第4話 ムギさんのヒミツの放課後
私がこんな格好を始めたのは中3の夏くらいかな。そのときはまだ髪の毛、長かったんだよね。
その時新ちゃんは今の私みたいにジャージを着崩してた。麦藁帽子も下駄も身につけていた。
流石に手ぬぐいとかは持っていなかったけど。
新ちゃんは小学校のとき近所に引っ越してきてからの付き合い。家族ぐるみの付き合いでバーベキューをしているときジャージを捲り上げた姿はとても涼しそうだったので、
「いいなぁ」
と言ったら新ちゃんは「そうか」と言って私のジャージスタイルを弄った。
下駄や麦藁帽子まで用意して。何でそこまでしてくれたかは分からない。
下駄は普段履きなれていないためすぐに脱げそうだったが履き慣らして。
麦藁帽子は最初は肌に当たってちくちくしたけど自然に気にならなくなった。
中学生にもなった女の子がする格好ではないとお母さんに咎められた。
でも新ちゃんはその姿を見てすごく満足そうにしていて、何故か喜んでいた。
高校生になった今はこの格好すると少し嫌そうな顔をするけどね。
こうして『オヤジスタイル』が出来た。
最初はしどろもどろしたけれど男のように気兼ねなく振舞えることもあってその格好をすぐ気に入り休日の間ずっとそのオヤジスタイルで過ごすようになった。
それから1ヶ月経った頃長い髪がじゃまになってばっさり切った。(実際長い髪は似合わなかったし)
そしたら新ちゃんは凄くイヤな顔をした。
『その格好、もう止めたら』と言われた。
けど私はそんな話耳も貸さなかった。
最初は新ちゃんに弄られて「涼しそうだから」という理由でこの格好をしたが今はこのスタイルでしか寛げなくなってしまった。
そして時は流れあれよあれよという間に高校進学をした。知らない間に新ちゃんと同じ学校になっていた。
部活に入らなかった私(新ちゃんもだけど)は暇だったので放課後はいつも一人で学校の庭を眺めてぼんやりしていた。
制服のままでは窮屈だったのでオヤジスタイルで。
学校の庭には沢山の花や野菜が植えられている。それらが昨日より1mmでも2mmでも育っていくのを見ていくのが何時しか楽しみになった。
見ているだけでは足りなくなって水をあげたり雑草を抜き始めた。そしたら庭弄りが趣味の校長先生と友達になった。
なんと校長先生は男みたいな私を女と見破った。
校長先生は新ちゃんと家族の次に私のオヤジスタイルを知る人となった。
放課後はほとんど草木の世話をするようになった。
まぁそれ以外の日は新ちゃんに誘われて遊ぶくらい。新ちゃんと一緒にいると凄く目立つので人目につくのが嫌いな私は避けていくようになったんだけど。
そんな生活が数ヶ月続いたら放課後庭で告白を受けるようになった。
し・か・も
相手は女の子。ほんの稀に男子のときもあるけど。(←たぶんそれはあっちの趣味の人だと思う)
ここで初めて学校に私が『ムギさん』として噂されていることを知った。しかも男と間違われている。
何でも何時も麦藁帽子を被っているから、麦藁帽子→麦藁→麦→むぎ→ムギさん。となったらしい。
こうして『ムギさん』が出来た。
告白を受けるようになると放課後の新ちゃんの誘いが多くなった。中学のときよく放課後遊んでたけどこれ程まで多くはなかった。
『y(新ちゃんの誘いの数)=2a(aは告白の回数)』というおもしろい関数の式も出来た。(新ちゃんは誘いに応じないと頷くまで解放してくれないんだよね・・・・)
そして今日も朝誘われた。
曖昧に返事をしてかわしたが案の定ムギさんに入れ替わるトイレに行く途中で(女の子の噂に夢中で逆走したのが悪かったけど)不覚にも捕まった。
そして今ラーメンを食べている。テーブル席で向かい合わせになって黙々と。
「旨いか」
「うん」
新ちゃんは味の良いラーメン屋を何軒も知っている。今日も新しい店だ。
味◎接客◎雰囲気◎
総合、花丸。
さすが新ちゃん。いい店だ。今週末もう一回行こうかな。
「和紗。何でその格好なんだ・・・・」
新ちゃんは私の格好を見て不満を漏らす。
ちなみに今の格好はオヤジスタイル。
「今はムギさん」
「はいはい」
学校の後本屋に寄りアイス(新ちゃんが女の子らしくと言ったので)を食べた後一回家に帰ってムギさんになった。
制服のままの食事って面倒なんだよね。だから着替えた。
「和紗。もっとゆっくり食べろ」
既に食べ終わった新ちゃんに注意される。
「新ちゃんのほうが早いじゃん」
唇を突き出して不満を露にする。
「俺は男。和紗は女。もっと淑やかに食べろ」
「新ちゃんそれ男女差別。それに傍からみたら私、男だよ」
だいたいラーメンをそうやって淑やかに食べるのだ?私はお構いなしにずるずる豪快にラーメンを啜る。
器を両手で持ちごくごくスープを飲み干す。
「和紗はどう見ても女だよ」
新ちゃんはラーメンを食べ終った私に向かって手を伸ばす。
新ちゃんの親指が私の唇に触れスープで濡れたそれをぬぐう。
そのまま親指を自分の口に持っていきぺろりと舐める。
なんかその仕草は然も当然というふうに決まっている。
「新ちゃん・・・!」
何してるのよ!!
「どうした?」
新ちゃんはしてやった顔をしている。
「どうしたって・・」
「和紗周り見てるぞ」
テーブルの人もカウンターの人たちもいきなり怒り出した私に怪訝な顔を向けていた。
本日2度目の注目を浴びる。(一度目は学校での)
やられた・・・
覚えてろぉ
「新ちゃんご馳走さん」
新ちゃんに向かってぱんと両手を合わせる。ふふ 仕返しだ。
今日は新ちゃんの奢りね!
「和紗ー?覚えとけよー?」
新ちゃんは意地の悪い顔をする。
後で絶対何かを仕掛けてくる。そんな顔だった。
くそぅ 仕返しが仇になってかえってきた。
「御愛想お願い」
新ちゃんは代金を支払う。
「仲の良い兄弟ですね」
店員さんは営業スマイルでてきぱきとレジを済ませる。
「え?」
「ありがとうございました」
店員さんに深々と頭を下げられ私たちは店を出る。
何で兄弟なんだ・・・?
家までの帰り道私は黙りこんで考える。
あっ
もしかしてさっき大声で“新ちゃん”って叫んだから・・・
新ちゃん→にいちゃん→兄ちゃん
という風に勘違いされたのかも。
あー納得。
「和紗またな」
あっという間に家に到着。新ちゃんの家は隣。
「新ちゃんー 私たちって兄弟みたいだね。私が弟で新ちゃんがお兄さん」
「はっ?」
「だってさ店員さんも言ってたよ『仲の良い兄弟』って」
私はあははと薄っぺらく笑う。ちょっと不満。何で弟が私なんだ。確かに身長は新ちゃんの方が5cmだけ上だけどさ。たった5cmだよ?!
まぁ仕方ないのかな・・・本当の兄ちゃんみたいだしね・・・
私は新ちゃんが今の家に越してきてから本当の兄ちゃんのようにくっ付いた。
(同い年だけどね・・)
でもやっぱり年を重ねるごとに距離は離れていく。
だけど私がムギさんになって『兄弟』に近づけたなって思う。
だって『女の子』じゃ性別の差があるでしょ?
「誰が兄弟だって。」
新ちゃんの語気が強まる。新ちゃんは瞬きをしない。
彼は張り詰めた表情は私を不安にさせる。
「私と新・・・ 新ちゃん?どうしたの」
新ちゃんは家の壁に両手をつく。私を挟むようにして。
たった5cm差の彼は私を見下ろす。
「俺とお前のどこが“兄弟”何だ?」
新ちゃんの声は何時もの優しい声ではない。
低くて心にずっしりと埋まっていくような声。
怖い・・・・ねぇどうしたの新ちゃん
「ど・した・・の?」
「和紗にっとて俺は兄ちゃんなのか?俺は和紗のこと弟と思ったことはない」
「何・・言ってるの?」
「お前は俺を兄ちゃんとしか思ってしかなかっただろう」
「にいちゃ
「言うな!」
私の言葉は新ちゃんによって塞がれる。唇で。
「・・・・んっ」
放してくれない。
新ちゃんの腕が。
吐息が。
唇が。
新ちゃんの全てが放さない。
私の全てを捉えて包み込む。
新ちゃんが唇だけ放す。私の心はまだ掴まれたまま。
「和紗・・・」
熱っぽい声で私の耳元で囁く。新ちゃんの明るく染められた髪が私の頬に触れくすぐったい。
「何で俺がムギさんの格好させたと思う・・・?」
分からない。
何で新ちゃんがいきなり・・キスしてきたのかも分からない。
頭を横に振る。声が…出せないよ…
「すごく可愛かった和紗。俺の知ってる女の中で。嫌だったんだよ。他の奴に可愛いって思わせたくなかった。
それに俺も正直戸惑ったよ。どんどん愛らしくなっていく幼馴染に。」
・・・それってまるで・・・
「独占欲強いよな俺。おまけに自分勝手だ。自分の気持ちを隠すために男の格好させて。
でもムギさんの格好させても和紗は可愛いままだった。当たり前だよな。中身は一緒なんだから」
・・・私に・・・
「それで当たり前だけど高校になってから放課後の時間帯だけだけどいい虫除けになった。放課後以外の時間は俺が目光らせて和紗にいろんなもん近づけないようにしてたけどな。
だけどお前は今度女から告白されるようになった。凄く嫌だった。女でもね」
・・・兄弟じゃなくて・・・
「だからそんな告白されないように放課後は庭から連れ出した」
・・・幼馴染じゃなくて・・・
「放したくない」
新ちゃんはぎゅっと私を抱きしめる。苦しいほどに。
「好きなんだ」
・・・女として好いてくれるといういうこと・・・?




