようが、血で目の前が見えなくなろうが、戦いが終わった時に生きてさえいれば、メンテナンス室で治してもらえる。
それは俺にとって勝利以外の何者でもない。
「アイス・メルクリウス!」
俺が叫ぶと、コールブランドに霜が宿る。
そしてコールブランドと拮抗しているリリスの剣にも霜が侵入した。
この霜は触れたモノを凍らせるのだ。
すぐさまそれに気づいたリリスが後ろに飛び、距離を取る。
俺はその隙に見えない地面にコールブランドを突き立てた。
するとどうだろう、霜が見えない地面を這うように凍らせて視覚化させていく。
よし、これで見えない地面による落下リスクは減っただろう。
あとは俺の業がどこまで通用するか。そこに賭けるしかない。
「アンドロメダの載極」
リリスが霜の侵入した剣を捨て、別の剣を取り出しアンドロメダ銀河の如く光の雨を降らせる。
「水華蒼穹!」
俺は水の壁でそれを阻むが、予想以上の威力と止まりそうのない攻撃で心が折れそうになる。
「……細氷の滑空!」
俺が叫ぶと空気中の水蒸気が昇華したものが一斉にリリスに襲いかかった。
リリスは顔色ひとつ変えることなく、光の雨を俺に浴びせつつ左手で剣を振るい、俺の攻撃を軽くあしらった。
その時光の雨がついに俺の水壁に勝り、幾筋かが俺の体を掠めた。
「っ……!」
瞬間移動を使って避けたのに腕を生温かい血が伝う。
そしてリリスは俺の転移した場所を見透かしたかのように一直線にこっちへ飛んでくる。
速い、そしてそれはまずい!
「リゲルの穣溝」
リリスが至近距離で爆発をかます。
俺の体は軽い紙のように吹き飛ばされた。
見えない地面に叩きつけられた衝撃と痛みが俺よりも遠くの方で喚く。
とっさにフィールドを体の表面に巡らせたけど、もろに食らうよりマシな程度で、全然痛いし意識も持っていかれそうになってる。
それに視界が左半分赤く染まって、ポタポタと液体が垂れる音もする。頭を切ったようだ。
「アリス、貴方は狡猾です。そして高貴だ。素晴らしく魅力的で、哀しいほど残酷しか選べない人間。運命に弄ばれるのを、僕が終わらせてあげます」
「……誰が、何に弄ばれてる、だって?」
「貴方が運命に、です。嫌ほど解っているでしょう?」
俺は痛いのをどうにかしようと、立ち上がる。
どうにかなるわけではないけれど、立ち上がる為の気力にはなる。
「解らないな。俺は運命に弄ばれてなんてない。確かに運命を恨んだこともある。ただの学生、普通でありそれ以上でも以下でもない高校生の俺が、なんでこんな目に遭うのかって思ったこともある。でもこれは俺の選んだ道だ。運命を言い訳にするつもりはない」
リリスは俺を睨む。
「なら、貴方が絶望するまで痛めつけて是が非でも生命の実をその喉に流し込んでやりますよ。これは復讐です。貴方ならこの気持ち、解ってくれるでしょう?」
言いながらリリスが剣技を繰り出す。
俺もコールブランドで対応するが、力及ばずまた吹っ飛ばされる。
今回は受け身が取れたが、すぐに嫌な気配を感じて右に身を捻る。
次の瞬間、さっきまで俺が居た地面に剣が何本も突き刺された。
そして間髪入れずリリスは俺に跨り別の剣を振り下ろす。
すんでの所でコールブランドで弾くが、跨がられてるし視界は半分血で見えないしで、リリスの剣が徐々に徐々に俺に迫ってくる。
このままじゃ圧し負ける。
さっき使ったアイス・メルクリウスがまた効くとは考えにくい。
何か無いのか。この状況を打破できる何かが。
「心配しなくても、痛いのは最初だけです。僕に身を委ねてください、アリス」
リリスの力が強まる。
くそっ。どうすればいいんだ。
今すぐ瞬間移動したいが、さっきの爆発で拘束具に不具合が生じたのか、瞬間移動ができない。
どうすれば勝てる。考えろ、俺の頭!
**********
『サクヤちゃんから見て2時半の方向、奪う者の攻撃が来るよ!』
「何故いつも研究室でゴロ寝している無能ちんちくりんにわたし達は指図されてるんですか!!」
「ヴィオラ、文句言わない」
「そーそー、それよりこっちのがやばい、って!」
言いながらハリーシアは光線を発射して目視で見える限りの奪う者達を焼き尽くす。
どうやら私達は囮を利用する筈が逆に囮にされたようだ。
2000万対3。どう考えてもこちらに勝機はない。
「今の所ハリーシアの魔法で保ってますけど……それ、いつまで保つんですか?」
「んー、判らん!」
あれからノアの姿は見えない。
大量の奪う者達の中に隠れたのか。
「スコーピオ中将、応援はまだ来ないんですか?」
私が応援の催促をすると、
『呼び出しはしたんだけど、あの脳筋、奪う者を倒しながら本部に戻ってるみたいで……なかなか来ないんだ』
「あははは、相変わらずのバカだね、ケイトは」
応援が来るのはもう少しかかりそうだ。
となるとこの世界ごと破壊するしかないか?
「だめですよサクヤ。奪う者は別世界からの異邦人です。この世界を壊しても彼らは死にません。むしろスティーム00ハレルヤに応援に行かれてしまう可能性の方が高いです。それよりこの世界で彼らを滅することができればそっちの方が北極星の勝利に繋がるとわたしは考えます」
ヴィオラの言い分はもっともだ。この世界で奪う者を駆逐することは各個撃破に繋がる。数で劣っている以上それは妥当な判断だ。
でもそれは勝利できるだけの策と人員があればこそ。今はどちらとも、特に後者が大幅に足りない。
今ここで戦い続けてもこちらが消耗するだけだ。早期撤退するのが一番賢明か。
『サクヤちゃん、撤退はもう少し後にしてくれないか?』
私の思考を読んだかのようにスコーピオ中将が言う。
「けれど、全てにおいて敵に先手を取られています。このままではーー」
『全てじゃないよ。君達に設置してもらった技術部の知恵の結晶があるでしょ』
「ガッハ63……あれは何なんですか」
『それは発動させてからのお楽しみだ。君ら三人が俺の言う通りに動いてくれれば、勝算は増えると思うんだけどな〜』
煽るように言ってくる。
私はハリーシア、ヴィオラと目配せした。
彼女たちも私を見て頷く。
「……解りました。ただし勝利に近づかなかったら技術部の予算を大幅に減らしますから」
『まじでやりかねないから怖いなー…………分かった、それでいい。頼んだよ、うら若き少女達』
「セクハラじゃないですか?サクヤ、やっぱり予算減らしましょう」
『ヴィオラ、それは後でいいから』
「わ、解ってますよ、ヴァレン……」
『いいかい、まずガッハ63を発動させる。数は全部で六つ、全てのガッハ63を回ってハッチを開けるんだ。発動させに回るのが二人、その中央で囮になるのが一人。この全てのガッハ63を繋ぐと六角形ができ、六角形の中になるべく多くの奪う者を誘き寄せる。確実に囮の子の方が危険だけど、どうする?』
私は顎に手を当てる。
囮はいっぺんに奪う者を引き受けても任せられるくらいのパワーと、ガッハ63を発動させに行く二人を巻き込まない繊細な力加減が必要になってくる。この三人の中で最も適してるのは、
「ハリーシア、あなたが囮になって」
「えぇえ〜〜?またまたあたしが囮かい?面倒くさーい」
「ヴィオラはいざとなった時の防御が薄いし、私にはこれだけの相手をする広範囲攻撃がない。あなたしかこの役はできない」
そう言うとハリーシアは意外そうな顔をして、
「んー、そこまで煽てられたら仕方ない。あたしがやってやろうじゃないの!」
拳を叩き気合を入れ直した。
私は今度はヴィオラの方を向き、
「ヴィオラはF地点からD地点を。私はC地点からA地点に行く」
「了解です!ハリーシア、囮よろしくです!」
「はいはーいこっちは任せろー!」
私は瞬間移動を使わずに走り出した。
なるべく多く奪う者を引き寄せないといけないからだ。
やがて一つ目のガッハ63が見えてきた。
奪う者が複数たむろしてる。
「零れ桜!」
刀を一振り、奪う者の体が真っ二つになり、舞う桜の花弁に血が滲む。
そのままガッハ63に手をかけハッチを開ける。
緑だったライトが赤になった。
『サクヤ、ハッチ解除しました!』
「私も解除完了。あと四つ」
通信していても奪う者は攻撃をやめてはくれない。
走る私を狙って散弾銃の発砲音が四方八方から響く。
それらを避け、刀で弾き、斬り、銃の上に乗り奪う者の顔に蹴りを入れる。
そして銃を奪い、こちらへ撃たれてくる弾を撃ち弾き、もう片手で血櫻を投げる。
奪う者の心臓に日本刀が吸い込まれ倒れた。
残った奪う者は逃げることなく私に突っ込んでくる。
そんな者達を一斉に私の焔が包んだ。
私は血櫻を抜き取り、その横に転がるガッハ63を焼きつく悲鳴を聞きながら解放する。
「ヴィオラ、B地点完了した」
『わたしもE地点完了です!』
あと二つ。
「イヴ、ワタシをまた置いていく」
その時炎の音に混ざって声が聞こえた。
ノアの声だ。
「ワタシはイヴに愛して欲しかっただけなのに。何故ワタシの方を向いてくれないの」
何処から聞こえるのだろう。
いや、本当に発声してるのか?
「イヴがワタシを見ないなら、ワタシがイヴを見つけてあげる」
刹那、背後から迫る大きな恐怖が私の体を動かした。
血櫻とノアの短剣が音を立ててせめぎ合う。
「マイクロ・マンジュリカ」
ノアのその一言で、剣の大きさは変わらないのに掛かる力が倍以上になった。
「……!」
ノアも力んでいるようには見えない。
それにこの力、生命力とは少し違う気がする。
「そう、ワタシは異能者じゃない。世界樹中からマナを吸い集めて一気に放出することしかできない。その代わり変換に力を使わないから質量が倍になる」
それは少し困る。日本刀は強い力に弱い。よく切れる分そこが玉に瑕の剣だから。
まさかそれを見抜いて攻撃を仕掛けてきたのだろうか。
「フェムト・マンジュリカ」
ノアがまた言葉を発すると、さっきとは比べものにならない程の力で潰されそうになる。
足は地面に食い込み、地割れが遠くまで走った。
このままじゃ血櫻が折れる。
「血櫻、第二段階……太刀!」
血櫻が太刀になり大きくなった。そしてヴィオラの時と同じように私の胸に下がったライトがオレンジ色になる。
太刀にしてもあまり意味がないのは解ってるけど、流れるマナが増えるから少しは耐えてくれる筈だ。
「無駄なことを。ヴィオレッテが哀れなら、イヴもまた哀れか」
「……私は、イヴじゃ、ない」
そうだ、私はイヴじゃない。
「イヴだ。何故否定する。それがお前の正体なのに」
「イヴは、とっくに死んだ。そして私は、生きている。この違いも解らないの?」
「ワタシにとってのイヴはお前だけ。それがお前をイヴたらしめてる。否定するのは許さない。アト・マンジュリカ」
更に重みが増し、もう膝が見えないくらい足が地面に食い込んだ。
「あうっ……!」
「愚かにも自分の正体から逃げるのか。お前がイヴじゃなかったら、お前はワタシに襲われてない。ワタシとお前が邂逅した時点でお前がワタシに殺される因果が決定した」
殺、される……。私はイヴじゃないのに。
どうして。
私の頭に誰かの顔がよぎった。
………………アリス。
あなたはこんな時、どうしたの。
「自分の侵した罪を永遠に後悔しながら死んでゆくがいい。ゼプト・マンジュリカ!」
『俺が殺すまで、サクヤは誰にも殺させない』
ーーーー!!
「……だから、私はイヴじゃないって…………言ってるでしょ!!」
その瞬間血櫻から閃光が走り、ノアに直撃した。
突然かかっていた重みが消え、糸が切れたように私の体は崩れ落ちる。
血櫻は太刀から大太刀に変化していた。
「…………血櫻」
もうひとりのアリスが私の中をよぎって消えていった。
「サクヤ、こっちは完了しました。C地点は…………ど、どうしたんですか、それ!?」
ヴィオラの声が脳内ではなく背後から聞こえる。
振り返るとヴィオラが立っていて目を丸くしている。
何を驚いているのか、そう思って自分を見ると所々から少量の血が滴っていた。
「あ……ノアと戦闘になって」
「ノア!?ノアに会ったんですか!?あいつは今どこに!?」
「消えた。気配も感じない。スコーピオ中将、周辺にノアらしき生体反応はありますか?」
『見当たらないね。突然来て突然消えた。ごめんサクヤちゃん、俺がノアにもっと早く気づいていれば……』
「大丈夫です。……ヴィオラ、C地点のガッハ63は?」
「ありました!起動します!」
ヴィオラがハッチに手をかけ、回し、ライトが赤くなる。
そしてブーッと音を鳴らし、ガッハ63から赤い一筋の光が飛び出した。
その光が全てのガッハ63を繋ぎ、上空から見たら六角形を描いているのだろうと察しがつく。
『よし、起動した!ガッハ63、発動まであと180秒!サクヤちゃん、ヴィオラ、急いでハリーシアの所へ戻るんだ!』
「了解」
「了解です!」
私とヴィオラが走り出すと、予想通り奪う者達は追いかけてきた。
「ハリーシアは大丈夫でしょうか?あいつ、魔法いつまで保つか判らないって言ってましたけど……」
「あれは殺しても死なない」
「……サクヤってほんとハリーシアのこと嫌いですよね……」
やがて一面焼け野原にしてる魔法使いが見えた。
残念ながら殺されてはいなかったか。
「よお、お帰り。残念ながら死んでないぜー」
辿り着くと、私達を見ないでハリーシアは言った。
ヴィオラがスコーピオ中将に問う。
「それで、これからどうすればいいんですか?」
『ハリーシア、爆裂魔法を止めてくれ。なるべく多くの奪う者を誘き寄せたい。君たちはフィールドを張って、彼らの餌になっていればいい。あとはガッハ63が発動するのを待っててくれ』
「…………ヴィオラ、フィールド張れる?」
「……いいえ。わたしは攻撃術依存の防御は紙タイプ後衛ですから。ハリーシアは?」
「んー、あたしの魔法って全部魔力生産してそれを変化させてるだけだからフィールドを張ったことないなぁ。攻撃こそ最大の防御、ってね」
「脳筋の考えですね……」
「ちょっと試しに張ってみて」
「はいよー」
ハリーシアが魔法陣を形成しフィールドを張る。が、それは数秒も経たないうちに消え失せた。
「ありゃー、だめか。あたし攻撃しかしないから防御苦手なのかもな、はははは」
「笑い事じゃありませんよ!フィールド張れなかったらどうするんですか!!」
「どうするっつっても、張れないもんは張れないし。サクヤ、あんたも出来ないのかい?」
「…………殺られる前に殺っちまえってタカオミに教わったから……」
沈黙。
今、ここにいる誰もが、いつも防御を担当してくれてたある人物を思い浮かべていた。
「「「ヴァレーーーーーーーーンッ!!!!」」」
『君らいつも僕に頼りすぎなんだよ!なんでよりによってみんな防御技覚えてないの!どうせ僕がいるから大丈夫ー、とか言って回復技も習得してないんでしょ!!』
思わず三人とも固まる。図星だからだ。
『言っとくけど僕はそっちには行けないよ!僕の本体はこっちにあるし、君らのバックアップに周囲の索敵、アリスの行動記録もしてて手が離せないから!』
「これは積んだかな」
「遺書を打っておきます」
「ハリーシア、ヴィオラ、状況で遊ばないの」
とはいえこれは非常にまずい。
敵を誘い込むということは、ガッハ63はきっと大量殺戮兵器のようなものなのだろう。
それに包囲された、しかもそのど真ん中に私達は居る。
フィールドが無かったら私達も死ぬ可能性が高い。
その時ヴァレンが大きく長い溜息をつき、
『……できるか判らないけど、三人ともそこ動かないでね!エンフィールド!!』
叫び、すると見慣れた円形のフィールドが私達を包み込んだ。
「ヴァ、ヴァレン、別世界から干渉してフィールドだけを送っているんですか!?本体もそっちなのにどうやって……」
『忘れたの、僕とヴィオラは対の弟妹型。ヴィオラの固有値とマナを頼りに無理矢理送った……んだけど、やっぱりちょっときついかも……』
その言葉通り、フィールドがだんだん薄くなり始めてる。
そして奪う者が私達めがけて銃を撃ったりフィールドを叩いたりしてくるのでよけいにそれが加速していく。
「ちょ、ちょっとやばいですよ!わたし達もマナを分けてあげたほうがいいですか!?」
『そうして。ガッハ63が発動するまでのあと60秒間持たせないといけないし……』
「解りました!サクヤとハリーシアも!」
「了解」
「おっけー!」
赤いマナ、オレンジ色のマナ、紫のマナがフィールド内を満たしていく。
それに応じて、消えかかったフィールドも再び実像を取り戻した。
『頑張ってみんな、あと50秒だよ!』
「おい無能ド陰キャお前もマナ分けろ役立たず」
『ハ、ハリーシア、それちょっと傷つく……でも、俺のマナなんて大した力には……』
「早くしろっつってんだろこのタコ墨パスタ野郎!!」
『タコ墨パスタ!?タカオミにも言われたけどそれ何!?……まあそれは後で、ヴァレン、俺のマナも使ってくれ』
『Grazie。……でもまだちょっと足りない、か……』
フィールドの外はもう空が見えないほど奪う者で埋め尽くされていて奪う者の攻撃と重みで壊れそうだ。
考えてみれば2000万の兵力が一斉に押しかけてきているのだ。ヴァレンのフィールドが壊れるのが先か、ガッハ63が発動するのが先か、博打もいいところだ。
ピシッ。
かなり大きなヒビが入った。
「ガ、ガッハ63が発動するまであと何秒ですか!?」
『えーと、あと30秒だよ!』
「30秒……保つかな?」
「保たせないと死ぬのはこっちですよ!」
「ま、最悪の場合離脱権を使うしかないね。ガッハ63で仕留めきれなかった分がスティーム00ハレルヤに応援に行ってもこっちはやれるだけやったんだし」
ハリーシアの言う離脱権を使う時はあくまで最終手段。なるべく敵の数をここで減らしておきたい。
でも、ヴァレンのフィールドはもう長く保ちそうにない。
ヒビはどんどん増え、いつ割れるか判らない。
……罰なのだろうか。
今まで世界を壊してきた者への罰なのか。
世界にヒビが入っていく恐怖を知らずに他人の世界を犯してきた、私達破壊の救世主への。
これじゃどっちが破壊者か分かったものじゃない。
ピシッ。
パキッ。
フィールドの一部が剥がれるのが見えた。
割れる……!!
と思った瞬間、割れた箇所が塞がった。
そしてみるみるヒビが修復されていく。
一体どうして……?
「やあサクヤ君、ハリーシア君、ヴィオラ君、久しぶりだな」
突然背後から声が飛ぶ。
この声、この喋り方、もしかして……。
「……ケイト」
赤い髪、緑の目、短めのポニーテールに肩に掲げた大剣、そして体から溢れるピンク色のマナ。
見間違えようのない。コレは北極星代表究極の馬鹿、ケイト本人だ。
「うん、いかにも俺はケイト。助太刀に来てやったぞ」
「遅いです。そして美味しいところを持っていくなんて卑怯です!」
「ははは、助けてやったのは本当だぞ。あいや、感謝の言葉はまだいい。全て終わり、全員無事に帰還してからたっぷり聞こう!」
ヴィオラは口は笑っていても引きつっている。ケイトは馬鹿で空気が読めないので、人の心にいまいち疎いヴィオラの天敵だからだ。
そしてさっきから一言も喋らずに静かに髪を下ろした魔法使いがひとり。
「ハリーシア、なんで髪下ろしたの」
「あいつポニーテールであたしはサイドポニーじゃん。髪型被るのやだ」
「そんなこと言ったら今度はわたしと髪型被るじゃないですか」
「長さが違うからいーの。ヴィオラは胸くらいまでで、あたしは地面すれすれまで。差別化は十分されてるし」
「案ずるなハリーシア君、君は女性で俺は」
『ちょっと、無駄口叩かないで!ガッハ63発動まであと3……2……1……』
ゼロ、その言葉と同時に轟音が響き渡り、奪う者達で覆われていたフィールドの外が赤くなった。
血……ではない。ガッハ63から発せられた膨大な光のようだ。
そしてだんだんと奪う者が音もなく崩れるように消えていき、最後の一人が消えると赤い光も一緒に消えた。
フィールドが解かれる。
ガッハ63は一滴の血も流さずに奪う者を消滅させたのだ。
『よくやった諸君、ガッハ63は奪う者1379万4128人の捕獲に成功したよ!』
高らかにスコーピオ中将の声が響く。
「ほ、捕獲!?殺してないんですか?」
『ガッハ63はもともとリリスを生け捕りにする為に開発された緊急用広範囲生命体捕獲装置だからね。心配せずとも、捕らえた奪う者は後できちんと処分するよ』
「……処分、か。まあまた襲ってきたらたまったもんじゃないからねー、殺すしかないかぁ!」
ハリーシアは皮肉をたっぷり込めて笑いながら言う。
『……安心するのはまだ早い。半分以上減ったとはいえ敵はまだまだ僕たちを殺す気満々。ケイトもやっと合流したことだし、陣形を組み直してまずは中央突破をする!』
「ヴァレン結構平気そうですね。だいぶ無茶したのに」
『これでも疲れたよ』
私はヴァレンとヴィオラの会話を聞きながら流して別の事を考えていた。
ノアはどうなっただろう。捕獲されたのか、それともこの世界のどこかにまだ居るのか。
それに、あの時何かが変だった。何故彼女は……。
「……サクヤ、大丈夫ですか?ボーッとして」
ヴィオラが心配そうに私を覗き込む。
「……うん。大丈夫。早くこっちを片付けて、私達の世界に帰ろう」
「了解!」
……大丈夫。
少なくとも私はそうであると信じてる。
たとえこの先の未来に全てを破壊するような絶望が待っているのだとしても。




