11.御大登場
鍵太郎の言う”あの方”とは、恐らく目の前にいる美女のことだとは、思う。
普通、魂を浄化するとか云々の話につきものなのは神様だと思うんだ。
しかし僕の考えは見事に外れた。
まさか地獄の裁判官、閻魔大王が登場するとは誰が思うのだろうか。
て言うか、閻魔大王ってヒゲもじゃの顔が真っ赤なオッサンじゃなかったっけ?
「契約は無事に済んだようだな、白金」
「…はい」
――――契約とはなんだ。僕は嫌な予感がしてふたりの会話に口を挟んだ。
「契約?なんのことですか?」
「貴様がこの白金の鍵と組んで本の管理人となることだ、保戸塚紡」
「はぁ?鍵太郎に頼まれたことは手伝ったけど、僕そんな契約なんかしてませんよ?」
「白金に名を贈っただろうが、”鍵太郎”と」
「…………………」
贈った。かなり初期の段階で。
「順を追って説明してやるからよく聞け。まず現世には悔いを残したまま死んで、この世に心を残してしまう者がいる。それが成仏できない魂だ。その魂を放置しておくと負の気を溜め込んで悪霊になってしまう。そしてその悪しき魂は我が獄界へ全て流れ込んでくるんだ。ここまでは分かるか?」
「――――はぁ」
「そうなるとアタシの仕事が増えまくって面倒くさいから、悪霊になる前に浄化させる目的で魂を本の形に変えたのさ」
(今この人面倒くさいって言ったぞ)
「なんで本の形にする必要があったんですか?」
「貴様ら管理人となる人間のためだろうが。亡者の悔恨を探るにはその方がやりやすかろう」
「はぁ」
確かに目次ページに目印となる赤文字があって、その中に入って映像を見るだけだもんな。僕でもできたくらいだし。
「しかしそこで予想外のことが起きた。本の形にしたはいいが、できてみれば鍵が掛かっていたんだ。死してもなお、己の人生を容易く他人には見られたくないらしい」
その気持ちはなんとなく分かるな。僕だったらこんな情けない人生、あんまり人に知られたくないや。
「ならば目には目を、魂には魂を、という事で、死にたてホヤホヤの活きのいい、しかも精神力の強い魂をとっ捕まえて鍵にした。もちろん強制ではなく本人の了承を得た上でだ」
――――という事は鍵太郎は望んで鍵になったのか。僕は率直に鍵太郎に聞いてみた。
「なんで鍵になりたかったの?」
「魂となった直後、”もう一度会いたい人物はいるか”と、何者かに問いかけられまして。死ぬ直前に紡さんのことが頭に浮かんでいたので、”保戸塚紡さん”とうっかり答えてしまいました」
「…うっかり…てか、なんで僕の名前知ってたの」
「助けてもらった時、紡さんの鞄が落ちて中身が散乱したでしょう。その時ノートに名前が書いてあったのを見たもので…」
あんな子供の頃から動体視力が優れていたのか…!
「こいつは事故で頭を強打していて記憶がぶっ飛んでいたようでな。アタシの言っていることがイマイチ伝わっていなかったんだが、希に見る精神力の強さだったので見逃す手はないと思ってね」
「え、それって………」
「鍵となればその者に会わせてやると話を持ちかけたのさ」
そう言って、閻王はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「!!!」
―――――悪魔だ…ッこの人悪魔だーーーッッ!!!
記憶がはっきりしていない鍵太郎を言いくるめて鍵にしたな!?
「かっ鍵太郎!おまえホントにそんなんで鍵になっちゃっていいのか?」
「構いません。ただ、管理人がこんなに大変なことだとは知らずに紡さんを巻き込んでしまいました…すみません」
これは確かに不可抗力だ。鍵太郎は何一つ悪くない。
「詫びる必要はないだろう、管理人になるか否かは任意だ。頼まれてもいないのに、得体の知れない幽霊に名をつける阿呆は初めて見たわ。ははははっ!」
「んな!?じ、じゃあもし僕が名前を付けずに管理人を断ってたらっ?」
「鍵にはならず、予定通りそのまま天界行きだ。これほどの鍵を失うのは惜しいがな」
「え、そうだったんですか」
鍵太郎も知らなかったようだ。
「はっ!もしかして生前の名前を使うことを禁じてたのは、新たに名前をつけさせて契約させるため…!?」
「それは違う。生前の名はこいつの両親が付けた名だ。その名を使っていいのは生きている間のみ。死後の世界の我々にはその名を使う資格はない」
「―――――………」
それはご両親に気を遣っているってことなんだろうか。
どちらにせよ、名前をつける方向に誘導されているような気がするのは否めない。
「もっとも、こんな極上の鍵を簡単に手放す気はなかったから少しばかり細工はさせてもらったがな」
「細工?」
「白金があまりにも呆けてたから、紡を無事に見つけて契約できるまで、半径百メートル以上離れられないようにしておいた」
「あ!」
それであの時立ち去ろうとした鍵太郎が、何かに引っ張られるように戻ってきちゃったんだ。
という事は、僕は知らずに百メートル後方に鍵太郎を引きずったまま帰宅したわけだ。
なんて間抜けな話なんだ…………!!!
「あの時、私は気付いたら思い出の公園に立っていて、すぐ近くで助けを求める思念を感じたんです。行ってみるととても苦しそうにしているあなたが倒れていた。水をあげたいと思ったら手に水の入ったコップが出てきて…所作が荒くなってしまったのはすみません。自分でも状況が理解できてなくて余裕がなかったのです」
いや、所作が荒っぽいのは余裕がなかったからとかじゃないような気がするぞ。
「その後、引きずられるままあなたの家の前まで行ってしまい、表札にあった”保戸塚”という文字を見て、なにか大切なことを思い出しそうだったのでその場でずっと考えていました。そこで雷鳴が轟き、唐突に思い出したんです。生前のことや閻王との会話を――――」
『もう一度会いたい者はいるか』
『保戸塚紡さんに…会いたいっス?……紡さん?って誰だっけ』
『なんだ貴様、記憶があやふやだな…ああ事故死か、なるほど。ところでその体育会系的な言葉はやめろ』
『あ、すんません、癖なんス』
『ヤメろと言ってるだろうがぁぁ!!!』
『――――っっっいったぁ!!殴らんでもいいじゃないっスか!!』
『アタシはその日本独特の縦社会?先輩後輩とか、上下関係を匂わす言葉遣いが大嫌いなんだ!”っス”って言うな!その学ランもダサ過ぎる!貴様は今日からこの格好でいろ!』
『な、なんスかこれ!?イタっ!…なんですかこれ?』
『ふふん、テーマは吸血鬼だ。良く似合ってるじゃないか。あくまでも紳士的で優雅に!!』
『わ、分かりました』
『話を戻そう。保戸塚紡に会いたいのならまず鍵となれ。生前の名はもう使えないからそのつもりでいろ。そして紡に故人の本の管理人になってもらうよう頼むんだ。上手く新しい名を貰えれば、貴様と対になる管理人としての契約が成立される』
『??鍵…?管理人?なんだかよく分かりませんがそれでいいです』
『いいのか、まだ詳しく説明してないのに…相当頭を強く打ったようだな。まぁいいか、その方が都合がいい。面倒だから後は内ポケットの説明書をちゃんと読んどけ』
「――――と言う次第です」
鍵太郎………っっ!!!
僕は思わず目を覆った。涙を流さずにはいられない。
ほとんど騙されてるじゃないか!!力尽くで脅されたとも言う!!
「あれっ?でも鍵太郎、僕が管理人として契約する前に現場に行くって言ったぞ」
「この手帳…説明書を読んだら、とりあえず契約できなくても一度試しに魂を浄化してみろと書いてあったもので」
どこまでも狡猾だな、閻王!それで一件分、自分の仕事を減らしたわけだ。
「時に白金の。貴様の言動、見ていたぞ」
鍵太郎の肩がビクリと揺れた。閻王の目が据わっている。
「あれだけ使うなと言っていた体育会系的な言葉を使ったな?」
あ、あれだ。僕が名前をつけたとき異様に嬉しがって地が出たときのことだ。
「い、いえ、あれは…」
「言い訳無用!!」
閻王の拳が鍵太郎の左頬にヒットした。と同時に彼がもの凄い勢いで後ろの門に叩きつけられた。
「か、かっ鍵太郎ーーーっっ!!!」
なんてことだ、あの鍵太郎が蹲ったまま動かない。
「大丈夫か!おまえ痛み感じないんじゃなかったのっ?」
「くっ…!閻王の攻撃は精神に作用するのでものすごく痛いんです」
なんて恐ろしい!ポーカーフェイスを貫いていた訳が分かった。精神力の強い鍵太郎がこれだけダメージを食らうなんて、もし僕なんかが食らったら死んでしまう…!
ちょっと前に”絶対文句言ってやる”って言っちゃったけど、絶対言えない!!
「あ、あの…それよりさっきから”白金”って、なんのことですか?」
「白金とは鍵のランクのことだ」
ランク…、確か本にもあったな。
「鍵は五つのランクに分けられていて、下位から順に鉄、銅、銀、金、白金となっている」
「え…鍵太郎は銀じゃないんですか」
「貴様は白金と銀の見分けもつかんのか。輝きがまるで違うだろうが」
「じ、じゃあ鍵太郎は……」
「最高位の鍵だ」
うえぇぇっ!?そんなすごい存在だったのか!!適当な名前つけちゃった!
「同じく本にもランクがあって、表紙の色が灰、赤茶、銀、金、白金と五つある。例えば鉄の鍵は灰色の表紙しか開けられないが、白金は全ての表紙を開けることができるのだ。因みにランクの色は髪と目に反映される。この見事な輝きが銀のわけないだろう」
――――僕にはプラチナもシルバーも同じ銀色に見えるよ………。
「しっかし貴様もよりにもよって、よくぞこんなスプラウトみたいな軟弱な奴を選んでくれたものだ」
「紡さんは弱くありません」
いや、弱いよ?なに言ってんの鍵太郎。あとスプラウトはもうやめてほしい。
「メンタル最強の鍵と、メンタル最弱の管理人か。ま、面白い対だがな。よかったじゃないか、憧れのヒーローとコンビが組めて」
「……………」
「――――憧れのヒーローぉ?」
一体誰のことだ。




