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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第一章 分岐点
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番外編.遠い記憶は雷鳴とともに

今回は鍵太郎視点のお話となっております。


 今日の部活もきつかった。

 遅い時間までハードな練習をこなし、部員たちと別れて帰宅の途についている。

(腹減った…)

 俺は腹の虫を押さえつつ、コンビニの前で肉まんでも買おうかと悩んでいた。

 店の窓ガラスには学ラン姿の自分が映っている。

 身長188センチ、体重81キロ。よくぞここまで成長したものだ。

(やっぱり買っていこう)

 空腹のままこの巨体をあと三十分歩かせるのはきついものがある。

 店内に入ろうとした時、ふと視界に店の前の横断歩道が目に入った。歩行者信号は青。塾帰りなのか、小学生と思われる少年が横断歩道を渡っている。

「――――っ!!!」

 俺は見てしまった。その小学生の向こうから、一台のトラックが近づいてくるのを。

 トラックは赤信号を無視して突っ込んでくる。減速はしていていない。一瞬見えた運転席の人物の手にはスマホが握られていた。

「危ないっ!!」

 体が勝手に動いていた。

 俺は無我夢中でトラックと小学生の間に飛び出した。


 あ、なんかこれって、あの時俺を助けに入ってくれたあの人みたいだ。

 ”保戸塚紡”さん。

 俺あの人みたいになれたかな。もう一度会いたい。


 そう思った直後、今までに経験したことのない激しい衝撃を後頭部に受けて、意識が途絶えた。


 ―――――もう五日も目覚めませんが、この魂は大丈夫でしょうか?

 ―――――心配ない。こいつの精神力は稀に見る強さだ、じきに目を覚ます。間違いなく白金レベルの魂だ。


 五日?白金?なんのことだ。

「………き…ろ……おい、起きろ」

「………………」

 誰かに起こされて目が覚めた。立ったまま眠っていたようだ。俺ってこんなに器用だったっけ?

 どれくらいこうしていたのか分からない。夢現で五日間目覚めないとかなんとか言っていたような…。時間の感覚が曖昧だ。

 ぼんやりした頭で辺りを見回すと、まず目に入ってきたのは玉座に座っている女。黒い髪が異様に長い。


「貴様、会いたい者はいるか?」



 会いたい者。

 俺は何故か”保戸塚紡”と答えていた。誰だ、保戸塚紡って。

 なんとなく懐かしいような気はするが、頭に白いモヤがかかっていて思い出せない。

 まだ実感はないが、どうやら俺は死んだらしい。

 あの女――――閻王は保戸塚紡に会えと言った。なんだかよく分からないが、言うことを聞かないと、またあの鉄拳が飛んできそうなので従うことにした。

(あれはマジで痛かった…俺の言葉遣いが気に入らなかったようだけど、とりあえず保戸塚紡って人に会った方がよさそうだ)


「って、その前にここどこだよ」

 閻王との話が終わった直後、俺は小さな公園に立っていた。俺と何か関係のある場所なんだろうか。

 なにやらすぐ近くから強い思念を感じる。引き寄せられるように奥へ進むと桜の木の下に薄茶の毛玉が見えてきた。

 いや違う、人だ。人が倒れている。毛玉に見えたのはこの人の跳ねまくった癖毛の頭だった。


 ――――――なんだろう…見覚えがあるような、懐かしいような。


 そんなことより顔色が悪く、ぐったりしていてとても苦しそうだ。水を飲ませた方がいいかもしれない。

「!?」 

 ”水”を頭に思い浮かべた途端、手に水の入ったコップが現れた。なんだこれは。

 よく分からないが、とにかく水を飲ませてやった。

 少し落ち着いて楽になったのか、ようやく顔を上げてお互いの目があった。

 随分と小柄な男だ。眉尻と目尻が下がった、黒々とした大きな目にふっくらした頬…高校生、いや中学生か?

 いやいや、人は見掛けによらないし…。

 すぐ近くのベンチが目に入った。このまま病人を地べたに座らせておくのは気が引けるし、移動させてやることにした。


『オラ、倒れるならコートの外で倒れろ』

『も、もう一ミリも動けないっスよ~キャプテ~ン』

『この程度の練習で根を上げてちゃいつまで経っても補欠だぞ』

『あっちょっ引きずんないでっせめて姫抱っこ!』

『気色悪いこと言うな、ほかの部員の邪魔だっつーの』


 ―――――なんだ、この記憶は。

 キャプテンって俺のことか?体育館のような場所で、Tシャツ短パン姿の汗だく少年の腕を掴んで引きずっている俺が見えた。

 気付けば目の前の病人を同じように引きずっていた。あれ、この人は引きずっちゃダメな人なんじゃないのか。

 そのまま引き上げてベンチに座らせた。滅茶苦茶軽い。この人絶対50キロないだろう。

 俺は”大丈夫っスか?”と言いかけて口を閉じた。閻王に見られているような気がしたからだ。

「具合はいかがですか?」

「あ、ああ、大丈夫…です。ありがとうございました」

 意外としっかりした答え方だ。高校生かそれより上かも知れない。


 もう一人でも大丈夫だと言うので、少し心配ではあるがその場を去ることにした。

 ―――――が、去れなかった。100メートルほど進んだところで、急に後ろへ引っ張られるように後戻りしてしまったからだ。

 目の前の病人はとても驚いていたが、俺のことをマジシャンだと思ったようで、練習頑張ってくれと激励の言葉を残して足早に去っていった。

「!?」

 また引っ張られた。自分の意思を無視して彼が去っていった方向にグイグイと進んでいく。

 訳が分からず引きずられるまま到着した先は一軒の民家。表札を見ると”保戸塚”と書いてあった。

(保戸塚…、まさかあの人が保戸塚紡か?)

 しかし下の名前がまだ分からない。珍しい苗字ではあるが人違いということもある。それよりも、この保戸塚と言う文字。俺は手書きで書かれたものを見たことがあるような気がする。

 俺はその文字を凝視した。もう少しでなにか大切なことを思い出せそうだ。

 日が落ちて、雨が降り出しても、文字を凝視し続けた。


「紡~、お夕飯よ~、きのこシチューですよ~~、冷めないうちに食べなさぁい」

 家の中から間延びした声が聞こえてきた。今”紡”って言ったか。

 やっぱりあの人は保戸塚紡だ。間違いない、俺はあの人を知っている。絶対に忘れてはいけない―――――。


 突然、閃光が走った。続いて耳をつんざく雷鳴が轟く。

「あ」

 その瞬間、怒涛のように記憶が浮き彫りになった。次々と鮮明に思い出す。

「紡さん………っ!!!」


 なにもかも全て思い出した。

 七年前、あの公園で紡さんに救われたこと、それから体を鍛えるために始めたバスケ。部活帰りに小学生を庇って命を落としたこと。

「………………」

 そうだ、俺の人生はたった18年で幕を閉じた。あまりにも短かった。

 でもあの人と出会ってからの七年間はとても濃密だった。俺は全力で生きたし悔いはない。

 彼と出会ってなければ、こうは言い切れなかっただろう。間違いなく紡さんのお陰だ。


 七年前のあの日、理不尽な理由で虐めを受けていた俺の前に、突然あの人が飛び出してきた。暴力を振るうような者の前に立ちはだかるくらいなのだから、相当強いのかと思いきや全くの真逆でとても弱かった。始めは子供ながらになんてお人好しな人なんだと思った。でも俺の代わりにずっと殴られている間、あの人は震えていた。

 怖いくせに。弱いくせに。

 それでも己の力量を知っていて俺を助けてくれたんだ。なんて強い人なんだと思った。

 顔中殴られた跡が真っ赤になっているのに、精一杯の笑顔で”大丈夫”と言った彼がおかしくて思わず吹き出してしまったが、あの時初めて人に対して憧れの念を抱いた。

 俺もこういう人になりたいと思ったんだ。


(紡さんを見つけたはいいけど、このあとどうするんだっけ)

 そこで思い出した。内ポケットの説明書。俺はポケットから黒革の手帳を取り出して最初のページを開いた。


”一人前の鍵と管理人になるためのノウハウ”

 1.まず、あなたが会いたかった人に故人の本の管理人になるよう頼んだあと、お試しで管理人候補の人と力を合わせて浮かばれない可哀想な魂を浄化してあげましょう。魂は本の形をしています。本には故人の人生が物語として綴られており、云々――――――。


 ああそうだ、俺は”鍵”になったんだ。

(とりあえず故人の本の管理人になってくれと頼みつつ、魂を浄化すればいいのか?)

 鍵となった俺を見たら、紡さんはどう思うだろう。

 いや、それ以前に俺のことなんか覚えてないかもしれない。なにせ、七年前のことだ。

 急に不安になって、二階の窓を見上げた。辺りは暗闇に包まれているのに昼間のように物がはっきり見える。

 紡さんは窓際に立って外の様子を伺っていた。 

 走る閃光、轟く雷鳴。紡さんと目があった。

「……っ」

 忘れていてもいい、もう一度お礼が言いたい。

 そう思った瞬間、紡さんの部屋の中へ移動していた。

「ひっ………!」

 紡さんは俺を見てかなり怯えていた。無理もない、俺だって突然幽霊が目の前に現れたら腰を抜かす。

 でもそうと分かっていても少し悲しい。そんなに怖がらないで欲しい。

 て言うか、この格好も怪しさを増長しているんだろう。何なんだ、吸血鬼って。閻王の趣味か。どちらにせよ迷惑な話だ。

 俺はこのまま紡さんが落ち着くまで待った。

 敵意がないことが伝わったのか、紡さんは騒ぐでもなくじっと俺を見上げている。

 この人あまり育ってないな。少し背が伸びたくらいでほとんど七年前の姿のままだ。昼間も公園で倒れてたし、どこか悪いんだろうか。


 ああ、でも―――――やっと会えた。

 出来れば生きているうちに会いたかったが仕方ない。こんな風貌でも俺は俺だ。

 鍵になっていなければ、こうして彼の前に立つこともできなかったんだ。そうなると、こんな格好をさせた閻王には感謝しなければならなくなる。

 ならばまず彼に話しかける言葉は、



「保戸塚紡さん、故人の本の管理人になってもらえませんか?」



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