12.少年ヒーロー(成功してた!)
「憧れのヒーローってなに?」
「くくく、コイツはな、虐めを受けていた自分を助けてくれた貴様をずっとヒーローだと思っていたのさ」
「………………」
――――――開いた口が塞がらない。
(は?え?ヒーローって僕のこと!?)
自分で言うのもなんだが、ヒーローなんて僕から一番遠い言葉だ。
完全に鍵太郎の思い違いだ。
だってあの時僕は、飛び出したことを滅茶苦茶後悔したし、殴られてる間怖くて仕方なかった。なんなら貧乏くじ引いちゃったなとか思ったくらいだ。
彼を励ましたい気持ちは本当だったけど、虚勢を張って何でもないふりをしていただけだし。
幼い頃のトラウマを未だに引きずって外出嫌いだし、弱い人間の代表格みたいなものだ。
僕はヒーローみたいに強い人間じゃない。
「鍵太郎…あの時のことは」
「知っています」
「え?」
「あの時、紡さんが無理をしていたことは気付いていました」
「じゃあなんで…っこんな弱くて格好悪い僕なんか」
「紡さんは強い人です。確かに喧嘩は弱かった…でも自分に力がないことを知りつつも私を助け、励ましてくれた。その心がとても嬉しかったし、勇気を与えてくれました」
僕は鍵太郎の銀色の目を見た。
心の底から真実を言っているのだと、痛いほど伝わってくる。
「あなたが言った”大丈夫”という言葉はあれ以来、私にとってお守りとなりました。どんなに困難なことがあっても、この言葉を思い出して乗り越えてきたんです」
「………………」
ああ、そう言えばその言葉は鍵太郎の口癖だったな。
「私はこれでも生前、バスケットボールの強豪と言われる高校のバスケ部主将だったんですよ。将来はプロを目指していました。…夢半ばで散ってしまいましたが、悔いはありません。とても幸せな人生でした」
「………………っ」
どうしよう、また泣きそうだ。
なにが”悔いはない”だ。たった十八歳でこの世を去ってしまったのに幸せだったって言えるのか。
「あなたのお陰です、ありがとうございました」
「――――――馬鹿だなぁ、それはおまえが努力した結果だろう!」
胸ぐらを掴んで鍵太郎を屈ませると、シルクハットを取って綺麗に整っている銀髪のオールバックをガシガシと撫でてやった。
「よくそこまで頑張ったな!スゴイぞ!」
そして乱れてしまった髪を隠すように、――――いや、本音を言おう。
涙を見せたくなかったので、鍵太郎の目を隠すようにシルクハットを深めに被せて背を向けた。
日に二度も涙を見せてなるものか。
「…はい!」
こっそり振り返ってみると鍵太郎は驚いた顔をしていたが、元スポーツ少年らしい爽やかな笑顔で破顔していた。
「感動の思い出話は終わったか?」
…………すっかり忘れていた。閻王の存在を。
「アタシも忙しい身でな、早く獄界に戻らんと補佐官の篁が煩いのだ」
「えっここ地獄じゃないんですか?」
「貴様はまだ生きてるだろうが。あそこは死後の世界だ。ここは獄界と現世の狭間、日本のとある場所とだけ言っておこう。ホラ、さっさとその本を寄越せ」
「あ、はい」
僕は持っていたトキさんの本を閻王に渡した。
閻王は本を受け取り、しばらく眺めたあと、あろう事か手のひらから出した真っ赤な炎で本を燃やしてしまった。
「ちょっ……!?何すんですかっっ!?!」
「何って、武井トキを天界に送っているんだろうが」
「え」
「この煙は天界まで届く。武井トキの心は晴れた…曇りなき魂は然るべき所へ逝くのさ」
なるほど。僕は感慨深く、洞窟をすり抜けて上へ登っていく煙を眺めた。
トキさんの心情を表すかのように、穏やかな動きでゆっくりと舞い上がっていく。
(良かったね、トキさん。天国で安らかに眠ってください)
これでようやく終わりか。
あ、でも契約の件が残ってた。どうしよう。
「閻王」
「なんだ、白金」
「紡さんと私の契約は破棄できないのですか?」
「「は?」」
閻王と僕の声がハモった。
「今更何を…貴様、紡に名をもらって喜んでいただろう」
「あの時は紡さんとコンビが組めると思って思わず喜んでしまいましたが、紙魚のような危険な化物が出てくるとは知らなかったんです。私は恩人である紡さんを危険な目に合わせたくありません」
「鍵太郎………」
「他に別の人を選び直すということはできませんか」
「できん。そんなに都合よくホイホイ人の前に霊体を見せられるか。だから最初に選んだ人物が管理人になるんだよ。第一、あの蟲から管理人を守る力を授けてあるだろう」
「―――――…………」
ああ鍵太郎、困ってるなぁ。こうして見ると困った顔は高校生だな。年下なんだと実感する。
しょうがないなぁ。
「僕やるよ、管理人」
「え?」
「今回のことで僕でも人の役に立つことが出来るって分かったから…今まで助けてもらった分、今度は僕が人を助けたい」
あの時の高揚と達成できた時の快感や幸福感は、もう手放せそうにない。
「よろしく頼むよ、相棒兼ボディガード!」
僕はニッと笑って拳を鍵太郎の胸に押し当てた。
鍵太郎は固まっていた表情筋を崩し、目を大きく見開いた。血は通ってないはずの頬にうっすら赤みがさしたように見えたのは目の錯覚だろうか。
「―――――マ、マジすか!?マジでいいんスか!?」
「あ、バカ」
「それヤメロって言ってるだろうがーーーッッ!!!」
鍵太郎が再び門に叩きつけられた。
”っス”って言うくらい許してやって欲しい。何か嫌なことでもあったのかな。
「さて、話が纏まったところで貴様の管理人としてのノルマだが……」
玉座に座した閻王は悠然と足を組み直し、頬杖をついて僕を品定めするように見つめた。
「ノ、ノルマってなんですか」
「アタシも鬼じゃないんだ。一生、魂の浄化をし続けろとは言わん」
(おお!結構いいところもあるんだ)
「そうだな…貴様はまだ若いから1000人ってところか」
「え」
「定年退職する頃には終わるだろうよ、今日一人浄化したからあと999人分だな」
「そ、それ計算あってますか!?」
「要領よくやればいいだけの話だ、数人掛け持ちでやってもいいんだぞ?ノルマを達成できた暁には一つだけ願い事を叶えてやろう。励めよ、青年」
閻王はまたニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
この人やっぱり悪魔だぁぁぁっっ!!!
一人目の浄化が終わって数日後、僕は大学へ向かうべく通学途中に通る商店街を歩いていた。
あと999人…。考えると鬱々としてくる。安請け合いしすぎたかもしれない。
「保戸塚くん!」
声をかけられ、振り向くとそこにはチワワの忠勝を連れた女神が立っていた。
「は、原田さん!忠勝の散歩?」
「それもあるけど、保戸塚くんを待ってたの」
なんですと!?僕を待っていたとは一体…!!
「この間急に帰っちゃうんだもん。話したいことがあったのに」
「あっご、ごめんね!急用思い出して……、話ってなに?」
「うん、あのね―――――」
原田さんは言いにくそうに躊躇ったあと、思い切ったように口を開いた。
「私、保戸塚くんにずっと謝りたかったの」
「謝る?」
なにかされた記憶は全くないが…。なにかあったかな。
「実は私ずっと前から保戸塚くんのこと知ってたんだ」
「へ?ああ、高校入学した時からってこと?」
原田さんとは高三で初めて知り合ったので、それ以前となると高校入学した時くらいだろうな。
「違うの、もっと前。中学一年生の時」
「えぇ!?」
「この近くにある公園、知ってるよね?…七年前、そこで小さな男の子が虐められてたの」
「!!」
「私、その時たまたま通り合わせたんだけど、怖くて足が竦んじゃって…そしたら保戸塚くんがその子を助けに飛び出したの。でも結局保戸塚くんもやられちゃって―――――あの時助けを呼ぶべきだったのに、私、逃げちゃいました!ごめんなさい!!」
―――――驚いた。あの時、原田さんもいたのか!言われてみれば公園の入口に誰か立っていたような気がしないでもない。
そうか、それで半不登校の僕を覚えていてくれたのか。
「高三でクラスが一緒になって、初めて保戸塚くんが同じ高校だったことを知って…ずっと謝ろうと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて。こんなに遅くなっちゃって本当にごめんね」
非の打ち所がないような原田さんでもこんなことがあるんだな。
「そんなこと…全然気にしなくていいのに。あ、あははっカッコ悪いとこ見られちゃったね」
「そんなことないよ!あの時の保戸塚くん、格好良かったもん!」
か、か、か、格好良い言われたーーー!!!しかも原田さんに!!!
「そそ、そんなっ格好良いなんて初めて言われたよっふへへっ…あ、でもクラスが一緒になった時、よく僕だって分かったね」
「うん!保戸塚くん、中学の時から全然変わってなかったからすぐ分かったよ!」
「あ…そう…よく言われるよ、変わらないって…うん………」
全く邪気のない笑顔で原田さんはそう言ったが、その言葉はグッサリと僕のガラスのハートに突き刺さった。
なにせ二十歳になっても中学生に見られますから。ええ、そうですとも。
ああ、後ろで笑いを噛み殺す気配がする。
―――――あとで覚えとけよ!鍵太郎!
第一章の本編はここまでです。お疲れ様でした^^
このあと、鍵太郎視点の番外編を書くのでそちらの方も合わせて読んで頂けると嬉しいです。




