8話『質量保存の法則?何それ、美味しいの?』
戦闘シーン、一応出来ました。
サイクロプス、というやつだろうか。
ゲームでたまに出てくる脳筋の敵だが、状態異常になるような攻撃はあまり見ない。
鑑定してみても、【硬化LvMAX】という戦闘スキルくらいしか目立つものは無い。
ならば、だ。
ここはまともな戦闘を経験しておくいいタイミングではないだろうか?
先程までの敵の強さを考えると、素手を相手に即死するとは考え難い。
敵が動き出すその時、俺は身体強化と魔刃を使い走り出す。
奴が腕を振り下ろしてくるのに合わせて、居合切りを真似た動きで黒薔薇を抜く。
――スッ
『スキル【居合切り】を取得しました。』
俺は黒薔薇を振り抜き、腕は両断されている……はずだったのだが。
実際は、金属同士がぶつかったような激しい音が響き渡った。
ギリギリと硬質な音を立てて動きを止めている黒薔薇と奴の腕。
このままでは黒薔薇に負担がかかってしまうので、滑らせるように傾けてそのまますれ違う。
立ち位置が入れ替わったところで、俺と力で互角だった事に怒っている様子の奴を見る。
現在変わった様子は特にないが、先程は『硬化』スキルの影響で金属のような見た目になっていた。
とはいえ、黒薔薇はかなりの名刀のはずなので切れなかった理由は俺にある。
それはスキルが無かった状態で速度は中途半端な上に正しいやり方も分からない、ただの真似だった事だ。
恐らくスキルがある今なら切れるはずだが、それではせっかくの機会が勿体ない。
今度は『魔刃』で黒薔薇を守るように、魔力を纏わせた状態で構える。
今度は合わせる必要は無いので、『縮地』を使い奴の膝を切りに行く。
しかし、それは『硬化』によって弾かれ反撃を受けてしまう。
「くっ……」
辛うじて黒薔薇で防ぐ事は出来たが、無理な体制だった為に吹き飛ばされてしまう。
「……ご、ご主人様……?」
「大丈夫、ダメージは殆どない。」
フィエナの心配そうな声が反対側から聞こえてくるが、実際平気なので走り出しつつそう言い返す。
『縮地』じゃない理由は、跳んで攻撃をするためだ。
これが良くはないとは分かっていたが、スキルにちょうどいいものがあるかもしれないと試してみる。
『スキル【天駆】を取得しました。』
そうそうこれだよ、と思う俺に奴が殴りかかってきたので空中で跳んでみる。
どうやら自動で魔力の足場を作るらしいので、魔力効率と早さが少し下がったものなら再現出来るだろう。
ただ、そんな無駄なことをする意味は特に無いので普通に『天駆』を使うが。
『スキル【立体機動補正】を取得しました。』
このスキルは三半規管が強化されるらしいので、実にありがたい。
あえて攻撃はせずに、腕を避ける事に集中してみる。
Lvが上がって更に増えた魔力は使うよりも早く回復していく。
それをいい事に10分近くの間、奴を翻弄し続けていた。
「もうそろそろ、やめようかな。」
空中を跳び続ける間に自分の最大速度に慣れてきたので、降りてみる。
そこを狙って奴が蹴りをしてくるが、余裕で避けることが出来た。
先程までは、縮地や全力で移動した時に一瞬だけ状況把握が遅れていたので加減して動くことしか出来なかった。
しかし、全力で跳び続ける事で速く動いても認識が追いつくようになっている。
攻撃をしようとした俺は奴が硬化しているのを確認して、少しズレた場所を切り裂く。
軌道をずらしたせいで浅くなっている傷を確認して、横になぎ払われた腕を裏に回って避ける。
追撃をするが奴が反応出来ていないようで、今度こそ膝を真っ二つにする。
バランスを崩し、床に手をつこうとしているがそれも切っていく。
四肢のうち、無事なのが片足だけという状態になったサイクロプス。
反撃をしようがないであろう哀れな奴の首を、容赦なく切る。
もはや、痛みで硬化することも出来なかったようでサクッと倒すことが出来た。
「……跳んでるの、途中から見えなかった。」
「ま、まあ、仕方ないんじゃないか?」
獣人なのに目で追うことすら出来ない事にショックを受けているフィエナだが、これはチートなのでしょうがないと慰める。
「……そう、だね」と言いつつ、魔石回収に取りかかるフィエナに俺も続く。
普通の魔石は拳大のものが多いのだが、サイクロプスから取れたものはバスケットボールサイズの巨大なものだった。
「……すごく、おっきい。」
どこかで聞いた事のある言葉を呟くフィエナに苦笑してしまう。
その直後、入って来たのと反対側の扉が開いていくのが見えた。
「よし、これで進めるな。」
思わずガッツポーズをしてしまう俺を見て、フィエナは微笑ましそうにしていた。
ちょっと恥ずかしくなった俺が早足で歩き出すと、フィエナもニコニコしながら俺の横に寄り添って来た。
そして、ボス部屋に入る前より少し強くなっている魔物と戦いながらも階段に向かっていく。
だいたい、20分程で階段に辿り着くことが出来た。
その階段を降りていった先は、湖や森、鳥の鳴き声なんかも聞こえる先程とは全く違う場所だった。
「……水浴び、出来る?」
ここまで俺達は生活魔法を使っていたのだが、やはり気分的には洗いたくなる。
ただし、ここは魔物蔓延るダンジョンらしいので油断は出来ない。
「まあ、多分魔物が居るんじゃないか?」
「……むぅ、そっか……水浴び……」
それでも未練があるようで、じーっと湖を見ているフィエナを眺めながら考える。
魔物が居るのは確実、なら殲滅するか?と思ったが、それでは魔物の血で湖が濁ってしまう。
「そうだ、無限収納があるじゃん。」
「……急に、どうしたの?」
フィエナに聞かれたので、俺が思いついた事を話してみる。
倒した後放置すると、血が出てきて濁ってしまう。
ならば、倒したらすぐに収納してしまえばいいじゃないか。
そこまで話すと、フィエナの目がキラキラしていた。
一仕事してこようと、湖に足を向ける俺。
「よーし、行ってく――ん?」
すぐに行って来ようとした所で、 見覚えのある看板を見つける。
『この先、ボス出現。』
「……この湖に?早い……」
その通りだ。
サイクロプスの部屋は、何時間も進み続けた先に辿り着いた。
なのに階段を降りてすぐにある、だなんていうのはおかしいだろう。
そんな風に俺達が悩んでいると、湖から何かが出てくる様子が見えたのでフィエナを抱えて後ろに下がる。
バシャァァ!と水しぶきを上げながら出てきたボスは、龍だった。
某7つの玉を集めると願いを叶えてくれるあれを、水色にして半分水に浸かっている感じだ。
長さはサイクロプスの倍以上あるなぁ。と、呑気に考えていたら水のブレスを撃ってきた。
「んー、仕方ないから魔法で倒すかな。」
練習台にしたい所ではあるが、ブレスはフィエナに当たる可能性があるので仕方なく空間魔法で倒すことにする。
ブレスを避けながら、撃ってみるが……
「……ご主人様、消えたよ……?」
フィエナの言う通り、何故か当たらずに消えてしまった。
その他の魔法も試してみたが、全て届かない。
「もしかして、無効なのか?」
そんな疑問が浮かんだので鑑定をしてみたら、本当にあった。
しかも、『全属性無効』だ。
そうなると、黒薔薇で攻撃するしか無いのでフィエナを下ろすためにかなり離れる。
「……ごめんなさい。」
「気にするなって言っただろ?」
また気にしているフィエナにそう言うと、『縮地』で水際まで行き『天駆』で龍に接近する。
すると大量に水球が現れたが、全て『天駆』で避けて同じ場所を一周するように切り続ける。
4分後には、即座に収納されて綺麗なままの湖が残っているだけだった。
実はこの魔法無効の龍だが、湖の上にいるのもあって普通はこのまま倒すことは出来ない。
そのため森の奥に何時間もかけて行き、足場を作り出す。……というのが本来の攻略法だった。
少年も人が空中で跳ぶというのは、想像出来なかったらしい。
それを知らない俺達は、疑問に思いつつも普通に水浴びをする事に決めた。
「あれ?というか、水着なんて無いだろうしどうやって……」
フィエナが着替える、というので空間魔法で俺達を囲い、後ろを向いて待機していた時そんな事に気づいた。
しかし、既にフィエナは着替え終えており後ろから抱きついてくる。
「……ご主人様も……脱がないと……」
「ま、まさか、裸なのか!?」
背中に伝わる感触は、ふわふわした柔らかい何か。
そんなものは1つ……いや、数としては2つあるあれしか無いだろう。
この苦行、または天国から逃れるにはどうすればいいのか。
1.脱ぐのを断る。
2.それは良くないと、窘める。
正直言うと、混乱していてこれしか思いつかなかった。
しかし、どちらを選んでも頑張って出したであろうフィエナの勇気が無駄になってしまう。
「……嬉しく、なかった……?お礼になってない?……だったら、やめる、ね……」
フィエナがしょぼんとした声を出して、離れようとする。
守って貰っているお礼を恋人として少しでもしようとしてくれているのかもしれない。
そう考えたら凄くフィエナが愛しくなって、慌てて回されていた手を掴む。
「……ご主人様?」
「ごめん、凄く嬉しいんだ。ただ、恥ずかしかっただけで。……でも、フィエナも恥ずかったのは同じだもんな。」
一旦離れて俺も服いでから、何もいない湖に入ったのだが……
「……大好き。ずっと、こうしてたい。」
「あ、ああ、俺も大好きだ。」
何も着ていないフィエナは、やっぱり凄く綺麗だし、神聖さすら感じる程で。
そんな子に抱きつかれるわ、キスされるわと、癒されまくっていた。
「……あ……ご、ご主人様。ご奉仕、したい……だめ?」
「その、だな……そういうのは、戻ってからだ。」
それ故に、息子が顔を上げたとしても仕方の無い事のはずだ。
……上目遣いで求められ、さらに握られていようとも、場所を考え、理性を保ち続ける事が出来た俺を誰か褒めて欲しい。
☆
「……着替え終わった、よ。」
そう言ってくるフィエナをお姫様抱っこして、歩き出す俺。
「んじゃ、跳ぶぞ。」
「……大丈夫。」
こうしたのには当然、訳がある。
龍を倒した後階段が現れたのだが、その場所が問題だった。
湖の俺達がいる場所とは反対側に階段があるのだが、壁と面しているため歩いて行くことが出来ない。
そういうわけで、俺が跳んで行くしかないだろうと考えた。
ちなみに、これも足場を出していればそのまま行けるように出来ている。
階段自体は普通で、何も無く降りることが出来た俺達は拍子抜けする事となった。
「……何で、だろうね?」
「案外、この先に必要なものを取りに戻ったりしてな。」
「……ん、確かに。」
階段は次で最後だ。
そして、俺達をここに連れてきた犯人は降りたすぐ先の部屋にいる。
つまりはボス部屋も次で最後という事になるのだが、経験値は有難いので増やしてくれても全然問題なかった。
さて、今俺達がいる階はどんな景色が広がっていると思う?なんと、砂漠だ。
日差しの感じも、カラッとした暑さも再現されているように感じる。……実際の砂漠に行ったことがないので、比較は出来ないが。
当然砂漠に行く準備なんてしていなかったが、そのまま歩く訳にもいかない。
そこで、無限収納の中から元々入っていたローブとフィエナのローブを取り出す。
「……何か、かっこいい。」
「ん?ローブがかっこいいってどういう……?」
疑問に思い見下ろした俺のローブは、しかしローブと呼ぶには相応しくないデザインだった。
というか、日本に売っているコートとあまり変わらないだろう。
だが、基本高性能なのは分かっているので特に気にせず歩き出す。
しばらく歩き続けたところ、大体は魔物の種類が分かった。
炎を出すサソリ、巨大な鳥みたいなやつ、スケルトン、砂を泳ぐサメ、動くサボテンもどき。
まず言わせて欲しいのが、サボテンのやつはF〇の世界に帰れ!そしてスケルトン、お前はイメージ的にジメッとした最初の所に出てこい!
その他は……まあ、異世界なら仕方ないかなって。
「……ご主人様、暑く、ないの……?」
そう言われて初めて気がついたが、戦闘後の暑さはあっても気温や日差しの辛い暑さを感じない。
どう考えても、このローブの効果で間違いないだろう。
フィエナは今まで暑さに晒されていて、疲れているようだ。
しかし、問題は無い。
無限収納を調べてみたら、効果が同じローブで女物が入っていた。
「フィエナ、これに着替えると涼しいみたいだぞ。」
渡した直後、速攻で今のローブを脱ぎ俺に渡して来た。
俺のと似ているローブを着て一言、いや二言。
「……あなたは、神ですか?……あ、ご主人様だった、ね。」
自分で言って、自分でマジトーンのツッコミを入れているフィエナ。
多分言うまでは喜びがMAXだったが、すぐに冷静になってしまったのだろう。
「可愛いなぁ、まったく。」
ちょっと変なところがまた良いなんて考えるのは、相手がフィエナだからなんだろうけどな。
そんな事を考えながら、フィエナの頭を優しく撫でている俺。
ここで終わらないと、いつまでも動けそうにないのでぱっと手を離す。
「……あっ……い、行かないとね。」
今、フィエナは恥ずかしがって口ごもったように見える。
最初の「あっ」とは俺の手が離れて名残惜しいからで、思わずそんな声を出してしまった事が恥ずかしくなったという感じだろうか。
フィエナの前を歩いていた俺の顔は、物凄いニコニコしていた。
「それにしても、見つけるのが楽な代わりに色んな方向から来るな。」
最初の所とは違い、開けているために見つけるのは容易い。
だが、それ故に敵も四方八方からやってくる。
見つける為にキョロキョロしていた俺の目が、魔物ではないものを捉える。
俺の動きが止まったのを見て、フィエナが声をかけてくる。
「……見つけた?」
「ああ、ボス部屋だ。」
どうでしたか?少しは伝わっていると嬉しいです。