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(プリーズデリート.)  作者: 音羽[HAITA Press.]
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she is not a doll.


近くの動物病院へ着いて数十分経った後も、レイはひたすらソワソワして落ち着きがなかった。


 代わりに受付で渡された問診票を俺が書いてやっている横でも、ソファから立ち上がったり座ったりと無意味な動きを繰り返し、今は手術中の診察室の前を心配そうにウロウロ歩き回っている。


 きっと、ピクシーを探している間中もこういう状態だったことが窺い知れた。

闇雲に、無我夢中で、一体全体どうしてそこに居ると思ったんだか!?って場所にも

躊躇いなく手や頭を突っ込んだに違いない。


新設であることが一目で解る、まだ綺麗な動物病院へ着いて早々、

俺は医者にピクシーの事を説明してから、すぐさまレイにトイレで手足と顔を洗ってくるように言いつけた。


他にロビーで待っている人が居ないことが救いだな、と安堵する。


着るものがなく、取り敢えずタオルを借りて肩にかけただけの裸の俺の不気味さ。


そして、取り切れない汚れを張り付けたまま、緊張感を全方位に放ち、不安げに身体を揺らし続け空虚な瞳で彷徨うレイは、まるでホラー映画に出てくる西洋人形のようだった。

 しかし握った拳を所在無げに口元へ運び、ガリっと人差し指の関節が噛まれたとき、その柔らかな皮膚に歯形がついたのを見て、それが作り物などでは無いことを思い出す。


生々しい人間の、恐怖を鎮める為の衝動的な行動。


 俺はその様子に溜息を吐く。

決して呆れているわけではない、けど、昔の自分が脳裏に蘇ったのだ。


咲乃と二人、手を取り合いながら縮こまって、まるで一つの塊にでもなったように祈っていたあの夜の姿。


俺は自分の人生の先行きを恐れ、怯えて、病院の廊下に設置された黒革のソファを、只管ギリギリ爪で破ろうとでもするかのように擦っていたのだ。


 

  そこで、今日は自分でも嫌気がさすくらい、何度も昔の事を回想していることに気付く。

シンクロニシティとでも言うのか、ウンザリする忌々しい思い出と被る事象が起こりすぎるのか


もしくは

ただ、この土地に久々降り立ったことで、消したかった記憶を呼び起こす起爆装置のようなものが作動してしまってのだろう。


とは言え、

「だから来たくなかったんだ。」


と簡単には言い放てない。


ここへ到着して、ピクシーを医師の元へ託した時に、レイが何も言わずグッと俺の手首を掴んできた瞬間。


俺が居なかったら、レイは1人で今も当て所なく猫を探し回っていたのだろうか。



運良く道の端で雑巾のように転がるピクシーを見つけたとして、アナログな携帯で、メールもロクに打てない知識で、ちゃんと適切な場所へ連れて行けただろうか。



仮定で想像する姿はどれもあまり幸福な姿ではなく、自分がここへ来れて、レイとピクシーの助けになれて良かった、と思う。





医師は初見で猫の傷が大したことないと言い切ってくれた。

ただ傷を塞ぐ為に麻酔をかけるが、簡単な手術ですむだろう、と。




――それが、未成年の俺たちを宥めるための気休めの言葉でない事は、経験者として察することができた。



 俺の両親が2人して死んだときとは、明らかに違う医者の表情だったから。


もう手遅れだって、絶望的な表情は隠してたって判るもんなんだよ。


だから、安心しても良いんじゃないかな。

レイへかける言葉を探して、でもそんな問題じゃないな、と俺は解っている。



家族を失うかもしれない不安と恐怖と心配は、他人にはどうしたって救えないんだから。



しばらくして、扉が開いた。

レイが呼ばれ、「イトちゃん」、と腕を引かれたので、俺も後ろからすごすごとついていく。



麻酔がまだ切れていないピクシーは、普段と変わらないであろう寝姿に見えたのだろう。

レイは漸く安心したようで、規則的な呼吸音を聴くべく耳を猫の口元へ近づけた後、盛大な溜息を漏らした。


「暫く安静にした方が良いですね、で、感染症が恐いので、この場合は入院をお勧めしているのですが。」

医者はレイを通り越して、直接俺へ向けて話かけてくる。

まあ、客観的に俺たちふたりをみても、俺の方が年上に見えるだろうし、レイはどう努力してもシッカリしたオトナには思えないだろう。


「ああ、費用、とかの事ですかね。」

俺が聞くと、医者は保険や、カードや、ローンの事、ペットの居ない俺にはチンプンカンプンの単語を投げかけてくる。

「ちょっと、どうすんの。」

俺はピクシーの眠るベッドにべったりくっ付いて、外部を完全シャットアウトしながら猫を優しい手つきで撫でてるレイを小突いた。

「入院費プラス、治療費だって。」

「え?なに、高いの?」

レイはボンヤリした表情で医者を見詰める。

そこで、医者は俺が猫の飼い主メンバーではない事に気付いたらしく、

しかし目の前のこの(年若そうな)娘に金銭の話が理解できるのか?という怪訝そうな表情をした。

「そう、決して安いとは……えっと、保護者の方と連絡はつきますか?」

そこでレイは俯いたまま、やや悲し気な声で言い返す。

「わたし、ピクシーと2人で暮らしてて。」


「あー、そうなんですか。じゃあ、この子はあなた一人で?」

医者は驚愕を隠せないというように戸惑って言った。


俺も、横で思わず「えっ」と声を上げてしまう。


そうだったのか……だったら、弟のセオも一人どこかで暮らしながら学生をしているという事なのか?

今すぐにでも問い質したい事が結構あったけど、そんな場面じゃない。


「……では、少し入院費の方、見直しますので。」


医者はそんなレイに同情したのか、静かにそう言ってくれた。


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