第14話 「十年前の真実」
文化祭から一週間後。
土曜日の午後。
悠斗は駅前のカフェに来ていた。
待ち合わせ相手は――
朝霧玲奈。
結奈の姉だった。
「ごめん、待った?」
玲奈が席に座る。
「いえ」
「相変わらず真面目ね」
「そうですか?」
「結奈がよく言ってる」
悠斗は少し苦笑した。
店員が飲み物を運んでくる。
しばらく雑談した後。
玲奈は真剣な表情になった。
「今日はね」
「はい」
「結奈の話をしたくて呼んだの」
悠斗の表情も自然と引き締まる。
「十年前のこと?」
「そう」
玲奈は静かに頷いた。
「結奈はね」
窓の外を見る。
「昔、とても体が弱かったの」
「え?」
初耳だった。
「小学校に入る前まで何度も入院してた」
悠斗は驚く。
今の結奈からは想像できない。
「そんなに……」
「うん」
玲奈は続けた。
「友達も少なかった」
「学校にもなかなか行けなかった」
「家と病院の往復ばかり」
「だから結奈はいつも一人だった」
静かな声だった。
「でもね」
「?」
「ある夏の日」
玲奈は少し笑った。
「結奈が急に元気になったの」
「元気に?」
「そう」
『今日は公園へ行きたい』
『明日も頑張る』
『早く退院したい』
そんなことを言うようになった。
「理由は一人の男の子だった」
悠斗の胸がざわつく。
「その男の子が」
「……俺?」
玲奈は頷いた。
「結奈に話しかけてくれた」
「毎日遊んでくれた」
「笑わせてくれた」
悠斗は静かに聞いていた。
少しだけ。
記憶の奥が疼く。
夕暮れの公園。
小さな女の子。
ブランコ。
曖昧な景色。
「結奈はね」
玲奈が微笑む。
「その子が初恋だったの」
「……」
言葉が出ない。
「だから十年間忘れなかった」
「ずっと?」
「ずっと」
玲奈は即答した。
その重みが伝わってくる。
十年。
言葉にすると短い。
でも実際は長い。
人生の半分近い時間だ。
「会える保証なんてなかった」
「それでも探してた」
「だから今の結奈は本気よ」
悠斗は黙り込む。
結奈の気持ちの大きさを改めて知った。
しかし。
玲奈はそこで話を終えなかった。
「でもね」
「?」
「私はどっちを選んでもいいと思う」
「え?」
「結奈を選ばなくてもいい」
意外な言葉だった。
「結奈のために選ぶんじゃない」
「……」
「悠斗くん自身の気持ちで選んで」
玲奈は真っ直ぐ言った。
「それが結奈への誠実さだから」
その言葉は悠斗の胸に深く残った。
夕方。
話を終えて店を出る。
駅前の広場。
たくさんの人が行き交う。
悠斗は一人で歩いていた。
十年前の約束。
結奈の想い。
美雪の想い。
そして。
自分の気持ち。
考えることが増えていく。
その時。
「悠斗くん!」
聞き慣れた声。
振り向く。
美雪だった。
「偶然!」
「本当に偶然か?」
「たまたまだよ!」
分かりやすく目を逸らした。
絶対偶然ではない。
「何してたんだ?」
「買い物!」
手には紙袋。
どうやら本当らしい。
「悠斗くんは?」
「少し人と会ってた」
「結奈ちゃんのお姉さん?」
「なんで知ってる」
「勘」
当たっていた。
「すごいな」
「えへへ」
二人は並んで歩く。
夕方の商店街。
穏やかな時間。
「ねぇ」
美雪が言う。
「今度の日曜日空いてる?」
「日曜日?」
「うん」
少しだけ緊張した顔。
「もし良かったら」
「一緒に出掛けない?」
その言葉に。
悠斗は目を瞬かせた。
これは。
間違いなく。
デートの誘いだった。
「どうかな?」
美雪は笑う。
でも耳が赤い。
かなり緊張しているのが分かった。
悠斗は少し考えて。
静かに頷いた。
「いいよ」
「本当!?」
美雪の顔が一気に明るくなる。
「やった!」
思わず飛び跳ねる。
通行人が振り返る。
「落ち着け」
「無理!」
その笑顔を見て。
悠斗も少し笑った。
だが。
その様子を。
遠くから見つめる人物がいた。
結奈だった。
偶然だった。
本当に偶然。
しかし。
二人が並んで歩く姿は。
結奈の胸を少しだけ締め付けた。
恋は。
待ってくれない。
だからこそ。
彼女もまた動き出そうとしていた――。




