Another side〜佐藤あかり〜
最初に名前を聞いたとき、私は、もっと違う種類の男を想像していた。
九重会計事務所の鷺宮敏樹。五十二歳。会計事務所の一事務員。地味な中年。顧問先を回り、数字を見て、経理担当者の話を聞き、帳簿の異常に気づくのが妙に早い男。
そういう輪郭だけを先に拾えば、見えてくるのはたいてい、荷改組の正統だ。つまり、斬る前に勝つ人間。宿泊先を読み、金の流れを読み、渡された帳面の向こうにある生活導線を掴み、刃を抜く頃には相手を半分死なせているような男。
荷改組の本職は、そういうふうに仕事をする。真正面から誰かと切り結ぶ必要なんて、本当はない。そこまで行った時点で半分失敗している。
だから私は、最初の電話の時点では、鷺宮敏樹を「戦う相手」だとは思っていなかった。
もちろん、警戒はしていた。あの手の男は、見た目が地味であればあるほど危ないことがある。会計事務所の事務員、物流倉庫の補助、総務の庶務、ホテルの予約管理、郵便仕分け。荷改組の末裔は、たいていそういうところに紛れている。目立たない場所にいて、誰より先に全体の流れを見る。だから、戦う必要がない。戦わずに相手を詰ませる。荷改組という流派のいちばん厄介なところは、本人に武名がなくても、人一人を殺すまでの準備が異様にうまいことだ。そこはよく知っていた。資料としても、現場の空気としても。商流・人流・帳簿・荷運びを支配する情報暗殺型。刀より先に旅程と金の流れを読む組。そういう理解は、私にもある。
だから、カラオケボックスに呼び出すと決めた時、私は、正面からの勝負になるとは考えていなかった。
いや、正確には、勝負になる前に片がつくと思っていた。
あの部屋を選んだのは、歌が好きだからでも、密談に向いているからでもない。説得し、揺さぶり、味方に引き入れるか、無理ならそこで殺す。そのどちらにも向くからだ。狭い個室。厚い壁。外からは見えず、中の騒音は「客がはしゃいでいる音」にしか聞こえない。テーブル、グラス、コード、マイク、リモコン、メニュー立て、モニター。即席の武器になるものがいくらでもある。しかも歌うための部屋だから、何かが倒れても不自然じゃない。あの場所の設定が、明確な意図を感じすぎる、と彼は言った。そう、その通り。あれは明確に、こちらに都合のいい箱だった。
そこにいた鷺宮敏樹は、やっぱり私の想像通りの男に見えた。
地味なジャケット。落ち着いた姿勢。中年らしい疲れ方。声の温度も、目の置き方も、外に向けては穏やか。警戒していることは分かったけれど、その警戒も、あくまで「迂闊な会計屋ではない」程度のものに見えた。私はあの時点ではまだ、彼の身体そのものには大きな興味を持っていない。興味があったのは、頭の使い方と、どういう経路でこちらへ近づこうとしているのか、その癖だけだった。
だから、私は一応、経理担当の女を演じた。
黒髪。黒縁メガネ。紺のパンツスーツ。気の弱そうな声。川上コーポレーションで長年不正に加担させられてきた、でももう限界で、誰かに話を聞いてほしい女。
私自身、そういう役は昔から嫌いではなかった。
坂狩組の育ちは、基本的に追う流派だ。斜面、裏道、死角、坂の上下を入れ替えながら獲物を詰める。速く、鋭く、荒い。けれど、そのままでは現代で使いにくい。現代には、いきなり坂を駆け下りて短刀を突き込める場面なんて、そうそうない。
だから私は、あとから覚えた。
荷改組の初歩で、人の導線の読み方を。書院組の表層だけを舐めて、会話と紙と薬の匂いで相手の注意をずらすやり方を。舟影組の入口だけを習って、水のある場所や滑る足場で重心を崩さず動く癖を。どれも本職には及ばない。私の荷改組なんて、帳面の数字から生活を逆算できる本物に比べたら、子供の真似事みたいなものだし、書院組の人間が持つあの陰湿なくらい精緻な“知で殺す”感覚なんて、私は生涯持てない。舟影組の足も、陸育ちの私には借り物だ。
でも、借り物だからこそ、私は組み合わせる。
坂狩組は、本来、強い流派だ。高低差を取った時の速さ、追撃の粘り、身体能力の要求値、そういうものは一級だと思う。
けれど弱点もはっきりしている。
待ちに弱い。
長い謀略に向かない。
真正面からの火力が足りない。
地形と身体が噛み合わない場所では、どうしても押し切れない場面がある。
だから私は、そこを他流派の初歩で埋めてきた。
荷改組の下見で地形の意味を先に掴む。
書院組の表情の消し方で、役を着たまま近づく。
舟影組に教わった、濡れた床や狭い足場で重心を殺さない足の置き方を使う。
そうすると、坂狩組の「獲る速さ」が、ただの身体能力ではなくなる。最初から斜面でなくても、室内の段差、カラオケのテーブル、非常階段の踊り場、濡れた床、そういう小さな地形に坂を作れるようになる。
私は、そうやって生き延びてきた。
だから、カラオケボックスで彼に正体を見破られた瞬間も、まだ勝てると思っていた。
彼は、よく見ていた。あれは確かだ。最初の電話の不審点を並べた時点で、私は少し楽しくなっていた。業務用携帯の番号を知っていること。
昔の川上と九重事務所の付き合いの時間の食い違い。
社内の話し方の薄さ。
追い詰められた女の発話順序じゃないこと。
あそこまできれいに並べられるなら、荷改組としては上等だと思った。いや、上等どころか、本流にかなり近い。下見の形も、こちらの餌の置き方も、会話の揺れ方も、全部見ている。だから、説得に持ち込むのはやめた。あの男は、曖昧な恐怖や同情では引き込めない。だったら殺すしかない。私はそう判断した。
最初の飛びかかりは、悪くなかったはずだ。
ソファの端で怯えた女を演じた姿勢から、そのまま最短で腹を刺す。あの距離、あの角度なら、普通の荷改組なら避けきれない。荷改組は本来、刺されないために場を作る人たちだ。場が崩れて刃が届く距離に入れば、そこから先は不得手であることが多い。もちろん、それでも弱くはない。でも、私が本当に知りたかったのはそこだった。鷺宮敏樹は、荷改組の型どおりの男なのか、それとも別の何かなのか。
結論から言えば、最初の一手で、もうおかしかった。
彼は、振り向かないまま半身だけで避けた。あの避け方は、単に危険を察知した人間のそれじゃない。自分の背中のどこへ、どの程度の速度で刃が来るかを、ほとんど体表で読んでいる動きだった。しかも避けたあとに打ち返す肘が、反射で出るものにしては正確すぎる。私が首をずらしていなければ、顔面か顎にまともに入っていた。つまり、背後からの刺突に対して、避けるだけじゃなく、その後の打ち返しまで組み込まれている。
その時点で、私の中の評価は変わった。
この人、何かおかしい、と。
でも、まだそこで終わらない。おかしい人間に勝つ方法は、いくらでもある。だから、私は箱を使った。テーブルを蹴り、グラスを割り、マラカスやタンバリンやリモコンやコードを散らす。カラオケボックスというのは、雑多な小道具が豊富なわりに、一つ一つは安くて脆い。
だからこそ、即席の武器と足場の乱れを同時に作るには向いている。あの狭い部屋の中で、私は坂を作ろうとしていた。平面の箱の中に、注意の上下差を作る。テーブルで視線を上げさせ、足元の氷水で一歩を殺し、コードで呼吸を奪い、モニターやスピーカーで死角を増やす。坂狩組の人間にとって、地形がないなら作ればいい。私はいつもそうしてきた。
そこに荷改組の初歩が混じる。相手の視線がどこへ流れるかを読む。
書院組の初歩が混じる。雑談の温度で警戒の角度を変える。
舟影組の入口が混じる。濡れた床で自分だけが転ばないように重心を置く。
カラオケボックスでの私の戦い方は、純粋な坂狩組ではない。坂狩組の足に、他流派の小さな細工を縫い込んで、ようやく今の形になる。
それでも、彼は全部捌いた。
全部、というのは誇張じゃない。本当に、全部だ。
避けるだけならまだ分かる。受け流すだけでも分かる。でも鷺宮敏樹は、避ける時にはもう、次に何を奪うかが決まっている。私がマイクコードを首へ巻いた時、自分からソファへ倒れ込んだのがその典型だ。普通は首が締まると、そこで呼吸を守ることに意識が行く。彼は違った。絞められることを織り込んだ上で、自分が倒れ込む角度でこちらの肩と肘の逃げ場を消した。つまり、こちらが優位だと思っている瞬間に、その優位そのものを地形ごと反転させてくる。
ああいう戦い方は、場数だけでは身につかない。
何十年も前から、狭い場所で、何度も、逃げられない状態から勝つ訓練をしている人間のやり方だ。
しかも厄介なのは、彼の戦い方が派手じゃないことだった。強い人間には、種類がある。目に見えて速い人。力がある人。技が多い人。鷺宮敏樹は、そのどれでもないように見える瞬間がある。動きは小さいし、力任せでもないし、わざとらしい技巧も見せない。なのに、自分が攻撃を終えた直後に、必ず相手にとって最悪の位置にいる。あの“気づくと詰んでいる”感じは、荷改組に近い頭の使い方を、純粋な戦闘にまで落としている人間のものだと思った。
だから私は、途中から戦いながら考えていた。
この人、何でこんなに戦えるの。
荷改組は、強い。そこは知っている。でも本来の強さの出方が違う。もっと、手前で勝つ。もっと、足場を作る。もっと、相手を一人にしてから刺す。真正面からこれだけやれるのは、別の理由がいる。
結局、あのカラオケボックスでは、私は勝てなかった。
ただ、完全に負けたとも思っていない。あの時の私は、まだ彼を測っていた。彼もまた、私を測っていた。だから最後に氷を蹴り上げて離脱した時、私は悔しさより、妙な高揚のほうを強く感じていた。久しぶりだった。仕事の相手としてじゃなく、技術の相手として、ここまで気になる人間に会ったのは。
それに、彼は殺さなかった。
あの距離、あの角度なら、喉を切って終わりにできたはずだ。なのにしなかった。情けか、と私は聞いた。違う、と彼は言った。生かしたほうが使えるから。あの返答が、私は少し好きだった。優しさよりよほど信用できる。
もっとも、好きだからといって油断する気はなかったけれど。
だから、二度目の場所には非常階段を選んだ。
雑居ビルの非常階段は、坂狩組の人間にとって、ほとんど人工の猟場だ。階段というのは、平面の中に強制的な上下差を生む。踊り場が死角を作り、手すりが支点になり、段差が一歩ごとの速度と重心を変える。平地で同じ脚力の相手でも、階段では話が違う。上を取れば落とせるし、下からでも踏み込みをずらせる。しかも今回は、若者向けの雑居ビルの非常階段だった。荷物が雑に置かれ、清掃用具も消火器も避難器具もある。小物の火力が足りない坂狩組にとって、ああいう人工物の豊富さはありがたい。
私は、そこで決めるつもりだった。
最初に三脚を落としたのは、単なる牽制じゃない。上を見させるためだ。人間は、上から物が落ちてくると、視線と注意を一瞬、真上に奪われる。その刹那に、自分は斜めから入る。坂狩組の「上から獲る」感覚を、そのまま階段室に移植したやり方だった。しかも消火器で視界を白くし、上方優位を保ちながら細い刃を滑らせる。足場は階段、視界は悪い、相手は下段。普通なら、まず押し切れる。
でも、彼はそこでも全部捌いた。
全部、というのはやっぱり正確だ。
彼は、上からの攻撃に対して、下がるだけじゃない。時々、あえて半歩前へ入る。これが本当に嫌だった。上から獲る側の感覚だと、下の相手は避けるか受けるかのどちらかに収まりやすい。ところが彼は、こちらの刃が最も速くなる位置を自分から潰してくる。階段戦であれをやる人間は、普通じゃない。怖いもの知らず、じゃない。怖さの計算が細かすぎる。
しかも、手すりの使い方がおかしかった。
あの人、坂狩組の足を知ってる。
それが最初の印象だった。階段の内側と外側、手すりを支点にした半回転、踊り場の縁を利用した角度の殺し方。どれも、教わってないと出てこない。私は幼少期から坂狩組の型を叩き込まれているから分かる。身体を傾ける角度、足を置く幅、上を取られた時に内側へ逃げるか外側へ潜るか、その選択の速さ。あれは偶然のうまさじゃない。身体のどこかに、同じ高低差の言語が入っている。
そのくせ、式部組の気配もある。近接での肘や肩の入れ方、利き腕を落とす打ち込みの正確さ、喉元へ刃を運ぶ時の無駄のなさ。もっと言えば、庭詰組みたいな「間合いを詰めきるまで急がない静かさ」まである。いったいどこで、何をどう混ぜたら、こういう戦い方になるんだろうと本気で考えた。
荷改組は直接戦闘能力がほとんどないはずなのに、何であなたはそんなに強いの。
あの問いは、揺さぶりでも挑発でもなく、本当に知りたかった。
彼は答えなかったけれど。
答えなくても、身体のほうが少しだけ教えてくれた。あれは、自然に育った強さじゃない。誰かに壊されて、削られて、残った形の強さだ。私はそういう人間を何人か見たことがある。子供の頃から一つの流派に閉じ込められた人間。身体より先に恐怖の使い方を教え込まれた人間。戦うことを選んだんじゃなく、戦える形にしか育たなかった人間。鷺宮敏樹の強さには、その種類の冷たさがある。
特に非常階段で私を壁に押しつけた時、あの人の動きは、もはや会計事務所の中年男性の身体じゃなかった。軽いわけじゃない。若くもない。なのに、必要な角度だけ異様に速い。いったん制圧に入ったら、そこから先は迷いがまるでない。どこを極めれば外れないか、どの方向へ壁に叩きつければ呼吸が途切れるか、どの段差に膝を潰せば相手が跳ね返れないかを、いちいち考えていない。身体が知ってる。何百回、何千回と、その形まで持っていったことのある身体のやり方だ。
だから、私は途中から少し怖かった。
強い相手は、別に珍しくない。仕事をしていれば、いろんな強さの人間に会う。けれど、鷺宮敏樹の怖さは、強さそのものより、その静けさにある。あの人は、戦っている最中でも妙に穏やかだ。怒鳴らない。息を荒げて誇示しない。勝っている時も、負けかけている時も、同じ温度のまま次の一手を選ぶ。そういう相手は、壊れにくい。感情に頼らないから、崩しどころが少ない。
その一方で、私は彼個人に対して、戦闘能力とは別の印象も持っている。
嫌な人ではない、というのがまずある。
この仕事をしていると、人間の嫌な部分ばかり先に見える。力を持つ男はだいたい、自分が力を持っていることを確認したがるし、賢い男はだいたい、自分が賢いと相手に知らせたがる。強い人間はなおさらで、相手を制圧した時に、どこかでそれを楽しむ癖が出ることが多い。鷺宮敏樹には、それが少ない。というより、ほとんどない。制圧しても、そこで自分が優位だと誇示しない。言葉も少ない。必要なことしか言わない。こちらを脅したい時でさえ、脅しの言葉を飾らない。
だから、信用できる。
いや、信用という言い方は違うかもしれない。正確には、「裏切り方が読みやすい」。善人だから安心、ではない。この人は多分、必要なら平然と切るし、利用価値がなくなれば冷たく捨てる。でも、その基準が自分の気分じゃなく、たぶん理にある。そこが私にはありがたい。理で動く人間は、まだ交渉ができる。
それに、鷺宮敏樹には妙な古さがある。
服装や所作が古いという意味じゃない。人に対する距離の取り方が古い。椅子の引き方、視線の伏せ方、相手の話を遮らないところ、だけど核心には必ず触れてくるところ。今の男にしては珍しく、女を軽く見ていない。そのくせ、変に持ち上げたりもしない。あれは多分、育ちの問題じゃなく、もっと昔のルールで人と接している感じだ。
それが、たぶん少しだけ寂しい。
うまく言えないけれど、あの人は人の中にいる時、いつも半分だけ外にいる。会計事務所で帳簿を見ている時も、多分そうなんだろうと思う。顧問先の社長に笑いかけていても、後輩に指示を出していても、女に少し距離を詰められても、全部ちゃんと対応する。でもどこか一番深いところでは、最初から抜ける準備ができている。あの感じは、長く生き延びる人間の感じだ。でも同時に、ずっとどこにも落ち着けない人間の感じでもある。
そういう人を、私は知っている。
組の中で育った人間は、だいたいそうなる。
だから、私は彼に少し興味がある。
仕事の相手としての興味だけじゃなく、もう少し個人的な意味で。もちろん、それを恋愛みたいな安っぽい言葉で言うつもりはない。そんなものじゃない。ただ、どうしてこの人はこういう形になったんだろう、という興味。何をどれだけ削られたら、こんな静かな顔で人を制圧できるのか。会計事務所の一事務員をやりながら、こんな戦い方を持ち続けるには、どんな訓練と諦めが必要だったのか。そのへんを知りたいと思う。
もちろん、危ないとも思っている。
この人に近づきすぎると、こっちまで静かになってしまいそうで。
私は混成型だ。坂狩組の足を持ちながら、荷改組の下見を少し、書院組の役作りを少し、舟影組の重心の置き方を少し、そうやって継ぎ接ぎで戦ってきた。継ぎ接ぎだから、柔らかい。柔らかいから、生き延びてこられた。純粋な流派の人間ほど、美しくはないけれど、そのぶん、場所に合わせて自分をずらせる。私はそこに自負がある。坂狩組の弱点である謀略の薄さを、荷改組の真似事で補ってきた。火力の足りなさを、書院組の会話と役で補ってきた。水際や濡れた床の不安定さを、舟影組の足の置き方で埋めてきた。誰にも本職とは言えない。けれど組み合わせることだけは、たぶん誰よりうまい。
その私から見ても、鷺宮敏樹は“組み合わせ”の仕方が異様だ。
普通、他流派を混ぜると継ぎ目が出る。ここは坂狩、ここは荷改組、ここは式部。見ていればだいたい分かる。でもあの人の場合、継ぎ目がない。最初から一つの身体になっている。いや、違う。本当は継ぎ目だらけなのかもしれない。ただ、その継ぎ目が全部、痛みで磨り潰されてる。だから結果だけ見ると、一つの怪物みたいに見える。
非常階段で押さえつけられた時、私ははっきり思った。
この人、本物だ、と。
本物、というのは正しい流派の継承者という意味じゃない。そんなのはどうでもいい。そうじゃなくて、「殺すために生かされてきた身体」だという意味での本物。そういう人間は、たまにいる。少ないけれど、いる。そして、そういう人間は、自分が何者なのかをうまく言葉にできないことが多い。鷺宮敏樹も、多分そうだ。だから荷改組か、と訊いても、きっと半分しか当たっていない。彼は荷改組でもあるけれど、それだけじゃ収まらない。
だから、私は提案した。
二人で協力しない?
あれは、生き残るための打算でもあった。実際、あの時点で私はかなり追い込まれていたし、このまま黙っていても、どのみち一人では動きにくくなる。けれど、打算だけでもなかった。鷺宮敏樹が敵のまま動くのは、たぶん面倒すぎる。だったら、利用できるなら利用したい。いや、利用というより、同じ方向へ少しだけ動かしてみたい。その先に何があるかを、見てみたい。
私が誰に雇われたのか。何であなたを調べていたのか。教えてあげる。
ああいう言い方しかできなかったのは、たぶん、私の悪い癖だ。まっすぐ頼るのが苦手で、いつも取引の形にしてしまう。でも彼には、ああいう形のほうが通じる気がした。優しさで寄れば切られる。理で寄れば、少なくとも聞く。
それにしても、鷺宮敏樹という人は、最後の最後で妙に黙る。
あれだけ戦えて、あれだけ見抜けて、質問も的確なくせに、自分のことになると黙る。黙って、そのまま相手を見ている。あの沈黙は、ずるいと思う。こっちはいろいろ喋ってしまうのに、向こうは何も言わない。それでいて、完全に閉ざしているわけでもない。少しだけ考えていることが見える。だから待ってしまう。
待たせるのがうまい人なんだろう、あの人は。
荷改組の本職って、きっとああいうところにも出るんだろうな、と思う。人の行き先だけじゃなく、返事の出る間合いまで読む。だから、私は少し腹が立つし、少し面白い。
カラオケボックスでの鷺宮敏樹は、想定外の武力を持った荷改組だった。
非常階段での鷺宮敏樹は、荷改組の皮を被った、別種の何かだった。
そして個人としての鷺宮敏樹は、多分、思っていたよりずっと古くて、ずっと静かで、ずっと壊れている。
そういう人は嫌いじゃない。むしろ好きなほうだ。信用はしないけれど、目を離したくない。
私は坂狩組の育ちだから、獲物を追うことには慣れている。坂の上と下を入れ替えながら、相手の呼吸が崩れる瞬間を待つのが仕事だった。でも、鷺宮敏樹に対しては、少し違う感覚がある。追っているつもりで、こちらのほうが別の場所へ連れていかれそうになる感じ。あれは危ない。危ないけれど、やめられない。
だから今も、あの人の沈黙を思い出している。
押さえつけられた非常階段の薄暗い踊り場。上の階から若者向けテナントの重低音が微かに落ちてきて、非常灯の緑が壁を照らしていた。私は壁に頬を押しつけられたまま、でもまだ完全には折れていなくて、彼は私の手首を極めながら、何も言わなかった。あの時の沈黙には、たぶん、いくつもの過去が混ざっていた。幼い頃からの訓練とか、組の名前とか、そういう私の知らないもの全部が、あの無言の数秒に圧縮されていた気がする。
強い、という感想だけでは足りない。
強すぎる、でも違う。怖い、でも少し違う。正確で、壊れにくくて、古くて、静かで、そして何より、あまりにも“最後に一人で勝つ形”に慣れすぎている。
あれは、長く生き延びる。
でも同時に、長く一人でいる人の顔だとも思う。
だから、協力の提案は、半分は実務で、半分は興味だった。
あなたみたいな人が、どうやって今まで生き延びてきたのかを、少し見てみたい。
たぶん私は、そう思っている。まだ全部じゃないけど、かなり本気で。




