■58■ 断章『アルタイルの独白』
マスターは生きて帰ってきた。
痩せて死にかけていることは除いても、その外見は様変わりしていた。
神代の因子、神を神たらしめる、祖を祖たらしめる要素であるところの『神性』とよばれる力を丸ごと失ったそうであるが、生きて帰ってきただけで十分だろうと思う。体調が落ち着くまでにほんの3日しかかからなかったのだが、それでも体力や魔力に関する上限は随分と下がってしまったのだという。
それでも、だ。
『その状態で誰になら負けると思いますか?』
『………悪神?』
こう言ってのける相手なのだ。そもそもの根幹が違い過ぎる。
この世界に神殺しを成し遂げ、邪神との争いで生き残った存在などどれだけ存在しているか。それこそ神性の攻撃転化など、剣祖とも呼ばれるマスターが備える力の一つでしかないと言って過言ではないのだ。巨人化が出来なくなろうと、神性を持ちえなかろうと、それを補う幾多の手管を備えているからこそ鋼の種族、始祖から数えて孫の世代の中で最強なぞと呼ばれる化け物だったのだ。
実際に、自らの神性と世界に満ちていた神秘を集めて世界の破滅を抑え込んだと聞いた時、そんな馬鹿な話があるものかと真剣に悩んだ。
『そんなことができるなら、最初から神性なんて、捨ててしまえばよかったじゃないですか?』
『あー、そんなことしたら、ほっぽりだした神性が、また悪さするだろうし』
『………まさか、たまたまぶつける先があったから、いらないものを放り込んだ、だけ?』
『そういった側面があることを否定はしない』
『………他の人が神性が与える影響に悩んでいるだろうに貴方って人は』
『だってなぁ、今の時代に神性なんて、もう無くたって誰も困らないだろうし』
『そりゃそうでしょうけど』
『だいたいあんな曲芸、やろうと思ってできないだろうから、どっちにしろさ』
『つまり、そんな芸当、普通の鋼の種族にも出来ないんですね?』
『多分な』
これが鋼の種族をして剣の極地と言われた存在の感覚である。
そして、そんな存在に生み出された自分は、おそらくこの世界に残る数少ない『神性』を備えた存在。
『本当はな、俺がいない間に彼女と、いつかできる子どもを守ってくれるやつが欲しかったんだ。だから、お前を作った』
『そんなことだろうとは予想していましたよ。言い方は悪いですが予行練習でしょう? 家族が出来た時の』
『………お前、本当に俺から生まれたとは思えないくらい頭がいいな』
『反面教師って自覚はおありで? 貴方は経験で大きな力と付き合っているからいいでしょうけど、生まれた時からそんなものをポンと渡された身にもなってくださいよ』
『ああ、そこはすまん。自重しなかったからな』
『だからもう、貴方はどれだけ危険な力を備えているかもっと考えてくださいよ』
『すまんなぁ』
この遙か神代から研究者、探究者の一人であるマスターは、どこか抜けているのだ。良識とか常識とか世間との付き合い方とか、そういう大事な部分がすこっと外れてしまっている。
仮にも神性存在だったから仕方ないといえば仕方ないが、その結果が自分だ。
『お前には、神俺が持っている知識と業を全て放り込んだ。圧縮言語化した『アカシア辞典』と、神性を練り込んだ土、そして俺自身の神経記憶の一部が体に転写してある』
『………待ってください。知らない単語がいっぱい出てきたのですが』
マスターの説明によると、アカシア辞典とは神代において研究資料を記録、編纂する為に、記憶の齟齬が起きないようにエルダーエルフやエルダードワーフと一緒に作り出した一種の魔術言語を使った記録術式による保管情報だという。魔術式なのでどの種族、どころか誰でも使える一種の記録術式であるそうだが、それを用いて保管されている情報というのが凶悪すぎる。
剣祖と言い伝えられるマスターが所有する剣の技法だけで国々がひっくり返る価値があるが、それだけでなく、歴史上の文明の始祖に等しい神代の研究者たちが行っていた幾つもの研究資料や情報が丸々残されているのだ。それこそ自分のような新種族に等しいゴーレムを生み出すものから、数々の歴史の始まりに等しい文明の種子にあたるものや、それこそ喪失された秘伝の技が、本にしようものなら並べた蔵書で星を何週するかわからないような代物が。
『そんな、危険物をよく作ったばかりの存在に放り込みましたね!?』
『魂が情報化して定着するまでに埋め込んでおかないと、ぶつかりあって危ないんだ』
『生まれたばかりとはいえ魂と競合処理を起こすくらい膨大な情報なんです!?』
『そういったことが判断ついたり、学習能力が高いのも時点のフィードバックを無意識的に受けているからだぞ。感謝してもらってもいいじゃないか』
『本当にろくでもない!』
現状でそういった情報が流入して魂がパンクしていないのは、術式を構築する際の安全装置が働いているからだという。ありがとう当時の良識ある開発者の皆さん。絶対にマスターではないだろうから、本当に当時の誰かが優秀だったおかげで救われていると思う。
『さすがに魂ぶっこわれそうになったら俺だって対処するぞ』
『その場でなんとかできるから安全性を軽視するなんて論外だと言っているんですよ!』
本当にこんな馬鹿の面倒を見てくれているあの女性には頭が上がらない。
よくあんないい女性を紹介しまいたね龍のおじいさんは。
『まぁ、使う機会があれば使えばいい。俺なりの贈り物さ』
『
『大丈夫じゃないか? 今はなしたこと、他の二人も知らないし、お前が誰かにばらさない限りは絶対に誰も知りえることはない』
『どっかの神様でも?』
『天界にいる神様ならなにかの方法で知ることはできるかもしれないな。ただ、なんらかの作為的、悪意的な理由でその情報をどこかにばらしたら天界に始末つけさせるから安心していいぞ』
『………その時はこの世界から神様が何人かいなくなるんですね。わかります』
自分が特大の爆弾になるかもしれないと知った瞬間のえもしれぬもやもやはなんとも表現しづらい。
まぁ、だとしても、それによって救える誰かがいるかもしれないと考えたら、捨てるに捨てられないのだが。
ここらへんは、マスターが神性を抱えていた時と似たような気持ちなのだろうか?
よくわからない。
けどまぁ、ここらへんだけはマスターを見習おうと思う。
この力や存在のせいで、トラブルが出てくるっていうのなら。
その時は、その時ってことで。
………どちらかというとマスターがなんか引っ張ってくる方が多い気がするし。
- おわり -




