第7話 和紗は静かに
見慣れたドアを開け玄関で靴を脱ぎリビングに入るととこれまた見慣れている料理中のお母さん。
「和紗お帰り」
「ただいま」
リビングのテーブルに鞄を置き椅子にどかりと座り込みそのままテーブルに突っ伏す。
疲れた〜
今日はいろんなことがありすぎて疲れた。
写真は広められるは
ムギさんはばれるは
新ちゃんと争うは
・・・何時もの生活がぼろぼろともろく崩れていく。
当たり前に過ごしていた日常。ムギさんの格好をするのも新ちゃんに放課後連れまわされるのも当たり前だと思っていた。
だがそれは昨日今日で全て壊れていった。
「和紗〜明日お隣さんと遊びに行くから予定空けときなさいよー」
「・・はーい・・」
お母さんの話も上の空で聞きあまり深く考えずに返事をする。
あー勉強しなきゃ・・・
重い腰を上げカバンをお持ちリビングを出て行く。
和紗が自室に行った後残された和紗母は味噌汁の豆腐を切りながらポツリと言葉をもらす。
「なんか暗いわね・・・・」
こっちまで気分が重くるなるわ。
*****
「進まない!!」
今まで大人しく机に向かっていた和紗は耐え切れなくなったようにベットにダイブする。
さっきまで解いていた数学の問題。だーいきらいな数学。一度詰まると何もかも放り出し逃げるのが私の悪い癖。
きっと新ちゃんならこんな問題すぐに解けるだろうな・・・・
いつもは授業で分からないところがあると新ちゃんに訊きにいく。といっても答えをすんなり教えるのではない。
必ず解き方やヒントを教えて私自身で答えを出させる。
図などをかいて説明してくれてとても教えるのが上手い。
新ちゃんに訊きにいきたい。
・・・・・・行けない。
『勝手にすれば』と言って逃げ出したのは私だ。
「あっ」
ふと気がつく。
また新ちゃんのことを考えてた。あんな身勝手な人思い出したくもなかったはずなのに。
『俺は好きだ。本気だ。』
新ちゃんの声が蘇る。
あのときは驚きしかなかった。
その後は新ちゃんの勝手さに怒って・・・・・考えれば新ちゃんの気持ちなんか一つも考えていない。
新ちゃんはどんな思いであんなことを言ったのか。
あの口ぶりから言うと大分長い間私・・・のことを思っていたことになる。
私は新ちゃんの告白に返事をしていない。
考えもしなかった私の気持ち。
私は新ちゃんのこと・・・新ちゃんのことお兄ちゃんとしか思っていなかった筈だ。
新ちゃんはそれで納得してくるだろうか。
あぁもう勉強止めた!!
おやつでも食べにいこう。やけ食いだ!
自分のもやもやとした気分を食べ物にぶつけに行こうとする。馬鹿だな、私。それで解決するわけじゃないのに。
私の部屋は二階にあるため階段をとたとた下りていく。
階下から玄関の扉のがちゃりという音と聞き慣れた声に階段を下りていた私は足を止める。
『こんにちはー』
この階段は玄関付近に作られているためすぐに訪問者が来ると分かってしまう。
訪問者は・・・新ちゃんだった。
私が彼を凝視いていると彼もこちらに気付く。
自分の心がどくんと波打つ。
「新ちゃん・・」
誰にも聞こえないような声でそっと呟く。
「あら新希ちゃん。いらっしゃい〜」
お母さんがキッチンからぱたぱたと新ちゃんのいる玄関に出る。その声は訪問の珍しくなった娘の幼馴染が来たため上機嫌だとすぐ分かるものだった。
新ちゃんは私の視線を避けるようにお母さんに視線を移す。
私の体温が冷えていく。何で逸らすの?
何で何も言ってくれないの?
何で?
無視しないで。
「あっ和紗?今呼ぶから」
「あぁ結構です。これ和紗に渡してください。」
新ちゃんがお母さんに紙袋を渡す。お母さんはその中身を覗き込む。
「まぁあの子ったら・・・・携帯まで・・・ありがとう新希ちゃん」
私は『携帯』という言葉に反応する。慌てて自分のスカートのポケットを探る。
新ちゃんに投げつけたんだった・・・・・
今更だが自分は馬鹿だ。携帯を新しくするにもかなりの費用がかかるのに。壊れてないといいが。
「いえいえ これで失礼します」
「今夕食作ってるから上がって食べてって」
新ちゃんは再びこちらに視線を向ける。
再び私の心が波打つ。
動けない。体温が上がり緊張と焦りで汗をかく。
言わなくちゃいけない。
『携帯ありがとう』って。
[言わなくちゃいけない]じゃない[自分が言いたい]のだ。新ちゃんに無視して欲しくない。
ならば自分から話しかければいい。
「あ・」喉から声を振り絞ろうとする。『ありがとう』と言うだけなのに。だけど上手く声に出せない。
異常な緊張と焦りに耐えれなくなり私は足元に視線を落とす。
「すいません。今日は遠慮しておきます」
新ちゃんの自嘲気味に笑う声がする。
「そう・・明日楽しみにしているわ・・じゃあね〜」
お母さんは弾んだ声で新ちゃんに別れを告げる。
「?」
新ちゃんは不思議な顔をして扉を開ける。
帰ってしまう―――
何故か私は焦る。
何だろう私を焦らせているのは・・・・
思い切って顔を上げる。ゆっくりと閉まりかけたドアから見えるのは新ちゃんの後姿。
その姿は逆光になり暗く周囲の光と反して目にしみる。
結局私は何も出来なかった。
私は新ちゃんより勝手で最悪だ。
自分の気持ちも分からない。そして何も伝えれない。私は最悪な奴だ。
いっそのこと嫌いになってくればいいのに。
『嫌いになってくれればいい』なんて考える私はもっと勝手で最悪だ・・・・・
「和紗いたの。いたならお礼でも言えば良かったのに。ほら。」
お母さんは階段の途中にいる私を少し見上げて紙袋を差し出す。私は一回下におりその紙袋を受け取ると再び部屋へ戻る。
紙袋をベットの上に置き自分もベットの上に座る。
紙袋を開けるとそこには携帯と下駄が入っていた。
新ちゃんは親切だな。こんな私に対して・・・こんなのほかっとけば良かったのに。
なんだこれ?
紙袋の底には小さい紙が入っていた。
そこには新ちゃんの不器用な手で、だけど丁寧な字で
[ごめんな。もういいよ]
と書いてあった。
胸が苦しい。ベットにこてんと横になる。
『ごめん』何がごめんなの?
『もういいよ』何がもういいの?
さっきまで新ちゃんに『嫌いになってくれればいい』なんて思ったくせに。
嫌いにならないでよ・・・・・
ねえ教えてよ。新ちゃん・・・ねえ
教えてよ。
私は自分の気持ちが判明できずにもやもやしながら・・・静かに――――静かに泣いた。




