ぼくの楽しい毎日
コミック最終4巻発売記念SSです!
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むかしむかし、あるところに。
とある兄弟がいました。
その兄弟は、とても仲が良い兄弟でした。
ひたむきに努力するけど、不器用な兄。
何事も器用にこなすけど、少しずるい弟。
ある日、ふたりはかけっこをしました。
よーい、どん。
いっしょに走り出すと、当然兄のほうが先に飛び出しました。
弟は年が幼いだけでなく、当時は身体も弱かったのです。
だから、かけっこは当然、兄の方が早くゴールするはずでした。
だけど、弟が途中で顔をあげると……なんと、兄がとなりで走っていたのです。
『どうして? 兄さんはもっと早く走れるでしょう?』
弟からの問いかけに、兄は笑って応えました。
『いっしょにゴールしたほうが楽しい!』
そして、ふたりはいっしょにゴールしました。
毎日、毎日ふたりはかけっこをして、ずっと仲良くゴールをしていました。
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「やさしいお兄さんだね! あたちもこんなお兄ちゃんがほしい!」
「うーん、お兄さんを作ってあげることはできないな……でも、これは本当に優しいことだったのかな?」
「どういうこと?」
妻がまだ家事が残っているというので、ぼくが娘を寝かしつけることになった。
ママがいい~とごねる娘にどうにか妥協してもらった結果、ぼくが楽しい寝物語をする羽目に。
「このずいぶんあとに、二人はけっこうな大喧嘩をしちゃってね……初めから『いっしょ』なんてしなければ、弟も弟で、楽しく生きられたような気もするんだよね」
もしものことに想いを馳せていると、娘の眉間にしわがよる。
「パパ……あたち、『てちゅがく』はすきじゃないんだよね」
「むしろ哲学って言葉をよく知ってるね!?」
と、ママの教育方針に疑念を思いつつも、ママはまだリビングでバタバタ何かしている様子。
このままじゃ、ぼくがママに怒られるオチでは……?
「ぼく、あまり、創作は得意なほうじゃないんだけどな……」
かといって、娘は家にある本を全部読みつくしてしまっているし、ある程度有名な物語は、妻がすでに話し尽している。
だから、ぼくが『昔』見ていた人たちを話したところ、娘の気に召さなかったようだ。
「次のおはなちして~!!」
「まだ寝ないの~……じゃあ、今度は女の子の話にしようか」
ぼくはまた、他の子のことを思いだす。
今度はきっと、お気に召してくれるに違いない。
だって、ママが大好きだった子の話なのだから。
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むかしむかし、あるところに。
とある普通の女の子がいました。
普通の女の子は、ある日迷子になってました。
年の暮れの買い出しに家族で出ていたのですが、いつもより賑やかな様子に見惚れていた結果、親から離れてしまったのです。
『どうしよう……』
歩いているうちに、女の子は人気のない場所に出てしまいます。
彼女を心配してくれる大人はいません。
むしろ、まるで獲物のように見てくる大人ばかり。
だけど、彼女は不安そうにしながらも、決して泣くことはありませんでした。
彼女には、不思議なお兄さんがずっと見えていたのです。
その不思議なお兄さんは、迷子になったときから、ずっと隣を歩いてくれていました。
話しかけてくれるわけでもありません。
手を繋いでくれるわけでもありません。
でも、お兄さんがいるから、少女は平気でした。
やがて、女の子は探していた親と会うことができました。
『大丈夫だったかい? 怖い目に遭わなかったかい!?』
むしろ泣きそうな顔で尋ねてくる両親に、女の子は笑顔で応えていました。
『だいじょーぶだよ! あのお兄さんがいっしょにいてくれたから……あれ?』
女の子が振り返るも、そこには、もうお兄さんはいませんでした。
女の子は不思議に思いましたが、特に気にせず大声で叫びました。
『おにーさーん、ありがとーう!!』
お兄さんの答えた『どういたしまして』の声は、女の子には聞こえませんでした。
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「こわっ……あたち、『かーだん』ばなしは求めていないんだけど!?」
「なんで、ぼくはいい話のつもりで……てか、なんで『怪談』って言葉を知ってるの!? ねぇ、ママはぼくが仕事にいっているあいだ、どんな絵本を読んでくれているの!?」
おかしい……。
ぼくとしては『幼い女の子の不思議な体験☆』くらいのつもりで話したのに。
「こういう少し不思議な話、子どもは好きなんじゃなかったっけ……?」
「あたちをふつーの子どもといっちょにしないでくれる? しょうらいは『こーしゃくれーじょー』になるんだから!」
うん、胸を張る娘は世界一かわいいけれど、これは公爵令嬢がなんだかわかっていないやつだね。
というか、たとえ公爵と結婚しても、きみは公爵令嬢にはなれないからね。今のぼく、ただの一般人だし。なれても公爵夫人だね。それもすっっっっごく大変なことだと思うけど。
とりあえず、リビングからはママの鼻歌が聴こえてくる。
それは、ただご機嫌だからってこと? それとも、そろそろ寝貸し付けろという合図?
「えーと、じゃあ、次のおはなし、きく?」
「きく~~!」
文句を言いながらも、ぼくはまた、昔の思い出を思い返してみる。
将来の夢が公爵令嬢なら、この話なら喜んでくれるかな……?
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むかしむかし、あるところに。
とあるわがままな女の子がいました。
わがままな女の子もまた、迷子になっていました。
だけど、彼女は親からはぐれてしまったわけではありません。自ら、親と離れていたのです。
『もう、せっかく海に来たのに、海で遊ばないって、海に失礼ではないかしら?』
親の仕事に無理やり着いてきた女の子。
だけど親は仕事で忙しいので、海で遊んであげる時間はありません。
ならばと、女の子は従者の目を盗んで、ひとりで砂浜まで遊びにきてしまったのです。
その日は波の高い日でした。地元の人は、海に近づきません。危ないからです。
だけど、女の子はそんなことを一切知りませんでした。
『わぁ、海ってこんな迫力があるのですね!』
呑気なものです。今にも、そんな小さな体など、波にさらわれてしまうかもしれないのに。
仕方なく、不思議なお兄さんは、波打ち際から少し離れた場所に、彼女が好きそうな貝殻を置きました。すると、めざという彼女はすぐに見つけて、ちょこちょこと走っていきます。
『かわいい貝殻ですわ……あら、あちらにも』
それを何度も、何度も繰り返したときでした。
ざぱーんっ!
大きな波が、女の子を襲います。だけど、波打ち際から離れていたため、多少髪や服が濡れる程度で済みました。
『ああ、せっかく拾った貝殻が流されてしまいましたわ!』
『それどころじゃないだろう!?』
『あら、どちらさまの声でしょう?』
突如聴こえた男の人の声に、女の子は首を傾げます。
でも、ちょうどすぐに『このわがまま娘は!』と親が迎えに来てました。どんなに仕事で忙しくても、突如姿が消えた娘には気が付いたようです。
『聞いてくださいまし、お父様。せっかく拾ったかわいい貝殻を、波に奪われてしまいましたの』
『本当に、この子は~~』
呆れる親に手を引かれて、女の子は海から去っていきます。
彼女が去り際に、海に一言残して行きました。
『今度はピンク色の貝殻がほしいですわ、神様』
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「誰がわがままな女の子ですって?」
「ママ~!!」
ぼくの娘が、彼女のに飛びつく。
彼女は家事を終えたのだろう。すっかり寝間着に着替えて、束ねていた自慢の黒髪を下ろす。
そしてぼくを見下ろして「やれやれ」とばかりに嘆息した。
「先に寝かせておいてって頼んだのに……やっぱりあなた役立たずですのね」
「やっぱり、きみは容赦ないよね……」
そして、きみは自信に満ちた笑顔で、こう言いのけてしまうんだ。
「あら、パパはそういうママのことが好きなのでしょう?」
にやりと笑った彼女が、同じベッドにもぐりこんでくる。
「さあ、今度はどんな寝物語をしてくれるのかしら?」
「してくれるのかしら~??」
彼女の口調を真似して、娘も最近令嬢みたいな言葉を使うようになってきてしまった。
困ったな、今のぼくらは、しがない一般市民なのにな。彼女が家事と育児の合間にちょこちょこ商売話をもってきてくれるから、お金の心配はないのだけどね。
「ねぇ、早く早く!」
「はやくはやく~!」
そう言って、二人はニコニコとぼくに寝物語をせがんでくる。
「えぇ~、じゃあ……『100日後に死ぬ悪役令嬢』の話、なんてどうかな?」
「パパ、『あくやくれーじょー』ってなあに?」
さすがの娘も、悪役令嬢はご存知ないようだ。
そして、妻も罰が悪そうに顔をしかめている……かと思いきや、ニヤニヤと口角をあげていた。
「あら、それは面白そうね。ぜひ聞かせていただこうかしら?」
「……ちょっとは恥ずかしそうにできないの? 心臓が鋼でできてる?」
「お褒めいただき光栄ですわ」
「褒めてないから!」
このやりとりが娘はだいすきなようで、「もっとやって~!」とますますはしゃいでしまう。
あーあ、これじゃあ、明日はみんなで寝坊かな。
それでも……まあ、いっか。
たとえ、100日後に死んでも。死ななくても。
どんな貴族社会で生きようとも、どんな世界で生きようとも。
彼女たちと共に過ごす毎日が、ぼくはとても楽しい。
【100日後に死ぬ悪役令嬢は毎日がとても楽しい。 おしまい!!】
本当に本当に、ルルーシェのお話はこれが最後です!
最後まで本作をお読みいただきありがとうございました!
本日2025年6月14日に、「100日後に死ぬ悪役令嬢は毎日がとても楽しい。」コミック4巻が発売となりました。
電子のみの発売となりますので、kindle等、お気に入りのストアさんでご購入いただけますと幸いです。
また、このSSはカウントダウンイベントとして、雷蔵先生が描いてくださったイラストを眺めながらファン小説(二次小説?)として書かせていただきました。イメージと違いましたらごめんなさい。。。
最後になりますが、
本作を拾ってくれたGA文庫のみなさま、
小説版に素敵な華を添えてくださったいちかわはる先生、
ステキなコミカライズを最後まで描いていただいた雷蔵先生、
そして、本作を読んで、応援してくれたみなさま、
本当にありがとうございました!
「100あく」が、あなたの有意義な暇つぶしになれたことをねがって。
ゆいレギナ






