第1話 「放課後のカフェと謎の転校生」
四月。
春の風が校庭の桜を揺らし、花びらが舞う。
私立青葉学園では新学期が始まり、生徒たちの賑やかな声が校舎中に響いていた。
「ふわぁ……」
二年A組の窓際の席で、桜井悠斗は小さくあくびをした。
新学期が始まって一週間。
クラス替えも終わり、ようやく新しい環境にも慣れてきた頃だった。
「おい悠斗」
後ろの席から声が飛んでくる。
振り返ると、幼なじみ……ではなく悪友の中村健太がニヤニヤしながら立っていた。
「なんだよ」
「今日も行くのか?」
「何が」
「とぼけんなって」
健太は机に肘をつきながら顔を近づける。
「MIYUKI'sカフェ」
「ああ」
「即答かよ」
「放課後の習慣だからな」
「本当に?」
「何が言いたい」
「看板娘目当てじゃなくて?」
「違う」
「絶対嘘だ」
「違うって」
悠斗はため息をついた。
確かに毎日のように通っている。
だが理由は単純だ。
居心地が良いから。
それだけだ。
……たぶん。
放課後。
チャイムが鳴る。
「じゃあな」
「また明日ー」
クラスメイトたちが次々と教室を出ていく。
悠斗も鞄を肩に掛けて立ち上がった。
校門を出る。
夕方の柔らかな陽射し。
桜並木を抜けて五分ほど歩くと、見慣れた建物が見えてくる。
木造風のおしゃれな外観。
入口には小さな黒板。
本日のおすすめ。
『いちごのショートケーキ』
『春限定 桜ラテ』
そう書かれている。
店名は――
MIYUKI'sカフェ。
カラン。
ドアを開ける。
すると。
「いらっしゃいませ!」
明るい声が響いた。
「お、悠斗くんだ」
白石美雪。
青葉学園二年生。
そしてこの店の看板娘。
肩まで伸びた茶色の髪。
人懐っこい笑顔。
誰とでもすぐ仲良くなれる性格。
学校でも人気者だ。
「今日も来てくれたんだね」
「毎日来てるだろ」
「それもそうだね」
美雪は楽しそうに笑った。
「いつもの?」
「うん」
「カフェオレね」
「お願いします」
「かしこまりましたー♪」
悠斗は窓際の席へ向かった。
いつもの席。
落ち着く場所。
しかし今日は少し違った。
「あれ?」
見慣れない少女が座っていた。
窓際の奥。
本を読んでいる女子生徒。
黒髪。
整った顔立ち。
制服は青葉学園のもの。
だが見覚えがない。
「新入生か?」
「違うよ」
カフェオレを持ってきた美雪が答える。
「転校生」
「へぇ」
「今日来たばかりなんだって」
「そうなんだ」
悠斗は軽く視線を向けた。
その瞬間だった。
少女が顔を上げる。
目が合った。
数秒。
視線が交わる。
普通なら逸らすはずだ。
だが彼女は逸らさなかった。
まるで何かを確認するように。
じっと。
悠斗を見ている。
「……?」
なんだ?
知り合いだったか?
記憶を探る。
しかし思い当たらない。
やがて少女は本を閉じた。
席を立つ。
そして。
こちらへ歩いてくる。
「え?」
美雪も不思議そうに見ている。
少女は悠斗の前で立ち止まった。
そして静かに言った。
「桜井悠斗くん」
「はい?」
「やっと会えた」
「え?」
思わず聞き返す。
やっと会えた?
どういう意味だ。
少女は小さく微笑んだ。
「覚えてないかな」
「何を?」
「私のこと」
「ごめん」
悠斗は正直に答えた。
「初めて会うと思う」
少女は少しだけ寂しそうな顔をした。
だがすぐに笑顔へ戻る。
「そっか」
「知り合い?」
「うん」
「いや、俺は知らないんだけど」
「だと思った」
「えっと……」
すると。
少女は姿勢を正した。
そして軽く頭を下げる。
「改めて自己紹介するね」
「うん」
「月城結奈」
その名前は聞いたことがあった。
今日転校してきた生徒だ。
朝のホームルームで紹介されていた。
「よろしく」
「ああ、よろしく」
「同じ学校だし」
「そうだな」
「でもそれだけじゃない」
「え?」
結奈は悠斗の目を真っ直ぐ見つめた。
店内の空気が少し静かになる。
美雪も何も言わず見守っている。
そして。
結奈はゆっくり口を開いた。
「十年前の約束」
「……?」
「覚えてる?」
悠斗は固まった。
十年前?
約束?
何の話だ?
頭の中を必死に探る。
だが。
思い出せない。
何一つ。
「ごめん」
悠斗は首を横に振った。
「分からない」
「そうだよね」
結奈は苦笑する。
「でも私は覚えてる」
その言葉には確かな想いが込められていた。
「ずっと忘れたことなかったから」
その瞬間。
なぜだろう。
初めて会ったはずなのに。
胸の奥が少しだけざわついた。
そして。
美雪もまた。
二人の様子を見ながら、説明できない違和感を覚えていた――。
第2話「十年前の約束」へ続く。




